24話 援護
「貴方……本当に何なのですか? とムニンは言っています」
フギンの前には僕と、それを囲むハイディエイプ、そして倒れて動かなくなった50の塊。
「ユミル王立士官学園武術学科1年ソール。学生だよ」
「貴方みたいな学生がいてたまりますか。とムニンは言っています」
と言われても、いるものはいるのだから仕方ない。
見れば訓練場にいた学生はあらかた避難が終わっていて、残っているのはフィスとエインを含めて数人だけだった。
「って、セラも残ってたの? 早く避難しなよ」
「え、ウチ? でも、フィスの隣の方が安全っぽくないかな? かな?」
「確かに、この街で一番安全なのは私の隣ね。よし、そこにいなさい」
「はーい」
「いいのかなぁ。まぁ、いいか」
確かに変に目の届かない所に行かれるよりか、フィスの傍に居たほうが安全か。
「なんだか少し気が緩んでいませんか? とムニンは言っています」
「いいや、そんなことないよ。めちゃくちゃ緊張してるよ」
「皮肉しか聞こえませんね。いいでしょう。こちらにも次の手があります。とムニンは言いました」
「またハイディエイプを増やすの? どれだけ来ても負ける気はないよ」
「半分正解で半分間違いです。とムニンは言いました」
「半分?」
「こういうことです。とムニンは言いました」
そして三度、影が盛り上がり、そこから手が伸びた。
って、デカくない?
手だけで普通のハイディエイプくらいあるんですけど。
そしてすぐにその姿は表れた。
「ハイディエイプはハイディエイプでも、ボスです。とムニンは言いました」
「おおぅ」
体長7mはありそうな巨大猿が出てきた。いや、いくらボスつっても大きくない? 本当に同じ種族?
「ていうか、キン●コング?」
「ウホッ!」
あ、ゴリラだこれ!
そしてその後からついでに普通のハイディエイプが続々と表れた。先に出てきたボスのせいで、遠近感狂いそう。
ボス猿は無残に積み上がった仲間の死体を見ると、鼓膜が破れんばかりの雄叫びを上げた。そして、僕を睨みつけた。
「さぁ、今度はこれまでとはわけが違いますよ。とムニンは言いました」
「いやー、マジっすか――っとぉ!」
ボス猿はその巨体からは想像もつかないほどの速度で、僕へと飛び込んできた。もしかすると普通のハイディエイプより速いかもしれない。
攻撃を避けた僕に、ハイディエイプが群がるように攻撃を仕掛けてきた。
少しずつ削っていくか。
そう思って、ハイディエイプの攻撃を避け、カウンターを入れようとした――が、横からその隙をフォローするかのように他のハイディエイプが飛び込んできた。
「くそっ! これはっ! まさかっ!」
息をつく暇もなく、次々と繰り出される攻撃。
「おっとぉ!」
さらに、今度はこちらの動きに合わせてボス猿が攻撃を仕掛けてきた。さらに避けた所へハイディエイプが殺到する。
間違いない。
今度は組織的な動きをしてきている。
さっきまではてんでバラバラに襲いかかってきていただけなのに、今は順番に多方向から、タイミングを合わせて攻撃してきている。
見れば、ボス猿が僕の動きをじっくり観察し、時折声を上げている。
最初はあんなに怒ってたのに、実のところはかなり冷静だったわけだ。かなり知能の高い魔獣だったのか。それとも、こいつが特別なのか。
まぁ今はそんなことはいい。この厄介な状況をなんとかしないと。
「ふーん、猿のくせに生意気ね」
「どういうことっすか」
離れたところから戦いを見ていたフィスも、ハイディエイプの組織的な動きにすぐに気付いていた。
「あのボス猿。所々で指示出してるのよ。ソールが攻撃に転じられないように、隙なく攻め立てるようにね」
「なんだって!?」
「ちょっとエイン、どうするつもりよ」
「どうするって、助けないと」
「大丈夫よ、放っておいて」
「でも!」
さっきまではソールが楽々戦っていたし、実際に面白いように敵を倒していっていたから安心していたが、本来は魔獣相手に一人で戦うのはおかしいのだ。いま苦戦しているソールを見て、エインは手助けもせず突っ立ていた自分を恥じていた。何をしていたんだ、と。
エインは足元に転がっていた模擬剣――ソールが置いていった剣だ――を持つと、前を向いた。
「だからって友達が戦ってるの黙って見てられるか! フィスさん、この障壁ってこっちからなら普通に通れるの!?」
「いいから待ちなさいってば」
「でも!」
「あぁ――もう! 男の子ってみんなこうなの!? 分かったわよ! 仕方ないわね。ちょっと待ちなさい」
フィスが左手をかざすと、掌に茶色の光が浮かび上がった。
「おいで、土精霊。ちょっとあの子に力貸してやって。え? ええそうよ。分かってるわよ。いいから、ほら」
「フィスさん?」
急に一人で話し始めるフィスに怪訝な顔をするエイン。
「ほら、これ持っていきなさい」
フィスが左手を振ると、茶色の光はエインの前まで飛んでいき、細長く伸び、そして形を作った。
「え、これは……剣?」
シンプルな両刃の剣だった。
「それ貸してあげるから、行ってきなさい。ちょっと重いけど、よく切れるし、危ないときは守ってくれるから」
「守ってくれるって、剣が?」
「そうよ。だから安心して突っ込みなさい」
「お、おう。ありがとう、フィスさん!」
エインは目の前に現れた剣を戸惑いつつも掴み、駆け出した。
そして友の前まで走ると、その剣を振り抜いた。
くそー、戦い難いったらないな。
いっそ魔法で一気に倒すか? いや、でもそうしたら建物壊しちゃうし。周りにも被害が及ぶ可能性が。
遠い。
ボス猿までの道が遠い。
せめて懐まで潜り込めれば何とかなるのに。
一瞬でいいから、周りを囲んでるハイディエイプがいなくなれば。
うぅ、あと一手でいいから手数が欲しいなぁ。
そんな事を考えつつ、攻撃を避けていたときのことだ。
「え!?」
急に横に居たハイディエイプが真っ二つになったかと思うと、その向こうから姿を表したのはエインだった。
「何だこの剣。すっげーよく切れんな」
「どうしてここに!? 危ないよ! 早く障壁の中に戻って!」
「あぁ? バカ言うな! それなら最初っから、こっち側にきてやしねーよ! 助けに来たんだから、言うなら礼だろうが!」
「そんなこと言ってる場合? あれ? それフィスの剣……って、うわっ!」
今度は僕の目の前にいたハイディエイプの頭に矢が生えた。
後ろを見ると、他の生徒に支えられて立っているトリスタンが弓を構えている姿が見えた。
「はは、後輩にばかりいい格好はさせられないね」
トリスタンは矢を番えると、一気に引き絞って撃ち放った。その矢は綺麗な軌跡を描き、ハイディエイプの眉間に寸分違わず突き刺さった。
あれだけボロボロなのに、なんて腕と精神力だろう。素直に感心してしまう。
「これは僕も参加せざるを得ないかな」
今度はエインの後ろのハイディエイプの喉元が細剣で貫かれた。
「ケイ先輩!」
「後輩アルバイトをみすみす見捨てるのも夢見が悪いだろう? それにマスターも悲しむ」
そこでさらにハイディエイプが一匹吹っ飛んでいった。
「わーい、どーん!」
「セラぁ!?」
「なーんか、みんな参加しててズルいからウチもきたよ! ついでに魔装手甲壱型の実戦データ取れるとか思ってないからね? ね!」
思ってたのか。
「はい、どーん! う~ん、この殴打爆裂術式はいい感じだね! 腕に返ってくる衝撃、ものすんごいけど!」
さらに次はセラのいる反対側から破砕音が聞こえてきた。
「な、なんだぁ!?」
「がははははははは! よくぞ耐えたなお前たち! 生徒の避難は完了した! ここは私に任せよ!」
そこにいたのはマッスルだった。
もとい巨大な両斧槍を豪快に振り回す、僕らの担任にして暴猪騎士団副団長ベイリンだった。
「まさか本当に生徒に守護を任せていたとは、全くもって嘆かわしい! だが、安心せよ! 私が来たからには全て薙ぎ払ってくれるわ!」
がはははと言葉通りハイディエイプを薙ぎ払っていくベイリン。あんなデカイ武器を振り回して、ハイディエイプを何匹も巻き込んで切り飛ばすとか、なんて馬鹿力だよ。
「うわぁ、すげぇなアレ」
「って、エイン後ろ!」
「え?」
ベイリンに呆気に取られていたせいで出来た隙を付いて、ハイディエイプが襲いかかってきた。
が、エインの剣が淡く光ったかと思うと、地面が突然隆起して攻撃を防いだ。
「え、なんだこりゃ?」
「フィスの使う精霊武具は自動防御機能つきなんだよ」
「マジか。あの人はどこまですげーんだよ」
フィスは本当にチートだと思う。さすが天才。あ、ドヤ顔してる。
「そんなことより、ここは任せろよ」
エインが自分の胸を叩いた。
「ボス猿、頼んでもいいんだよな」
そして、僕の胸を小突いた。
なんだこれ。なんだこれ。妙にむず痒いぞ。
でも、嫌じゃないな!
「うん、任せて!」
エインにトリスタン、ケイにセラ、さらにはベイリンの援護のお陰で、敵の狙いは分散している。
「道は開けてやる。今なら出来る気がすんだ」
エインは話しながらもハイディエイプを切り伏せている。確かにいまのエインの集中力はすごい。
「よしっ」
僕は周囲の魔獣を気にしないことにして、ボス猿へと向き、改めて魔力を練った。
「ソールから標的まで17m34cm。障害物は2――いや、3つ。排除する」
エインが僕に先んじて駆け出し、僕とボス猿の間にいるハイディエイプへと斬りかかった。振り回された腕をかかんで回避し、胴を薙いだ。止まらずその奥の敵へと切り上げで倒し、背後からの攻撃を予想してたように左へステップして回避、ボス猿の前にいた敵へ刺突の構えを取った。
「ソール、行けぇ!」
叫ぶと同時に剣が敵の喉を貫き、その勢いでエインは敵ごとボスの前から離れた。
僕は練った魔力を足へ集中させ、跳躍した。僕とボス猿の間にいたハイディエイプは全てエインによって倒され、僕の前身を妨げるものは何もなかった。コンマ以下でボス猿の足元へ、瞬時に魔力を全身に――拳に多めに集め。
「はあああ!」
全力の拳をボス猿に叩き込んだ。
同時に魔力変換で電撃を全身に流し込む。
ボス猿は短い悲鳴を上げると、全身を硬直させ、ゆっくりと倒れた。
「キィイイイイ!」
最も早く反応したのは周囲のハイディエイプ達だった。その鳴き声は伝播していき、一斉に逃げ始めた。近くにいる人間はもちろん、僕やフギンも無視して山がある方向へ真っ直ぐに走っていく。
そして数十秒もすると、全てのハイディエイプの姿が消え、立っているのは僕らだけになった。




