12話 カスミ・K・ウェーチェル
私の名前は霞澄・K・ウェーチェル。年齢は13歳で、性別は女。西の果て海皇国の出身だが、両親とは6歳の時に死別。その後、行き倒れていた所を奴隷商人に拾われ、更に消耗品として売られる所を、2人の少年少女に救われる。私の国では、受けた恩は必ず返さねばならないとされている。命を救われたのならば、当然命を以って報いなければならない。だから私は2人――ソールとフィスに人生を捧げることを誓ったのだった。
その後、ネイル・ウェーチェルという猫小神族の女性に引き取られ、様々なことを学びつつ、ソールとフィスと時間を共にしながら過ごしてきた。奴隷に貶され、死すら覚悟した私にとっては、望外の幸せだった。
そして12歳を迎えた日、私とフィスはスカジ様――フィスの母親であり、ネイルさんの雇い主だ――から、ユミル学園に入学するように言われた。社会勉強のためだとか。さらに、少し常識に疎いフィスをフォローするように仰せつかった。
ソールは私達より1歳下なので、入学は1年後ということだった。彼は年齢の割に大人びていて、とてもじゃないが私より年下には思えなかったから、年齢を聞いた時は驚いたものだ。
ユミル学園には問題なく到着した。
入学後も大きな問題はなかった。せいぜいフィスがあまりに強すぎるのと、知識が豊富すぎるのと、少々社交性に欠けていたくらいだ。
私は海皇国出身者で黒髪黒目であった為に珍しがられたが、フィスのルームメイトで唯一の友人であった為に、特に手出しはされなかった。少しばかり疎まれたくらいである。だがそれも時間と共に無くなっていき、私は望んだ通りの目立たないポジションをおおよそ確立できた。
そうして1年が経った。
ソール入学の年である。
入学式を一週間前に控えたある日の夜。
私はここ最近集めた情報の整理を行っていた。私がネイルさんから学んだのは、主に諜報についてだ。彼女自身それを生業にしていたし、私には戦闘の才能がなかった為に、それを教えてもらったのだ。幸いにして情報の取り扱いは比較的スムーズに覚えられた。
今は特に集めなければいけない情報はないのだけれど、こういうのは常に行うから意味があるのであって、何か起こってから急に集めても、集まらないか、あるいは操作された情報を手にする羽目になるのだ。
まぁとにかく、情報収集は私の日課になっている。
フィスも何か知りたい事がある時は私に聞いてくる。
今日もいつものようにフィスは私に訊ねてきた。
「ねぇカスミ」
「どうしたの、フィス?」
ちなみにフィスは――ソールも――様付けで呼んだり、敬語を使われたりするのを嫌がる。2人は対等な友人として私を見てくれているのだ。
最初は私も反発したが、2人は思った以上に頑固で、結局私が折れることになった。だから、仕えていると言っても、私が勝手にそう思っているだけなのだ。私さえそう思っていればいいかと思う。
「ソールはまだ着かないのかしら」
その質問は今週に入って13回目である。今日だけでも3回目だ。
「未だみたいだね。其ういった情報は入って来て無いよ」
「ホントに? カスミが見逃してるだけじゃなくて?」
「其の可能性は否定し無いけれど、でも私がソールの事を見落とすと思う?」
「思わない……けど、もう一週間前よ? とっくに着いていてもおかしくないのに」
「其れはそうだけれど」
確かに少し可怪しい。
私達でさえ一ヶ月前には着いたのだ。
あのソールが一週間前になっても学園都市入りしてないどころか、入国すらしてないのは可怪しい。そろそろ入国しなければ、この街に間に合わない。
まぁ入学式に間に合わなかったからといって入学できないということは無いけれど。
「もしかして、魔物に倒されちゃったり」
不安に駆られてフィスがそんなことを言い出した。
そんなわけあるはずないと分かってるだろうに。
「本当に其んな事が在ると思う?」
「思わないけど」
「どうせソールの事だし、人助けとかで寄り道でもしているのでしょう」
フィスを宥めるために言ったのだが、自分で言ってこれはありそうだと思った。
「あー」
フィスも同感のようだ。
「もう少ししたら着くよ」
「そうよね」
フィスは納得したのか、大人しく引き下がった。
その3日後、ソール入国の情報が入った。
B級魔獣の討伐というおまけ付きで。
単独でB級を撃破するとか、相変わらずとんでもない戦力である。実際はソールと断定されたわけではないけれど、赤髪の少年である事などを考えれば、間違いなく彼だろう。
それをフィスに伝えると、
「そう。ま、ソールなら当然よね」
なんて素っ気無い答えが返ってきた。
表情は嬉しさを隠しきれず、変な顔になっていたけれど。
しかし、ルギディア側から入国したのなら、この街まで馬車でも半月はかかる。入学式はもう5日後だ。間に合うのだろうか。
それから3日後、入学式前々日にようやくソールが町に到着したとの情報が入った。しかし、残念ながら私がそれを知ったのは夜になってからだった。行き倒れが街の入口に出たとは聞いていたけれど、それがソールだとは思わなかったのだ。
しかもソールは助けてくれた人と同じ寮に住むことになったらしい。
「どういうことよ!」
それを聞いてフィスは憤慨した。
フィスは口では何も言わなかったけれど、ソールを私達の寮に住まわせる気だったらしい。らしいと言うか、強引に隣人を追い出していたので、確定的だけれど。
「決めたと言っても、まだ変更は効くんじゃないかな。明日にでもソールに寮を移るよう言ってみたら?」
「そう。そうね。そうするわ」
私の提案に頷くと、フィスは鼻息を鳴らして布団に入った。
翌日、私は別件の用事があったので、ソールへはフィス1人で会いに行った。
私が用事を済ませて帰ってくると、フィスはベッドの上で枕を抱えて座り込んでいた。
「ただいま、フィス。どうかしたの?」
と聞きながらも、態度からして上手く行かなかったんだろうなと思ったが、返ってきたのはちょっと予想とは違う答えだった。
「ねぇ、カスミ。ソールってあんなにカッコよかったっけ?」
「へ?」
「なんだか凄くカッコよくなってたの! 前からあんなだったっけ?」
フィスが身を乗り出してきた。こんなに興奮しているフィスは、この街に来て初めて見るかもしれない。
さて、ソールについてだけれど。彼はカッコよかっただろうか?
否定はしまい。顔立ちは整っている方だった。けれど、どちらかと言うと可愛い部類だった。多分、母親似なんだろう。幼い顔立ちと相まって、下手をすれば女の子にも見えた。
「えっと、ソールは前から綺麗な顔してたね。1年経ったから、男らしくなったのかもね」
とりあえず当り障りのない答えを返した。
「うん、そうなの。男らしくなってたの」
ソールの顔を思い出したのか、フィスがぽーっとし始めた。
それにしてもソールがねぇ。
この時点でお察しではあるけど、フィスはソールに恋心を抱いている。切っ掛けは3年前のあの事件だった。それまでは仲の良い姉弟といった風だったのだけれど、その件以来は完全に見る目が変わっていた。
なお本人は自覚していない模様。
ソールも分かってない。
鈍感姉弟め。
「それで、寮は移れるって?」
本題を出してフィスを引き戻す。
「あ、聞くの忘れてた」
本題忘れてる!
「え、じゃあ世間話だけして帰って着たの?」
その問いに、フィスは気まずそうに顔を逸らした。
「それが……ソールに驚いて声かけてないの」
「はあ?」
「なんだか恥ずかしくて」
「はあ」
フィスは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
ユミル学園の序列1位の孤高の天才魔術師フィス。疎もうが敬おうが、学園の全生徒から畏敬の念を込めて眼差しを送られている少女は、好きな男の子の顔もまともに見れない、ただの女の子だった。
これが私の仕える主人だ。
世話を焼きたくなってもしょうがないと思うのだ。
それからというもの、フィスはちょくちょくソールの様子を見に行った。
入学式では序列1位として列席しつつ、ソールをガン見。
体力測定では、今年の新入生がどんなものか見るという名目で、ソールを見に。生来の目つきの悪さのせいで、新入生に怖がられていたけれど、当の本人はソールに夢中で気付いていなかった。
ただ、目つきが悪かったのは本当にちょっと不機嫌だったからだった。
「ソールの隣にいた女の子、誰かしら」
部屋に戻るなり、そんな事を呟いた。
「隣? どっち?」
ソールと行動をともにしていた女の子は2人いた。
「青い方」
「青い方って、シシリー様?」
「誰?」
「誰って、入学式で紹介されていたじゃないか! ヴィンガルフからの留学生だって!」
「そだっけ?」
「そうだよ!」
この子、ソールばっか見て、他が全然目に入ってない!
「そのシシリーって子。ソールにやけに馴れ馴れしくなかった?」
「うん?」
そうだっけ? そう言われてみれば仲良さそうだったかな。
「ソールは元々ヴィンガルフの貴族だったって話だから、昔馴染みとかじゃない?」
「それにしても、ベタベタし過ぎだったわ」
「そうかなぁ」
「そうよ。あんな無駄に膨らんだ贅肉まで押し付けて」
「……」
それが本音か。
フィスはなんというかこう、全体で見ると非の打ち所のない程の美少女なのだけれど、ある特定の一部を見れば、非常に不足している。というか無い。私もあるほうではないけれど、フィスは本当に無い。
私から見れば、他が完璧だから別にいいだろうと思うのだけれど、フィスはコンプレックスになっているようだ。母親がアレなのだから、仕方がないといえば仕方がないか。スカジ様はとんでもないものをお持ちだし。遺伝的に大きくなりそうなのにな。それに、多分、ソールは大きい方が好きだ。それが一番気になるところなんだろう。
その後、フィスは小1時間ほど愚痴を言い続け、不貞腐れて寝た。
そしてその週末。武術科の新入生にとって初の学年序列戦だ。
この日は将来のライバルを見定めに、色々な生徒が見学に来る。フィスと私も、その体で訓練場に来ていた。
もちろんフィスはソールだけ見に来たのだけれど。
私は情報収集のためなので、しっかり見る。
ソールはさすがに楽に勝ち進んでいた。当たり前だ。大人の正規の騎士ですら軍隊で挑むB級魔獣を、単独で撃破する人間に勝てる子供などいまい。戦い方に違和感はあったが。
シシリー姫も予想以上に強く、ソールを除外すれば、新入生の中では群を抜いていた。というか、いきなり序列争いに加わっても良いところまで行くんじゃないだろうか。
ソールの勝ちっぷりにフィスは満足そうだったのだけれど、最終戦であからさまに機嫌が悪くなった。
シシリー姫が優勢で戦いを進めていたからだ。ソールも上手く捌いているけれど、シシリー姫も苛烈な攻めを見せている。
だが、そこはさすがソール。最後の一撃を防ぎ切り、シシリー姫を撃退した。と思った次の瞬間、シシリー姫の身体が淡く光った。
あれは身体強化魔術の光。まさか12歳にして中級魔術を扱うとは。しかも詠唱無しの、高度な術を。
そこで気が付いた。
そういえば、ソールは強化系の魔術を一切使っていないと。ソールなら詠唱もいらず、自由自在に強化できるはずだけれど。
そしてソールは最後まで身体強化をしないまま、シシリー姫に敗れ去った。
どうしたのだろう? 何か問題でもあるのだろうか。あるいは制限を自分に課しているとか?
そんな風に考察していると、隣りに座っていたフィスがすっくと立ち上がり、強い足取りでソールへと歩いて行った。
「之は拙い」
私は急いで後を追ったが、時既に遅し。
「ソール! なんで手を抜いたの!」
フィスはソールを怒鳴りつけた。




