次回バカンス編
タイトル落ち感
あれから数日、僕らはそれまでと変わりのない生活を送っていた。
ライオネルは確かに退学していて、実習には参加していなかった。それどころか、実習の数日前から学園には来ていなかった。じゃあ、僕が見たライオネルは何だったんだ。幻? それとも、誰かの変装? でも、僕は確かに声も聞いたし、手にも触れた。あれが幻とは思えないし、変装にしては見た目も声も同じだった。変装の魔術はスカジいわく、無い。魔力でキグルミみたいに全身を覆えば姿は変えられるけど、そこまで精度は上げられない。小さくはなれないし、出来ても古いゲームのポリゴンみたいに不格好になる。本物と変わらないようになんて、人間には無理だ。
それと、騎士が3人行方不明になっているらしい。武器などの所持品の一部は発見されたけど、彼等本人は未発見だ。そしてそれは、僕らが向かった森の方面を警備していた騎士たちだ。僕らが森に入る前に見つけたものはきっと……
「ソール、なにボーッとしてるのよ」
そんな事を考えてると、フィスに声を掛けられた。その隣ではエインとカスミも心配そうな顔をこちらに向けていた。セラはご飯をもりもり食べている。
ここは僕の仕事先で、僕らは揃ってご飯を食べに来ていた。
「この前のこと考えてたの?」
「うん、まぁ」
「変に考えすぎてもダメよ。いざとなったらお姉ちゃんに任せなさい。全部ぶっ飛ばしてあげるから」
「気に為る気持ちは分かるけど、あまり気にしない方がいいよ。私の方でも調べておくから」
「ありがとう。姉さん、カスミ」
その気遣いにお礼を言う。
けど、僕にはもう一つ気になっていることがあった。
僕らを見たライオネルが言ったこと。
『ソールを殺すついでに頼まれてたんだよ。シシリーも殺せって』
シシリーを殺せ。
あいつは確かにそういった。頼まれたとも。
ライオネルが単独であんな化物になって、あの森まで行ったとは考えにくい。彼をあんな風にした奴と、シシリーを殺すよう言った奴はおそらく同じだろう。あるいは同じ団体に属する奴か。関係のない別々の人間が頼んだとは考えにくい。
そして更に言うなら、人間を異形にしてしまう技術。それには心当たりがある。
6年前、僕とフィスはベルナトッデ邸で同じようなものを見た。あの時闘った異形よりずっと強かったけど、何となく似てるものを感じた。あの時もノーリは誰かにあの技術を提供されたんじゃないだろうか。そして今回も……。
まさか、繋がっている?
「ソール!」
そこまで考えた所で、再びフィスに呼ばれた。少し怒っているような顔だ。
「もう。ご飯食べてるときくらいむずかしい顔やめなさいよね」
「あ、ごめん」
「というか、お腹減ってるから変なこと考えるのよ。男の子なんだからもっと食べなさい! ケイ! 料理追加で持ってきて!」
「ん? まだ食べるのかい?」
「そうなの。ソールが元気出そうなのをお願い」
「なんだ。まだポンコツなのかい、彼は。じゃあ、もう一品持ってくるとしよう」
ケイが流れるような所作で踵を返すと、厨房内へと消えていった。
「先刻も言ったけど、調べるのは私に任せて。何かあれば教えてあげるから」
「うん、そうだね。そうするよ」
さすがにこれ以上心配を掛けるわけにはいかないし、少なくとも人前で考え事をするのは止めよう。
「良し。其れは其れとして、皆は夏休みの予定は決めてるの?」
夏休み。
そう、ユミル学園には夏休みが存在する。
とは言っても、そんなに長いものではなく精々10日くらいのものだ。夏休みというのも学生が勝手に言っているだけで、本来は移行期間休みと言う。授業の前期が終わり、後期が始まるまでの間、学園側で準備をすることがあるから、その間は学園を閉めているのだ。学園に行けない生徒は必然休みとなる。それが丁度夏の期間のため、生徒からは夏休みと言われている。というか教師側もそう言ってたりする。
休みが短い為、地元が遠い多くの生徒は帰省せずに残り、帰るのは王都に実家を持つ者くらいだ。僕とフィスとカスミは家が遠すぎるので残るし、エインはそもそも学園都市にすんでいる。セラはあまり実家に帰りたがらない。なので寮の面子は全員が残ることになっている。
「別に行きたい所もないし、適当に街で遊ぶわよ」
フィスが素っ気なく答えた。
「うーん、俺も学園が休みつっても寮では家事とかやることあるからなぁ。どっか出掛けるってことはしないかな」
「ウチはいっぱい研究できるし、ずっと部屋にいるよー。あ、でもメドラウト先生が研究室に来てもいいって言ってくれたから、それには行くかも!」
エインとセラも出掛けるつもりはないようだ。
「ソールは?」
「僕も特にかなぁ。カスミは?」
「私も正直、街は離れないかな」
全員予定なし。
なんとも寂しい夏休みになりそうだ。
「何とも寂しい連中じゃのぅ。少しは学生らしく休みを楽しまんか」
と、急に横合いから声が掛けられた。
全員が胡乱げに見ると、そこに立っていたのはフードをすっぽりと被った怪しい人物だった。声からして、それなりに若い女性のようだけど。
「誰よアンタ」
こういう時に一切物怖じしない所がフィスは凄いと思う。
「おや、分からんか? まぁ、分からんか。ほれ」
女性はフードをチラリと上げた。するとその奥から整った顔立ちが現れた。怜悧な瞳に高く筋の通った鼻、色香を漂わせる唇。美人と評するに些かの疑いもない。
けれど、こんな美人さん知り合いにいたっけ? 口ぶりから誰かの知り合いっぽいけど。
テーブルの面々と顔を見合わせるけど、誰もが首を振った。
「なんじゃ。まだ分からんか。まぁ、それだけ私の変装が完璧ということじゃの。仕方ない。これならどうじゃ」
女性は髪をかき上げた。それで何が分かる――と、一瞬茶色の髪の奥に白く輝く髪が見えた。あの白金の髪は見た覚えがある。それにこの口調。
カスミも気付いたのか、顔を青くしている。
「ま、まさか――」
「ようやく気付いたか。そうじゃ、私じゃよ。みんな大好きモルガナ様じゃ。あ、周りにバレると面倒じゃから、名前は呼ぶでないぞ」
モルガナ王女は悪戯っぽく笑うと、空いている席に座った。
「ねぇ、ソール。誰?」
フィスが耳打ちしてきた。
「ちょ、フィス。本気?」
「なによ。会ったことのないんだもの。仕方ないでしょ」
「カスミ?」
「確かにフィスは会ったことないね」
いや、でもだからと言って。
「この方はユミル聖王国の王女モルガナ様だよ」
なるべく小声で紹介する。
「初めましてじゃな。フィス殿。お話はスカジ様より聞いておるし、学園でも大層名を馳せておるとか」
「あら、お母さんの知り合いなのね。よろしく、モルガナ」
「様つけてっ」
「……様」
「よろしくフィス」
「で、その偉い人がここに何の用なの?」
フィスは本当に物怖じしないなあ!
「おう、そうじゃそうじゃ。実はお主らを誘いに来たんじゃ」
「誘い?」
「そうじゃ。もうすぐ学園は休みになるじゃろ? それで折角じゃから国の休養地に来んかと思っての」
「なんでよ」
「うむ。この頃、色々あったじゃろう。特にソールには迷惑かけっぱなしじゃからの。此方としても非常に申し訳なく思っておるのじゃ。じゃから、せめて休養によい施設くらい提供せねばならぬと思っての」
確かにここ最近は魔獣の襲来やら、ライオネルとの戦いやらあったけど。だからと言ってモルガナに気を使われるようなことではないような。
「いやいや。スカジ様に二人を頼まれておるのに、あんな目に立て続けに遭われては、私個人としても、国としても立つ瀬がないでのう。客人を辛い目に合わせてばかりはおられぬ。帳尻を合わせるというわけではないが、せめて楽しい時間を提供したいのじゃ」
うーん、正直そこまで気にしなくてもいいんだけど。でも一国の王女にここまで言われたら断るのも悪いというか、逆に無礼な気がしてくるなぁ。
「お受けしても良いんじゃないソール」
「そうだね。断る理由もないしね」
「おぉ、そうか。それは良かった。人数はよければお主の寮の住人全てを連れてくると良い」
「え、俺らもいいのか――ですか」
「うむ。もちろんじゃ。それとシシリー姫も誘っておるでな。皆仲良く遊ぶが良い。それでは夏休み初日の朝に迎えをよこすでな」
「はい。ありがとうございます」
「さて、用も済んだし帰るとするかの」
「というか、何で直接いらっしゃったんですか? こういうのって部下の人がやるものでは……」
そもそも王女自らこんな街のど真ん中に来るとかおかしすぎるでしょ。ティティスさんとか何も言わなかったんだろうか。
「いや、最近仕事が多すぎてサボり――ゴホン。やはり誠意を見せるためにも、こういうのは直接赴いてこそじゃからな」
「なんか、いま本音が漏れませんでした?」
「気のせいじゃ。私は常に職務に全力じゃ」
「……」
「う、うむ。では帰るのじゃ」
モルガナはそそくさと席を立つと、扉の外の雑踏へと消えていった。
「――あれ?」
いま……。
フィスも気がついたようだ。
「どうかしたか?」
「うん、扉を出た瞬間、モルガナ様の気配が消えたんだ」
「どういう事だよ」
「いや、そのまんまなんだ。煙みたいにふっと消えたんだ」
「すげースピードで移動したとか」
「うーん、そういうのじゃなかったと思うんだけど。フィスはどう思った?」
「分かんないわよ」
「だよねぇ」
一同が首を傾げる中、カスミだけが思案顔で俯いていた。
次回更新は8月14日7時の予定です。




