13話 姉VS妹 そして、真の敵
さて、僕ことソールはただいまユミル学園の食堂に来ています。
ユミル学園の食堂では安価で美味しい食事が出るので、生徒――特に平民層には大人気です。授業が終わると、そこそこ広いはずの食堂は生徒でごった返します。
しかしどういうことでしょう。いま僕の周りは非常に人が少なくなっています。本来なら座る場所の確保さえ困難なのに。
その理由は至って簡単。
誰も獰猛な虎に近寄りたくないだけなのです。
最初は野次馬的に遠巻きに様子を窺っていた生徒もいたけれど、フィスとシシリーの睨み一発で蜘蛛の子を散らすように去っていった。
食堂のテーブルは長方形になっており、現在の席順はこう。
ヒルダ シシリー 僕 フィス カスミ
[ ]
セラ エイン
ちなみにヒルダは座らずシシリーの横で立って控えている。
この状態になってから10分くらい経つだろうか。食堂なのに誰も料理を取りに行っていない。あのセラですら、黙って座っている。
短いながらも、永遠に続くんじゃないかと思われた沈黙は、意外とすぐに破られた。
「ソール? そちらの方、紹介してくれない?」
シシリーが口を開いたのだ。
しかし、何故かいつもの可愛らしくも透き通るような声ではなく、異様に低い。
「えっと、こっちがフィスで、奥がカスミ。前に言っていた、僕がお世話になっている家の人だよ」
「へぇ、この子が。初めましてフィスさん。私はシシリー・アルフォズール・ヴィンガルフと言います。ソールの幼馴染みです」
言い方がやけに刺々しい気がする。
「そう。私はソールの姉よ」
フィスの声もいつも通り凛々しい。凛々しいけれど、やけに重い。
「あ、私はカスミです」「私はヒルダと申します」
横でカスミとヒルダも名乗っていたけど、誰の耳にも届いていなかった。エインとセラは口すら開いていない。
「姉? ソールに姉なんていないでしょう」
「え、あー、まぁ、確かに血は繋がってない、かな?」
何だこのプレッシャー。言葉が上手く出せないんだけど。
「血は繋がってないけど、私とソールはずっと一緒に暮らしてたんだもの。家族同然なの。ねぇ、ソール? そうよね?」
「あ、うん。そうだね」
「ふぅん。でも私も家族ぐるみでお付き合いしてたけどね。ね、ソール?」
「そ、そうだね」
なんで僕に振るの!?
「だから何よ。私達は同じ家で暮らしてたんだから」
「っ。で、でも私はソールと一緒に寝たこともあるもん!」
あったっけ? あったな。酔いつぶれた時だ。
「それなら私は、は、はだ、裸を見られたことがあるわ!」
「ちょ、それは!」
不可抗力だ! 確かにうっかり見てしまったけど! 違う! 僕はロリコンじゃない! いや、でも肉体年齢的には問題ないのかって、違う!
「は、ははは、はだっ!? ソール、本当に!?」
「いや、それは、その」
「見たのね?」
「は、はい」
「ふふん」
その事実にシシリーは憤慨し、何故かフィスは得意気になった。あの時はあんなに怒ったのに。
しかしシシリーはフィスの顔から少し目線を下げると、急に勝ち誇った顔になった。そして胸の下で腕を組んで、自らのおっぱいを持ち上げた。
ブチッ。
何かが切れたような幻聴が聞こえた。
「コロス!」
「わああ! 姉さん、落ち着いて!」
「フィス、ここではダメです!」
両手に魔力を集中し始めたフィスを、僕とカスミの二人がかりで止める。
らめぇ! 食堂壊れちゃうぅぅぅ!
「って、うわぁ! それもダメだって! 仕舞って仕舞って!」
さらには精霊までも出そうとしていた。食堂どころか学園が壊れる!
「フーッ! フーッ!」
どうにかこうにかフィスは落ち着いて……落ち着いて?
とにかく魔法の発動は止めてくれた。
しかし一触即発。次またいつ暴発するか分かったもんじゃない。
シシリーもシシリーだ。
こんな風に人を挑発する子じゃないのに、今日はどうしたんだ? それとも会わなくなって数年、彼女も変わってしまったのだろうか。今も反省するどころか、フィスと睨み合っている。てか、フィスと睨み合えるって凄いな。普通の人なら気絶必至だぞ。
とにかく理由はわからないけれど、不味い流れだ。何とかして話題の方向転換を図らねば。そう考えて、僕はすぐに気が付いた。そうだ、ここは食堂だ。
「えっと、お腹空かない? 何か食べない……かな?」
おそるおそる提案してみた。
二人はお互いからゆっくりと目線を外して僕を見た。やめて、その目つきのままこっち見ないで!
「そうね。ご飯にしましょうか。ソールは、チーズ好きだったわよね?」
「うん、そうだね。よく覚えてたね」
「もちろんよ」
ドヤ顔である。
「ソールはチーズは焼いてあるほうがよかったわよね? 私の作ったグラタン大好きだもんね?」
「え? そうだね。好きだよ」
フィスの作るグラタンは絶品だ。出る度に喜んでいた自分がいた。
「そ、ソールは果実のジュース好きだったわよね! 特にマールスが」
マールスとは林檎みたいな果物の事である。というか林檎そのものだ。
「う、うん。マールスのジュース好きだよ」
「ソールはレプスのお肉好きよね! 一緒に食べたものね!」
「レプスよりスースの方が好きよね? フローラおば様に調理してもらって食べたものね!」
「レプスよね!?」
「スースでしょ!?」
「えっと、どっちも好きかなぁ。って、いうのはダメかなぁ?」
本当にどっちも好きなのだ。
「「ちっ」」
あれ? 二人同時に舌打ちした?
「ソールは釣りが好きなのよね! よくミーミルの泉の支流で釣りしたものね!」
「ソールは読書が好きなのよ! 特に冒険譚が!」
「ソールは虫が苦手なの! 可愛らしいとこもあるんだから!」
「ソールは字が下手なのよ! 読むの大変なんだから!」
「ソールは5歳の頃には四則演算マスターしてたんだから!」
「ソールは10歳で三大言語を覚えたのよ!」
「ソールは3歳で初めて魔術を!」
「ソールは7歳でD級魔獣を!」
「ソールは!」
「ソールは!」
なにこれ。なんで僕の情報合戦みたいになってるの? それに僕のことを話してるはずなのに、もう二人共僕のこと目に入ってないし!
どうしようと思って右往左往していると、そっと横から飲み物が差し出された。
「ソール。マールスのジュースがあったから持ってきたわ」
「あ、ありがとうカスミ」
「どういたしまして」
カスミはにっこり微笑むと、自分の分のジュースを口にした。僕も続いてジュースを口に含む。
「ぐぬぬ。そ、ソールはこう見えてマザコンなのよ!」
「ブーーーーッ」
何言い出すのさシシリー!?
「そんな事知ってるわよ!」
フィスまで!?
「ちょちょちょ、待って! お願いだから待って!」
人がマザコンだとか大声で叫ばないで!
「なによ」
「なによじゃないよフィス! シシリーも! 何で僕がマザコンってことになるのさ!」
僕が抗議の声を上げると、二人は揃って驚いた顔をした。
え、何? 変なこと言った?
「まさかソール、自分のことマザコンだと思ってなかったの?」
シシリーが心底驚いた顔で聞いてきた。
「そりゃまぁ、母様は尊敬してるけど、マザコンって程じゃ」
「でも、おば様のこと好きでしょう?」
「それは、好きだよ。嫌いになるわけないじゃないか。美人で賢くて強くて優しくて」
うん、そんな人を好きにならない方がおかしい。
「私のお母さんも好きよね」
「え、スカジ? うん、尊敬してる。何でも知ってて、厳しいけど優しくて。料理も美味しいし」
うん、そんな人を好きにならない方がおかしい。
普通に普通のことを答えた。
そのつもりだったのに、何故かフィスとシシリーから呆れた目を向けられた。
「え、なに? どしたの?」
「「はあ」」
さらに同時に溜息をつかれた。
「ホントになんなのさ!」
僕の叫びを無視して二人は脱力して椅子にもたれた。
「なんだか疲れたわ」
「私も。お腹空いた」
「何か食べましょうか」
「そうね」
「ヒルダ」
「カスミ、お願いしていい?」
「はっ」
「うん、いいよ」
僕の存在をスルーしたまま両隣の4人は話を終えて、次の行動に移り始めた。
「えー、なんなのさ。ねぇ、エイン。セラ」
微妙な疎外感から、向かいの二人に声を掛けてみたが、
「あー、俺も飯食ってくか」
「ウチもー」
二人にもスルーされた。
なんだってんだ、ホントにもう。
仕方ないので、僕も料理を取ってきて食べた。
美味しかったけど、なんだか美味しくなかった。
そうして妙な脱力感のまま解散となった。
「本当の敵は思わぬ所にいるのかも」
誰かの呟きだけが最後に漏れて、溶けていった。




