第一話 『入學式』
『宮殿』この建物を表すのに、これ内側 面に居並ぶ人、人、人。まるで時化に不似合いな 花々と、それらに反して、大きな存在感を誇る「入學 式」と書かれた聖式色の看板。
そう、今日この時間は、魔界の中でも指折りの大きさ である、「オージアス学園」の入学式だった。学園、 と名が付いていても、その学習内容は、魔界にとって の新戦闘力の向上を目指した施設であった。
魔界の中心部にあるため、設備はトップクラスに整っ ており、故に魔界の津々浦々から、入学を希望する魔 人の若者は集まってきているのだ。
目下睡眠寸前の少年、フーゼル・ユータナジーもその 若者の中の一人だった。
新緑色の髪を後ろに結び、その他の髪は外側にぴょこ ぴょことはねている。 黒っぽいファーコートをかなり着崩して着用してお り、下のズボンも黒で統一している。 かなり華奢な体型で、遠目に見れば女の子と見られる ことも、れっきとした思春期まっただ中 の男の子だった。
今は前述の通り、入学式の真っ最中なのだが、睡魔の 思うがまま船をこいでいるフーゼルにとっては興味の 対象外だ。
浮かぶ雲に乗っているかのような、心地よさに包まれ ながら、少年フーゼルはまた深い闇の中へと堕ちてゆ く・・・・・・
とはならなかった。
突然、耳をつんざくようなハウリングの音が、フーゼ ルへと直撃する。鼓膜をひっかりまわされながら、 フーゼルの意識は完全に現実世界へと戻された。
―――なんだよ・・・?人が心地よく寝てたっての に・・・。
いぶかしげに眼をこらすと、ありじごく状の会場の中 心に、人影が立っているのが見えた。 格式高く、厳格そうな妙齢の紳士だった。真っ黒のマ ントをしっかり羽織り、何もかもを見透かすような眼 で全体を見据えている。
「諸君。まずは歓迎しよう。我が学園にようこそだ。 」
紳士は、新入生一同をぐるりと見回しながら言った。 新入生は一斉に波がごとくこうべを下げていく。
紳士は満足そうに微笑むと、咳払いを一つ。マイクを 片手に持った。
「礼儀正しき諸君には、学長である私も同じく、礼儀 を尽くさねばなるまい。私の名はシュトルム。シュト ルム・ウント・ドランク。出来れば覚えて欲しい。で は、今から大事なことを言いたい。聞き逃さないよう に耳掃除でもしてくれ。まずは一つ目。仲間の大切 さ・・・・」
この時点で、フーゼルは(あっ、話長そうだな)と 思っていた。仲間の存在意義云々など、聞き飽きてい るほどだった。聞こえてくる言葉を右から左へ流しな がらも体の底からでてくるあくびを漏らした。
するとだ。去っていったはずの睡魔が再び颯爽を現 れ、フーゼルにケンカを売ってくる。 1mmも抵抗すること無く、白旗を心の中でひらひら させるとまぶたが急に重くなってきた。その重量感、 大仏の如しだ。
―――いけない・・・いけない・・・いけな・・・ い・・・
「諸君。これで私のくだらない話は終わりだ。ご静聴 ありがとう。」
結局、学長シュトルムが話終えたのが、フーゼルが高 度10000フィート上空を遊泳中のことだった。
目をこすりながらも副学長の号令を受けていた。
気を付け、服装を正せ、礼。
こうして長い長い学長の話・・・ではなく、長い長い 入学式が幕を閉じた。