15話 魔導技師
さて、シシリーのことは心配だけれど、僕は僕で学びたい学問がある。シシリーにも以前話したように、僕は最初は錬金学科に入るつもりだったのだ。幸い、ユミル学園は日本の大学に似て単位取得制なので、武術科の僕が錬金科の授業を受けることも可能だ。
というわけで、僕は基礎錬金術Ⅰの授業を選択していた。
なお、フィスとシシリーとエインは全く興味が無く、カスミは既に去年受講済みとの事で、錬金術を学ぶのは僕とセラだけだ。
教室に入るとセラの姿があった。
「セラ」
「あ、ソール。どしたの? ここ錬金術の教室だよ? あ、間違えたの? しょうがないなぁ」
「いや、僕も錬金術を学びたくて」
「あ、そうなんだ?」
「だから間違えたわけじゃないよ。隣いいかな?」
「いいよー」
セラの了解を得て隣りに座る。
「えっと、セラ。そちらの方は?」
僕はセラを挟んで反対側に座っている女の子を見ながら尋ねた。
ふわふわした髪をお下げにし、メガネを掛けた柔らかい雰囲気の子だった。
彼女はおどおどした様子で、僕の顔を見ては目を逸らしてを繰り返していた。
「この子はパーシィちゃんだよ。お友達になったんだー」
ねー、と同意を求めるセラに対し、パーシィと紹介された子は「う、うん」と歯切れ悪く返した。
「あ、あの、私、パーシバルって言います。よ、よろしくお願い、しまう」
噛んだ。
「僕はソールって言うんだ。セラとは同じ寮に住んでるんだ。よろしくね」
「ひゃ、ひゃい」
どうも人見知りっぽいな。あるいは男が苦手なのかな? だとしたらこの席から離れたほうがいいだろうか。
「パーシバルさん。初対面の人が苦手なら、僕、席移ろうか? 授業に支障出たら悪いし」
パーシバルは耳まで真っ赤にして俯いてしまったが、少し経って決心したように顔を上げた。なお、目は合わせてくれない模様。
「い、いえ。大丈夫、です」
本当に大丈夫だろうか。今も凄い汗かいてるけど。
「パーシィちゃんは人見知り治したいんだってー」
「あ、そうなんだ?」
パーシバルはコクリと首を動かした。
それなら遠慮しなくていいかな。
「それじゃ、お言葉に甘えようかな。えっと、パーシバルさんも錬金学科なの?」
「……です」
「え?」
「ぱ、パーシィで、いいです」
「あぁ、了解。パーシィ」
名前を呼ぶとパーシィは更に縮こまってしまった。
大丈夫か、これ?
「えっと、そう、です。私も、錬金学科、です」
「え? あぁ、うん。そうなんだ」
質問から間が空いたから一瞬なんのことか分からなくなってしまった。
そんなこんなしている内に授業開始の時間になっていたらしく、先生が教室に入ってきた。
ロマンスグレーという言葉がぴったりな老年紳士だった。柔和な雰囲気の中にも、年を感じさせない力強さがある。
彼こそが魔道具開発の権威、メドラウト博士だ。
ユミル聖王国に存在するほとんどの魔道具は彼が開発に関わっており、国内ではモルガナに次ぐ人気を誇っている。特に錬金術士――もとい魔導技師からは特段の尊敬を集めている。
セラもその一人だ。
メドラウトが来た瞬間から、その瞳は輝き、心なしか鼻息も荒い。
「ふんすっ」
荒い。
しかしセラだけが特別なのではなく、生徒の9割が同様に瞳を輝かせていた。
「初めての者もいるようじゃから、改めて自己紹介をしよう。儂はメドラウト。この基礎錬金術の講義にて教鞭を取らさせていただく。諸君の中には私について過大な評価を真に受けている者もいよう。じゃが、儂は噂ほど偉大な人物ではない。ただの一魔導技師に過ぎぬ。そのつもりで授業を受けるように」
最初の挨拶はやたらに謙虚だった。しかし、それは謙遜しているというより、彼が自身を過小評価しているような、そんな感じだった。
「さて、それでは早速じゃが講義を始めるとしよう。錬金術においての基礎は何より重要なものじゃ。まぁ、それは他のどの分野にも言えることじゃな。基礎を疎かにする者に進歩はない」
メドラウトはそう前置きすると、講義に入っていった。
講義はとても丁寧で分かりやすく、ほとんど予備知識のない僕でもすんなり理解できた。メドラウトが基礎を如何に大事にしているかを象徴するような講義内容だった。
一日の授業を終え、僕らは揃って帰路についた。
セラはメドラウトの授業からここまで興奮しっぱなしだった。よほど憧れてたんだな。
「今日は基礎の基礎だけだったんだけど、ウチらがテキトーにしちゃう所の大切さも教えてくれてね。そこがどれだけ大事かって事にも気付かされたの! あんな基本の事なのに、やっぱりウチらとは見る所が違うんだね!」
なんか饒舌すぎてセラじゃない気までしてくる。
「帰ったら早速教わったことを試すの! あー! ウズウズするー!」
そういうとセラは走りだした。
「ちょ、セラ」
そして呼び止める前に、すぐ前にあった看板にぶつかって盛大にコケていた。
「いったー!」
うん、ちゃんとセラだった。
興奮するセラの首根っこを捕まえたまま僕らは寮に到着した。まるで猫を運んでいる気分だった。
手を離すやいなやセラは自室へと駆け込んでいった。
「セラがあそこまでなるなんてすげーな」
「うん。でも確かに講義は分かりやすくて面白かったよ」
「へぇ、そうなのか。でも、やっぱ俺はいいや。錬金術ってきいただけでも頭が痛くならぁ」
エインはそう言いながら、開け放たれた玄関から寮へ入っていき、僕とフィス、カスミも続いた。
「帰還したか、我が眷属。そして同胞達よ」
中に入ると、広間でデカいカボチャが立っていた。いや、ヴィヴィアンか、あれ。
「おぉ、ヴィヴィか。珍しいな、こんな時間に広間にいるなんて」
確かに日中に彼女を見るのは珍しい。
「ふむ、我が研究が先程一段落してな。我に捧げられるべき供物を探していた所だ」
「食いもんか。ちょっと待ってろ。今朝焼いたパンがまだ余ってたはず」
エインが棚へと向かった。そして入れ替わるようにカスミが前に出た。
「貴女が大家殿ですか。初めまして。先日から、此方でお世話に為っているカスミと申します。今後共宜しくお願い致します」
そういえば初対面だっけ。ヴィヴィアンってほとんど部屋から出ないから、寮に住んでても滅多に合わないもんな。
「フィスよ。よろしく」
カスミに続いてフィスも挨拶をした。適当だったけど。
しかしヴィヴィアンはカスミを見たまま固まっていた。
「どうかされましたか?」
「貴様……華国の者か?」
華国。ヴィンガルフ、ルギディアに並ぶ大陸三大列強の一つ。
あそこは前世で言う、アジア系――黒髪の人が多いから、カスミの髪を見てそう思ったんだろう。
「いえ、私は海皇国出身です」
「カイコウコク?」
「華国より東。海を渡った先に在る、島国です」
「……そうか。そうだったのか。と言う事はまさか」
ヴィヴィアンは、何やらぶつぶつ呟くと、急に自室へと踵を返した。
「ん? あ、おいヴィヴィ! パンは!?」
エインの声も無視して、部屋に飛び込んでしまった。
「なんだってんだ? まぁ、いっか。あとで茶と一緒に持ってってやるか」
何か思いついた風だったけど。
セラと言い、何かしらの研究をしてる人って皆あんな感じなんだろうか。
結局、その後セラもヴィヴィも部屋から出てくることはなく、エインが食事を持って行っていた。




