表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏の転生者(ストレンジャー) 旧:雷霆の騎士  作者: 林檎亭
3章 ユミル王立士官学園 第二片
83/98

最後の休日

「姉さん、明日って空いてるかな?」


 昼食後、銘々に一服している所で、隣りに座っていたフィスに聞いてみた。

 フィスは少し目をしばたかせてから、つぃと目を逸らせてから答えた。


「暇じゃないけど、ソールが言うなら空けてあげるわよ」


 うん? それは予定があるってことだろうか。


「いや、予定があるなら無理にとは――ごふっ」


 そう答えようとした所で、隣りに座るカスミから肘で脇腹を殴られた。


「空けてくれって言え」


 そして僕にだけ聞こえるくらいの小声で脅され、もとい囁かれた。

 なんだろうと思いつつ、逆らわないことにした。


「えっと、じゃあ、空けてくれると嬉しいかな」

「ええ……分かったわ。空けておくわ」


 こちらからじゃ表情は窺い知れないけど、嫌そうではないと思う。


「じゃあ、明日朝食の後に二人で出掛けられないかな」

「ふっ、二人で、お出掛けね。二人で、お出掛け。分かったわ」


 なんで二回言った。


「それで、動きやすい格好で、姉さんはロッドを持ってきてね」


 しかしフィスは聞いているのか聞いてないのか、明後日の方を見ながらぶつぶつ呟いている。


「えっと、姉さん聞いてる?」

「へっ。え、えぇ、もちろん聞いてたわよ。明日の朝に¥から出掛けるのよね」

「うん、よろしくね」

「よろしくしてあげるわっ」


 そして、フィスは勢い良く立ち上がり、大きな足音を立てて自室へと戻っていった。

 うーん、何か様子が変な気がするけど……ま、いっか。

 そうして僕も自室へ戻って、剣の手入れを始めた。




 翌日。


「あれ、姉さんは?」


 朝食のテーブルにフィスの姿はなかった。


「フィスなら一足先に出たよ」

「え、なんでまた。昨日の約束忘れちゃったのかな」

いや、其れについては言伝を預かっている」

「そうなの? なんて?」

三つ鐘みつかねの時間に時計塔で待ってる、と」


 三つ鐘とはそのままの鐘が三つなる時間の事で、大体8時くらいになる。6時を一つ目として、そこから鐘が一つずつ増えていくのだ。正確な時計が普及していないこの世界では、これが時間を計る重要な指針となる。


「なんでまた、わざわざ時計塔に。しかも姉さんが先に行ったなら、今から1時間は待つって事?」

「其ういう事だね。ま、フィスが好きでやっている事だ。ソールは気にせずに三つ鐘の時間に行けばいいさ」


 うーん、よく分からないけど。先に行って何か準備したいことでもあるのかもしれない。カスミの言うとおり、深く考えずにご飯食べてから、普通に三つ鐘の時間に時計塔に行くか。




 時計塔はこの街の中心に建つシンボルタワーだ。学園内と違って、街中にはあまり高い建物がないので目立つ。

 そしてその目立つ建物の下に、かのフィス・A・ウェネーフィカが立っているとあれば、さらに目立つ。憧れと同時に畏敬の念を集めるフィスは、誰かから声を掛けられる事もないが、遠巻きに見られまくっていた。

 前世からこっち、多少は腕力は強くなったけれど、こういった対人の能力や度胸はからっきしのままだ。注目されている人間にこちらから声をかけるなんて、相当にハードルが高い。フィスも無遠慮な視線を大量に投げつけられて、微妙に機嫌が悪そうだ。とは言え、さすがに放っておく訳にもいかない。

 僕はありったけの勇気を持って、かつ出来るだけ平静を装ってフィスへと近付いた。

 大丈夫、僕は20歳。待ち合わせの女の子に声をかけるくらい、なんてことないさ。


「ね、姉さん。お待たせ」


 ぎゃあ! 声が裏返った!


「あ、あらソール。早かったわね」


 フィスは僕の醜態など気にしない様子で挨拶を返してきた。そして僕を見て怪訝な顔つきになった。

 なんだろう――っと、あれ?

 僕もおそらくフィスと同じ顔になった。


「あれ? 姉さん、ロッドは? それにその格好」


 フィスの格好は、その、僕が指定した動きやすい格好とは両極端だった。肩の開いた青色のワンピースドレスで、所々に控えめな装飾があり、足元はヒールのある白い編上げブーツを履いていた。

 うん、どう考えたって動きやすくはないよね。というか、この手の服や靴は結構なお値段がしたと思うんだけど、まぁそこは奨学金がたくさん出てるフィスなら買えないこともないのかもしれない。


「へ、変かしら……」


 僕の視線の意味を勘違いしたのか、フィスが自信なさげに聞いてくる。


「いや、とっても似合ってるよ」

「そ、そう? それならいいわ」


 落ちていたフィスの目線がぐっと上がる。


「じゃなくて。僕が気になってたのは、ロッドがないのと。その格好動きにくくない? ってことなんだけど……」

「え?」

「え?」


 心底意外そうな顔をされた。

 え、昨日言ったよね?


「えっと、今日は訓練しようと思ってたんだけど。街の外とかで。だから、ロッドと動きやすい格好をって」


 そう言うとフィスは何か逡巡した後に、一気に顔を赤くした。


「そ、それならそうと言いなさいよ!」


 えぇ、言ったって。うん、言ったよね? あれ、言ったっけ?

 ちょっと自信なくなってきた。


「うぅ……」


 フィスはちょっと涙目になってしまった。

 あー、どうしよう。どうしたらいいんだろう。

 この格好とさっきの遣り取りから考えるに、フィスは普通のお出掛けと勘違いしていたんだろう。でも、二人で出掛けるような用事とか理由ってあったっけ? フィスもなんだか随分とお洒落してるし。

 なんだろう。僕とのお出掛けにこんなお洒落してきてくれたのは素直に嬉しい。訓練だって喫緊の用事というわけじゃないんだから、いっそ今日はこのまま遊んでも良いんじゃないだろうか。

 よし、遊ぼう。

 問題は、勘違いとは言えフィスがお出掛けだと思ってたのに、肩透かしを食らってしまったことだ。それをなんとか取りなさないと。


「姉さん、ゴメン。なんだか話が食い違ってたみたいだ」

「ふん。別に気にしてないわよ。ええ、気にしてないわよ」


 いや、完全に気にしてるじゃん。


「折角だし、やっぱりこのまま遊びに行こう」

「別に無理しなくていいわよ。今から帰って着替えてくるわよ」


 そう言ってフィスが寮の方向へと歩き出そうとする。

 ダメだ。ここで帰らせたらダメだ。なんだか直感的にそう思った。

 僕は咄嗟にフィスの手を掴んだ。


「なによ」


 フィスは足を止めてくれた。だけど咄嗟に言葉が出てこない。

 何か言おうと視線を彷徨わせると、ある物が目についた。


「その髪飾り……」


 青い花をモチーフにした髪飾り。青いリボンが風に揺れている。

 忘れもしない。

 それは僕が昔――6歳の時に彼女に贈ったものだ。

 同時に、当時の思いも蘇ってくる。

 フィスの想いを蔑ろにしてしまったあの時を。

 フィスを想った僕の気持ちを。


「姉さん、やっぱりこのまま行こう。僕は姉さんと一緒に行きたい」


 人に思いを伝える事は苦手だ。言葉が上手く出てこない。でも、それでも僕はそのままの気持ちをフィスに伝えた。

 今はただフィスと一緒にいたかった。

 フィスの目をじっと見ていると、フィスはぷいと顔を逸らし、


「わ、分かったわよ。どうしてもって言うなら付き合ってあげる」

「うん、どうしてもだよ。姉さん」

「~~っ」


 フィスが何だかじたばたしてる。


「そ、そう。それなら仕方ないわね。付き合ってあげるわ」




 さて、フィスと遊びに出掛けると言っても、急だったし行先なんて考えてないし、決まってない。事前に予定されてたら調べるくらいは出来たんだけど、今のままだと僕の知ってる範囲でしか行けるところがない。

 情けないけど、それをそのままフィスに伝えると、呆れた顔をされた。

 申し訳なく思っていると、


「違うわよ。そんな事承知してるし、今更ソールが気にしたって仕方ないって言いたいの。それは問題じゃないし。ほら、どうせだし新しいお店でも発掘しましょうよ」


 そう言ってくれた。

 というわけで僕らは裏抜き通りと呼ばれる路地に入った。

 街の入り口から学園正門に伸びるメインストリートでは多くの少量品や雑貨、教材なんかが売っているが、そのすぐ横に伸びている筋にも雑貨などを販売するお店が多く並んでいる。メインストリートがメジャーな品揃えなら、こちらは比較的マニアックな商品が並んでいる。


「へぇ、初めてきたけど面白いものがたくさん売ってるんだね」


 金銭的余裕のない僕は必要最低限のものしか買わないので、こちら側には用がない。


「本当、変なのばっかり」


 対してフィスは、お金はあるけれどそも物欲があまりないのと、あまり外を歩き回る性質ではないので、買い物にはほとんど出ない。


「あ、本屋だって。寄っていい?」

「もちろん」


 小さな本屋が左右の店に押しつぶされるように建っており、それを目ざとく見つけたフィスが喜々として入っていった。

 フィスの趣味の一つに読書がある。スカジの家にはたくさんの書物、それも娯楽小説があり、僕が来るまでは空いてる時間はずっと本を読んでいたそうだ。

 店内には所狭しと本が並んでいた。印刷技術が発達していないこの世界では本は貴重品だ。それでこの品揃えはちょっと凄い。そしてやっぱり値段も凄い。少なくとも庶民が買うようなものじゃない。まぁ、学園都市エンティア・ユルヴは貴族の子弟も多いから、需要はあるのだろうけど。


「へぇ、ほとんどが学術や研究の本なんだね」

「うーん、小説はないのかしら……」


 狭い店内を2人で端から順繰りに本を見ていく。その中で一つ、目に付いたものがあった。

 妙にこざっぱりとした装丁の本だ。何となく気になって手にとってみた。


「へぇ、珍しい」

「なに? 何か面白い本見つけた?」

「うん、これ」


 僕が持っている本を見ると、フィスが顔をしかめた。


「うわぁ、海皇国語じゃない」


 その本に使われていた言語は海皇国語。日本語に酷似した言語で、海皇国の母国語だ。知ってる中でこの言語を扱えるのは、僕とスカジとカスミだけだ。フィスは片言なら話せるけど、こういった本を読めるほどではない。


「あ、でもこれ娯楽小説みたいだよ」

「え、ホントに?」

「うん。なんだろう。恋愛小説かな?」

「え、恋愛小説!?」


 さっきまとは打って変わって、フィスが劇的に反応した。

 フィスは娯楽小説の中でも、特に恋愛小説を好む。ただ、悲劇バッドエンドは嫌らしい。


「うーん、うーん。他を見ても小説はないか、読んだ本だったのよね。頑張れば読める、かなぁ」


 本を片手に云々唸っている。なお、値段があんまりにもあんまりなので、僕には買うという選択肢は元々ない。


「お客さん、その本に興味がおありで?」


 本を見て突っ立っていると、店員さんと思しきお婆さんから声を掛けられた。


「あ、はい。海皇国の本なんて珍しいなと思いまして」

「そうじゃろう。この店にも海皇国の本はそれしかないでな」

「へぇ、そうなんですか。でも、こんな本を仕入れて売りに来る商人とかいたんですね」

「いやいや、それは商人から買ったんじゃないんじゃよ。なんじゃったかいな。確か昔に誰かが売りに来たんじゃったか」

「これをですか? この街に海皇国出身の人がいたことあるんですね」


 今はカスミがいるけど、これはかなり珍しいことのはずだ。というかカスミが初だと思ってた。


「うーん、確かにそうなんじゃが……はて、誰から買い取ったんじゃったかのう」


 お婆さんも云々唸り始めた。

 なんか左右で唸られると、とんでもなく居心地悪いな。


「ねぇ、ソール。海皇国語教えてくれない?」

「え、あぁ、もちろんいいよ。でも、僕が知ってるのは正式な海皇国語じゃないからカスミに聞いたほうがいいんじゃないかな」

「いいわよ。ソールが教えてよ」

「そう? 分かったよ」

「よし、じゃあ決まりね。お婆ちゃん。これ頂戴」

「はいはい、ありがとうね」


 そうして――目を剥くような金額のやり取りが行われ――本が買われた。

次回は6月8日(木)7時更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ