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閑話 保護者懇談会

 大陸西部に位置する、大陸三大列強の一つヴィンガルフ王国。

 肥沃な大地と豊富な資源、そして海に面していることから交易も盛んに行われている。

 単純な兵力で見れば他の強国に劣るものの、豊かさでは他の追随を許さず国力が非常に高い、だがそれ故に絶えず周辺国から土地を狙われている、ヴィンガルフ王国はそんな国だ。


 現国王はヨルド=アルフォズール=ヴィンガルフ。

 武力派として領土の拡大を進めていった先代と違い、温厚なだけが取り柄の彼は守ることに専念し、決して自ら他国へ責めることはなかった。その分、自国は豊かに成長し、先代とは違い平民からの人気が高い王である。


 そんなヴィンガルフ王国の最西端、海のすぐ近くに存在している王都グラズヘイムにそびえ立つ王城の一室で、ある4人が密会を開いていた。




「では報告を頼みます」


 食事をするにはむしろ不便そうな長いテーブルの上座に座るいかにも偉そうな男が下座に座るさらに偉そうにふんぞり返っている男へと指示を出した。


「うむ」


 下座の髭をたっぷり生やした強面の男は短く返事をして、すぐに本題へと入った。


「ソール、シシリー共に大した才能は感じられんな。だが、お互い競争相手としてよい刺激になっておるのじゃろう。真面目に訓練に取り組んでおり、そこそこ伸びておる」


 そこそこ厳しい評価を下しながらも、彼の表情には喜びが浮かんでいた。


「それはいい事ですが、無茶はさせないで下さいね?」


「馬鹿もん! 加減などしたら訓練にならんじゃろうが!」


「しかし、シシリーが怪我でもしたら問題に……」


「怪我を恐れて剣術の訓練が出来るか! そもそも怪我なら既に何度もしておる!」


「え、ちょっと! 聞いてませんよ、父さん!」


「大したことでもないのに騒ぐでない! 怪我の痕なら彼女の魔術で綺麗に治っとるわ」


 2人の視線が1番下の席に座る女性――フローラに向けられた。


「えぇと、傷跡が残るようなことにはなってないはずです」


「ほれ見ぃ。問題無いじゃろうが」


「いやいや、治ったからいいという問題でもないですから! 嫁入り前の大事な身体なんですよ!」


「ふん、そんな細かいことを気にする男にシシリーはやらん!」


「やらん、て。それは父さんの一存でどうにかなるものではないんですよ」


「シシリーの王位継承順位は6番目じゃろう。上に兄も姉もおる。シシリーくらい好きな相手と結婚してもよかろう」


 髭面の男――ヴォーデンはシシリーには甘々だった。


「確かに王位に直接関わることは無いでしょうけど、それでも政略に使うことがないとは限らないですし」


「貴様はそれでもシシリーの父親か! 父親なら娘の幸せを願うのが当然じゃろう!」


「もちろんシシリーには幸せになってほしいですよ! しかしそれも国の平和あってこそ。シシリーの結婚が平和を保つために必要ならば、政略結婚もやむ無しでしょう」


「なんじゃと! 貴様、国と娘のどっちが大事なのじゃ!」


「国です! 私は王なんですから! それに父さんだって国王の時は家族をほっぽり出して、仕事優先だったでしょう!」


「む、むう」


 思うところがあるのか、ヴォーデンは言い返せずに黙りこくってしまった。


「……じゃが怪我については儂も譲らん。シシリーが望んで剣の訓練を受けるというのなら、儂は手を抜かん。どうしても怪我をさせたくないのならばシシリーを説得して剣の訓練を止めさせるのじゃな」


 上座の男――ヨルド国王は難しい顔をして黙りこくったあと、


「それは、分かりました。一度シシリーと話をしてみます」


 渋々その提案を飲んだ。

 自身も過去に剣の訓練をした時、真面目にやる以上は怪我がつきものだったことを思い出したのだ。

 聞いた所によると訓練に使っているのは木剣。それなら誤って取り返しの付かないことにはならないだろうし、さっきも聞いたように軽傷くらいならこの国でも有数の魔術師であるフローラが治してくれる。


「剣の訓練については分かりました。それでは魔術についてはどうでしょう? 確か今はフローラさんがソール君と一緒にシシリーに教えてくれていると聞いたが」


 ヨルドの目がフローラに向く。

 温厚な性格をしていると分かっていても、相手は自国の王。さすがに緊張はする。


「はい、今は僭越ながら私がシシリー様の魔術を見させて頂いております。剣はヴォーデン様が言うには才能が見られないという事ですが、魔術に関しては2人共目を見張るものがあります。シシリー様は魔術を習って僅か半年で火・水・土・治癒の初級魔術を習得しました」


 ソールの読んでいた魔術指南書には基礎をすっ飛ばして詠唱から書かれていたが、実はあれはかなり危険な方法で、碌に魔力の扱い方も知らない人間が魔術を使おうとすると、高確率で暴走する。普通はソールがフローラから最初に受けた授業のように、魔力の操作から習うのである。ソールは母親譲りの魔術の才能に加え、膨大な量の魔力と前世で培った妄想力のおかげで最初から暴走せずに魔術を発動できたのである。

 魔術はイメージがかなり重要になってくる。ソールは前世でアニメや漫画をよく見ていたので、魔術というもののイメージを作りやすかったのであった。


 ソールの話はさておき、凡人だと魔力を感じるのに半年、最低限の操作の習得に1年――フローラは魔力操作にかなりの制度を求めるので、これに3年はかかる――初級魔術を1つ習得するのにさらに半年かかるものだ。

 それをシシリーは4ヶ月で魔力操作を習得し、2ヶ月で初級魔術を次々と覚えていったのである。もちろん詠唱ありでだが。


「ソールはそれまでに初級魔術を全て習得していており、先日中級も一通りは覚えました。今は上級に差し掛かったところです」


「は!?」


 と、ここで素っ頓狂な声を上げて驚いたのは、フローラの隣に座る一言も発さなかった

男――スタルスである。

 ヨルドもかなり驚いた顔をしているが、ヴォーデンは知っていたため無反応だ。


「急にどうしたんですか、あなた」


「いや、だって、お前、ソールはまだ5歳だぞ!? それが上級魔術って」


 並の魔術師であれば生涯を終えるまでに中級を一通り、よくて上級を1つ覚えられるかどうかである。天才と呼ばれたフローラでさえ、中級を修めたのは14歳の時だ。ただ、いまは火・土・治癒の上級と火系の特級を1つ使えるが。


「父親のくせに息子の能力も把握しておらんのか。家に帰らんからそうなるのじゃ」


 やれやれとヴォーデンが溜め息を付いた。ついさっき家族を省みなかった事を指摘されたのをすっかり忘れてるらしい。ヨルドのジト目にも気付いていない。


「スタルスは勢力安定のために普段から尽力してくれているんですから、仕方ないでしょう。父さんもそんな事わかってるでしょう?」


 まだヨルドは即位してから3年ほどしか立っていない為、反対勢力などが存在し地盤が安定しきっていなかった。スタルスはその折衝役となることが非常に多い。


「へ、陛下……なんと勿体なきお言葉」


「むぅ」


 ヨルドのフォローにスタルスが感極まり、ヴォーデンはまたもバツの悪い顔をする。

 なんだろうこれ、とフローラが内心溜め息を付いてしまうのも仕方ないことである。


「それでですね、そろそろ身体強化ブーステッドの魔術を教えたいと思うのですが」


 変な空気になっている所をフローラが話題を戻すことで修正する。


「そうじゃの。剣術も基礎はこの2年弱の間にみっちり叩き込んだからの。そろそろ魔術も交えた戦闘術も視野にいれるべきじゃな」


 魔術が存在するこの世界では、当たり前だが戦いに魔術の要素が強く絡んでくる。

 魔術が使えない者でも、対処法はしっかり学ばなくてはならない。そうでなければ戦いになったとて、無様に負けるだけだ。


 身体強化の魔術は剣士も魔術師も使い、また内容も同じ魔術であるが、それをどう使うかが大きく分かれる。

 剣士は主に筋力や反射神経の強化をして攻撃に主眼を置くが、魔術師は耐久力や敏捷性を上げて詠唱までの時間を稼ぐ――言わば防御に使う。

 人によってこれは魔術の属性同様に得意不得意が出る。腕力を上げるのが得意な者もいれば、動体視力や思考の加速が得意な者もいる。


「そこで私とヴォーデン様、どちらの授業で教えましょう?」


「うーむ、儂が見るにソールもシシリーも守りに長けている印象がある。立場上でも敵を倒す事より生き延びることを優先したほうが良いじゃろ。故に魔術側で防御に重きをおいた教育をした方がよい。もちろん、剣術の訓練でも身体強化を用いた教練はするつもりじゃがの」


 こと戦闘においては真面目なヴォーデンの意見に、フローラは異論なく頷いた。


「剣術と魔術については以上だな。父さんもフローラも引き続き宜しく頼む。ただし、怪我には注意するように」


「御意」

「注意はしよう」


 フローラは恭しく、ヴォーデンはおざなりに答えた。


「それでは解散とするところだが、スタルス」


「はっ」


「ソールもよい年であろう。そろそろ社交の場に出してはどうだ?」


「ソールをですか? いえ、しかしまだ早いのでは……何かご理由が?」


 ヨルドの顔に困ったという色が浮かんだのを見たスタルスが、理由を問い尋ねた。


「うむ。シシリーをそろそろ社交界に出したいのだが嫌がってな。それで、どうしてもというならソールも一緒ならいい、と言いおってな」


「そうですか。そういう事ならば分かりました」


「おお、引き受けてくれるか」


「はい」


 ヨルドは肩の荷を一つ下ろしたように喜んだ。


「フローラ、ソールの作法はどうだ?」


「そうですね、特に問題はないかと思います。あの子、魔術だけじゃなくて座学や礼儀作法も覚えがいいので」


「そうか、それなら安心だな」


「はい」


 引き受けたものの作法が出来てなかったらどうしようと思っていたスタルスが胸をなでおろした。


「では、丁度来年の頭にシシリーの5歳を祝うパーティがある。その場でお披露目といこう」


「御意」


 こうして、国としては割と重要なことかもしれないが、端から見ればただの保護者懇談会が終わったのであった。

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