19話 魔装手甲壱型
「それはさて置き、貴様は今日は戦うのか?」
「戦う? あ、序列戦ですか? はい、その予定です」
「そうか。ならば観戦していこうかのう。よいか、ティー?」
「はい。こういうこともあろうかと、本日は学園視察に丸一日スケジュールを割いておりますので」
「うむ、さすがじゃのう。というわけじゃ。貴様の戦いぶり、しかと見させて貰おうとするかの。ランスロットも来るのじゃぞ」
「は。御意に」
うーん、いきなり予定を決めるなんて自由な王女様だなぁ。
「にしても、今日に序列戦の観戦とはタイミングがいいですね」
「む。どういう意味じゃ?」
「いえ、今日はきっと面白いものが見られますよ」
「ほう、それは楽しみじゃのう」
というわけで放課後。僕は訓練場にいた。
1番見晴らしのいい場所ではモルガナ、ティティス、ランスロット。それにシシリーが陣取っていた。そしてその周囲を警備の兵士が固めている。その兵は誰もが強そうだ。
王女様が見ているということで、場内は異様なほどの緊迫感で空気が張り詰めていた。当の本人たちは和やかそうだけど。
「さて、じゃあやろうかな、と」
訓練場には一片が10m程の四角に区切られた試合場が6つある。そこで同時に序列戦が行われるのだ。さすがに一戦一戦やってたら時間が足りない。
僕はその真ん中――モルガナ達から見やすい位置の所に配置された。どう考えても権力が動いている。
今日の相手はちょっと特別だ。
序列97位・武術科4年生のガルハルだ。
僕の順位は現在102位。これに勝てば晴れて二桁の順位だ。それに、この辺りから生徒の実力がぐっと上がる。
200位が1年の壁なら、ここは上位への壁といったところか。
僕とガラハルがお互いに試合場の真ん中へと歩み寄る。
背高いなぁ。
僕はまだ12歳だし、身長は150cmちょっとくらいなのだけど、3つ先輩のガラハルはおそらく170cmは有に超えている。体格も僕の同学年とは比べ物にならない。
しかも、まぁまぁ強面だ。
こうして見下されると思った以上に怖いなぁ。
「ふん。貴様のような一年のガキがこのような順位まで来るとはな。下位の連中は何をやっておったのだ。情けない。そんな事だから、いつまで経っても弱いままなのだ」
ガルハラは分かりやすく小さな僕を見下していた。
「運や偶然だけで来られるのは精々ここまでだ。この俺が驕り高ぶった貴様に、現実というものを教えてやろう」
「あ、はい。よろしくお願いします」
無視したら悪いかなーと思って答えたけど、なんか今の嫌味っぽくなってしまってないか。あ、やっぱ目つきが険しくなってる! そんなつもりじゃなかったのに!
しかし無情にも審判役の先生が僕らに試合の開始が近いことを告げる。
弁解の機会もなさそうだ。
仕方ない。
剣を両手で軽く握り、意識して息を吸い――吐く。ゆっくりと集中力が高まっていく。
そうして少しの時間が経ち、審判の手が前に出された。
「始めっ」
「ぬおおお!」
試合開始の合図と共にガルハラが仕掛けてきた。
上段からの一撃。
速い!
それに、これで試合を決めてやるという気迫を感じる。
だからと言って本当にこれで決められる訳にはいかない。
僕は剣を受けると、競り合いには持ち込まず、刃を滑らせて流した。長い金属音が響く。
ガルハラはそれでも体制を崩すこと無く、さらに打ち込んできた。
今までの相手なら、今ので隙が出来ていたのだけど、ここはさすがというところか。
しかし今回は間合いが遠い。スウェーで躱す。
スカジが僕に身体強化を使わない事を課した理由。それが最近になって分かるようになってきた。
身体強化に頼っている。そう言われた時、そんな事はない。僕は技術や戦略も鍛えていると思った。スカジが言う事は正しいことが大半だから、表立って反論はしなかったけれど、心の中では少し反発していた。
けれど、こうして技術に主を置いて戦うと分かる。
確かに僕は魔術に頼っていた。
心の何処かで、腕力に任せていた。
剣の振り方一つにしたって、剣の挙動を腕力でなんとかしていた。無駄な力が入り、無駄な動きがあった。
今なら剣を振るのも一苦労だ。
でもだからこそ、最適な動きを追求できる。技術を磨ける。そうすればもっと僕は強くなれる。
ガルハラと何度か剣を合わせたが、その全てを上手く流せていた。相手がどんどん焦れていくのが分かる。というか表情に出すぎですよガルハラさん。
「クソぉ!」
業を煮やしたガルハラは今までより大きく踏み込んできた。僕が下がっても避けられないよう間合いを潰しにきた。
横合いから唸りを上げて剣が迫ってくる。
これは確かに避けられない。おそらく受けるのも厳しい。
ならばどうするか。後ろも横も駄目。前に出ても、その太い腕に殴打されるだけだ。
「なら下でしょ」
僕は体勢を低くし、頭上でガルハラの剣を流した。再び長い金属音が鳴り、僕の耳をつんざいた。ガルハラより圧倒的に背の低い僕がしゃがんだことで、視界の外へと逃れることが出来たのだった。
一瞬僕を見失った。その隙を逃すほどお人好しじゃあない。
僕はがら空きだった胴に剣を叩き込んだ。
「やった! ソール! 勝った!」
ソールの一本勝ちに、シシリーは手離しで喜んでいた。
「ふむ、さすがじゃのう。見事な剣捌きじゃ。のぅ、ランスロット」
モルガナが感心しながら、隣に控えているランスロットを見た。
「はい。やはり素晴らしい腕前です。技術だけなら親衛隊クラスですね」
「ほう、あのような子供をそこまで評価するか」
「それだけのものを持っていますよ、彼は。しかもまだ全く底を見せていないように見受けられます。是非一度お手合わせを願いたいですね」
「ふぅむ、貴様にそこまで言わせるか。私も見てみたくなってしまうな」
「……本当に、戦ってみたいものです」
「おー、ソール。おめっとさん! まさか勝っちまうとはなぁ」
「見事な戦い振りだったよ」
観覧席に戻ると、カスミとエインが迎えてくれた。
「今回はね。でも、もう一回やれば分からないよ。同じ手は通じないだろうしね」
「謙遜するなよ」
謙遜でもないんだけどなぁ。
「っと、話してる暇はなさそうだな。次の試合始まるぜ」
促されるままに視線を前方へ向けると、セラが試合場内で武術科の生徒と向き合っていた。何をしているかというと、もちろん序列戦だ。
セラは錬金学科の生徒だけど、別に不思議な事じゃない。序列戦は全ての生徒が挑むことを許されているのだから。
いまセラの右手には大きな篭手が装着されている。一般的に篭手は手を守るための防具でありつつ、動きを阻害しない程度のサイズになっている。しかしセラの篭手は動きの阻害なんてレベルじゃない。セラの胴体くらいのサイズがあった。
小柄な女の子が、不釣り合いなほど大きな篭手をしているということで、訓練場内の注目が集まっている。モルガナ達も興味深げに見ている。対戦相手の男子生徒もたじろいでいるように見える。
審判もやや不思議な顔をしながらも、その手を上げた。
「始め!」
手が振り降ろされると共に、武術科の生徒が駆け出した。
未知なるものに突撃していく度胸は、なるほどさすが武術科。
相手がセラに近づいたその時、篭手から火が上がった。相手にダメージを負わせる程ではないが、目眩ましには十分だった。実はこの時のために、普段から僕と訓練をしていたので、あの程度の攻撃なら簡単に対応できるのだ。
出鼻を挫かれた相手をよそに、セラは少し距離をとって篭手を――魔装手甲壱型を突き出すように構えた。
「圧力充填完了。正常値を保持。装填――完了。標準――固定」
セラは魔装手甲壱型に付いているメモリを見ながらぶつぶつ呟き、そして前を見据えて叫んだ。
「全弾発射!」
すると魔装手甲壱型から矢が飛び出した。
その矢は唸りを上げ対戦相手へと飛んでいった。そして呆気に取られた彼の右肩に命中。さらに矢は連続で発射され続け、胴体に次々と突き刺さっていった。
「ぐっがっがぁ!」
彼は短い悲鳴をいくつか上げると、矢に押されるまま後ろへと倒れこんだ。
訓練場内は水を打ったように静まり返っている。
「命中確認。追撃へ移行。蓄魔力値正常――魔法陣を起動状態へ」
セラは油断なく魔装手甲壱型を前へと構え、倒れた相手を見据えている。
が、相手は倒れたままピクリとも動かない。
静かな時間が流れた。
「ありゃ? 終わっちゃった? まだ試してない魔装いっぱいあるんだけどなぁ」
そんな中、空気の読めない感じのセラの台詞だけがやけに大きく聞こえた。そしてその声を聞いて我に返った審判が倒れたまま動かなくなった生徒へと駆け寄った。
「お、おい。大丈夫か――っと、気絶しているだけか」
審判がその辺にバラ撒かれた矢を取ると、その先は潰れていて刺さらないように加工されていた。そりゃ序列戦では潰しをしてない刃物は使用禁止だしね。
訓練場内では徐々にどよめきが広がっていった。
しかし大勢の生徒、あるいは学校関係者の心境は一つだった。
『あれはなんだ』
セラの右手に在る魔装手甲壱型。
訓練場内の興味は勝ち負けなんかより、その右手に集約されていた。
好奇の視線も何のその。セラは上機嫌で、かつ真剣に魔装手甲壱型と向き合いつつ場内を後にした。
「お、おい。なんだよアレ。セラの奴いつの間にあんなもん作ってたんだ?」
「あれは魔装手甲壱型っていう魔道具さ。最近ずっとあれ作ってんだよねぇ。僕も毎晩付き合わされてさ」
「あ、アレか! 何やってんのかと思ったら、とんでもねぇもん作ってたんだな」
「うーん、でもまだ未完成なんだよね。本当は魔術矢を飛ばしたかったんだけど、間に合わなくて矢と魔術が別々になっちゃったし。他の装備使う前に終わっちゃったし」
と説明すると、エインは何言ってんだコイツ。みたいな目で僕を見てきた。
「何言ってんだコイツ」
言ってきた。
「成程。あの夜、彼女に部屋に置いてあった物体。あれだったんだね」
カスミも感心した声を上げた。
「とりあえず僕はセラを迎えに行ってくるよ。使った時の感じとかも聞いておきたいし」
僕はそう言い残すと、その場を後にした。
観客席と舞台を繋ぐ通路を歩いて行くと、こちらに向かうセラが見えた。
セラも僕の姿を認識したようで、手を振ってきた。
「ソール! 見てた!? 連弩砲しか使えなかったけど上手くいったよ! でもやっぱしちょっと標準が甘いかなー。撃ってると少しずつズレちゃうの」
その辺りは実験段階でも問題になっていた部分だ。
「やっぱり僕らじゃ冶金は出来ても、その後の加工技術に問題があると思うよ。どうしたって精度が足りないし。鍛冶の本職に頼まないと」
「やっぱそっかなー。精製自体はできるのにな―」
セラはうんうん唸っている。
「あ、そうそう。初勝利おめでとう」
序列戦初参加で初勝利だ。錬金学科では珍しいんじゃないかな。
僕がお祝いすると、セラは頭に疑問符を浮かべて、難しい顔をした。
「初勝利?」
え? あ、もしかしてさっき勝ったことがもう頭から抜けてる?
しばらくすると、セラは思い出したように手を打った。
「あ、うん。そうだね。ありがと!」
うわぁ。マジでか。
さすがセラ。魔道具以外では本当に記憶保たないな。
「ま、とりあえずエイン達の所に戻ろうか。次が控えてるし」
僕は苦笑いしながら促した。
「そだねー。って、なんだっけ?」
ずっこけそうになった。さすがセラだ(2回目)
「次はね」
僕が説明しようとした時、
「セラ君! 先程のは一体何だい!?」
メドラウトが大声を上げながら走ってきた。
興奮しているのかいつもの冷静な雰囲気は微塵も感じられない。今はどっちかというと、新しいおもちゃを目にした子供みたいになっている。
「あ、先生。これはね魔装手甲壱型って言って、ソールと一緒に作った魔道具なんだよ」
「ほう、魔道具。と言う事は先程の矢に加え、なにか魔術的要素があるということかね」
「えへへー、そうなんですよー。さっきはすぐ終わっちゃって使えなかったんですけど」
あ、これ話が長くなるやつだ。
そう判断した僕は「話は歩きながらお願いします」と言ってセラの手を引っ張った。
一応歩き出してはくれたものの、2人は話に夢中だ。うーん、やっぱ技術者ってこういうものなんだなぁ。と前世で知識としてあった、科学者や技術者のステレオタイプを思い浮かべてた。
「おう、ソールおかえりーって、メドラウト先生!?」
席に戻るとエインが驚いてきた。そりゃセラだけかと思った所に、先生も連れてきたら驚くよね。
「うむ、おはよう。でだ、セラ君」
対するメドラウトは挨拶もそこそこに、席に座ってセラとの会話を続けた。
うん、とりあえず放っておこう。
カスミは隣で肩を竦めている。
「真逆メドラウト先生も一緒とはね。然し、良かったかもしれないな。先生が居らっしゃるお蔭で、セラに興味がある他の生徒が近寄れないでいる」
言われて周囲を見渡してみると、こちらをチラチラと窺っている何人もの生徒と目が合った。そっか。魔装手甲壱型について聞きたいけど、先生がいるせいで遠慮しているのか。確かにこれは助かる。群がられても面倒だし。
それに、次の試合はちゃんと見たいし。
余韻でざわついていた場内も、彼女の登場に歓声を上げた。
本日の本来のメインイベント。
序列1位フィス・A・ウェネーフィカ 対 序列2位トリスタン・ツィ・リオネス




