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黄昏の転生者(ストレンジャー) 旧:雷霆の騎士  作者: 林檎亭
2章:ユミル王立士官学園
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21話 水精霊の守護楯

 合図と同時に腰の剣を抜き放ったトリスタンに対し、フィスは構えるでもなく、杖を持ったまま突っ立って、相手を睨みつけていた。その目には明らかな侮りの色がある。

 完全に油断している。一度勝った、しかも圧倒的に実力差があった相手だ。あの年の子供に気を引き締めろと言うのが難しいかもしれない。

 でも、あんなの見たらスカジ怒るだろうなぁ。

 トリスタンは構えを取らないフィスを見て、動揺も怒りも見せることなく、無言で突進していった。


「はやっ」


 エインが思わず驚きの声を上げた。確かに、この学園内であの速度を出せる生徒は限られてくるだろう。

そして、まばたきをする暇もなく、トリスタンはフィスへと肉薄した。

 吐き出される息と共に、鋭い一撃がフィスの脳天へと振り降ろされる。フィスはそれを事も無げに躱した。トリスタンもそれを追って、二撃三撃と剣撃を繰り出していく。しかし、そのどれもが空を切った。

 トリスタンの剣は決して遅くない。例えば先ほど僕と戦ったガラハルと比べるなら、ガラハルが剣を一度振る間に、トリスタンは三度は振っているだろう。それほどまでに、他の生徒とは一線を画していた。

 だがそれもあくまで普通の生徒の中での話だ。生まれた時からスカジの教えを受けているフィスにしてみれば、欠伸の出るような剣速だろう。

 にしても油断しすぎだ。さっきから必要もないのに、わざわざ紙一重で躱している。あれじゃあ、もし予想していない何かが合ったときに対応しきれない。

 そう、僕が心配した矢先に、それは起こった。

 トリスタンが振り下ろした剣から、手を離した・・・・・


「えっ」


 フィスは一瞬呆気に取られたが、すぐに剣を弾き飛ばした。そして視界を正面にやった時には既にトリスタンの姿はなかった。フィスが彼の存在に気付いたのは、自身が蹴り飛ばされた時だった。


「ぐっ――う」


 思いもよらない衝撃にフィスの身体が宙を待った。

 だが、そこはさすがのフィス。空中で体勢を整えると、地面に足から着地――は出来なかった。

 トリスタンが追撃してきたからだ。腰の後ろに差していた剣を抜き放ち、フィスへと斬りかかっていた。

 この序列戦は当たり前だが、あくまで訓練、模擬戦である。だから剣には刃引きがしてあるし、矢の先は何も付いていない。だからトリスタンの剣を食らったとて、フィスは怪我はしても死にはしないだろう。

 だが、真剣であった場合、致命的な一打であると判断された場合、それはいわゆる一本として判定される。要はそこで勝敗が決するのだ。


「こ――のぉ!」


 フィスは何とか杖で剣を防御した――が、地に足がついていない状態で踏ん張れるはずもなく、再び吹っ飛ばされた。そこでなんとか足は僅かに地に届いたが、トリスタンの追撃はなおも続いた。

 試合前はやや軽薄そうな印象を受けたトリスタンだが、試合が始まってからここまで、そのイメージは一転し、今は勝利を追い求める冷徹な騎士となっていた。

 トリスタンは体勢を崩しているフィスへ的確に攻撃を加えていき、体勢を戻させないようにするどころか、徐々に追い詰めていっていた。




「フィスさん、ヤバくないか?」

「うん、かなり押されているね。負けはしないと思うけど」


 エインとカスミが不安そうに呟いた。

 僕も同感だ。まさか、いくら油断していたからってフィスが負けるとは思えない。でも、トリスタンは強い上に、戦い方も上手い。これはもしかしたらって事も有り得るんじゃ……。

 そう思いつつ固唾を飲んだ時だった。




「いい加減にしなさいよね!」

 フィスがキレた。

 フィスは照準も付けず、地面へと火炎系の魔術を放った。

 咄嗟に放たれた魔術は破裂し、フィスとトリスタン両方を吹き飛ばした。自爆技とも取れるような魔術に、フィスはダメージを受けたが、その甲斐あって2人の距離は離れた。体勢を整えるチャンスである。

 フィスは着地すると同時に、杖を構えてトリスタンの飛んでいったであろう方向へと目をやった。そこでフィスが目にしたものは、弓矢を構えているトリスタンだった。

 トリスタンは矢を番えると、ほとんど狙いをつけずに射った。だがそれはかなり正確に、かつ相当の威力を持ってフィスへと飛来した。

 刹那の間に標的へと到る矢は、回避は勿論、防御すら困難。増してやフィスは体勢を立て直したばかり。トリスタンの動きを目で追えていた者たちは決着を確信した。


「いい加減にしろって、言ったわよ」


 しかし矢はフィスに到達する直前――その軌道を大きく逸らした。

 矢を防いだのはフィスを球状に覆う水の膜だった。




「なんだあれ……」


 エインが呆然とした様子で呟いた。この場にいるほとんどの人間も同様の表情をしていた。


水精霊の守護楯ウンディーネ・スヴェル。アレを出すなんて、姉さん本気で怒ってるな」

「はぁ……真逆、たかが学園の序列戦で使うなんて」


 カスミは頭を抱えていた。


「アレ、どういうものなんだよ?」

「んー、まぁ見てればわかると思うよ」




 自身の矢が防がれたことを認識したトリスタンは、僅かな動揺も見せずに、横へ走りながら続いて二の矢、三の矢を放った。しかし、それも簡単に水の壁に防がれてしまった。


「よくも散々やってくれたわね。今度は私の番よ」


 フィスを覆う水膜が波立ったかと思うと、そこから水の槍が伸びた。

 幾本もの槍は直線軌道を描き、トリスタンへと襲いかかる。しかし彼はそれを横へと走りながら避け、その間にも次々と矢を放っていく。


「無駄よ」


 フィスの言葉通り、矢は水膜に遮られて落ちるか、あらぬ方向へと逸らされていく。




「攻防一体の魔術。それが姉さんの水精霊の守護楯ウンディーネ・スヴェル。正直、あれを出した時点で勝敗は決したようなものだよ」

「なんだそりゃ。反則じゃねぇか」


 最早、大人げないとも言える。いや、フィスのほうが年下だけどさ。


「なんか弱点とかねぇの?」

「うーん、あると言えばあるかなぁ?」

「なんだハッキリしねぇな」

「それが――あ、ほら見られるよ」




 トリスタンは軽快な身のこなしで水槍を避け続け、さらに隙あらば攻撃を繰り出していた。驚嘆に値する身体能力だ。

 それが少し続いた時、トリスタンや注意深い人間は気付いた。


(水膜の水量が減っている)


 展開時に比べ、水膜が薄くなっているのだ。


(そうか、この水槍。あの水膜を消費して出してるということか)


 トリスタンの考えは当たっていた。フィスの水精霊の守護楯ウンディーネ・スヴェルは攻防一体の魔法だが、その両方を同じ水で行っている。ずっと防御をしていればいいが、水槍を放つとその分の水が水膜から離れてしまうのだった。


(なら、あと少し我慢すれば俺の矢も届く程に防御が薄くなるはず)




「おいおい、大丈夫なのか? トリスタンは全部の攻撃避けてるし、このままじゃジリ貧だぜ」

「そうだね。あそこまで姉さんの攻撃を避け続けるなんて、並大抵のことじゃないよ」

「素直に感心してる場合かよ……」


 そんな事をぼやいている間に、フィスの防御はとうとう薄くなっていった。




「ここだ!」


 トリスタンは水槍を大きく躱すと、足を止めて矢を番えた。今度はさっきまでとは違い、魔力が込められていく。身体強化と同じで、魔力によって武具の威力も向上させることが出来る。矢であれば込められた魔力に応じて、速度と貫通力が向上する。おそらくあの矢なら、今のフィスの防御を貫ける。

 しかしフィスの顔にあるのは焦りや戸惑いではなかった。油断や嘲りでもない。それは、事実を事実として受け止めている。感情のない顔だった。

 トリスタンもその表情に僅かばかりの違和感を抱いたが、気にせず矢を引き絞った。


「アンタ。いま、どこに立ってるか分かってる?」


 フィスの急な問いかけに、トリスタンの顔に戸惑いの表情が浮かんだ。


「下、水浸しでしょ?」


 フィスがトリスタンの足元を指差した。そこはフィスが放ちに放った水槍で水溜まりのようになっていた。


「それがどうし――」

「なんで。なんで、手元を離れた水をコントロール出来ないって思うの?」


 その言葉にトリスタンはハッと気がつき、咄嗟にその場から飛び退こうとした――が、もう遅い。


水精霊の鳥籠アクア・ケージ


 フィスが右手を上げると、それに呼応するように地面に溜まっていた水が一斉に天井へと伸び、あっという間にトリスタンを囲み、まるで鳥籠のように彼を囚えてしまった。




「な、な……」

「ね? 確かに水を消費させていけば、防御は薄くなるんだけど、それはそれで厄介な事になるんだよね。だから、あれを弱点って言っていいのか分からないんだよね」


 堅牢な水の防御に、防御を維持したままの多方面攻撃。それを凌いでも、今度は足元から攻撃がやってくる。水精霊の守護楯ウンディーネ・スヴェルは多段構えの魔法だ。あれを相手取るのは本当に辛い。




 トリスタンは水の籠に囚われながらも矢を放ったが、水籠の一部を貫いただけで、しかも水籠はすぐに修復された。


「降参するなら今のうちよ。今ならまだ、ここで止めてあげる」

「冗談を。まだ勝負はついてはいませんよ」

「そう、それは残念」


 トリスタンは水籠を突破しようと、再び矢を番えた。


「させる暇なんて与えないわよ――水葬送アクア・コフィン


 フィスが手を握ると、水籠が槍となり、全方位から一斉にトリスタンへと殺到した。

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