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黄昏の転生者(ストレンジャー) 旧:雷霆の騎士  作者: 林檎亭
3章 ユミル王立士官学園 第二片
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ユミル学園 休校中

 

休校はまだ続いている。


 とは言っても、現在は訓練場を除くほとんどの施設は開放されており、食堂や図書館などは利用可能だ。そういうわけなので、学園に様子を見に行ってくることにした。

 学園内は授業がないせいでひっそりとしているけど、生徒をまばらに見ることが出来た。

 休日の大学を思い出す。この学園の雰囲気が似ていることもあるんだろう。

 僕はとりあえず、あの訓練場へと向かった。けれど、周囲を兵士が巡回していて中に入ることは出来そうになかった。それは分かっていたことなのでいい。何となく気になって来てしまっただけなのだ。

 遠目から訓練場の様子を見て踵を返そうとした時、訓練場の方から大きな声が聞こえた。


「おぅい、ソールではないかぁ!」


 遠くにいてもハッキリと聞こえるほどの声量を誇る、その野太い声は聞き覚えがある。


「ベイリン先生!」


 ベイリンは僕の姿を見て、訓練場の方から走ってきた。うーん、普通こういう時は生徒が呼ばれるもんだと思うんだけど、こういう偉ぶらない所がベイリンは凄いよなぁ。


「どうしたソール! こんな所に!」

「特にどうしたってわけでもないんですけど、何となく気になって」

「そうかそうか! なんとなくか! ならば仕方ないな!」


 がっはっはと笑う声は大きい。先日の怪我の影響を微塵も感じさせない。

 あの時ベイリンはフィスの治療を受けることなく、やることが残っていると自力で立ち上がって行ってしまったのだ。


「先生はお怪我はもういいんですか?」

「む? あんな程度、寝て起きたら治っとったわ!」


 力強く胸を叩くその姿を見ると、本当にそうなのかと思わされてしまう。


「貴様こそ元気そうではないか!」

「はい、僕は特に怪我などもしてなかったので」

「そういえばそうであったな! ならば第一から第三の訓練場で汗を流してはどうだ! この近くはまだ駄目だが、そちらはもう解放されておるからな!」

「あ、そうなんですか。分かりました、後で覗いてみます」

「うむ! それが良い! では私は仕事に戻る! ではな!」

「はい、それでは」


 ベイリンは再び笑い声を上げると、来た時と同じように軽快に走って訓練場へと戻っていった。




 僕はベイリンと別れてから訓練場へとは向かわず、先に元々の目的である場所へと向かっていた。

 学園内で最も豪奢で、最も堅牢で、最も高い建物。その入口で身分や所持品のチェックを受けてから中に入り、最上階の一室へと歩いていく。

 扉の前まで行くと、メイドさんが一人待っていた。


「いらっしゃいませ、ソール様。どうぞ中へお入り下さい」


 僕は促されるままに開かれた扉をくぐり、室内へと入っていった。

 そして部屋へ一歩踏み込むと同時に、猛烈な体当たりを食らった。


「ごっふ」


 いや、マジで痛い。


「ソールソール! 久しぶり!」


 涙目で視線を落とすと、僕の腰にしがみつくシシリーと目が合った。


「やぁ、シシリー。元気そうだね」


 そう、僕の目的はシシリーだった。

 襲撃事件の後、カスミからシシリーは無事だと聞いていたし、その後に来た学園の使いの人にもそう聞いていたのだけど、やっぱり直接会って確かめないと妙にもやもやするので、今回学園に来てみたのだ。

 それで僕の心配は杞憂だった――あるいは杞憂ですら無かった――ので、一安心だ。

 だけど、今は違う意味で安心できない。


「し、シシリー。とりあえず離れてくれないかな」

「え、なんで?」


 なんでって。

 シシリーの柔らかくて立派な二つのお山が、僕の腰のあたりに押し付けられていてとっても困るからだよ。

 なんて言えない。

 そもそも僕はロリコンじゃない。ロリコンじゃない。

 大事なことなので二回言いました。

 けどシシリーのあれは年齢に不相応な大きさをしていて、もう立派に凶器と言える。

 これはロリコンじゃなくても、気になる。

 そう、だから僕はロリコンじゃない(三回目)


「ほ、ほら。この体勢だと話しづらいでしょ?」

「うーん、そうかなぁ。そうでもないような」

「いいから、ほら座って話したいなー」

「ソールがそう言うなら……」


 シシリーは渋々了承して離れてくれた。

 ふぅ、危なかった。息子的な意味で。

 それにしても、この国で再会してからのシシリーのスキンシップは過剰だなぁ。昔はこんなにくっついてくる子じゃなかったと思うんだけど。いや、覚えてないだけでこうだったかな?

 まぁ、甘えん坊ではあったと思うけど。

 椅子に座ると、間髪入れず紅茶が出された。


「あ、ありがとうございます」


 お礼をいうと、メイドさんは会釈をして壁際まで下がった。


「あれ? そういえばヒルダさんはいないんだね」

「うん、今はお手紙を出しに行ってるよ」

「あ、そうなんだ。なんだか、いつもシシリーと一緒にいるイメージがあるから」

「うーん、そうかな? でも確かに授業とかはそうかも。ヒルダって私のお世話係って言うより、護衛って感じだから、部屋の外に出る時は大体一緒なの。逆に部屋にいる時はヒルダはほとんど何もしてないかな。よく出掛けたりもしてる筈だよ」

「え、メイドなのに? そういう作業苦手なの?」

「苦手ってことはないよ。一通りは出来るよ。でも、ヒルダったら私の世話をしてると、ちょくちょく鼻血ふくのよね」

「はい?」

「なんだろうね。のぼせやすいのかな? お風呂とか一緒に入ると、すぐに鼻血でちゃうの。ぶーって」


 おいおい、大丈夫かあのメイド。色んな意味で。


「だから私の身の回りのことは他の子がやってくれるの」


 シシリーの視線につられて室内を見回して見ると、何人かのメイドが目に入った。全員が壁際で待機している。

 位の高い貴族には一人につき複数人のメイドが付く。その役割は雇い主によって様々だが、基本的に身の回りの世話をしている。主人が部屋にいる時は待機して、命令を待つ。掃除などの作業は主人が不在の間に済ませる。まぁ、単純に紅茶飲んでる横で掃除されたら落ち着かないよね。埃が入るかもしれないし。

 メイドが黙ったまま壁際に並んでいるのは、一種異様な光景ではあったが、僕もこれでも元貴族だ。見慣れた光景でもあった。


「そういえば手紙って、今回のことの報告とか?」

「ううん、それは書記官の子がやってくれたの。だから私用じゃないかな? 故郷の家族宛とかだと思うよ」

「そっか。でも、あんな事があったけどシシリーは大丈夫なの?」


 特に何というわけではなく、様々な含みを持って聞いてみた。


「さすがに送還って事にはならないと思う。今回の私の留学はヴィンガルフとユミルの友好関係にとって大きな意味を持つから。何とか成功させて、有効を強固にしたいはず。特にユミル側はね。逆に私が帰るような事になると、折角ここまで漕ぎ着けたのがパァになっちゃうもの。ユミルは何としてでも私を返したくないし、ヴィンガルフも――」

「シシリー様、それ以上は」


 シシリーの声を遮ったのは、メイドとは違う服装をした女性だった。スーツとか似合いそう。多分、彼女がさっき話に出た書記官だろう。


「あ、ゴメン。つい喋りすぎちゃった」


 てへぺろー。と舌を出すシシリー。

 うん、可愛い。

 それは置いといて、僕もつい聞きすぎちゃったけど、こんな外交上の話を部外者に話しちゃいけないよね。シシリーは僕が|エイダール家(身内)だって知ってるけど、ヒルダを除く他の人達は知らないもんね。

 僕はご学友ということになっています。

 スキンシップが少々激しいけど、ただのご学友です。


「そだね、私もこんな話がしたいわけじゃないし。そう! そうよ。私が聞きたかったのはね」


 シシリーがずいと身を寄せてきた。


「こないだの襲撃の時、ソール大活躍だったんだって? 私、その話が聞きたい!」

「えぇ、そんな面白くないよ」

「いいから聞きたいの! 私、すぐに逃げちゃったから。ほら、早く。ねぇねぇねぇ」


 おぉう、甘えっ子シシリー再び。

 さっきまで凛々しく政治の話をしていたシシリーは何処へ。

 そして僕はシシリーのおねだりに負け、出来るだけ客観的に襲撃事件の時の話をしたのだった。一部をぼかして。




 シシリーとの話が終わってから、僕はベイリンの言っていた訓練場へと足を向けていた。特に用事はないけど、行くって言っちゃったからには何か行かないと行けない気がしたのだ。別に行かなくてもいいんだろうけど、この面倒な性格をなんとかしたいよ。

 他の学園施設同様、訓練場もひっそりとしていたけれど、使っている生徒はゼロじゃなかった。


「あれ、ケイ先輩」

「おや、ソール君じゃないか」


 訓練場を覗くとケイがいた。周りに人がいないところを見ると、一人で訓練していたのだろう。うっすら汗が浮かんでいるから、来たばかりということもなさそうだ。


「ソール君も訓練かい?」

「いえ、僕は学園に来たついでに寄っただけです、ケイ先輩は聞かなくても訓練してたみたいですね」

「あぁ。休校が続くと身体が鈍って仕方ないからね。それに、この前のような醜態を晒すのは御免だからね」


 醜態とは、アイラと呼ばれたアンドロイド?に一撃で倒されてしまった事だろうか。あんな規格外の相手は気にしなくていいと思うけど。


「そうだ。ソール君、この後は何か用事があるかい?」

「いいえ、特にはないです」


 帰ってご飯食べたら素振りでもしようかなと思ってた程度だ。


「それなら、もし良ければ僕と手合わせしてくれないか」

「手合わせですか?」

「あぁ。見ての通り、僕以外に人がいなくてね。一人での訓練に退屈しているところだったんだ。それに、君にも興味あるしね」


 確かに一人より二人で訓練したほうが効率はいいよね。僕としても序列13位のケイと剣を合わせるのは、良い訓練になる。


「ま、君が僕程度なんて相手にしたくないと言うのなら、強制はできないが」

「いやいや、そんなこと思わないですよ!」

「ははっ、それならいいけどね」

「もう、分かりましたよ。えっと、模擬戦でいいんですよね?」

「二人で仲良く素振りもないだろうさ。この訓練場は狭いが、他に人もいない。別に僕らでスペースを占領しても構わないだろう」


 僕は訓練用の剣を借り、ケイの前に立った。


「さて、あくまで訓練だけど、真剣に頼むよ」

「もちろんです」


 不真面目にやる練習ほど意味の無いものは無い。


「いい返事だ。なら始めよう」


 ケイの雰囲気がガラリと変わった。僕も合わせて集中力を高める。

 相対して僅かな時間が経ち、ケイの身体がピクリと動いた。そう思った瞬間に切っ先が目の前まで来ていた。

 身体をずらして、なんとか刺突を避けた。

 疾い――。

 これが細剣の扱いに関しては右に出るものはいないと言われるケイの刺突か。


「ふむ。さすがに避けるか。ならば次はもっと疾く行くよ」


 ケイの言葉通り、次の突きは更に疾かった。けれど、剣で受けて捌く。

 よし、見えている。

 正確には剣は見えていない。けど、その前の動き。ケイが動き出そうとする予備動作。それを読み取ることが出来る。それさえ分かれば、避けきれる。

 これも身体強化ブーステッドを使わない成果だ。強化された動体視力に頼り切りにならない、謂わば観察力を養えた。

 その後もいくつかの刺突が繰り出されるが、それら全てを捌ききれた。


「やるもんだね。ここまで完璧に避けられると僕も自信を無くしそうだよ。それにしても、君は攻撃してこないのかな?」

「あ」

「おいおい、その顔。まさか反撃していいと思ってなかったのかい? 僕はそこまで無様な先輩風を吹かせたつもりはないよ」

「いえ、忘れてました」


 避けるのに夢中で攻撃をするって発想が抜け落ちてた。


「はっ、なんだいそれは。全く、変なやつだね君は。まぁいいさ。それなら次からは攻撃も見せておくれよ」


 そうだそうだ。反撃しないと。

 でも攻撃に意識を割くとなると、ケイの攻撃動作にばかり気を配ってられないな。被弾率が上がってしまう。

 でも攻撃しないと勝てないし。というかそもそも訓練だし。よし、やるか。


「じゃあ、行きますね」

「あぁ、こい」


 ケイは攻撃を受ける体勢へと入った。別に攻めてきてもいいのに、こいといったからには受けないといけないとか思っているのだろうか。皮肉が多い割には真面目だよなぁ。

 とは言っても反撃は予想して然るべきだろう。真っ直ぐに剣を振っても、綺麗に合わせてカウンターを食らいそうだ。

 僕は剣以外――足運びや目線でフェイントを入れてみた。さすがに引っかかりはしないけど、気にはしてくれていた。実はレベル差がありすぎる相手にフェイントを入れても、気付いてもらえず無意味になることがちょくちょくあるのだ。細かいフェイントになると特に。

 上から目線で何だか申し訳ないけど、ケイはフェイントが意味のあるレベルの人だってことだ。

 いくつかのフェイントを織り交ぜて斬りかかると、ケイは軽妙なステップで躱し、攻撃後の隙を突いてきた。それを首をひねって躱す。そんな感じの攻防を何度か繰り返した。

 なるほど。おそらくケイの戦闘スタイルは本来こっちなんだろう。

 あのステップで攻撃を躱して、隙を素早く突く。

 アウトボクシングスタイルというか。所謂、蝶のように舞い、蜂のように刺すってやつだ。

 ケイは僕の動きを見極めているし、僕も安易に突きを貰うことはない。膠着状態に入りつつある。

 それに焦れたのか、ケイが声を掛けてきた。


「ソール君、ちゃんと本気でやっているかい?」

「もちろんですよ」

「でも、先日の魔獣を倒しまくっていた君はもっと速かっただろう」

「あれは身体強化ブーステッドを使ってましたから」

「ならば、今も使わないのかい? やはり手を抜いているのかい?」

「いえ、それには事情がありまして」


 スカジの指示であることを簡単に説明した。


「ふむ、君のお師匠様がね」

「はい。でも、お陰さまで色々なものが見えるようになりました」

「なるほどね。それなら非難はできない、か。それが君の今出せる全力なわけだ」

「そういうことですね」

「はは。ちょっと悔しいね」

「なんですか?」

「いや、何でも無いよ。ならば僕は君がどうしてもっていう位に追い詰めないといけないな」

「え――?」


 そしてケイは剣を左手に持ち替えた。


「これは、避けられるかな」


 そして僕は見事な一撃を貰った。




「ケイ先輩……左利きだったんですか」

「そうさ。言わなかったっけ?」


 そういえば、この間も左で剣を操ってた気がする。


「聞いてないですよ。じゃあ、最初はケイ先輩こそ手を抜いてたんじゃないですか」

「手を抜いていたとは心外だな。僕はバランス良くカラダを鍛えるために右を使っていただけだし、あれはあれで全力だったよ」

「えー、そんあのありですか」

「ありだよ。そもそも、そこに関しては君に言われたくないね」

「ごもっともで」


 僕に言い返せることなどなかったのだった。

 その後も何度か模擬戦をして、僕は汗だくになりながら予定の時間を遥かに過ぎて帰った。

次回更新は5月29日7時です

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