25話 少し不思議ファンタジー
「なるほど、こういう結果になりましたか。とムニンは言っています」
モノクロの少年――フギンは自分を囲む僕らを見て、無表情のまま呟いた。
「何時までその余裕が続くかな」
ケイが細剣の先をフギンへと向けた。
「がはは、逃がしはせんぞ」
ベイリンが両斧槍を構えて威圧した。
「逃さないぜ」
エインも警戒しつつ、フギンを睨みつけている。ちなみにセラはすることがなくなったので、離れたところで大人しく魔装手甲壱型をいじっていた。
フギンは順番に僕らを見渡すと、
「なるほど確かにフギン一人では、逃走は困難のようですね。とムニンは言いました」
そう言って人差し指を立てました。
なんだろう。無表情だから全く感情が読めないんだけど、それにしても焦りがなさすぎる。まさかこの状態から逃げられる手段があるのか? 確かに表れたときは唐突で気が付かなかったけど、それでもこれだけ注意していれば何かあれば対応できるはず。
って、ちょっと待て。
いまなんて言った?
フギン一人では?
まさか――そう考えた時、不意に頭上からプレッシャーを感じた。
「上から来るぞ! 気を付けろ!」
僕の声に反応して、フギンを囲んでいた全員が飛び退った。
それと同時に、空から女の子が降ってきた。
お、親方ァ!
じゃない。
「なんだいこれは……人間?」
ケイが思わずそんな事を呟いたのも無理はない。
目の前の女の子は、基本的な姿形は普通の10代前半の女の子に見えるのだけど、背中から鉄の羽が生えていた。耳からも鉄の細長い板が空に向かって生えてるし、目には半透明のバイザーが掛かっている。首から下は衣服で分からないけど、生身の手足が生えているとは思えない。
迂遠な言い方をしたけれど、僕は、僕だけはこれを例える、あるいは類似の存在をイメージできる。
その姿は、アニメや漫画で見た女性型戦闘用アンドロイドのようだった。
「なんでこんな所にこんなものが――?」
世界観違くない? え、ここファンタジーな世界じゃないの? 実はSFな世界への転生だったの? 齢十二にして新事実発覚? いやいやいや、そんな馬鹿な。
その場にいた全員が戸惑っていたけれど、僕だけが違う理由で戸惑っていた。
女の子は減速しながらムニンの隣に着地した。
そして、その女の子にはもう一つ驚く点があった。
「こいつ、浮いてなかったか?」
そう。エインが言ったように、浮いていたのだ。何処かから降りたとか、ジャンプしてきたとかではなく、彼女は空から降下してきた。そして、地面に激突する前に減速し、ムニンの横で一度空中で静止し、地面に降り立ったのだ。
現在普及している魔術に空を飛ぶものはない。
ネイルのように風の魔術に長けた者は、高所からの滑空や減速は出来るが、空中での停止は出来ない。
スカジは空を飛ぶ魔法を使えるが、それは魔術式が複雑過ぎる上に、制御が困難なため、他に使える者はいないし、魔術のように汎用的なものへと昇華することも不可能だと言っていた。
だから空を飛ぶ魔法を使えるとしたら、スカジ並の天才かあるいは――継承魔術か。
継承魔術とは、普通の魔術と違い、親子何代にも渡って研究・開発される魔術を主に指す。
一代では到達し得ない研究の成果を、自分の血を継いだ子の身体に直接刻みつけて継がせ、それを完成するまで続ける。一人で書ききれないとんでもなく長い物語を、何代も掛けて書くようなものだろうか。そうして、長い年月をかけて完成させる。完成させたものは、既に何代も渡っているせいで複雑化し、普通の魔術式として出せない。さらに同じ血筋でないと、刻印自体が上手くいかないことが多い。故に継承魔術は実子への一子相伝が基本となる。継承さえされれば、子はその魔術を自身に刻まれた魔術式に魔力を注ぐだけで使える。ただし弊害として、他の魔術の習熟が遅いか不可能になる場合も多い。
空を飛ぶ魔術を使えるとしたら、この説が一番有り得ると思うんだけど……そもそもアンドロイド――というかロボットっぽいんだよなぁ、この子。
ロボットなら空を飛べそう。
って考えてしまうのは多分アニメの見過ぎである。
僕が色々考え込んで固まってしまっているのと同じように、他の面々も彼女を警戒して動けていなかった。
「アイラ、この場から離脱するので援護をお願いします。とムニンが伝言を受けています」
「了解しました」
アイラと呼ばれた女の子は、抑揚のない声で返事をした。なんか、無感情が二人揃ったなぁ。
「現状での即時離脱は困難と判断します。よって状況改善のため、障害を排除します」
「まずっ――みんな逃げて!」
「え?」
瞬きも許されないほどの刹那で、ケイが蹴り飛ばされた。
「先輩!」
いまアイラには予備動作と呼べるものが全く無かった。そのせいでケイは反応できなかったんだろう。まさかロボットだから? 人間と違って振りかぶったりの動作の必要がないのか?
「ぬうううん!」
ケイが攻撃を受け、真っ先に反応したのはベイリンだった。
蹴りを出した姿勢のアイラの背中へと両斧槍を振り下ろした。そこには背後からの攻撃だとか、女の子の見た目をしているから等の配慮は微塵もなかったはずだ。
だけど、その両斧槍は受け止められた。それも素手で。激突時は明らかな金属音が鳴った。やっぱり手も金属製か。
「バカな――がふっ」
驚愕した隙にベイリンも蹴り飛ばされる。
「先生!」
「ぐ……が……」
ベイリンは勢い付いたまま壁に激突したが、意識はあるらしい。けれど、とても今すぐ動けるようには見えなかった。
ケイは意識が飛んでいるのか、ピクリとも動かない。
「定食屋の人!」
端っこにいたセラが素早くケイに駆け寄った。
まずい。セラも狙われる!?
「……脅威無しと判断。残存敵性戦力は2。敵性戦力排除後、離脱します」
って、大丈夫なのか。よかった。
いや、こっちが狙われてるという点については全くよくないけど!
「エイン。下がってて。相手はおそらく邪魔さえしなければ、無理には襲ってこない。後ろに下がれば多少は安全なはず」
僕はアイラを挟んで反対側にいるエインへ声を掛けた。
しかし反応はなかった。
「エイン?」
呼びかけるも応答はない。
アイラを警戒しつつエインを見てみると、その目はアイラのみを見据えつつも、どこか虚ろだった。
「どうした、エイン!」
「対象の脅威判定完了。脅威度A。離脱・撤退を推奨する」
「エイン!」
なんだ、どうした? エインはどうしたんだ?
「排除開始」
アイラがエインへと襲いかかった。
「くっ」
またも予備動作がなかったせいで反応できなかった。けど、精霊武具があるから攻撃は防いでくれるはず。その間にエインを助けないと!
けれど、アイラの一撃をエインは受け止めた。自動防御機能ではなく、エインが反応して受け止めたのだ。
「えっ?」
「状況の変化により、離脱は不可能と判断。迎撃に移行する」
さらにエインは反撃に移った。
凄まじいまでの速度でアイラと切り結んでいる。
速過ぎる。
昨日まで、いや、さっきまでのエインでは到底考えられない反応と剣速だ。
鉄すらも切り裂く剣を振るエインと、それを悉く躱すアイラ。おそらくアイラが速度で勝っているが、武器の性能差で拮抗状態になっている。
「って、冷静に分析してる場合じゃないっての。エイン、加勢するよ!」
僕が一歩踏み出した時だった。
「そうはさせん」
ムニンの影から鋭い殺気が放たれ、僕は反射的に飛び退いた。
影から浮き上がってくるように、一人の男が表れた。
いや、男というよりは子供と言ったほうが正しいか。
年は僕より少し上だろうか。
端麗な容姿と鍛えられた肉体をしているが、それ以上に目を引くのが黄金に輝く瞳だった。
「手出しはさせんよ」
そいつは腰の剣に手を掛け、僕を見据えた。
「動けば斬る」
――強い。
隙が全くない。少なくとも素手のままで絶対に敵う相手じゃない。
エインを助けたいけど、迂闊に動けない。
「……アンタもムニンやアイラの仲間か?」
「俺はイオ。ラピセットの一人だ」
ラピセット?
なんだそれ。初めて聞くけど、言い方から考えるに何かの組織名かなにかっぽいけど。
「ラピセットって何なんだ?」
「答える義理はない」
話して隙を窺うついでに情報を引き出したかったけど、取り付く島もないな。
エインとアイラの戦いは今も互角だけど、いつどちらに天秤が傾いてもおかしくない。
それまでに助けに行きたいけど、イオと名乗ったこの少年が邪魔だ。どうにかして注意を逸らさないと。
なにか、なにかないか。
そしてそのナニカはすぐに来た。
「エイン!」
障壁の向こうからかぼちゃが飛び出してきた。じゃなくて、あれはヴィヴィアンか。
「此に集いし業炎、何者をも焼き貫く意志と為れ。火炎槍」
ヴィヴィアンの手から炎の槍が生み出され、アイラへと振るわれたが、簡単に避けられた。しかし、そのおかげでエインとアイラの間合いが開いた。
ヴィヴィアンはエインを庇う位置に立つと、カボチャを脱いだ。顔が見える。と思ったら、カボチャから大量の煙が出てきた。やっぱり顔は見えない。そして、あっという間に周囲を覆い尽くし、僕らの視界を奪った。
「割込命令。マスターコード。70123649実行」
煙の向こうからヴィヴィアンの声が聞こえる。何かの数字か?
「マスターコード確認。戦闘行動を停止します」
次いでアイラと思しき声。戦闘を停止だって? 一体、煙の中で何が起こってるんだ。
「ちっ。フギン、撤退だ。アイラを回収しろ」
「了解しました。とムニンが同意しています」
「あ、待て!」
「邪魔だ」
「――っ」
一瞬の殺気に身をかがめると、すぐ頭上を剣が掠めていった。うわ、突っ立ってたら首飛んでたじゃないか!
「ほぅ」
「アイラの回収完了しましたよ。とムニンが言いました」
「分かった。俺も行く」
そしてすぐに3人の気配が消えた。
「あぁ、もう。なんだってんだよ……とりあえず、煙どかそう。ファイアトルネード炎無しの威力減衰版」
炎の竜巻を起こす魔術から、炎を抜いて、威力も下げた。要はただのつむじ風だ。
詠唱も省略したから本当に強い風が吹いた程度のものだ。
煙が晴れて見えたのは、煙が出る前とおおよそ変わらない状況だった。
ただエインの頭をヴィヴィアンが優しく抱きしめていた。
「エイン、もう敵はいないんだよ。戦いは終わったんだ」
まるで子供をあやすかのように、柔らかな手つきで髪を撫でている。あれが、奇抜な言動を繰り返していたヴィヴィアンなのか?
エインは安心しきった顔で目を閉じている。そして、やがて寝息を立て始めた。
ヴィヴィアンはそんなエインを抱き上げると、無言のまま立ち去ろうとした。
「ちょ、ちょっと待ってよヴィヴィアン」
「聞きたいことなら後にして。今はエインを休ませたいの」
その凛とした声に僕は「はい」しか言えなかった。その声音はなんだか母様を思い出させたから。
こうして序列戦から始まった戦いは、いくつものしこりを残して幕を閉じた。
けれど、次の幕がやがて上がることは誰の目にも明らかだった。




