5話 剣術指南役と美ロリ
結論から言って、僕の予想は半分的中していた。
応接間で僕らを待っていたのはご年配の方だった。
たっぷりの白髭を蓄え、大きな斜めの刀傷を顔に刻んだ強面のおじいさんだった。
眼光とか鋭どすぎて正直ちびるかと思った。
「おお、お主がスタルスの息子か! む、フローラも一緒か久しいのう!」
おじいさんは僕らの姿を認めるなり、屋敷中に響き渡りそうな声を上げた。
ちょ、鼓膜破れる。
「ヴォーデン様!? 何をしてらっしゃるんですか!」
さらにフローラも大声を上げた。
なにこれ、僕の鼓膜を破る選手権でも始まったの?
「なに、スタルスの小僧が城で息子の剣術指南役を探しておると言うでな。儂が買ってでたというわけじゃ」
「いえ、そんな買ってでたと言われましても」
なんだかさっきからフローラが恐縮しきりだ。
このおじいさんはそんなにここに居ることが意外な人物なんだろうか。
「母様、こちらの方はどなたなんです?」
「え、あぁそうね、ともかくあなたの紹介をしなくちゃね」
フローラは僕の背中をそっと押して前に出すと、僕の紹介を始めた。
「ヴォーデン様、こちらがスタルスと私の息子ソールで御座います」
「ソールです。宜しくお願い致します」
フローラに促されるまま挨拶を述べて礼をした。
どんな礼をしたらいいのか分からなかったので、とりあえず最上位の敬礼をしてみた。
「ふむ。儂はヴォーデンという。今日からお主の剣術指南を勤めるでな」
それで結局この人は誰なんだ、と。
多分、僕のほうが身分が下だから先に挨拶させたんだろうけど。
でも僕、というかエイダール家より身分高いってかなり限られてくるんだけど……まさか。
「えーっと、ヴォーデン様はもしかして公爵家の方ですか?」
「む、3歳時の割に察しがいいな。だが儂らの地位は剣術を教えるにあたって関係などない。師匠と弟子、それだけじゃ!」
がっはっは、と豪快にヴォーデンが笑う。
まぁ確かに僕としてはそれでいいんだけど、エイダールとしてはダメなんじゃ?
答えを求めてフローラを見ると目が合った。そして小声で僕に彼の事を教えてくれた。
(この方はヴォーデン大公。前国王陛下よ)
「え?」
今なんて言った?
この国で1番偉い人の名称が聞こえた気がする。
「む、バラしてしまったか。まぁよい。師匠と弟子という関係には変わりない!」
再びがっはっは―と笑うヴォーデン大公。
いやいやいや、前国王とか! よくねぇよ!
スタルスはなんて人を選んだんだ……って、そうか、買ってでたって言ってたな。前国王に言われたら断れないわな。
ちょっとスタルスに同情した。
はぁ、と我ながら3歳児らしからぬ溜め息を付いた所で、視界の端に何か動くものが見えた。
なんだろ?
ヴォーデンの後ろに――大公は見た目はおじいさんだが体格が武人かってくらいゴツイ――幼女が1人隠れていた。
顔を半分だけだしてこちらの様子を窺っている。
そんな僕らに気付いたヴォーデンが、その幼女を抱え上げた。
「おお! そういえば忘れる所じゃったわ!」
「わっわっ」
幼女は恥ずかしいのかバタバタと抵抗をしているが、巨躯とも言える体を持つヴォーデン大公には意味を為していない。
「ほれ、自己紹介せい」
僕らの前に強制的に立たせられた幼女はもじもじしながらチラチラと視線だけ送ってくる。
青空を思わせるような優しい蒼髪に、深海のように深く濃い紺眼。肌は砂糖菓子のように甘く柔らかそうで、将来は絶世の美女になるんだと確信させるような整った造形。
そんな姿に、僕の胸は大きく弾んだ。
ちょ、幼女――しかも同じ年くらいに見える――にドキドキするなんて、どうしたんだ!
確かにアニメとかで幼女ハアハアとか言ってたけど、それはあくまで二次元ロリを慈しんでいただけであって、三次元ロリに興奮するなんてことは絶対になかったはずだ。
なのに何でこんな心臓が痛いほどに高鳴るんだ。
確かに美少女もとい美幼女だけど、僕はガチロリコンじゃない!
でも悔しい、ドキドキしちゃう!
「早くせんか。そもそも着いてきたがったのはお主じゃろうに」
「うう……」
ヴォーデンにせかされて幼女が困った様子で唸っている。
やばい可愛い。
違う、僕はロリコンじゃない。
「……よ、よしっ」
ついに決心がついたのか、幼女は拳を握りしめて気合を入れるポーズを取った。
可愛すぎて死ぬ。
違う、僕はペドフィリアではない。
「あ、あのっ、わたしはシシリー=アルフォズールといいます。えっとえっと、あ、3さいです!」
立派な自己紹介が終わった。最後に年齢と共に付きだした3本指が彼女の可愛さを倍増させた。この可愛さがあれば戦争終わるんじゃね? ってくらい可愛かった。
だから僕に幼女趣味はない!
なんか、この子がいると僕の中の大事なものがゴリゴリ削れていく気がする。
「し、シシリー様まで。ヴォーデン様、まさか黙って連れてきてはいませんよね?」
フローラの顔が真っ青だ。
そういえば、前国王が連れてきたこの子、いかにもおじいちゃんが孫を連れてきましたって感じだよな。
って、それつまりこの子も王族ってことじゃ。
「何を言う。自分の孫を家から連れ出すのに何故一々許可を取らねばならんのだ!」
あ、これ黙って連れてきてるわ。多分、今頃お城大騒ぎだわ。
普段は明朗であまり物事に動じないフローラも、これには顔を青くしていた。
「せめて、誰かに言付けはしていないのですかっ?」
「む?」
したっけ? いや、してないなーって様子で首を傾げるヴォーデン大公。
「えっと、おかあさまにいってきますっていいました」
不穏な空気が流れる中、シシリーが手を上げて発言をした。
その発言のお蔭で、勝手に連れだされたものの、所在は把握してるだろうことが分かり、僕もフローラもホッと胸を撫で下ろした。
「おお、いつの間に! まったくシシリーは気が利くのう!」
ヴォーデンが相好を崩しに崩してシシリーの頭を撫でくりまわした。
その姿はまさに孫に甘々のただお爺ちゃんそのものであった。
どの世界でもじいさんは孫に弱いらしい。
その様子を見つつフローラは念の為に使用人に、城への言伝と状況確認の指示を出していた。フローラも何だかんだでしっかり者なのだ。
「さて、それでは早速訓練を始めるとしようかの! 訓練所へ案内せい!」
ひとしきりシシリー殿下の頭を撫でた後、ヴォーデンが本来の役目をまっとうすべく歩き出した。
いや、案内せいとか言いながら先歩かないで!
フローラが急いで前へ周り、先導を始めた。
大人2人が前を歩いているせいで僕ら子どもは後を着いて行く形になった。
ただ、ヴォーデンの歩幅が大きいせいで着いて行くのが大変だ。
「ふーふー」
シシリーにいたっては息が上がり始めている。
しかし、負けず嫌いなのか文句や弱音も言わずに必死に着いていこうとしている。
けどちょっとキツイような……あ、コケかけた。
「あの、シシリー殿下? 僕は場所を知っていますのでゆっくりと歩いて行きませんか」
その提案にシシリーは一瞬考えたものの、首を振って歩き出した。
やっぱり負けず嫌いだな。
シシリーはなおも食い下がらんと、ほとんど走っている状態で進んでいる。
けれどついに足に来たのか、
「あっ」
足がもつれて前へと倒れていく。
「おっと」
でもそれは予想済みだったので、素早く体を支えてコケるのを防いだ。
「大丈夫ですか? シシリー殿下」
シシリーは驚いた目で僕を見て、なにか言いたそうに口をモゴモゴと動かした。
けど何言ってるか分かんない。
「えっと、何でしょうか?」
一応、聞いてみる。
するとシシリーは下を向いたまま。
「ありがとうごじゃいます。あと、シシリーでいい」
そう言ってすたすたと歩き始めた。
やっべ、可愛い。
僕の目覚めてはいけない部分が目覚めそうだった。
でもさすがに殿下を呼び捨てはまずいよなぁ。
僕は依然として前に追いすがろうとするシシリーに声を掛けた。
「あの、シシリー殿下」
「……」
無視された。
「えっと、シシリー殿下?」
「……」
さらに無視された。
しかもちょっと不機嫌になってる気がする。
あーもう、仕方ないよね、これは。
「じゃあシシリー」
窺うように名前を呼んでみると、シシリーはコクリと頷いて立ち止まってくれた。
よし。
さて、次はゆっくり行くよう提案しよう。
ぶっちゃけ、あのペースに合わせるのは僕も結構しんどいのだ。
なんて言うかな。
変に対抗心を煽るようなことを言ったらダメだろうし、ここは僕がお願いする感じかな。
「シシリーと会うのは今日が初めてだしお話ししたいな。せっかくだから、お話しながら歩いて行こうよ」
その提案に、シシリーはやや不満げながらも頷いてくれた。
よっし。
「あ、そうだ。僕の名前知ってるかな?」
「ソール?」
「そうそう。さっき聞いててくれたんだ」
面と向かって自己紹介したわけじゃないから不安だったけどよかった。
「それで、シシリーはなんでヴォーデン様と一緒に来たの? 剣の練習するだけだから、面白くないと思うよ」
「そんなことない。わたし、おじーちゃんがけんふるのすき」
剣振るのが好きって、女の子にしては珍しいな。
「それで、きょういっしょにけんおしえてもらうの」
え、それ初耳なんだけど。
まさかお姫様と一緒に剣の訓練するのか。
まぁ、実戦をするわけでもないから危険もないし、いいのかな?
「シシリーは強くなりたいの?」
「うん。つよいのかっこいい」
やっぱ微妙に女の子らしくないな。
でも見た目が超絶美幼女で、将来は超絶美女になるから剣が強いと様になりそうだ。
それに、考えてみれば一緒にやる相手がいたほうが僕も楽しいかもしれないな。
3歳程度なら男女の体力差も全くないし、もしかしたらいい競争相手になるかも。
そんな感じで剣について雑談をしながら歩いていると、程なくして訓練用の場所についた。
元々訓練場なんてものはないので、庭の一角を更地にしてスペースを作っただけの場所だ。まぁそれでも、剣を振るだけなら十分な広さがあるけど。更地にするにしても、土魔術を使えば簡単なので手間もかかってない。減ったのはフローラの魔力と庭師の仕事スペースくらいだ。
「おお、来たか! む、早速仲良くなっておるようじゃのう!」
お喋りしながら現れた僕らをヴォーデンはがっはっはーと笑いながら上機嫌に迎えてくれた。フローラはちょっと落ち着かなさそうだ。
「では始めるとしよう! 訓練にはこれを使うぞ!」
そう言って渡されたのはナイフよりちょっと長いかなってくらいの木剣だ。
ちゃっかりシシリーも受け取っている。本当に一緒に訓練するのか。フローラが向こうで目を剥いている。そりゃ王女殿下が剣を持ったらびっくりするよね。
ヴォーデンはそんな事おかまいなしのようだ。
「まず言っておくことがある!」
「はい」「はい」
「返事が小さぁぁぁぁぁい!」
「はい!」「は、はい!」
うお、びっくりした。
「これから儂がお主らに剣を教えるわけだが! 訓練の時、儂の事は師匠と呼ぶように!」
「はい!」「え?」
シシリーがなんでって顔してる。多分、師匠の意味を知らない。
「剣とかを教えてくれる人のことを師匠っていうんだよ」
「え、あ、うん。はい! ししょー!」
「うむ、よろしい!」
がっはっはー。
「では素振り1000からじゃ!」
せ、千!?
初日から多すぎない?
いや、でも強くなるって決めたんだし、こんなことで挫けていられない。
「は、はい!」「はい!」
シシリーは多分1000回の意味を分かってない。3歳時が1000とか数えられないもんね。
なお、スパルタ教育なウチのママ様は素振り回数に関してはノーコメントらしい。普通の顔してた。
「まずは剣の振り方じゃ! 握り方はこう!」
ヴォーデンが意外にも握り方や振り方を懇切丁寧に説明してくれる。
なんかとりあえず振れ、みたいにいわれるかと思った。
さすがに剣術指南に来たんだからそれはないか。
安心しつつも、気を引き締めて僕は素振りに臨んだ。
ひたすら剣を振り続けて、王都――今更だけど僕はヴィンガルフ王国の首都に住んでいる――の城壁の向こうに太陽が沈んでいこうとしていた。
「ふぅむ、とりあえず今日はここまでかの。素振り止めぃ!」
沈みゆく太陽を見てヴォーデンが僕とシシリーの素振りを止めた。
「ぜはーぜはー」「……」
素振りは当然というか、1000回も振れずじまいだった。
そりゃ3歳児がいきなり1000回も剣振れないよ。
だから時間いっぱいひたすら剣を降っていただけだ。
もう腕上がらないよ、これ。
シシリーに至っては倒れたまま微動だにしなくなっていた。
死んでないといいけど。
「では今日の訓練はここまでとする! さぁ帰るぞシシリー!」
シシリーからの返事はない。ただの屍のようだ。
「ふむ、仕方ないのう」
ヴォーデンはシシリーを抱き上げる……かつぐ? と、
「それではまた明日な」
がっはっはーとそのまま帰って行ってしまった。
一応フローラが見送りのために後を追いかけていった。
最後まで大味なじいさんだったな。あれで元国王ってのが信じられない。いや、確かに器はデカそうだけどね。
疲れ果ててその場から動けないまま数分が経ち、2人を見送ったフローラが戻ってきた。
「さて、今日はよく頑張ったわね。お風呂用意させてるから、汗を流しましょう」
おお、いつの間にそんな用意を。
母様はまさに気配り名人やでぇ。
などと疲れた頭で訳の分からん事を考えていると、動けない僕を今度はフローラが抱き上げて屋敷内へと連れて行ってくれた。
剣術訓練初日はシシリーともども保護者に回収されるという結果に終わった。
でも久しぶりに動かなくなるまで身体を動かしたのは結構気持ちよかった。
しかし、次の訓練は明日か……これ筋肉痛で腕動かないとかなりそうなんだけど。
次の日、予感は的中して筋肉痛が酷かった。
何かする度に激痛が走って、剣を持つどころではなかった。
これでまた素振り1000回とかきついなーと思ってたら、その日は型の練習だった。
もちろんある程度身体は動かすのでキツイけど、予想していた素振り1000回ほどではなかった。
また次の日は素振り1000回が戻ってきた。さらに次の日は型の練習。
どうやら交互に素振りと型を練習していくようだった。
そうやって剣術を習い、フローラからは相変わらず魔術を習い、僕は体を鍛える日々を過ごした。もちろん礼儀作法や読み書き、歴史の勉強なども合間合間に行われた。
そうして僕らは5歳になった。