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黄昏の転生者(ストレンジャー) 旧:雷霆の騎士  作者: 林檎亭
3章 ユミル王立士官学園 第二片
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差し伸べられた手は誰のもの

 来た道をそのまま引き返し、外へ出た。来た時はまだ暑かったと思うんだけど、外はなんだか涼しくなっているような気がした。


「ソール、あんがとよ。もう大丈夫だし下ろしてくれ」

「あんなに辛そうだったのに? 大丈夫、このまま別荘まで行けるから」

「いや、本当にもう大丈夫だって」


 エインは僕の静止を振り切って、さっと下りてしまった。けれど着地した様子では、先程までの調子の悪さを感じさせず、顔色も戻っていた。あそこに入る前の状態に戻っているように見えた。


「なんだろな。空気でも悪かったのかも。外の空気吸ったら、すーっと痛みも引いて元気になったぜ」


 強がりにも見えない。本当に元気そうだ。


「うーん、でもまた調子が悪くなったらすぐに言ってよ」

「おう」


 そうして僕はいまだ黙ったままのセラの手を引いて、別荘へと戻っていった。




「お、帰ってきたようじゃな。もう陽も傾いてから、そろそろ食事にするぞ」


 別荘へ戻ると、何やら河原でせっせと準備が進められていた。なんか見覚えがある気がするセットだ。


「さすがにその格好のままじゃと冷える。準備が終わるまでもう少し掛かるから、今のうちに着替えてくるんじゃ。他の者は先に戻っとるぞ」


 そういえばフィス達の姿が見えない。


「さ、こちらです」


 僕らも促されるまま着替えることにした。

 身体は乾いてたし、脱ぐものも着るものも簡単なものなので、さくっと着替え終わり、部屋を出る。水着に着替えた時と同様、女性陣は着替えに時間が掛かるらしく、僕らは先に河原へと出ることにした。


「お、さすがに男は早いのう。いまから焼くところじゃから、もうしばし待つがよい」


 モルガナが腰掛ける椅子の前では、シェフっぽい人が調理を行っている。

 鉄製の入れ物に炭を入れ、その上に鉄網を乗せて、そこで一口サイズに切られた野菜や肉が焼かれている。うん、やっぱりこれは物凄く覚えのあるものだ。前世でよくリア充やパリピと呼ばれる人がキャンプに行った河原などで行っていた食事方法。


「モルガナ様、これは」

「うむ。初めて見たじゃろ。これは、なんと言ったかな。ばぁびきう?」

「バーベキューですか?」

「おう、それじゃそれ。なんじゃ、知っておったのか」

「ええ、まぁ」

「なんじゃ。驚かせようと思っとったのじゃが。面白くないのう。庶民の間では有名なものじゃったりするのか?」

「いや、俺は初めて見る、ますね」

「えっと、僕がたまたま知ってただけですよ」

「ふむ、さすがスカジ様の弟子。侮れんのう」


 いや、スカジもバーベキューはしたことないはず。だからフィスやカスミも多分知らないだろう。しかし、名前と調理方法がまるきり一致するなんて。これは偶然なんだろうか。


「モルガ――」

「うっひゃー! なにこれ! すっごい美味しそうな匂いするー!」

「ちょっとセラ、走ったら転ぶわよ」

「とか言って、フィスも少しそわそわしている様に見受けられるけど?」

「し、してないわよ」

「うーん、本当にいい香りね」

「はい、シシリー様。非常に食欲を誘う香りでございます」

「おぉ、貴様らも来たか。そろそろ食べごろの筈じゃぞ」

「ささ、お席はご用意しております。こちらへどうぞ」


 みんなが集まったことで、僕らはバーベキューを囲むように配置された席へと座った。


「うむ。これをする時は、こうして車座くるまざになるのが礼儀らしいからの」


 モルガナが順繰りに僕らの顔を見回す。


「こうすると皆の顔がよく見える。会話もしやすい。これは中々よいものじゃの」


 ご満悦な表情のまま、側のテーブルに乗せられたコップを手に取った。


「ま、長々と話すと若いものには嫌われてしまうからの。増してや、食事を前にした状態では、辛抱も堪らんじゃろて。というわけで、今回は貴様らへの慰労じゃ。遠慮せず、思う存分食し、楽しむがよい。では、みな盃を手に取るがよい」


 それぞれがテーブルに置かれたコップを手に取った。


「それでは、乾杯じゃ」

「「「「「「「かんぱーい」」」」」」」


 からの間を開けることなく、


「お肉! おーにーくー!」

「配膳係が渡しますから、お待ち下さい!」


 セラが肉へ突撃し、シェフが静止し、皆がそれを見て吹き出して、バーベーキューは始まった。




「ほら、たくさん食べるのよ」

「ソールっ。お肉、取ってきてあげたよ」

「肉ばっかりじゃダメよ、野菜も採らないと」

「若いうちはにくにくにく。とりあえず肉を食うのじゃ! っておじいちゃん言ってたもん」

「ちょちょ、そんなに一気に盛らないで」

「肉ばっかり食べてるから、無駄な肉が付くのよ」

「なっ。フィスなんて無駄どころか、必要なお肉だって付いてないじゃない」

「なっ、なっ、なんですって。よくも言ったわね!」

「そっちこそ!」

「ふぅ。流石、王族が用意した食材。更に一流の料理人。一つ一つが思わず唸って仕舞う程に美味しいね」

「もがもががもが。んっぐ。おーにーくー!」

「おい、セラ。それまだ焼けてねぇよ。俺のやるからちょっと落ち着け!」

「え!? 本気!? エインって、施しの神様なの!?」

「大げさすぎる!」


 一応最初は王女様の手前大人しくはしていたけれど、時間が経つに連れて皆のテンションが上り、今ではちょっと収拾がつかなくなっていた。


「いやぁ、若い者は元気いっぱいでいいのう。私まで若くなっている気がしてきたんじゃが」

「それは気のせいです」

「うっ。いや、でも私もまだまだ行けるはずじゃし。ピチピチのイケイケじゃし」

「何を仰いますか。若者を気取るならせめて、肉をもっと食べて下さい」

「脂はもう辛いんじゃが」

「若いのなら大丈夫ですよ」

「やーめーるーのーじゃー! そんな脂身たっぷりの肉を私の皿に乗せるでない!」

「ほら、若いんでしょう。がぶっと行って下さい」

「鬼じゃ。この秘書、鬼なんじゃが! 敬意が感じられないんじゃが!」

「若くないことをお認めになられるのなら、この脂身は若い私が処理しますが」

「く、食えば良いんじゃろ、食えば。うぅ、脂が辛いのじゃ……」

「まさか本当に食べるとは。さすがモルガナ様。尊敬に値する御方ですね」

「やっぱり敬意を感じられないんじゃが。うっぷ。ワイン。ワインで口直しを――って、あ」


 モルガナが手を伸ばした先には果実のジュースが置いてあり、


「ふぅ、少しは落ち着いて食えってんだ。大声出したから喉乾くっつの――ん?」


 エインの喉へワインが流れ落ちていった。


「なんだこれ、変なあ……じ……うあー」

「ちょ。衛生兵! えーせーへー!」
















 暗い暗い真っ暗な道。


 痛い。

 怖い。


 辛い。



 不安。


 焦燥感。



 孤独。



 絶望。

 飢餓。


 追われる。


 追われる。



 追いつかれる。


 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。



 助けて。


 誰か助けて。


 この手を――誰か




「――ぁ」


 暖かな感触。しっかりと握られた手。包まれるような心地よさ。安心感に満たされる。

 知ってる。

 この手を知ってる。

 この温もりを知っている。


「ヴィヴィアン」


 思わず呟く。

 口にするだけで安心する。

 思い浮かべるだけで心強くなる。

 どうしようもなく恋しく、どうしようもなく愛おしい。

 大事な、大事な家族の名前。



 ゆっくりと意識が覚醒していく。

 自分の輪郭がはっきりと認識できていく。

 自身の状況を判断できるようになっていく。

 まず、目と額を覆うように冷たい布が掛けられていた。

 気持ちいい。

 ちょっと名残惜しいけど、視界を確保したくて布を取る。

 少しぼやけた視界に人影が映る。こちらを覗き込むような顔だ。


「ん……ヴィヴィ?」


 口に出したけれど、すぐにそれが間違いだったと気付く。


「ん? 起きたか。残念じゃが、私はそのヴィヴィとやらではないよ」

「――っ、モルガナ様!」

「っと、待て。急に起き上がるな」


 起こしかけた上体が押さえられ、再び仰向けに寝転がらされる。同時に頭に鈍い痛みが走った。思わず顔をしかめる。


「言わんこっちゃない」


 モルガナ様がそっと額に手を当ててくれた。

 ひんやりして気持ちいい。


「えっと、俺はなんで――」


 ここで寝て、モルガナ様が看病みたいなことを、そもそも何があった――聞きたい言葉がまとまらない。


「うむ。貴様は酒を飲んで倒れたのじゃ。覚えておらんか?」

「あー」


 言われてみれば何となく思い出せる。何か変な味の飲み物を口にした途端、気持ち悪くなったんだ。そうか、あれ酒だったのか。大人は美味そうに飲んでるけど、くっそ不味いじゃねぇか。くそ。


「みなが心配しておったがの。今回は貴様らの慰労じゃて。貴様の看病は私がこうして買って出たわけじゃ。みなにはまだばぁべきゅうを楽しんで貰っておる」


 注意を向ければなるほど、窓の外から少しばかり騒がしい声が聞こえる。


「貴様が倒れてから、そう時間も経っておらん。もう一休みしたら、また戻るがよい」

「うす」


 とは返事したものの、腹の中が気持ち悪くて、これ以上なにも食えそうにはなかった。でも、美味かったのは間違いない。せめてレシピを教えてもらったり出来ないだろうか。再現は無理でも、似たようなものを作ってヴィヴィアンにも食べさせてやりたい。

 あー、それにしても額は冷たいし、枕は柔らかいしで、すげー気持ちいいな。

 のん気にそんな事を思ったところで、ふと気になった。

 そういえば、この――俺が寝転がって、モルガナ様が横から覗き込むような――体勢だと、もしかして頭の下にあるのって。


「おっと、あまり動くでない。少しばかりこそばゆい」


 がー! やっぱり! 膝枕されてるじゃねーか! ナンデ! ドウシテ!?


「だから動くなと言っておろうが。しょうのない奴じゃのう」


 モルガナ様の手は優しく髪を撫でていく。

 そして更に、手もしっかり握られている事に気付く。

 え、これ大丈夫なの。無礼とかで、あとで捕まらない? つーか、


「モルガナ様」

「なんじゃ?」

「えっと、なんでここまでしてくれる……ですか?」


 理由が分からなかった。確かに今回は、先の問題の詫びや労いという形でもてなされている。モルガナ様がホストで、俺達を労うのは当然といえば当然だ。

 けど、そうは言っても相手は一国の王族。さらにその中の実質トップ。俺のような一般庶民にここまでする理由もなければ、意味もない。看病だって、さっきはもっともらしく言ったけれど、この別荘に複数人いる使用人の誰かにさせればいいことだ。モルガナ様がすることではない。

 その不可解さが、不安で、不気味で、不思議だった。


「ふむ。理由か。そうじゃのう。貴様、家族はおるか?」

「はい。一応」


 ヴィヴィが真っ先に思い浮かんだ。


「うむ。では、その者が倒れた時、貴様は看病をするか?」

「それは、もちろん」

「ならばそういうことじゃ」


 いや、意味分かんねーよ!?


「なんじゃ、分からんという顔をしておるな」

「そりゃまぁ。モルガナ様は、俺の家族ってわけじゃない、です」

「そうじゃな。確かに血の繋がりもなければ、一緒に住んでおるわけでもない」


 モルガナ様は一度顔を上げると、慈しむように遠くへと視線を送り、そしてまた俺へと戻した。


「じゃが、私はこの国の民を家族じゃと思うておる。国はでっかい家じゃ。そして、そこに住まう全ての者は家族なのじゃ」

「そんな――」

「信じられぬか? まぁ、仕方あるまい。私はそう思っておるが、みなに理解してもらおうとは思っておらぬよ。しかし、どうあった所で、私が民を家族じゃと、守るべき子じゃと思うておるのは紛れもない事実じゃ」


 その目に嘘や誤魔化しは感じられなかった。この王女様は本当に民を、俺みたいな奴ですら家族だと思ってる。そんな気がした。


「子が親に甘えるも当然。親が子を守るも当然。そして、家族を愛するも当然。私は国を、そして民を愛しておる」


 そしてモルガナ様は決意のこもった瞳で再び前を見た。


「私は愛する者を守る。何があっても。その為に、何を捨てようとも……」

「モルガナ……様……?」


 その最後だけは、慈愛とは違う、何か他の感情を感じた気がした。


「ところでエインとやら」

「は、はい」

「貴様は確か学園都市エンティア・ユルヴで寮を営んでおったの」

「はい、そうです」

「先程口にしておったヴィヴィアンとやらが貴様の親か?」

「親代わりに俺を育ててはくれてるけど、本当の親ってわけじゃないです」

「ふーむ。では他に寮におるのは? 別に経営者がおるのか?」

店子たなこを除けば、俺とヴィヴィだけだ、です。管理や経営は俺とヴィヴィでやってる、です」

「ならば子供だけで寮をやっておるのか?」

「えっと、まぁ、そういうことだ、です」

「なるほどのぅ。二人の親はおらんのか?」

「ヴィヴィの親は知らないけど、俺の親はいない」

「おっと、聞いてはまずかったかの」

「いや、いいです。覚えてませんから」

「覚えてない? それほど幼い時に別れたということか?」

「いや、実は8歳以前の記憶がハッキリしてなくて。気付いたらヴィヴィの世話になってたって感じで。つっても、当のヴィヴィは家事が全くダメで、俺がほとんどしてたんだけど、です」

「ふむ、なるほどの。いや、立ち入ったことを聞いてすまんかったの」

「いや、別にいい、です」


 モルガナがふわりと頭を撫でた。


「さて、そろそろ調子はどうじゃ?」

「あー、だいぶマシ……かなぁ」

「歩けそうなら、外に戻るか? 無理はせんでよいが」

「いや、行けると思う、ます」


 ゆっくりと身体を起こす。頭の奥と腹の中に少しどんより重いものを感じるが、歩いたりする分には支障はなさそうだ。


「モルガナ様、ありがとうございました。とても――」


 変なことを口走りそうになって、そこで言葉を止めてしまった。

 誤魔化すように頭を掻いて、足早に部屋を後にした。






「ティティ」

「はい」

「あの小僧とヴィヴィアンという者。可能な限り調べるのじゃ。特に、学園都市エンティア・ユルヴに来る前の経歴をな」

「はっ」

「……」

「……それにしても、何を言うかと思えば。家族ですか」

「……」

「虫唾が走りますね」

「……」





 室内の己以外全ての気配が消え、モルガナは天井を仰いだ。


「それでも、私は」

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