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黄昏の転生者(ストレンジャー) 旧:雷霆の騎士  作者: 林檎亭
3章 ユミル王立士官学園 第二片
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台風一家

タイトルは誤字ではないのであしからず


 夏も近くなり、夜明けが随分と早くなってきた。とは言っても、ここユミル聖王国は涼しい気候をしており朝方は未だに冷える。

 そんな中、風を切る音が三つ、小さな広場で重なっていた。


「ほらエイン、また防御が疎かになってるよ」


 僕はそう言いつつ、剣を振り切って無防備になったエインの腹に拳を入れた。


「あ、セラも気を抜かない」


 セラの手を取って重心を崩し、足を払う。重い音と共にセラが地面に転がった。


「ふぅ」


 1人立つ僕の左右で、エインとセラが地面に寝転んでいた。


「っだー! またやられた! 何時になったら俺はお前から一本取れるんだよ」

「あはははー。今日もダメだったー」


 エインとセラはたまに僕の朝の訓練に参加している。エインは武術科だし、セラも魔装手甲壱型ガントレットを扱うために、武術の心得がある程度必要だからだ。ほとんどは一緒に街の中を走って、型の練習、素振り、そして組手をする。組手は僕がどちらか、あるいは両方を相手取る。こう言っては何だけど、実力差があるので事故が起きにくいからだ。


 でも、あの日見たエインの動きなら、僕だって手加減なんて出来ないだろう。それほどにあのエインは疾く、何より正確な剣筋をしていた。

 だけどエインはそれを覚えてないらしい。ケイとベイリンが倒された後、自分も気が付かない内に倒されたんだと思ってたらしい。

 あの時の変な様子と言い、かなり気になる。

 おそらく何か知ってるであろうヴィヴィアンは、あれ以来さらに自室に篭もるようになり、たまに出てきた時に尋ねても「深淵の闇こそが真の我が友」とか訳の分からないことを言ってはぐらかされる。あの時普通に喋ってたよね? と聞いても「我が言霊は聞きし者に依って、幾重にも意味を持つ」とか言って部屋に戻ってしまう。

 さすがに力づくで聞き出すわけにも行かないので、どうしたらいいか困っている。

 そんなわけで、エインとヴィヴィアンについては未だに分からないままである。


 そんな事を考えてると、朝の鐘が二つ鳴った。時計のないこの世界での時間の指針だ。

 感覚的には7時といったところだろうか。一つの鐘は6時に鳴る。


「あー、もういい時間だな。そろそろ飯にすっか」

「わーい、ごはん! ウチもうペコペコー」

「お前はちゃんと身体拭いてから来いよ」

「えー、いいよ別に。ウチは気にしないよ」

「俺が気にするんだよ。女の子なんだから、それくらいは気にしろっつーの」

「むぅ」

「ほら、水桶と布は持ってってやるから。飯だってお前が来るまでは食わねーから」

「絶対だよー」

「はいはい」


 うーん、あの二人は何だか見てて微笑ましいなぁ。

 世話焼きのエインが兄で、わがままというかマイペースなセラが妹みたいだ。


「ほらソールも行くぜ」

「あ、僕は井戸水汲んでいくよ。エインはご飯の準備しといて」

「おぅ、そっか。じゃあ頼むわ」




 この世界の食事習慣は地域によってバラバラだけど、日本みたいに一日三食を摂る地域は無い。二食が基本になる。そして、その二食に朝食を含める地域は少ない。

 しかし、朝一に精をつけて、日中は精力的に活動する。そういったモルガナ王女の指針により、ユミル聖王国では朝食と昼食が基本になっている。人によって夕方に間食――この場合、不足分を補う意味――を摂るくらいだ。日が落ちてからは、油を無駄に使わずさっさと寝て、早朝からまた活動をする。

 実際、これで生産性が確かに向上したらしい。そういった細かい施策にも気を向ける所が、モルガナ王女が優秀であることの証明の一つだろう。


 ちょっと話が逸れたけれど、そういうわけでこの寮の朝食は豪華だ。パンなどの穀類が山盛りと、チーズ等の乳製品、パンに挟むサイズに切られた野菜。スープやブドウジュース、たまに肉類が追加される。とまぁ、朝食はサンドイッチが多いかな。

 昼食は煮物などの大皿の料理が増える。

 食べ盛りの学生が5人もいるのだから、テーブルの上はさながら戦場だ。

 セラが特に食べる。


「これ美味しい! これも乗せよっと! あ、これも――」

「あ、セラ! 零すんじゃねぇよ! いっぱい食うのはいい! たくさん盛るのもいい! けど、食いもん無駄にすんな! 全部口ん中に放り込め!」

「ふががが」

「なに言ってるか分かんねぇよ!?」

「ごっくん。エイン、これすっごく美味しいよ!」

「くそっ、ありがとうよ! たくさん食えよ、この野郎――だから零すなって!」

「ほんと、毎朝毎朝騒がしいわね」

「私は好きよ。賑やかで楽しいでしょ」

「別に私だって嫌なわけじゃ――待ちなさいカスミ。それは私が目をつけてたのよ」

「残念。早い者勝ちさ」

「言ったわね」

「――って、セラ!」

「ふもー!」

「何言ってるか分からないわよ!」

「もがー!」


 てんやわんやと過ぎていく。

 これが毎朝の風景だ。




 嵐のような朝食が過ぎ、僕らはお茶を飲みながら一息付いていた。


「あー、やっぱりあそこの魔力回路をー、いや、こう……」


 セラはさっきから定まらない視線のままブツブツと呟いている。セラは突然スイッチが入り、魔道具について考え込んでしまうことが多々ある。最初は驚いたけど、今ではもう慣れたもので、誰も気にしてはいない。


 しばらくしてセラが手元のお茶をじっと見て、


「あれ? エインー。ウチのお茶冷たいよ?」

「いや、そりゃあんだけほっときゃ冷めるだろうよ」

「んー?」


 どうやらセラは自分が長時間考え事をしていたことに気がついていないようだ。エインが諦めて大人しく温かいお茶を淹れに行った。


「そういえばセラって、なんでそんな魔道具が好きなの?」


 何の気なしにした質問だった。

 セラは魔道具の事となると寝食すら忘れる。そこまで熱中するには何か理由があるのだろうか、と。

 セラは「うーん」と唸ってから、冷めたお茶に再び目を落として答えた。


「ウチには何にもなかったからかなぁ」


 そう言ったセラの表情からは、感情は窺い知れなかった。


ペリノーア家ウチんちって、魔術師の家系なんだけどね。兄様も姉様もみーんな父様の期待通り、魔術が使えたの。けど、ウチには魔術の才能が全然なかったんだ。あるのは普通よりちょっと強い腕力だけ」


 そこにあったのは劣等感か、疎外感か、あるいは他の感情か。僕にはセラの気持ちは分からなかったけど、心が締め付けられるように痛んだ。


「ごめん、セラ。変なこと聞いて」


 これ以上は聞くべきじゃない。そう思って、セラの話を止めようとしたけど、セラは不思議そうな顔をした。


「なんで? これからワクワクするんだよ?」

「え?」

「でね、ウチんちにはいくつかの魔道具があったの。王様から管理を任されてたんだって。もうそれが、すっごいんだよ。部屋の中が昼間みたいに明るくなる魔道具とか、人の声を真似するやつとか、もう色々あったの」


 セラの目がキラキラしている。


「それでね。魔術が使えないウチでも、魔道具はちゃんと動いてくれたんだ。本当に奇跡みたいだった。それからウチは魔道具に夢中になっちゃって。朝から夜まですぅっと魔道具を見つめてて、父様は私には何も期待してなかったけど、ある程度のお小遣いは貰ってたから、それで小さな魔道具を買って触って調べて分解して組み立てて。部品や回路を繋ぎ合わせて、自分の魔道具を作っちゃったりして」


 どんどん語りに熱が入ってきてる。


「いつの間にか学園に入学しててね」

「少しでも研究費に回したいからつって、貴族が使う寮じゃなくて、格安のここに住むようになったんだよな」


 そう言いながら、エインがセラの前にお茶を置いた。

 淹れなおしたから、温かそうな湯気が立っている。


「そうなんだよー。ここは井戸が近くて水も使えるからねー」


 研究や実験に水は必要不可欠だ。


「まぁ何があったかはともかく、コイツはスゲーやつなんだよな」


 エインがセラの頭を無造作に撫でた。


「えへへー、ウチすごいー? すごいかなー?」

「あぁ、すげぇよ」

「其うだね、セラは凄いよ」

「そうね。凄いと思うわよ」


 傍らで話を聞いていたカスミとフィスも、そう言って微笑んだ。


「んふふー。あ、お茶あったかーい」

「おう。冷めない内に飲めよ」


 セラがコップを大事そうに両手で包むように持って、ゆっくりと飲んだ。頬に赤みが差した。




 少し空気がまったりし始めた頃、寮の扉が遠慮がちにノックされた。

 お客さんかな?


「はいよー」


 実質の管理人であるエインが応答する。

 開けられた扉の前にいたのは、メガネとゆるい三つ編みが特徴の女の子。


「ありゃ? パーシィちゃん? どうしたの?」


 錬金学科一年にして、僕とセラの友人パーシィことパーシバルだった。


「ど、どうしたのじゃないよセラちゃん。今日、お家に遊びに行くって言ったじゃない」

「あれ? そうだっけ?」

「あー。まぁ、きっとおそらくセラが忘れてんだろ。パーシィだっけ? 入りなよ」

「ひゃ、ひゃいっ」

「ひゃい?」


 パーシバルは人見知りだ。エインとは初対面だろうから、相当に緊張してるのだろう。

 そうだっけーと首をひねってるセラに代わって、僕が玄関まで出迎えに行った。


「やぁ、パーシィ。久しぶりだね」

「あ、ソールさ……くん。お久しぶりです」

「彼はエイン。この寮の管理人で、武術科の一年なんだ。荒っぽそうな見た目してるけど、いい奴だよ」

「荒っぽそうは余計だよ」

「あ、あの、パ、パーシバルです。よ、よろしくお願いしまう」


 噛んだ。


「おう、エインってんだ。よろしくな」

「じゃあ、上がりなよ。セラに用事だったんでしょ?」

「あ、はい。お邪魔します」


 恐る恐るといった感じで寮へと入ってきた。そんな、お化け屋敷じゃないんだから。


「お早う、パーシバルさん」


 下を向いて縮こまっていたパーシバルの顔が僅かに上がった。


「初めまして、カスミです。普通科の二年だよ」

「は、初めまして。えっと、カスミ先輩」


 おどおどしながらもしっかりと挨拶ができた。やっぱり女の子相手の方が緊張しないっぽい。

 次いでフィスがさりげなく身体を乗り出した。


「フィ、フィスよ」


 あー、フィスも人見知りだったなぁ。学園に来てかなり改善されたみたいだけど、未だに初対面の人とはスムーズに話せないな。


「は、はい。パーシ……バ……ル……」


 フィスの顔を見てパーシバルの動きが止まった。

 そして数秒固まった後、


「って、ええー! ええー!! ウェ、ウェ、ウェネーフィカさん!? 学園最強の!? え? なんで? どうして?」


 うわー、凄い驚いてる。

 そういえばフィスって学園じゃ有名人なんだよね。すっかり忘れてた。


「落ち着いてパーシィ。フィスもこの寮に住んでるんだ」

「えぇー!? だって、セラちゃんもソールさんもそんな事全然言ってなかったです!」

「ごめんごめん。わざわざ言うことでもないかなーって思って」

「そ、それは……そうかもしれないですけど。えぇー……びっくりしました」


 パーシバルは高鳴る心臓を抑えるように胸に手を当てて、浅い呼吸を繰り返している。

 ちなみにフィスは大声を出されてことに驚いて、すっかりカスミの後ろに隠れてしまっている。

 関係ない、興味のない相手には冷静だけど、仲良くしようと頑張った相手に驚かれると動揺してしまうっぽい。ちょっと分かる。


「まぁ、序列一位とは言っても普段は普通の女の子だから」

「は、はい」

「フィス。ほら、隠れてないで」

「か、隠れてなんか無いわよ」


 むっとしたフィスがずいっと前に出た。

 胸を出して居丈高気味に立っているけど、それは実は腰が引けているだけだったりする。


「フィスよ。よろしく」


 すっと手を差し出した。

 おぉ、フィスが自分から握手を。


「あ、はい。パーシバルです。あの、大きな声を出してしまってすいません」

「いいわ。全然びっくりなんてしてないから」


 いや、してたじゃん。思いっきりしてたじゃん。

 そういうと拗ねるので言わないけど。


「ぱ、パーシィ?」

「えっ。はい、なんでしょうウェネーフィカさん」

「私のことはフィスでいいわ」

「え、でも」

「いいわ」

「あ、はい。フィス……先輩」

「……先輩」


 フィスが満更でもなさげい呟いた。口元が少しニヤついている。先輩って呼ばれるの嬉しいんだ。


「も、もう一回呼んでみて」

「え? えっと、フィス先輩?」


 あ、もうニヤケが抑えきれなくなってる。


「こ、こほん。また学園や街の中で会ったら、何時でも声を掛けなさい」

「あ、はい。ありがとうございます」


 パーシィは少し困惑気味だったけど、もう怖がったりはしてないし、大丈夫だろう。

 フィスは――おそらく表情を保つのが限界だったんだろう――くるりと振り向いて、カスミの後ろへと戻った。


「えぇっと、セラちゃん」

「パーシィちゃん、やっほー。じゃあ、ウチの部屋いこっ。見せたいものたくさんあるんだー」

「あ、うん。楽しみ」


 約束を思い出せなかった上に、思い出すことも諦めて、なんならもうその辺の話すら忘れてしまったセラが、パーシィの手を取って部屋へと歩いていった。


「あ、セラ。あとで菓子持ってってやるよ。パーシィも食えるよな?」

「え、ほんと? やったー」

「あ、はい。大丈夫です」


 セラはスキップする勢いで、そのまま自室へと入っていった。


次回は6月5日7時更新予定です

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