11話 学年序列戦(後編)
「よう、手加減無しで頼むぜ」
「もちろん」
剣を持って向かい合う。するとさっきまでの軽口はどこへやら、空気が張り詰めた。
これまでの試合を見てる限り、エインは結構強い。負けないとは思うけど、油断はできない相手だ。先の2戦みたいに楽には勝てないだろう。けど、序列を上げるためには3回戦では負けられない。最低でもベスト4にはなりたい。
ベイリンが僕らの間に立つ。
「準備はいいな? よし、では構え…………始めェ!」
「シッ」
合図とともにエインが突っ込んできた。素直に振り下ろされた剣を横にずれて避ける。が、避けられるのは想定済みだったみたいで、すぐに切り返してきた。それを剣で受ける。鍔迫り合いになる前に、前に出て逃げる。すぐに反転。僕とエインの立ち位置が丁度入れ替わった状態になった。
「さすがだなソール。こんな簡単に捌かれるとはな」
「エインこそ、さっきまでよりずっと速いじゃないか。あやうく騙されるところだったよ」
さっきまでの速さのイメージでの対応だと厳しかった。
「よく言うぜ、簡単に避けといてよ」
いやー、簡単じゃないんだけどな。びっくりしたし。
「次はどうだ!」
無駄口もそこそこに、再びエインが突っ込んできた。こんどは中段から胴を狙ってきた。それを受けると、競る前に剣を戻して今度は逆胴を打ってきた。それも弾く。次は肩口を狙った袈裟斬り。弾く。逆袈裟。弾く。突き。弾く。斬り下ろし。弾く。胴。弾く。逆胴。弾く。
なんというか、怒涛の攻撃だ。ただ、速いけど素直で単調だ。分かりやすいから防ぐ事は簡単だ。たまに狙い所も変えてくるけど、それも直線的なもので、防ぐのは容易だった。
「くっそ」
剣が通らないことに焦ったエインは、間を開けるべく、剣を止めて後ろへ下がった。
それは悪手だ。
僕はエインの後退速度より速く前進した。そして、エインの足が地面を蹴った瞬間を狙って、剣ごと体当たりをした。踏ん張りが効かない状態だったエインは、いとも簡単に転倒した。
倒れたエインの首筋へ剣を当てる。
「はい、勝負ありだね」
「まいった」
エインは剣を手放すと両手を上げて降参のポーズを取った。
「おかえり、ソールにエイン。二人共凄かったね!」
「そうだね。エインの速さと腕力には驚いたよ」
「アホ言うなよ。完敗だったっつーの」
「ううん、エインも凄かったよ! 私も負けてらんないなー。よし、私も頑張るから見ててね!」
「うん、頑張って」
「おう、いってら」
僕らに見送られてシシリーが準備のために前へと進み出た。
「にしても、お前強すぎんだろ」
エインが零すように言った。
「うーん、エインの攻撃が単調すぎるんだよ。もうちょっと工夫しないと。フェイント入れるとかさ」
「工夫なぁ、苦手なんだよなぁ」
「そんな事言ってると強くなれないよ?」
「むぅ。でも、具体的にどうしたらいいんだよ」
「えーっとね」
スカジに教わったこと、その初歩を思い出しながらエインに伝えた。
「えぇ……戦ってる時にそんなに頭使うのかよ」
「むしろ、使わないでどうするのさ」
「いやー、ほら、そこは鍛えて、速さや力でなんとかすれば」
「それが出来なかったんじゃないか」
「いや、そうなんだけどさー。でもほら、ソールは1回戦と2回戦はそれで勝てたじゃん」
「それはたまたまだよ。そんな相手ばっかりじゃないんだよ。それに僕だって試行錯誤しながら剣を振ってるんだから」
「うへぇ。マジかよ。剣振ってりゃいいんだと思ってのに、意外と大変なんだな」
「そりゃね。自分より弱い相手とだけ戦うのなら、それでもいいかもしれない。けど、強い相手と戦わなくちゃいけない時。そんな時にただがむしゃらで向かって負けて。負けるだけならまだしも、それで大切な人を守れなかったらどうするのさ。そうなった時に、石に齧りついてでも負けない為に。大切な人を失わない為に、出来ることは最大限するべきなんだ」
「お、おう」
「あ」
しまった、つい熱くなっちゃった。いきなり何言ってんだ僕。引かれてんじゃん。
「まぁ、お前の言うことは最もだと思うよ。俺が甘かったんだろうな」
「あ、うん。ごめんね、急に変なこと言っちゃって」
「何言ってんだよ。確かにびっくりしたけど、そういう熱いの嫌いじゃないぜ。ソールは何か冷めたような所あるっていうか、変に大人びてる所あるけど、そういう熱い所もあるって分かって俺は嬉しいぜ」
「そうかな? はは、ありがと」
うん、なんか照れくさくなってきたぞ!
「ソール! 勝ったよ―! 見ててくれた?」
そこへ空気を読まずにシシリーが飛び込んできた。
「え? あ、勝ったの?」
「え? って、見てなかったの!? ソール酷い! がんばったのにー!」
「ああっ、ごめんっ」
エインとの話に夢中で全然見てなかった。
「シシリー、ごめんってば」
「ふーんだ」
シシリーはむくれてしまっている。こういう時、どうやって宥めればいいんだ。
そう悩んでいる時だった。背中に悪寒が走った。
「ふぇ?」
シシリーも微妙に何か感じたらしく、変な声を出していた。
もう消えたけど、殺気か今の。
どこからだ?
殺気を感じた方を見みてみる。シシリーも僕の視線の先を追いかけていた。
「今の何? 何見てるの? あれ、ウェネーフィカ先輩だっけ? すっごい睨んでない?」
「睨んでるね」
「え、ソールなにかした?」
「した覚えは無いんだけどなぁ」
でも睨まれるって事は何かしたんだろうか?
「ソール! 前へ出ろ!」
悩んでいると大声で呼ばれた。
うわ! もう僕の順番じゃん! トーナメントだから後の方は間隔短いな。
そして僕は危なげなく勝利。場合によっては目立つ前に負けるのも有りかと思ったけど、この相手よりエインのほうが強かったので負けるに負けられず。
シシリーの相手はヒルダだったけど、ヒルダは棄権した。そりゃ自分の主人とは戦えないか。
そうして、決勝は僕とシシリーの対戦となった。
剣を持って向かい合う。それはとても懐かしい光景だった。
幼い頃は毎日のようにこうしてたな。
「ふふふ」
「どうしたの?」
「ううん、なんだか懐かしいなって」
どうやらシシリーも同じことを重想ってたらしい。
「そうだね」
ちょっと嬉しくなる。
「あの頃は負けてばっかだったけど、今日は負けないからね」
シシリーが顔を引き締めて構えた。
「僕だって強くなったからね。簡単には負けてあげないよ」
僕も剣を構えて応対した。
「準備は出来たようだな!」
空気を読んでくれていたベイリンが、待ちかねたと言わんばかりに大きな声を上げた。
なんかすいません。
「それでは決勝を始める。両者構え…………始めェ!」
合図が出されたが、僕とシシリーはすぐには動き出さなかった。
(強いな)
こうして武器を持って相対してみるとよく分かる。
構えに隙はほとんど見当たらない。迂闊に手を出せばカウンターを食らうだろう。ヴォーデンも防御特化の型ばっか教えてたしな。僕がいなくなってからも訓練を欠かさなかったんだろう。素直に感心してしまう。
とは言っても、このままじゃ埒が明かない。けどこっちから攻めるのは上手くない。無理にでも手を出してもらおう。
「せああああ!」
僕は大声を出し、シシリーへと斬りかかった。
シシリーはそれに反応し、剣を弾こうとした。が、その剣は虚しく空を切った。僕が斬りつけた振りをしただけだったからだ。僅かだが隙が広がった。
僕はそれを見逃さず、広がった隙を突いた。
「くうっ」
しかし、そこはさすがシシリー。体勢を崩しながらも、なんとか受けていた。けど、もちろん僕の攻撃はそこで終わりじゃ無い。出来た隙をさらに広げるように、次々と攻撃を加えていく。それを受ける度にシシリーの体勢が崩れていく。
そしてついに剣が大きく弾かれた。
いまシシリーの右手は剣と共に後ろへいっている。
僕はがら空きになった左の胴を狙って剣を振った。
その時、昔の記憶が蘇った。
胴を狙った剣は、どこからともなく現れた剣に防がれた。
それを見て思わずニヤけてしまった。
シシリーは剣を受けると、身体を縦に回転させながら蹴りを放ってきた。それを後退して寸でで躱す。
僕らの距離が開いた。
「おおー」
今の攻防を見た生徒たちから感嘆の息が漏れた。同時に試合を見る目が熱くなっていく。
しかし僕とシシリーの顔はニヤけていた。
理由はわかってる。
「懐かしいね」
「ホントに。私とソールの最初の実戦訓練を思い出しちゃった」
「僕もだよ。けど、あの時とは違って反撃がきたのには驚かされたよ」
「私だって成長してるんだからね。でも、躱されるとは思わなかったな」
「僕だって成長してるからね」
お互いちょっと笑ってしまった。
あぁ、ダメだ。真剣に戦わないといけないのに、何もかもが懐かしくて自然と笑みが零れてしまう。
「じゃあ、そろそろ本気出しちゃおっかな」
「今までは本気じゃなかったの?」
「本気だったけど、ちょっと違う本気なの。これするとヴォーデン様に怒られちゃうんだけど、今はいいよね」
そう言うと、シシリーは剣を後ろに引いて、かなり低く腰を落とした体勢を取った。あんなのヴィンガルフの剣の型にないぞ。
「いくよ――」
言葉を置き去りにするように、シシリーが一歩目から弾けるように跳んできた。
「は――」
速い!
剣が低い位置から上がってきた。こんな剣筋は初めて見る。何とか受けるが、速度を乗せた剣は凄まじく重い。
さらに剣を軸にしてシシリーが身体を回転させて背後に回る。そして勢いのままに剣で薙いできた。それを屈んで避ける。大振りのせいでシシリーに隙が出来るはず。そう思ったが、シシリーは回転力を保ったまま縦に回って斬りつけてきた。剣を掲げて受ける――が、重い! 激しい金属音が耳を劈いた。
まだシシリーの勢いは止まらない。剣が合っても競ること無く離脱し、再び低い姿勢から襲いかかってきた。
「その突撃はさっき見た!」
僕は迎撃すべく、シシリー並みの低い姿勢をとって、先んじて斬りつけた。しかしそこにシシリーの姿はなく。
上――。
一瞬にして上へと跳躍したシシリーが全体重を乗せて剣を振り下ろしてきた。
受け切れない。
そう思って、地面を転がりながら回避する。
「くそっ」
顔を上げるとシシリーがもう目の前まで迫ってきていた。今度は突進の勢いで突きが放たれる。それを剣で受けて後ろへ流す。シシリーはまたも剣を支点にして身体を捻り、足払いを仕掛けてきた。それを跳んで避けようとして、悪寒が走った。咄嗟に地面に剣を突き立てて防御する。
シシリーは一瞬驚いた顔を見せると、すぐに後方へ飛び退った。
「さすがねソール。跳んでくれたら、斬り上げて終わりにしようと思ってたのに。あれで決まらなかったのはアベルに続いて2人目だよ」
どうやら跳ばなかったのは正解だったらしい。よかった、自分の勘を信じて。
にしてもアベルとは随分懐かしい名前だな。元気にしてるんだろうか。してそうだなぁ。
「今の動き、ヴィンガルフの流派にはないよね?」
「うん、そだよ。私が動きやすいように動いてるだけだし。言わばシシリー流? おじいさまに見られると怒られるんだけどね」
「だろうね。あれは防御なんて考えない、超攻撃タイプの型だ。一国のお姫様が使う型じゃない」
「強いし、いいと思うんだけどなぁ」
いや、立場的に絶対良くない。攻撃型ってのもそうだけど、まるで地面を疾走る獣みたいな姿は、姫という身分にしたら相当良くない。ヨルド王やリーズ妃が見たら卒倒しそうだ。
「……それ、ヨルド様に見せたりしてないよね?」
「え」
僕の質問にシシリーが目を逸らした。
絶対見せた!
しかも多分、想像通り卒倒してる!
「お、お母様はカッコイイって言ってたもん!」
「そんなバカな……って、ありえるか」
桃炎の暴姫と一緒になって、微笑の瞬刃姫と呼ばれただけはある。
「と、とにかく、強いからいいの! ソールだって手も足も出ないんだから!」
シシリーは誤魔化すように再び低い姿勢で構えた。
うーむ、手も足も出ないか。図星なんだよな。どうしよ。
まぁ、あれしかないかなぁ。
僕は剣を寝かせ、居合の形で構えた。
修行でも地を疾走る獣とはよく戦った。目で追い切れない疾さにも出遭った。その時に有効だったのはこれだった。
シシリーも何か危険を感じたのか、表情が険しくなった。
開始時と同様、僕らは動かないまま睨み合った。しかし空気の緊迫度はさっきの比じゃない。
シシリーが浅い呼吸を繰り返す。
そして6回目、大きく息を吸った。
――来る!
シシリーがさっき以上の速度で弾けた。僅かにあった間合いは一瞬で詰められる。しかし僕は動かない。
シシリーが僅かに逡巡しながらも、勢いをさらに速めて肉薄してきた。僕はまだ動かない。
シシリーが僕を斬るために僅かに上体を起こした。
ここだ!
シシリーの剣より遅れて、僕も動き出す。
足から膝、腰、背骨、肩、肘と次々と連動させて加速させる。
身体すべてを使った加速は、後出しの剣を先に到達させる程の速度を生み出す。
シシリーの剣が僕に到達しようとした瞬間、刹那の差で僕の剣が先に彼女に到達した。
「あぐ――っ」
僕の剣はまっすぐ突っ込んできた彼女の軌道を、真横に変化させるほどの衝撃を持って、シシリーをふっ飛ばした。
刃引きしてあるとはいえ、あの速度で身体に当てたら命を奪いかねない。剣を狙ったから無事だとは思うけど。
そう思いながらシシリーの行方を見ていると、彼女は空中で体勢を整えて着地した。そして、身体を覆う光が目に入った。
げ、身体強化魔術だ。
そう認識したと同時にシシリーの姿が掻き消えた。
そして次の瞬間、とんでもない衝撃が僕を襲った。
「優勝はシシリーだ! おめでとう! 全員拍手!」
簡単にシシリーの優勝が祝われた。
僕は準優勝だ。
まぁ、授業料免除になるのは5位以内だしね。これで十分でしょ。
にしても強かったな、さすがシシリーだ。
僕も惜しみない拍手を彼女に送った。
けれど、シシリー本人はやや釈然としない顔をしていた。
シシリーが身体強化魔術を使った後、何撃かはかろうじて防いだのだけど、一撃毎に握力がごっそりもっていかれ、腕もしびれて武器を持っていられなくなったのだ。
武器を落とした僕はあっさりと敗北した。
ちなみに、身体強化魔術は禁止されていないので、使うのは問題ない。
ただ、僕らの年齢で使える人間なんてほぼ皆無なだけだ。シシリーが特別なのだ。
拍手が終わると、シシリーは僕へと詰め寄ってきた。
「ソール! どういう――」
そして声を荒げて僕を問い詰めようとした、その時。
「ソール! 何で手を抜いたの!」
明後日の方向から怒鳴り声がした。
振り向くと、そこには怒りで顔を紅潮させた金髪碧眼の美少女が立っていた。
学園始まって以来の天才。序列1位の実力者。ウェネーフィカと呼ばれる少女。
「姉さん……」
本名フィス・A・ウェネーフィカが立っていた。




