107.エルフの長
フィントはリオンの腕の中で項垂れ、いまだに立ち上がることができない。しかし今はそれ以上に頬に手をあて、不思議そうにクルスたちを眺める女性に視線が注がれる。しかし彼女は意に介していない様子でフィントに再び視線を向ける。
「フィント。私はアンデッドの男を連れてこいと言ったはずですが」
「…うぐっ…た、確かにアンデッドと出会いました。しかし多忙であるということで代わりに彼の者の…子供たちを連れて行くようにと」
「…子供?」
その言葉に髪と同様の色をした眉を吊り上げ、再びクロナたちに視線を戻す。しばらく凝視していたが、何度か目を瞬くと信じられないといった風に身体が硬直する。その様子をしばらく見つめていたが、やがてクルスが相手を興奮させないようにゆっくりと話しかける。
「…あの…父上に何かご用があると伺っているのですが」
「父…上?つまり貴方たちの父親は……アンデッドだと!?」
「そうだよ~」
アニスが嬉しそうに語ると、エルフの長は驚いたように3匹のハーピーを見る。従魔かと思いきや、この魔物たちもアンデッドの娘なのかと。言葉を失い、呆然としている彼女にクロナがクルスに倣っておずおずと話しかける。
「私たちは捨て子だったのですが…お父様とお母様に育てられたのです。でも、リウムたちは2人の間に生まれた子供なのは間違いないです」
「…す、すまな……申し訳ありませんでした。お前たち!彼女たちから離れなさい、今すぐ!!」
少し物悲しそうに語る彼女に思わず身じろぎし、あたふたと取り繕おうとすると恐ろしい剣幕でクロナたちを取り囲むエルフたちを睨みつける。一瞬背筋を凍らせ、互いにぎこちなく目を合わせながらもその場を離れ始める。そしていまだにクルスの腕の中にいたことに気付いたフィントは顔を赤くしながら彼の元を飛び立つように離れる。
ようやく場が落ち着きを見せ、その様子を溜息を吐きながら眺めているとクルスたちを見据える。
「改めて我らの非礼を詫びます。私はエルフの里の長を務めているティアラと申します。貴方たちの…父親と少々お話ししたいしたいことがあって……どうかしましたか?」
話を進めようとするとするが目を点にする客人に思わず言葉を止める。好奇な目で見れらるでもなく、信じられないといった様相の視線に、むしろアンデッドの子供と聞かされたこちらの反応なのではと見つめ返す。しばらく膠着状態が続くがクルスとクロナ、ハーピー3姉妹が互いに目を合わせると呟くようにティアラと名乗るエルフに話しかける。
「あ、貴方はまさか…」
「え、うそっ」
「もしかしてカンジュラの…」
<ティアラ!?>
突然聞きなれない男の声が彼らの周囲に響き、エルフたちが驚きながら周囲を見回すが1人だけ動じない者がいた。自らティアラと名乗ったエルフの長はニコリと笑みを浮かべながら虚空を見つめる。
「…久しぶりですね。我が友よ」
彼女が見つめている先に自然と皆の視線が集まる。
すると空間が歪み、青い靄が立ち込めると同時に1人の男が姿を現す。
[人の形]はしているが宙に浮いている男は明らかに人としての気配はなく、警戒心を露わに棒状の武器を彼に向けようとエルフたちが構えるのをエルフの長がそれを制する。
「…久しぶり。あとただいま」
「おかえりなさい。試した何とかとやらはうまくいったようですね?」
「まぁね…ティアラは……話し方が気持ち悪くなったね」
「なんだと!?」
当時よりも大人びた雰囲気を装っていたが怒った姿は昔のままだと、周囲が置いてけぼりになっていることも構わずに懐かしき[友]との再会を喜ぶことにした。
クルスたちを囲んでいたエルフたちを退け、家にフィントと共に客人を上げるとティアラは質素な椅子に腰を下ろす。装飾は一般家庭における調度品と変わらず、エルフの里特産のインテリアではないことに少なからず落胆する面々がいるなかでリッチとティアラの目が合う。
お茶を出されるわけでもなく、互いに袂を分けた後の説明を求められる。
「…まずは貴方の話から伺い……今更取り繕うのも可笑しな話だな。この話し方はものすごく疲れるんだ!」
「俺もそっちの方がいいかな」
「そうか!ではまずはお前の話から聞きたい。私なりに色々報告することもあるが、きっと私の方が面白いからな!」
「ま、ええけどね。それじゃあティアラたちと別れた後なんだけどね…」
ティアラと別れたのちに月花神と出会ったこと、アウラとの出会い、子供たちとの出会いと誕生、そして教団や魔王との邂逅や都市の再建。
当時洞窟にいた[彼]の最後の姿を見届けたティアラからすれば、今の姿、そしてその後過ごした生活は想像すらつかないものであったことに、しばらく無言で返答をするしかなかった。
やがて沈黙を破る様に大きなため息を吐くと、リッチへと視線を向ける。
「そうか…何というべきか、私より遥かに色濃い人生を送っていたようだな。アンデッドであるというのに」
「俺もそう思うよ。じゃあ次はティアラの番だよ」
「……ずるい!ずるいぞ!!この後私が話したところで全く驚いてもらえないではないか!!くそっ、先に話しておくんだった」
椅子からずり落ち、悔しそうに床を叩きつける姿に何一つ変わっていないことを確認したリッチはほくそ笑むが、睨むように彼を見返す彼女の濡れた瞳に思わず真顔に戻る。
「…聞いてもつまらんぞ?」
「勝手に落ち込むんじゃない。多分とっくに亡くなってると思うけどアミルとは結局結婚したん?子供見に来るって宣言していたような気がするんだけど」
「……した。エルフの出産率が低くてな。かなり時間もかかったが1人産まれた。お前たちを迎えに行かせたのがそうなんだが…すまないことをした」
「…フィントさんのことですか?」
クロナの発言にティアラが頷く。家に入った直後、ティアラの背後でずっと押し黙っていたフィントへと全員の視線が注がれる。注目されることに慣れておらず、視線に気付くとすぐに顔を背けてしまう。その様子をしばらく見ていたティアラは頭を抑えながらため息を吐く。
「やれやれ。全く、誰に似たのやら…」
「少なくともティアラ成分がほとんどじゃないかな」
「な、私は!」
「諦めな。俺は、当時の、お前さんを、知って、いる」
「…ぐっ」
リッチの発言に歯を食いしばるしかないティアラであったが、同時にフィントがチラリとリッチを横目で捕える。何度か口を開閉するが、やがて絞り出すように問いかける。
「母様も、俺に似ていたのか?」
「ハネっかえりな所なんかソックリ」
「「誰がだ!!」」
「ほらね?」
思わず互いに見合わせ、気まずそうに顔を背ける姿を嬉しそうに観察しているとエルフ親子がリッチを睨みつける。殺気を放つ2人の気配や目つきまで、まさに親子の証明であるように見える。しかし敵対しにきたわけではなく、笑みを隠すことなくリッチが2人に向かって手を仰ぐ。
「まぁまぁまぁ。そう怖い顔しなさんな。ティアラはともかく、男前の顔が台無しになるよ、フィン坊?」
「「俺(彼女)は女(娘)だ!」」
その言葉を皮切りに、2人のエルフによる怒りの声はしばらく止むことがなかった。
 




