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黄昏の転生者(ストレンジャー) 旧:雷霆の騎士  作者: 林檎亭
3章 ユミル王立士官学園 第二片
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魔に出逢う刻

「本当にこっちで合ってる?」


 何度目かの質問が飛んだ。

 地図の上ではすぐに抜けるはずの森だったけれど、未だに僕らは森の中にいた。むしろ森の奥深くにどんどん踏み入っているような感じだ。


「地図ではこっちなんですけど……」


 レヌアールが持つ地図を全員で確認するが、やはり方角は合っている。


「でもさすがにおかしいって。もしかして地図のほうが間違ってんじゃね?」

「そうなのかなぁ。でも、そんなの渡されるかなぁ」


 さすがに事前に確認くらいしているだろう。みんなはそう思っていたから、疑いはすれど口にまでは出さなかった。けれど、もう随分と歩いた。地図を疑いたくなるのも当たり前と言えた。


「一回戻ろうぜ。これ以上は危ねぇよ」

「うん、そうだね。私もそれがいいと思う」

「私も同意見です」

「僕も戻ったほうがいいと思う。さすがに変だし」


 こうして4人の意見が一致したんだけど、残りの2人は難色を示していた。


「でも、地図がこっちってなってるんだし……」

「そ、そうだよ。それに、戻って遅くなったら、評価も下がっちゃう」


 さっきからこの調子だ。レヌアールとベノワはどうしても引き返したくないらしい。


「確かに評価は下がるかもしれないけど、それ以上にこれ以上進むほうが良くないよ」


 説得を試みるが、2人は首を縦に振りたがらない。

 と、ここで後で様子を見ていたヒルダが2人の前に立った。


「貴方がた、何を隠しているのですか?」


 その言葉を聞いた2人の反応は激的だった。分かりやすいくらいに狼狽している。


「べ、別に隠してることなんてないよ。なぁ、ベノワ」

「えっ。う、うん。そうだよ。なんにも隠してなんかないよ」


 目は泳いでるし、声が震えている。これで何も隠していないという言を信じるほうが無理だろう。

 ヒルダは大きなため息を付くと、僕らへと向き直った。


「戻りましょう。この2人の意見はもう参考にはなりません」

「うん……」

「そうだな。そうしようぜ」


 そうして3人が歩き出した――が、


「待って。動かないで」


 僕がそれを止めた。


「なんですか。今度は貴方ですか? いい加減にして下さい。何だと言うんですか」


 捲し立てるヒルダへ、分かりやすく静かにするようサインを出す。


「何なんですか。いくらシシリー様のご友人でも、これ以上訳の分からないことを続けるのなら、容赦しませんよ」

「違う。いいから静かに。あと、全員近くに寄って」

「な――」

「ヒルダ待って。言うとおりにして。ソールがこう言っているのなら、きっと何かあるよ」


 ヒルダは嫌そうな顔をしたけど、渋々ながらも従った。

 全員が固まった所で、僕は皆を背に庇いながら、前を睨みつけた。


「魔獣が来てる。全員、武器を抜いて」

「マジかよ」

 エインが言うやいなや剣を抜いて、僕が見ている方向へと構えた。

「それならそうと早く言って下さい」

 次にヒルダがシシリーを守るように構えた。

「え、え、魔獣?」

 シシリーも戸惑いながら剣を抜いた。

「ま、まま魔獣だって?」

「そんな。そんなはずは――」

 レヌアールとベノワも遅れて武器に手をかけた。


 しばらくすると、草木をかき分けるような音が近付いてきた。


「みんな、僕から離れないで」


 音はすぐ近くまで来ると、一旦止まった。

 けど、これは――。


「エイン、ヒルダ、左右を警戒して。レアヌールとベノワは後方を。シシリーはそのまま」

「どうしたんだよ」

「うん、囲まれてるね」

「マジかよ」


 囲いが完成したのか、魔獣がすぐに姿を表した。

 狼型の魔獣だった。ちょっと牙とか爪とか太過ぎるけど。あと普通の狼に比べて、前足の筋肉が異様に発達している。


「確か、この特徴を持つ魔獣は――ガルム」


 数匹~十数匹の群れを作る、D級の魔獣だ。そんなに強い部類ではないけれど、学生が戦える相手ではない。


「こ、こっちにも来た!」


 後ろからもガルムが姿を表した。これで、すっかり囲まれてしまったようだ。


「絶対に僕から離れないでね! こいつらは――」

「ガァ!」

「ひぃぃ!」


 僕が注意しようとした時、後ろから近づいてきていたガルムが吠えて威嚇してきた。そして、それに驚いたレヌアールが走り出してしまった。


「待っ――」


 レヌアールは囲いの間へと走り出した。わざとらしく空けてある所へと。

 ガルムはこうやって獲物を誘い出して、隙を突くという狩りを行う。今も囲いを抜け出そうとしているレヌアールへ、両サイドから襲いかかろうとしていた。


「させるか! 氷弾アイスバレット!」


 鋭利な氷の弾丸が二匹のガルムを撃ち抜いた。

 これでレヌアールが襲われるのは回避できたけど、彼は脇目も振らずそのまま走り去ってしまった。


「あいつ! 逃げやがった!」

「放っておきましょう。逃げたのなら、それはそれで足手まといにならなくていいです! 上手く逃げられたみたいですし、むしろ安全でしょう」

「くっ。僕も助けたいけど、逃げながらじゃ戦いにくい。ここはさっさと倒して、早く追おう」

「分かった! じゃあ、さっさとこいつらぶっ倒そうぜ」


 血気に逸るエインを静止する。


「いや、エイン達は守りを固めて。倒すのは僕がやる」

「僕がやるって、お前」

「大丈夫。今日はこないだと違って、ちゃんと武器もあるからね」

「そうか。まぁ、お前が言うなら大丈夫なんだろうよ。よし、お姫さんの事は任せろ」

「うん、よろしくっ」


 僕は剣を構えると、身体強化でもって正面のガルムを一息に切り捨てた。そして未だに反応しきれていない両隣の二匹も切り捨てる。

 そこでわざと立ち止まり、ガルム達を睥睨した。


「ガルァァアアア!」


 仲間が切り捨てられた事に気付いたガルムは怒ったように吠えた。そして、それを聞きつけた他の姿を隠していたガルムが、次々に表れた。おそらく潜んでいたであろう他の仲間も、仇討のために僕を狙ってくるはずだ。


「悪いけれど、時間は掛けていられない。来い!」


 3匹のガルムが一斉に飛び掛ってきた。しかし、それを一刀のもとに斬り倒す。

 一瞬で仲間がやられた事で、ガルムが少し怯んだ。


「逃しもしない――」


 僕は一番近いガルムへと駆け出した。ガルムはこの速度に全く反応できていなかった。

 目に見えているガルムを次々と斬り飛ばす。逃げようとするものがいれば、そちらを優先に。シシリー達を狙うものは更に優先的に。全てを一撃で斬り伏せていく。情は掛けない。それは後で自分の首を絞める事になる。僕は経験でそれを知っている。




 時間にして1分も掛からない内に、全てのガルムを討ち倒された。数も十いるかいないか程度だったので、そんなに苦労もしなかった。

 僕は剣に付いた血糊を払うと、魔術で洗い流し、布で拭いた。


「ふぅ。これで大丈夫だ。さあ、レアヌールを追い掛けよう」


 シシリー達を見ると、4人とも僕をじっと見たまま硬直していた。


「え、なに? どうかした?」

「いや、お前ほんとに強ぇんだなって」


 言い終わる頃にはエインは硬直を解いて、剣を納めてから息を吐いた。シシリーとヒルダも続いて構えていた武器を下ろした。そして最後にベノワが武器を納めた所で、ヒルダが持っていた武器を上げて、ベノワの襟首を掴んだ。刃の切っ先がベノワに突きつけられている。


「ちょ――お前何してんだよ」

「エインさん、少し静かにしていて下さい。ベノワ。貴方、何を隠しているのですか」


 ぐいと剣先が喉に押し当てられる。

 隠し事。

 それは確かに全員が感じていたことだ。レヌアールとベノワは何か――おそらく共通の――隠していると。

 だから僕らは誰もヒルダを止めようとしなかった。


「か、隠してなんかいないですよ」


 ベノワはしらばっくれるが、声から動揺が聞いて取れるし、目は泳いでいる。


「貴方がたが何かを隠しているのは分かっていました。けれど、これはあくまでチーム行動の実習ですし、実害がないならと捨て置いていました。しかし、こうしてシシリー様に危害が及ぶと慣れば話は別です」


 エイダが襟首を掴んでいる手に更に力を込めた。


「シシリー様に危害を加えるものは何であろうと許さない。私はその全てを排除する。仮令それが級友であっても、私は一切の容赦をしない」


 その言葉には重みがあった。本気であるという強い意志を感じた。

 ヒルダは、シシリーのためなら本当に級友をも手にかける。

 ベノワもそれが分かったのだろう。顔面は蒼白で、脂汗は止まらず、身体が小さく震えていた。

 そして、その状態は数秒保たなかった。


「ら、ライオネルだ。ライオネルこうしろって脅されたんだ! 偽物の地図を渡して、誘導しろって。ぼ、僕のうちは小さな騎士の家だから、クローダス家には逆らえないんだ!」

「ふん。で、魔獣に襲わせろと? 自分が死ぬかもしれないのに?」

「ち、違う! 僕らはそれは知らなかったんだ。ただ、遠回りをさせて、クラスで最下位にならせて恥をかかせるって。それだけだって」

「……」


 ヒルダはベノワを睨みつけたまま、微動だにしなかった。


「本当だ! 本当だって! 僕だって魔獣が出るなんてしってたら、こんな所には来なかった!」

「ヒルダ、多分ベノワの言ってることは本当だと思うよ」

「どうしてそう思うのですか」

「さっきガルムが出てきた時に言ってたんだ。そんなはずは――ないって。それは、この事態を知らなかったからじゃないかな」


 ヒルダは少し黙っていたが、やがてその手を離した。


「そうですね。私も聞いていました。おそらく本当に彼等は知らされてなかったのでしょう」


 それを聞いてベノワがほっと息をついた。


「だからと言って、貴方がやったことが許されるというわけではありません」

「ひぃ」


 再び首元に剣が突きつけられた。


「次おかしな真似をすれば、問答無用で首を刎ねます。よろしいですね」


 有無を言わせないヒルダの迫力に、ベノワは必死に首を縦に振っていた。


「よし。じゃあ、遅くなったけどレアヌールを追い掛けよう」

「いえ、もう放っておきましょう。私はシシリー様を一刻も早く安全な場所にお送りしたい」

「だ、ダメだよヒルダ! いくら私達を騙してたからって、クラスメイトなんだから助けに行かないと! それに、彼等は脅されてたんだから、どちらかと言うと被害者だよ!」

「駄目です。帰りますよ」

「いや! ほっとけないもん!」


 シシリーとヒルダはしばらく目を合わせていたが、その内にヒルダが諦めたように溜め息を付いた。


「分かりました。貴方様は一度言い出すと聞きませんからね」

「ありがとうヒルダ!」

「はあ。ただし、絶対に私から離れないでくださいね。あと、いざとなれば必ず御身を第一に考えて下さい」

「うん、分かった!」

「はあ」


 ヒルダが三度目の大きなため息を付いた。


「ソール様。レヌアールさんを追うという事ですが、何か当てはあるのですか? 闇雲に森を探しても絶対に見つかりませんよ。何も方法がないなら、やはりシシリー様は連れ帰らせていただきます」

「うん。それについては、間違いなく追えると思うよ」

「ほう。どうやってですか」

「逃げた痕跡を追うんだ。レヌアールが森の中に精通した狩人とかなら厳しいけど、そんなことないだろうし。ほら、まずそこ。レヌアールが突っ込んでいった方の枝が折れてるし、地面に足跡だってあるでしょ」

「なるほど確かに。しかし、いつまでもそれで追えるのですか? 目印がない場合もあるでしょう」

「それは考えにくいよ。意図的に隠そうとしない限りは必ず何かの痕跡は残るんだ」

「貴方はそれを見落としなく、見つけられると?」

「うん。昔から森歩きはよくさせられてたからね……」


 ふとスカジとの修行生活が頭を過ぎった。


「な、なんかソールが遠い目をしてる」

「うん、生きてるって素晴らしいよね」

「いきなりどうしたの!?」

「いや、修行中のことを思い出して……」

「それであんな虚ろな目を!? 一体何が……」

「うん、まぁ、それはもういいじゃない。ほら、思い出したくないことってあるよネ」


 人間は過度のストレスを感じた出来事を忘れるように出来ている。しかし身体に刻みこれたものまでは消せない。ああ、指が震える。


「ほら、僕のことはもういいじゃない。レアヌールを追おう」

「そ、そうだね!」


 シシリーもそれ以上は追求してこなかった。

 なので僕は開きかけた記憶の扉をそっと閉じた。




 思った通り、追跡自体は簡単だった。余程がむしゃらに走ったんだろう。探すまでもなく、痕跡だらけだった。


「確かにこれなら、私でも追えそうですね」

「いや、俺さっきから全然わかんねーんだけど」

「私は何となく分かるんだけど、なんとなくでしか分かんない!」


 シシリーはお姫様なのに野生児的なところあるよね。

 痕跡は多いし、置いやすくはあったけれど、レヌアールはかなりの距離を進んだらしく、あれからかなりの時間が経ったにも関わらず、いまだに追いつけていない。もうすぐ夕刻に差し掛かろうとしている。

 知らなかったけど、健脚だったんだなぁ。

 けど、もう随分と近くまで来ているはずだけど。

 そう思った時だった。


「――っ!」


 遠くから悲鳴が聞こえた。


「いまの!」

「あぁ、俺にも聞こえた」

「レヌアールの声だ。急ごう!」


 僕らは声がした方向へと走り出した。

 くそ、間に合ってくれ!

 そうして、僕らが声の元へと辿り着いた時、そこには信じられない光景が広がっていた。

 無残に引き裂かれて息絶えてしまったレヌアール――だったもの――そして。


「お前は……」


 それ・・が振り向いた拍子に、レヌアールの■■がべちゃりと零れる。口元を真っ赤に濡らした――そいつは、ここにいる全員が知る人物だった。



「どうして、ライオネル――」









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