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黄昏の転生者(ストレンジャー) 旧:雷霆の騎士  作者: 林檎亭
3章 ユミル王立士官学園 第二片
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許せないもの許してはいけないもの

 訓練場の修繕、学園内の調査、学園都市エンティア・ユルヴ周辺の魔獣掃討、更に今後のカリキュラムのチェック及び修正。諸々が終わり、ようやく授業が再開されるに至った。

 先生方、お疲れ様です。




 再開後初の授業はホームルームだ。変更になった授業などの通達があるらしい。

 教室に入ると、いつもと空気が違った。

 なんだろう、と思ったところで、前から高速で何かが突進してきた。


「ソール!」


 シシリーだった。彼女は弾丸もかくやという勢いで飛んで来た。


「ソール! ソール! 久しぶり! 会いたかったよー!」


 シシリーはぎゅっと抱きつくと、その胸に頭を埋めさせた。


「ソール――って、あれ? なんか小さくなって柔らかくなった?」


 その抱き心地に違和感を抱いたシシリーが視線を落とすと、金色の髪が目に入った。

 そして強引に引き剥がされる。


「苦しいわよ」

「フィ、フィス!?」


 そう。シシリーが僕にぶつかる直前に、フィスが前に出て身代わりとなったのだ。

 おかげで僕は難を逃れた。

 惜しいとは思ってない。思ってない。


「全く。いきなり飛びつくなんて、犬じゃないんだから」

「む、むぅ。犬じゃないもん」

「尻尾があったら、確実に目一杯振られてたわよ」

「そ、そんなことない――よね?」


 と、シシリーが僕やエインを見るが、つい目を逸らしてしまった。


「はうあ!」


 しょぼーんと項垂れるシシリー。

 今度は垂れ下がった耳が幻視された。

 くぅーんという鳴き声まで聞こえてきそうだ。


「っていうか、なんでフィスもここにいるの!? フィスは学年違うでしょ!」

「別に。なんとなくよ」


 フィスがそっぽを向いて答えた。

 彼女は都合の悪い時に、よくこういう動作をする。


「どうせホームルームまでは時間あるんだし、いいじゃない。ほら座るわよ。入り口で立ち止まってたら邪魔でしょ」


 フィスはそう言うと、シシリーの身体を押して教室内へと進んでいき、僕らもそれに倣った。

 席に着くと、シシリーが目を輝かせながら聞いてきた。


「ねぇ、ソール。聞いたんだけど、こないだの魔獣倒したのソールだって?」


 その瞬間、教室内の音が消えた。

 あからさまに聞き耳を立てられている。

 そうか、教室内の空気が違ったのは、みんなこの事を聞きたかったからか。


「うん、まぁ。でも、倒したと言っても僕だけじゃなくて、姉さんやエイン達と一緒にだけどね」


 1人だともっと、かなり苦戦していただろう。あるいは、最後の二人――アイラとイオ――を相手取れば負けていた可能性もある。

 その返答を聞くやいなや、教室内が一斉に騒がしくなった。


「本当だったんだ」「すごすぎ」「強いと思ってたけど、魔獣倒しちゃうなんて」「とんでもないな」「エインくんも戦ったんだ」「俺なんて逃げちまったのに」「俺も」「ウェネーフィカ先輩も戦ったんだ」「ソールって本当なんなんだろう」「謎だよな」「これは将来の序列一位候補だね」「シシリー姫かわゆす」「あいつに勝てる一年なんてもういないんじゃないか」「同い年とは思えないよな」


 なんだか、むず痒くなるような賞賛の声がたくさん聞こえる――って、明らかに違うこと言ってるやついたぞ。


「わー、わー。やっぱりそうなんだ。やっぱりソールは凄いね。うん、昔もそうだったもんね。また、守られちゃったね」


 シシリーは感心しながら、少し寂しそうに呟いた。

 教室内の騒ぎに掻き消されるように、彼女の感情も見え難くなっている気がした。

 声々の渦は狂奏のように教室に満ちている。

 どこまで続くのかと思われたそれは、思いのほか早く掻き消された。


「うるさい!」


 騒がしい教室にあってなお大きく響く声に、全員が黙り、そして声の方を見た。


「品性の欠片もない愚物共が、畜生の如く喚き散らしおって。全くもって不愉快だ!」


 怒りの形相で立ち上がったのは、ライオネルだった。

 ライオネル・クィ・クローダス。騎士の名門クローダス家の三男。

 彼は教室中に怒りをぶつけると、こちらを睨みつけた。


「ふん、持て囃され、いい気になってるようだな。ばかな民衆を騙して賞賛され、随分と図に乗っているようだな。だが俺は騙されんぞ。貴様が魔獣を倒した? ふん、どうせトリスタンやベイリンの後ろをうろちょろしただけで、自分の手柄と言い張っているのだろう。どうなんだ、言ってみろ!」


 そう言って、僕の目の前まで来て机を強かに叩いた。

 なんでこんな怒ってるんだろう。


「うん、確かに皆の協力あってこそ撃退できたんだ。僕の手柄だなんて言うつもりは毛頭ないよ」


 そう、先程も言ったようにそれが事実だ。僕は助けるつもりで助けられた。その事はしっかりと胸に刻まれている。


「ちっ、さすがに簡単にぼろ・・は出さんか。上手く言って、凡俗な者共の評価を受けようというのか。益々以て汚らわしい。下賤な血の者がやりそうなことよ」


 ライオネルは僕の言い分が何か気に食わなかったらしく、更に怒りを募らせていく。


「そんなつもりはないって」

「そうだぜ、言いがかりはよせよ」


 エインが庇ってくれるが、ライオネルは聞く耳を持たない。


「はっ、貴様のような下賤な輩が魔獣を討伐したなど信じられるか」

「あぁ? 身分で魔獣が倒せるのかよ」

「当たり前であろう。尊い血筋とは、それすなわち優秀であること他ならない。逆に貴様ら賤民共は全てにおいて我々に劣っているのだ。俺が未だ為していない事を、貴様らが為せる道理など無い」


 ライオネルの言ってることは滅茶苦茶だ。遺伝によって身体能力は確かに上下することもあるだろうけど、それだけで全ては決まらない。

 ただ、それは僕がそういった常識で生きてきた経験があるからそう思うだけで、ライオネルの常識では本当にそうなっているのだろう。そしてそれは、この世界では割と――特に貴族階級に――信じられている。

 これはもう余計なことは言わずに、嵐が過ぎ去るのを待ったほうがいいかもしれない。

 机の下で、こっそりとエインを静止する。

 エインは不満げな顔を見せたが、直ぐに理解してくれて、反論を飲み込んでくれた。

 けれど、これは僕の判断ミスだった。


「ふん、やはり返す言葉もないか。そうだ。これは世界の常理なのだ。我らに流れる青き血は、貴様らの濁った血とは価値が違うのだ」


 何も言い返さないこちらに気を良くしたのか、ライオネルが勢いをまして饒舌になっていく。


「どうせ学園が休みであるのをいい事に、都合のいい噂を流していたのだろう。魔獣を倒したのは自分だとな。学園に来れば俺がいるからな。そのような詰まらん企みなど吹き消していただろうからな。にしても、偽りの賞賛を浴びるためだけに、そのような詰まらぬ努力をするとは、本当に貴様らのような俗物の考えることは分からんな。そのような暇があれば、どうすれば我々に貢献出来るか考えるが責務であろう」


 うーん、色々考えるなぁ。

 まぁでも、子供の言うことと思えば、聞き流すことも出来る。


「ふん、もう反論はなしか。どうやら己の立場を弁えているようだな。なるほど、確かにこの学園に入学できるのならば、貴様の家も最低限の位はあるのだろう。上の者の言葉を黙って聞く程度の知性はあるのだな。だが、その程度だ。貴様の父親はさぞかし情けない男なのだろう。自分の息子一人、満足に教育できないとは」


 スタルスはいい父親だった。尊敬できる人だった。

 お前が何を知っている――。


「何だその目は。まだ反抗するというのか。ふん、父親もさることながら、母親の血筋も知れたものではないな。あるいは、金目当ての売女ではないのか」


 瞬間――目の前が真っ白になった。




*************************




 変に言い返せば、外交問題になるかもしれない。

 それにソールが黙ってるなら、私がとやかく言うことでもない。

 ライオネルの言葉をなんとか我慢しながら聞き流していた。

 けれど、ついに彼はソールの両親までも馬鹿にし始めた。

 スタルスおじ様はヴィンガルフにいなくてはならない方だし、人格的にも穏やかでとても素晴らしい方だ。

 フローラおば様は今も私が目標にしている女性だ。強くて美しくて賢くて優しくて、とても愛情深い。

 その二人の事を言われた時は、さすがに私も黙っていられなかった。


「そこまでにして! お――」


 おじ様とおば様の事を悪く言わないで。貴方に何が分かるの。そう続けようとした。

 だけど、それは大きな音で遮られた。


「拙い――っ」


 ソールの机が砕け散っていた。

 違う。

 ソールの拳が、机を叩き割っていた。


「フィス!」


 ソールの目はライオネルを射抜いていた。

 ゾッとするような、怒りに満ちた瞳。

 肌が粟立つ。

 一刻もここから離れたい衝動に駆られる。同時に、何が何でも此処にいなくてはならないという気持ちも生まれた。

 ライオネルは堪らず腰を抜かして崩れ落ちた。


「分かってる! ソール、落ち着きなさい」


 ソールが立ち上がろうとした所を、フィスが抱きしめるような形で押さえ込んだ。カスミがソールとライオネルを遮る位置に立つ。

 フィスはソールを強く抱きしめながら、優しく頭を撫でている。


「ねぇ、ソール。落ち着いて。息をゆっくり吸うの。いい? そう。それからゆっくり吐いて」


 フィスの声音が今まで聞いたこと無いくらいに優しい。

 ソールの手に入っていた力が少し緩むと、フィスはソールと目線を合わせた。


「ソール、私を見なさい。いい? そう、いい子よ」

「姉さん……」

「大丈夫よ」


 フィスはソールの頭をまた撫でると、手を引いて立ち上がった。


「ひっ」


 立ち上がったのを見てライオネルの口から悲鳴が漏れた。


「ごめん。あとお願い」


 フィスは私達を見回して、そう頼むと、ソールの手を引いて教室を出ていった。

 私は何故かその背中を追えなかった。


 少ししてライオネルのお供の人が、思い出したように彼に手を差し伸ばしたが、払われてしまった。

 だけどライオネルは立ち上がろうにも、膝が震えて力が入らないようだった。

 結局、手を借りて立ち上がると、彼もそのまま教室を出ていった。




***********************************




 僕はフィスの手を引かれて、教室棟の屋上へ来ていた。

 心の底に何か澱んでいるような感覚はあるけれど、さっきに比べたら、随分と気持ちは落ち着いていた。

 そして落ち着いた気持ちはそのまま下がって、落ち込んでいた。

 やってしまった。


「ごめん、姉さん。またやっちゃった……」


 僕は手を繋いだまま隣に立ってくれてるフィスに頭を下げた。

 フィスは下げた頭へ手を差し伸ばし、


「いたっ」


 叩いた。

 頭を上げると、フィスは前を向いたままだった。


「いいわよ、謝らなくて」

「でも」

「でもじゃないわよ。また謝ったら、またぶつわよ」

「う……」


 そう言われてはもう謝れない。


「別に迷惑だなんて思わないわ。あたり前のことだもの」

「当たり前? なんで?」


 どういうことだろう。

 僕の問いに、フィスは得意げな笑顔を僕に見せて、こう言った。


「だって私はアンタのお姉ちゃんだもの」


 その一言で、僕は「あぁ、敵わないんだな」なんて思ってしまった。


注釈:青い血(BlueBLOOD)とは貴族の別称です


次回更新は6月15日(木)7時の予定です

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