起き上がるモノ
ライオネル――僕らのクラスメイトで、少し嫌なところがあるけれど、普通の貴族のお坊ちゃんで、今回の実習も他のクラスメイトといつも通りの顔をして参加していたはずだった。
決して、クラスメイトの血で口を濡らすような奴ではなかったはずだ。
ライオネルは僕らを見ると、ニチャリと口端を歪めた。
「あはぁ、ソールじゃないか。どうした、こんな所で。どうしたぁ、そんな顔をして」
カタカタと笑う。
なんだこれは。
「おいおい、俺様が聞いてるんだ。疾く質問に答えろよ」
持っていたレヌアールのナニカが後ろへ投げ捨てられた。
どうしてこうなった。どうしてこうなってる。何が起こっている。
「ひ、い、いあ、ああああああああああああああああ」
ベノワが悲鳴を上げながら座り込んだ。
ライオネルの視線が一瞬そちらに向けられたが、すぐに僕へと戻った。その目は、ベノワがまるで目に入っていないようだった。
「ライオネル、何をしているんだ」
僕は色々なものを飲み込んで尋ねた、が――
「おい、質問を質問で返すんじゃねぇよ。いま質問してるのは俺だろうが。それに何だ? いま貴様なんて言った。俺様をなんて呼んだ? ライオネル? あぁ!? ライオネル様だろうがよぉ!」
「ひっ」
後ろでシシリーの息を呑む声が聞こえた。
「あ? あーあー、なんだ、シシリーもいたんじゃないか。あー、なんだっけか。なんか頼まれてた気がする」
何かを思い出そうとしているのか、頭を上へ下へと、がくんがくんと振っている。その様は、既に彼が尋常では無いことを雄弁に表していた。
やがて頭の動きが止まる。
「おー、そうだそうだ。ソールを殺すついでに頼まれてたんだよ。シシリーも殺せって」
「なっ」
「でも、だぁれに頼まれてたんだっけか。あー、どうも思い出せねぇなぁ。まぁ、いっか。とりあえず殺せばいいんだよなぁ。あーははは」
ライオネルがゆっくりと歩き出した。
これはどう考えてもまずい。
「みんな、僕の後ろから離れないで!」
4人を背に庇う位置に立つ。
何がどうなってるか分からないけど、とにかくライオネルを止めないと!
「まずは動きを止める! 話を聞くにしてもそれからだ!」
緩慢な動作で近付いてくるライオネルに掌底を叩き込み、脳を揺さぶった所で後ろに回って腕を取って倒した。よく警察が取り押さえをしている時と同じ格好だ。
「ライオネル! 一つずつ説明して貰うよ!」
「貴様。また俺様を呼び捨てにしたな」
下から物凄い力で押し上げてくる。なんだこれ! 子どもの力じゃないぞ! こっちは身体能力強化してるのに。
「止めろ! 無理に動くと腕が折れる!」
「あががガガガががガ」
それでもなお、拘束から抜け出そうともがく。これ以上は本当に腕が折れる――!
「ガアァ!」
そして骨が折れる感触と、抜け出された感触を同時に感じた。
ライオネルは抜け出した勢いで距離を取った。
なんて奴だ。腕が折れるのも構わずに逃げるなんて。痛みを我慢するとか、そういうレベルじゃないぞ。
人体の構造的に抜け出せるものじゃないのに。
「痛い。いたいなぁ、ソールぅ。ソールそールソールソーるソーるそールぅ!」
「くそっ」
ライオネルは半狂乱に僕の名前を呼びながら突進してきた。
ダメだ。普通のやり方じゃ止まらない!
「仕方ない。少し眠ってもらうよ!」
伸ばされた手を躱して腹部に一発、次いで顎、眉間にも拳を叩き込む。最後に胸部への蹴りを入れると、ライオネルは人形のように後方へと飛んでいった。
死んではいないと思うけど、これならすぐに動けはしないはずだ。
そう思ったけど、甘かった。
「くっ――ひひひっひひひひ」
ライオネルがゆらりと立ち上がった。
「そんな。全部急所に入った。少なくともすぐに起き上がれるダメージじゃないはず」
「けど、現に起き上がってるぜ!」
エインの言う通りだ。驚いてる場合じゃない。いまは現実に起きてることをちゃんと受け止めないと。
「ソール様! 彼はどう見ても普通じゃありません。生半可な事では止められない」
「うん、あんなの絶対に変だよ。ここは一旦逃げよう」
「ひっひひ。逃げる? 逃げニゲ逃げる……ナァ!」
ライオネルが数mの距離を一気に跳躍して詰めてきた。こんなの身体能力強化してる人間じゃないと無理だ。けど、ライオネルにその魔術は使えなかったはず。
「――こんのぉ!」
カウンター気味に回し蹴りを放ち、またライオネルを吹っ飛ばす。しかし、やはりすぐに起き上がってきた。
「ソール。早く逃げよう」
「ダメだ。さっきのジャンプ見たでしょ。あれじゃあ、ライオネルのほうが足が速い。逃げても確実に追いつかれる」
「じゃあ、どうすれば」
どうすればいいか。
それはもう自分では分かっていた。
けれど、出来れば避けたかった。
ライオネルはクラスメイトだ。決して仲は良くなかったけど。むしろ嫌われていたけど。レヌアールを(おそらく)殺したんだろうけど。
それでも出来たら避けたかった。
僕は横目でシシリー達を見た。
「それでも、僕には守らないといけないものがあるから」
僕は覚悟を決めると、剣を抜いた。
「ソール!?」
シシリーの驚いた声が聞こえる。けれど、僕は振り返らない。
「ライオネル! これ以上近づくなら、僕は君を斬る! これは忠告だ! だから下がってくれ!」
最後通牒。
「そーるぅぅぅう! 何度! なんど! 言えばワカルんだ! ライオネル――様だろうガッ!」
しかしライオネルは聞き入れる事はなく、再び跳躍してきた。
そして僕は躊躇うことなく、腕を切り落とした。
「ライオネル!」
そして全力で顔面を蹴り飛ばした。
ライオネルの身体は宙を舞い、受け身も取らずそのまま地面へと激突した。これなら、もう動けないどころか、今すぐ治療をしないと本気で死んでしまう程の深手だ。
僕はライオネルへ近づこうとして、足を止めた。
「嘘だろ……」
エインの言葉に僕も同意だった。
ライオネルは、さっきまでと同じように立ち上がったのだ。
腕の切断面からは大量に血が溢れていて、顔も骨が折れて陥没している。
「げひゃひゃひゃ、が、ぞ、ぞぉう」
背筋が震えた。
そこにあったのは恐怖の感情だった。
得体の知れないモノに。
出遭ってはいけないモノに出遭ってしまった。
理解の及ばないモノに抱く、根源的恐怖。
ソレは、先の衝撃で折れた足を引きずりながら、確実にこちらへと近付こうとしていた。
「う――うわああああああああああああ!」
ダメだダメだダメだ!
これはダメだ!
これを人間だと思ってはいけない。
これを真っ当な生物として扱ってはいけない。
僕の本能の部分が警鐘を鳴らしている。
これは、今ここで終わらせなければならないモノだ!
僕は剣を振るう。
躊躇いなどなかった。
そんな余地などなかった。
僕は恐ろしいものを見た時に目を瞑るのと同じように、ライオネルだったモノの首を刎ねた。
「殺した……のか?」
立ち竦んでいた僕へエインが近寄ってきた。
「うん」
エインは転がった首を見て顔を顰めたが、目を逸らしはしなかった。そして僕の方を叩くと、
「気にすんなっつーのは無理だろうけどよ。お前の責任じゃねぇよ、これは」
「いや、殺したのは僕だ。それだけは間違いないことなんだよ」
「そうだとしても――そうだとしたら、それはここにいる全員の話だ。手を下したのは確かにお前だけど、同時に俺らでもある。一人で背負い込むなよ」
「……うん、ありがとう」
どうにも心は重かったけれど、エインの気遣いが嬉しくて、これ以上彼に迷惑はかけられないと思い、僕は頷いた。
そして、そろりそろりとベノワも近付いてきた。シシリーはヒルダに止められているようだ。うん、これはシシリーに見せるものじゃない。ヒルダに感謝だ。
ベノワは転がった頭を剣の鞘でつついて、なんお反応もないことを確認すると、安堵の息を吐いた。
「は、ははは。ざまぁみろ」
それが何に対しての「ざまぁみろ」なのかは分からなかったけど、問い詰める気も起こらなかったので、そのまま聞かなかった事にした。
「そうだ。レヌアール」
エインとレヌアールらしき死体へと近付いていく。
さっきはハッキリと確認できなかったけど、やはり間違いなくその死体はレヌアールだった。胸部が大きく裂けていて、心臓があっただろう位置はポッカリと空いていた。顔には恐怖と苦痛が綯い交ぜになった表情が張り付いていた。
どうしてこうなったのか。
どうしてライオネルはここにいて。どうしてレヌアールを襲い。どうしてこんな殺し方をしたのか。
それは分からないままだ。
聞き出そうにも、ライオネルは死んで――いや、殺してしまったから。
「どうするよ。さすがにこのまま放っておけないよな。埋めるか?」
「え?」
「いや、いくらなんでも連れて帰るのは現実的じゃねぇだろ。だからと言って、放って置いても魔獣か野犬に食われるだろうし。それは忍びねぇしさ。だったら埋めるしかないかと思ってよ」
「あぁ、うん、そっか。そうだね」
エインは本当に心が強いし冷静だ。
僕は実際は20歳以上だっていうのに情けない。
「そうだね。簡単にだけど埋葬しよう。その後のことはベイリンに報告して任せよう」
「分かった。一応、スコップあったよな。時間掛かるけど、それで」
「いや、いいよ。魔術でなんとかするから」
「お?」
僕はしゃがみ込むと、隆起壁を唱えた。土が隆起し、その分の穴が空いた。
「おぉ、さすがソールだな。土魔術も使えたんだな」
「まぁ、簡単なものだけね」
僕らは穴にレヌアールの遺体を寝かせると、再び魔術で穴を閉じた。一応目印に十字架の形に土を隆起させてある。この世界で十字架なんて意味は無いけれど、個人的に供養のためだ。
「じゃあ、次はライオネルだね」
「そうだな。気に食わない奴だし、最後は分けわかんなくなってたけど、だからって放っておくわけにはいかないもんな」
僕らはレヌアールと同じように埋葬しようとライオネルの遺体に近付いた。けれど、ベノワが反対した。
「こんな奴まで埋葬しなくてもいいだろ。こいつは散々他のやつを馬鹿にして、いびり倒して、偉そうに振る舞って、家のことを持ち出しては脅して、命令して。今回だって、そのせいで危険な目に合わされて。レヌアールだって!」
「そうかもしれないけどよ。だからと言って、このままじゃ、さすがにあんまりだろ」
「いいや、コイツには相応しい罰だね! 野犬にでもなんでも食われちまえばいいんだ!」
「まあまあ、そう言わずに」
僕は彼を宥めながらしゃがみ込み、地面に手をついた。
「見ろよ、これを。罰ってんなら、こんな死に方しちまった事が十分に罰……だ、ろ」
エインの様子が少し変だった。見上げると、ベノワの様子もおかしかった。
「エイン、どうし――」
「ソール、逃げろ!」
「え――」
瞬間、強烈な衝撃が僕を襲った。
僕の身体は宙を飛び、気に叩きつけられた。
「が――はっ――」
肺の空気が全て吐き出される。衝撃で視界が歪む。幸いにも身体強化自体は解いてなかったので、木に激突した衝撃で背骨が折れることがなかったことか。
なんだ、いまのは。
まさか新手の魔獣? そんなバカな。ちゃんと周囲の警戒は怠らなかったはず。いや、それよりエインは?
ふらつく身体に無理に言うことを聞かせて立ち上がる。
そこで見たのは、剣を構えるエインと、腹部を刺し貫かれたベノワ。
そして、自分の首を手に持って立ち上がっていたライオネルだった。
次回更新は7月17日(月)7時の予定です




