魔に出逢う刻
「本当にこっちで合ってる?」
何度目かの質問が飛んだ。
地図の上ではすぐに抜けるはずの森だったけれど、未だに僕らは森の中にいた。むしろ森の奥深くにどんどん踏み入っているような感じだ。
「地図ではこっちなんですけど……」
レヌアールが持つ地図を全員で確認するが、やはり方角は合っている。
「でもさすがにおかしいって。もしかして地図のほうが間違ってんじゃね?」
「そうなのかなぁ。でも、そんなの渡されるかなぁ」
さすがに事前に確認くらいしているだろう。みんなはそう思っていたから、疑いはすれど口にまでは出さなかった。けれど、もう随分と歩いた。地図を疑いたくなるのも当たり前と言えた。
「一回戻ろうぜ。これ以上は危ねぇよ」
「うん、そうだね。私もそれがいいと思う」
「私も同意見です」
「僕も戻ったほうがいいと思う。さすがに変だし」
こうして4人の意見が一致したんだけど、残りの2人は難色を示していた。
「でも、地図がこっちってなってるんだし……」
「そ、そうだよ。それに、戻って遅くなったら、評価も下がっちゃう」
さっきからこの調子だ。レヌアールとベノワはどうしても引き返したくないらしい。
「確かに評価は下がるかもしれないけど、それ以上にこれ以上進むほうが良くないよ」
説得を試みるが、2人は首を縦に振りたがらない。
と、ここで後で様子を見ていたヒルダが2人の前に立った。
「貴方がた、何を隠しているのですか?」
その言葉を聞いた2人の反応は激的だった。分かりやすいくらいに狼狽している。
「べ、別に隠してることなんてないよ。なぁ、ベノワ」
「えっ。う、うん。そうだよ。なんにも隠してなんかないよ」
目は泳いでるし、声が震えている。これで何も隠していないという言を信じるほうが無理だろう。
ヒルダは大きなため息を付くと、僕らへと向き直った。
「戻りましょう。この2人の意見はもう参考にはなりません」
「うん……」
「そうだな。そうしようぜ」
そうして3人が歩き出した――が、
「待って。動かないで」
僕がそれを止めた。
「なんですか。今度は貴方ですか? いい加減にして下さい。何だと言うんですか」
捲し立てるヒルダへ、分かりやすく静かにするようサインを出す。
「何なんですか。いくらシシリー様のご友人でも、これ以上訳の分からないことを続けるのなら、容赦しませんよ」
「違う。いいから静かに。あと、全員近くに寄って」
「な――」
「ヒルダ待って。言うとおりにして。ソールがこう言っているのなら、きっと何かあるよ」
ヒルダは嫌そうな顔をしたけど、渋々ながらも従った。
全員が固まった所で、僕は皆を背に庇いながら、前を睨みつけた。
「魔獣が来てる。全員、武器を抜いて」
「マジかよ」
エインが言うやいなや剣を抜いて、僕が見ている方向へと構えた。
「それならそうと早く言って下さい」
次にヒルダがシシリーを守るように構えた。
「え、え、魔獣?」
シシリーも戸惑いながら剣を抜いた。
「ま、まま魔獣だって?」
「そんな。そんなはずは――」
レヌアールとベノワも遅れて武器に手をかけた。
しばらくすると、草木をかき分けるような音が近付いてきた。
「みんな、僕から離れないで」
音はすぐ近くまで来ると、一旦止まった。
けど、これは――。
「エイン、ヒルダ、左右を警戒して。レアヌールとベノワは後方を。シシリーはそのまま」
「どうしたんだよ」
「うん、囲まれてるね」
「マジかよ」
囲いが完成したのか、魔獣がすぐに姿を表した。
狼型の魔獣だった。ちょっと牙とか爪とか太過ぎるけど。あと普通の狼に比べて、前足の筋肉が異様に発達している。
「確か、この特徴を持つ魔獣は――ガルム」
数匹~十数匹の群れを作る、D級の魔獣だ。そんなに強い部類ではないけれど、学生が戦える相手ではない。
「こ、こっちにも来た!」
後ろからもガルムが姿を表した。これで、すっかり囲まれてしまったようだ。
「絶対に僕から離れないでね! こいつらは――」
「ガァ!」
「ひぃぃ!」
僕が注意しようとした時、後ろから近づいてきていたガルムが吠えて威嚇してきた。そして、それに驚いたレヌアールが走り出してしまった。
「待っ――」
レヌアールは囲いの間へと走り出した。わざとらしく空けてある所へと。
ガルムはこうやって獲物を誘い出して、隙を突くという狩りを行う。今も囲いを抜け出そうとしているレヌアールへ、両サイドから襲いかかろうとしていた。
「させるか! 氷弾!」
鋭利な氷の弾丸が二匹のガルムを撃ち抜いた。
これでレヌアールが襲われるのは回避できたけど、彼は脇目も振らずそのまま走り去ってしまった。
「あいつ! 逃げやがった!」
「放っておきましょう。逃げたのなら、それはそれで足手まといにならなくていいです! 上手く逃げられたみたいですし、むしろ安全でしょう」
「くっ。僕も助けたいけど、逃げながらじゃ戦いにくい。ここはさっさと倒して、早く追おう」
「分かった! じゃあ、さっさとこいつらぶっ倒そうぜ」
血気に逸るエインを静止する。
「いや、エイン達は守りを固めて。倒すのは僕がやる」
「僕がやるって、お前」
「大丈夫。今日はこないだと違って、ちゃんと武器もあるからね」
「そうか。まぁ、お前が言うなら大丈夫なんだろうよ。よし、お姫さんの事は任せろ」
「うん、よろしくっ」
僕は剣を構えると、身体強化でもって正面のガルムを一息に切り捨てた。そして未だに反応しきれていない両隣の二匹も切り捨てる。
そこでわざと立ち止まり、ガルム達を睥睨した。
「ガルァァアアア!」
仲間が切り捨てられた事に気付いたガルムは怒ったように吠えた。そして、それを聞きつけた他の姿を隠していたガルムが、次々に表れた。おそらく潜んでいたであろう他の仲間も、仇討のために僕を狙ってくるはずだ。
「悪いけれど、時間は掛けていられない。来い!」
3匹のガルムが一斉に飛び掛ってきた。しかし、それを一刀のもとに斬り倒す。
一瞬で仲間がやられた事で、ガルムが少し怯んだ。
「逃しもしない――」
僕は一番近いガルムへと駆け出した。ガルムはこの速度に全く反応できていなかった。
目に見えているガルムを次々と斬り飛ばす。逃げようとするものがいれば、そちらを優先に。シシリー達を狙うものは更に優先的に。全てを一撃で斬り伏せていく。情は掛けない。それは後で自分の首を絞める事になる。僕は経験でそれを知っている。
時間にして1分も掛からない内に、全てのガルムを討ち倒された。数も十いるかいないか程度だったので、そんなに苦労もしなかった。
僕は剣に付いた血糊を払うと、魔術で洗い流し、布で拭いた。
「ふぅ。これで大丈夫だ。さあ、レアヌールを追い掛けよう」
シシリー達を見ると、4人とも僕をじっと見たまま硬直していた。
「え、なに? どうかした?」
「いや、お前ほんとに強ぇんだなって」
言い終わる頃にはエインは硬直を解いて、剣を納めてから息を吐いた。シシリーとヒルダも続いて構えていた武器を下ろした。そして最後にベノワが武器を納めた所で、ヒルダが持っていた武器を上げて、ベノワの襟首を掴んだ。刃の切っ先がベノワに突きつけられている。
「ちょ――お前何してんだよ」
「エインさん、少し静かにしていて下さい。ベノワ。貴方、何を隠しているのですか」
ぐいと剣先が喉に押し当てられる。
隠し事。
それは確かに全員が感じていたことだ。レヌアールとベノワは何か――おそらく共通の――隠していると。
だから僕らは誰もヒルダを止めようとしなかった。
「か、隠してなんかいないですよ」
ベノワはしらばっくれるが、声から動揺が聞いて取れるし、目は泳いでいる。
「貴方がたが何かを隠しているのは分かっていました。けれど、これはあくまでチーム行動の実習ですし、実害がないならと捨て置いていました。しかし、こうしてシシリー様に危害が及ぶと慣れば話は別です」
エイダが襟首を掴んでいる手に更に力を込めた。
「シシリー様に危害を加えるものは何であろうと許さない。私はその全てを排除する。仮令それが級友であっても、私は一切の容赦をしない」
その言葉には重みがあった。本気であるという強い意志を感じた。
ヒルダは、シシリーのためなら本当に級友をも手にかける。
ベノワもそれが分かったのだろう。顔面は蒼白で、脂汗は止まらず、身体が小さく震えていた。
そして、その状態は数秒保たなかった。
「ら、ライオネルだ。ライオネルこうしろって脅されたんだ! 偽物の地図を渡して、誘導しろって。ぼ、僕のうちは小さな騎士の家だから、クローダス家には逆らえないんだ!」
「ふん。で、魔獣に襲わせろと? 自分が死ぬかもしれないのに?」
「ち、違う! 僕らはそれは知らなかったんだ。ただ、遠回りをさせて、クラスで最下位にならせて恥をかかせるって。それだけだって」
「……」
ヒルダはベノワを睨みつけたまま、微動だにしなかった。
「本当だ! 本当だって! 僕だって魔獣が出るなんてしってたら、こんな所には来なかった!」
「ヒルダ、多分ベノワの言ってることは本当だと思うよ」
「どうしてそう思うのですか」
「さっきガルムが出てきた時に言ってたんだ。そんなはずは――ないって。それは、この事態を知らなかったからじゃないかな」
ヒルダは少し黙っていたが、やがてその手を離した。
「そうですね。私も聞いていました。おそらく本当に彼等は知らされてなかったのでしょう」
それを聞いてベノワがほっと息をついた。
「だからと言って、貴方がやったことが許されるというわけではありません」
「ひぃ」
再び首元に剣が突きつけられた。
「次おかしな真似をすれば、問答無用で首を刎ねます。よろしいですね」
有無を言わせないヒルダの迫力に、ベノワは必死に首を縦に振っていた。
「よし。じゃあ、遅くなったけどレアヌールを追い掛けよう」
「いえ、もう放っておきましょう。私はシシリー様を一刻も早く安全な場所にお送りしたい」
「だ、ダメだよヒルダ! いくら私達を騙してたからって、クラスメイトなんだから助けに行かないと! それに、彼等は脅されてたんだから、どちらかと言うと被害者だよ!」
「駄目です。帰りますよ」
「いや! ほっとけないもん!」
シシリーとヒルダはしばらく目を合わせていたが、その内にヒルダが諦めたように溜め息を付いた。
「分かりました。貴方様は一度言い出すと聞きませんからね」
「ありがとうヒルダ!」
「はあ。ただし、絶対に私から離れないでくださいね。あと、いざとなれば必ず御身を第一に考えて下さい」
「うん、分かった!」
「はあ」
ヒルダが三度目の大きなため息を付いた。
「ソール様。レヌアールさんを追うという事ですが、何か当てはあるのですか? 闇雲に森を探しても絶対に見つかりませんよ。何も方法がないなら、やはりシシリー様は連れ帰らせていただきます」
「うん。それについては、間違いなく追えると思うよ」
「ほう。どうやってですか」
「逃げた痕跡を追うんだ。レヌアールが森の中に精通した狩人とかなら厳しいけど、そんなことないだろうし。ほら、まずそこ。レヌアールが突っ込んでいった方の枝が折れてるし、地面に足跡だってあるでしょ」
「なるほど確かに。しかし、いつまでもそれで追えるのですか? 目印がない場合もあるでしょう」
「それは考えにくいよ。意図的に隠そうとしない限りは必ず何かの痕跡は残るんだ」
「貴方はそれを見落としなく、見つけられると?」
「うん。昔から森歩きはよくさせられてたからね……」
ふとスカジとの修行生活が頭を過ぎった。
「な、なんかソールが遠い目をしてる」
「うん、生きてるって素晴らしいよね」
「いきなりどうしたの!?」
「いや、修行中のことを思い出して……」
「それであんな虚ろな目を!? 一体何が……」
「うん、まぁ、それはもういいじゃない。ほら、思い出したくないことってあるよネ」
人間は過度のストレスを感じた出来事を忘れるように出来ている。しかし身体に刻みこれたものまでは消せない。ああ、指が震える。
「ほら、僕のことはもういいじゃない。レアヌールを追おう」
「そ、そうだね!」
シシリーもそれ以上は追求してこなかった。
なので僕は開きかけた記憶の扉をそっと閉じた。
思った通り、追跡自体は簡単だった。余程がむしゃらに走ったんだろう。探すまでもなく、痕跡だらけだった。
「確かにこれなら、私でも追えそうですね」
「いや、俺さっきから全然わかんねーんだけど」
「私は何となく分かるんだけど、なんとなくでしか分かんない!」
シシリーはお姫様なのに野生児的なところあるよね。
痕跡は多いし、置いやすくはあったけれど、レヌアールはかなりの距離を進んだらしく、あれからかなりの時間が経ったにも関わらず、いまだに追いつけていない。もうすぐ夕刻に差し掛かろうとしている。
知らなかったけど、健脚だったんだなぁ。
けど、もう随分と近くまで来ているはずだけど。
そう思った時だった。
「――っ!」
遠くから悲鳴が聞こえた。
「いまの!」
「あぁ、俺にも聞こえた」
「レヌアールの声だ。急ごう!」
僕らは声がした方向へと走り出した。
くそ、間に合ってくれ!
そうして、僕らが声の元へと辿り着いた時、そこには信じられない光景が広がっていた。
無残に引き裂かれて息絶えてしまったレヌアール――だったもの――そして。
「お前は……」
それが振り向いた拍子に、レヌアールの■■がべちゃりと零れる。口元を真っ赤に濡らした――そいつは、ここにいる全員が知る人物だった。
「どうして、ライオネル――」




