22話 フギン
「どうなった……?」
僕の横でエインが恐る恐る呟いた。
フィスの水葬送によって、試合場は水煙に包まれ、トリスタンがどうなったのかは観客席からでは見えなくなっていた。それも僅かのことで、すぐに水煙は引き、視界が晴れた。
トリスタンは苦痛に顔を歪めながらも、倒れずに何とかフィスへと顔を向けながら立っていた。だけど、足に力は入っていないのは一目瞭然で、もはや誰の目にも勝敗は明らかだった。
そんなトリスタンを見て、フィスは警戒を解かないまま尋ねた。
「まだやる気?」
それは或いは嘲笑にも似た言葉だったが、フィスの声音はある警告を含んでいた。トリスタンもそれは分かったのだろう、真剣な目のままフィスを見据えている。
「……もちろんさ。俺はまだ立っている。学生の身ではあるが、騎士の端くれでね。自ら膝を折るわけにはいかないのだよ」
「そう。分かったわ」
フィスが杖を一振りすると、水球が杖先に現れた。
「さすが、俺の見込んだ女性だよ」
トリスタンはよろよろと弓を構えた。しかしふらついていたのはそこまでで、矢を番えた瞬間直立し、しっかりと矢を引き絞った。
「アンタ、名前なんだったっけ?」
「トリスタン。トリスタン・ツィ・リオネスだ」
「そ、覚えておくわ」
「光栄だ」
そんな遣り取りを交わすと、二人の間に静寂が訪れた。
「あー、これは拙いかも」
「ん? どうしたソール」
「ちょっと席を外すね」
僕はエインの返事を待たずに座席から跳んだ。
訓練場へと着地するのと、フィスとトリスタンが技を放つのは同時だった。
「水槍よ、私の敵を刺し貫け。水精霊の三叉槍」
「この一矢に全てを込める! 穿て! フェイルノート!」
トリスタンにとっては渾身の一撃だったんだろう。けれど、相手が悪い。互いの攻撃は二人の中央でぶつかり、あっさりとフィスの水槍が勝った。トリスタンは自分の矢が簡単に弾かれた様を見て、諦めたように笑った。水槍を避けようともせずに突っ立っている。いや、避ける気力が残ってないのか。このままだと、確実に水槍は彼を貫く。
「はあああ!」
間に合った!
その直前で、僕はトリスタンの前に立ち、持っていた模擬剣で水槍を打ち払った。
「なっ」
後ろから驚愕の声が聞こえる。
振り向くと、驚いた顔のトリスタンと彼を守るように立つランスロットと目が合った。
どうやらランスロットも、危険を察知してここまで来てくれていたようだ。ていうか、ランスロットの目が楽しそうなのは気のせいだろうか。
「ちょっとソール。何してるのよ!」
訝しんでいると、フィスが怒りながら歩いてきた。
「何してるって、フィスこそ彼を殺す気だったの?」
僕の問いに、フィスは何を当たり前のことをと首を傾げた。
「そりゃそうよ。真剣勝負だったんだもの」
うーん、確かに命のやり取りを今まで行ってきたフィスからすれば、真剣勝負で命を奪うことはおかしなことではないのだけれど。
「でも、ここは学園で、これはあくまで授業の一環だよ。殺さずに済むなら、殺すべきじゃないよ」
「何言ってるのよ。真剣勝負で相手の命を気にかける方が失礼じゃない」
「そ――」
「そうだ、少年」
僕が反論しようとした時、トリスタンが強い口調で割って入ってきた。
「俺は彼女と真剣勝負を望んだ。その結果、命が失われても構いはしない。己の信じるものの為に命を賭す。それが騎士道というものだ」
トリスタンは真剣そのものの目で僕を見据えている。確かに覚悟はできていたようだ。
「けど――」
「トリスタン。それは未熟者が口にして良い言葉ではない」
今度はランスロットに遮られた。
「叔父上」
え、叔父上!?
この2人、親戚なの?
「確かに、騎士は場合によっては自分の命を掛ける必要があるだろう。だが、貴様のような守るべく主君も、仕えている国もない、見習いの騎士がする覚悟ではない。いまの貴様がすべきは、自身を鍛えて、将来の主のために研鑽を積むことではないのか? ましてや貴様は自分の欲のために始めた戦いで命を掛けた。それは騎士道などでは断じて無い」
「ぐ……」
トリスタンは悔しそうに歯噛みし、俯いてしまった。
ランスロットはそんなトリスタンの肩に手を置いて、優しい口調で語りかけた。
「だが、その気概は見事だ。いつか主君に仕えたその時こそ、騎士道を貫くんだ」
その言葉に顔を上げたトリスタンは、強い目をしていた。
「……はいっ」
うん、なんか綺麗にまとまったみたいだ。
一件落着かな――
ぱちぱちぱち
その時、静まっていた会場に不釣合いな拍手の音が響いた。
会場にいた全ての人間の視線が、音の元に集中する。
「素晴らしいものを見せていただきました。とムニンは言っています」
試合場の端。そこにいたのは、白い髪と黒い目をした人形のような少年だった。少年は無表情のまま手を叩いている。
「おや、もう終わりですか? さあさあ、私は待ちますから、どうぞ続けて下さい。とムニンは言っています」
少年は全くの無感情でそんな事を言った。
なんだアイツは。いつの間に――いつからあそこにいた?
少なくとも、序列戦の間はフィスとトリスタン、そして審判の先生以外は試合上にはいなかったはずだ。
いや、さっきの今までいなかったはず――
「うん。もう終わりなら良いのです。それでは、こちらの用事を済まさせていただきましょうか。とムニンは言っています」
少年が右手を振るうと、足元の影が広がった。
なんだこれ、嫌な予感がする。
「さあ、いってらっしゃい。とムニンは言いました」
少年が言い終わやいなや、影から何かが次々と飛び出してきた。
影から現れたのは凡そ20の塊。
全身は茶色の体毛で覆われ。口からは大きな牙が覗いている。筋肉の発達した腕部。手には関節のある五指が生えている。
鮮明に記憶に残るその姿。
成人男性ほどの大きさの猿型の魔獣。
「――ハイディエイプ」




