9話 学力・体力測定
入学式の翌日。
まだ授業は始まらず、本日は能力の測定が行われる。
まずは学力を測るためのテストだ。
内容は至極簡単だった。
母国語の書き取り。ユミル聖王国で使われる言語はほぼルギディア語で、少しばかりオリジナリティが混じってる。ルギディアとユミルは元々は同じ国で、かなり昔に分裂したからだと言われている。
次に足し算と引き算。掛け算とわり算はない。最難関の問題でさえ、繰り上がり繰り下がりのレベルだった。
これらは、基礎教養ができてるかどうかの指標なんだろう。この世界では、教育を受ける事は特別な事だ。読み書きと計算ができない人が普通なくらいに。
あとは魔術の基礎教養。属性と、それぞれの特徴。
最後に歴史。ユミル聖王国の偉人や、主な歴史的出来事が問題になっている。魔道具開発の始祖と謳われた錬金術士の問題とかある。確か、ロジャー・ホーエンハイムとかいう名前だったっけ。
ちなみに魔道具とは、魔術的効果を付与された道具のことだ。魔術が使えない人でも、魔力を込めるだけで火や水を発生させることが可能となる。付与は特別な才能を持った人間しか使えなかったけど、ロジャーは、魔術が使えない人間ですら作れるような理論を開発したのだ。そのお陰で、ユミル聖王国では魔道具が容易に生産されるようになった。とは言っても、やはり高価なもので、持てるのは貴族ぐらいのものだけど。
なお、この技術は門外不出として国外に出すことは禁じられている。それを破れば死罪だ。まぁ、技術を独占したいってのは分かるけどね。魔道具の輸出で財政も潤ってるらしいし。
他には現在の王の名前を書く問いがあるけど、これは皮肉だろうか。現在の聖王は、それこそ生きてるだけで、モルガナ王女が実質的な王だ。どちらの名前を皆は書くのだろう。
そんな感じでテストを終えると、次は運動場に集められた。
足の速さや、力の強さを計るらしい。
一応、身体強化魔術は使用可能だけど、12歳で身体強化を使える人はそうそういない。99%の生徒は素のままでの計測となるだろう。僕もそれに合わせて、魔術は使わないつもりだ。
そう考えつつ、測定に向けてエインとセラと身体をほぐしていると、遠くから僕を呼ぶ声が聞こえた。
「ソール! やっと見つけた! テストは別の部屋だったけど、体力測定は一緒にしよう」
シシリーが蒼い髪を揺らしながら駆け寄ってきた。シシリーも他の生徒と同じように受けるのか。
「やぁ、おはようシシリー」
「うん、おはようっ」
「おはようさん。えっと、シシリー殿下」
「おーはよー」
「おはよう。貴方達はエインさんとセラクルカさんだっけ? 殿下はいらないわ。シシリーって呼んで」
「シシリー様、それは……」
「いいじゃないヒルダ。これからは級友になるんだもの。殿下とか様とか付けられたら堅苦しくて仕方ないわ」
「ですが」
「私がいいって言うからいいのよ。それにヴィンガルフの民ってわけでもないんだし」
ヒルダは非常に苦い顔をしていたけど、最終的には折れた。
「つまりシシリーって呼べばいいんだな? 助かったよ。俺、敬語とか苦手なんだよ。あ、俺のことはエインでいいぜ」
「ウチもセラでいいよ!」
「うん、エインにセラ。よろしくね」
「ところで、テストどうだった? って、ソールなら大丈夫よね。5歳の時には四則演算まで出来てたものね」
「そういうシシリーも、大丈夫そうだね」
「バッチリよ!」
「なんだ、ソールって頭良かったのかよ」
「いや、いいって程じゃないけど。エインはどうだったんだ?」
と聞くと、エインは表情を曇らせた。
「聞くなよ……」
「あっ(察し)」
この世界において識字率は非常に低い。文字が書けないことは普通なのだ。だからエインを責めてはいけない。
「いや、待て。文字くらいは書けるぞ。計算だって出来る」
「あ、そうなんだ?」
「じゃなきゃ、寮なんて経営できるかよ」
「確かにそうだね。じゃあ、なんで?」
「歴史とか魔術がサッパリなんだよ。だって、俺の生活に関係ねーんだしよ」
「なるほどね」
全くもってその通りだった。
「ウチはバッチリだったよー」
「お前には聞いてねぇよ。知ってるよチクショウ」
そんな風に話してると、周囲が俄にざわつき始めた。
その視線が集まる方を見ると、身なりのいい少年が運動場に入ってくるところだった。後ろに何人も引き連れて。
「なんだありゃ」
「んー。あれはクローダス侯爵家の次男のライオネル様だねー」
「知っているのかセラ」
「クローダス家は有名だからねー。えっとねぇ……んとねぇ……あれ? なにで有名なんだっけ?」
「クローダス家は騎士の名門ですね。何代にも渡り、ユミル聖王国に騎士として仕え、当主であるバン様は騎士団長。長男のボールス様も騎士団でご活躍されてるとか」
記憶の怪しいセラに代わって、ヒルダが説明してくれた。
「よく知ってるね」
「ご主人様が赴かれる地について知ることは、使用人として当然のことですから」
「それでも凄いよ」
「ふんっ」
褒めたものの、そっぽを向かれてしまった。うーん、嫌われてるなぁ。
そしてそのライオネルとやらがこちらに気付き、近寄ってきた。
え、なんかまずい事した?
なんて思ってたら、ライオネルは僕らをスルーしてシシリーの前で立ち止まった。
「これはこれはヴィンガルフの姫殿下ではありませんか。ご機嫌麗しゅう」
「これはライオネル様、ご丁寧に」
「ほう、私ごとき者の名を知っていただけたとは光栄です」
ライオネルはあからさまに驚いてみせた。しかし、その顔には知っていて当然だろう、という自信が貼り付いていた。
シシリーは気付いているのか分からないが、とりあえずにこにこしている。
二、三言交わすと、ライオネルは取り巻きを引き連れて離れていった。
しかしまぁ、なんというか。
「気に入らねぇ野郎だな」
飲み込んだ言葉をエインが口にした。
「見たかよあの目。俺ら平民を一切見てなかったぜ。それどころかシシリーまで見くびってやがった」
そうなのだ。彼はあからさまに僕らを見下した目で一瞥だけして、さらに平民と一緒にいるシシリーまで蔑んでいた。
「仕方ないよ」
貴族はそういうものだ。
シシリーやセラが特別なだけだ。
「まぁ、そうなんだけどよ。だからってムカつくのは止められないぜ」
「そりゃごもっとも」
そうして悪態をついていると、運動場の中心で教員らしき人が大声を上げた。身体測定が始まるらしい。
僕らは気持ちを切り替えて、教員の元へと急いだ。
測定項目は少ない。
まず短距離走。タイムウォッチなんてものはないので、砂時計みたいな魔道具で時間を計る。速さの順位は、シシリー、ヒルダ、僕、エイン、セラだった。
続いて腕力測定。
もちろん握力計なんてないので、重さの違う石が用意され、どこまで持ち上げられるかを見られる。エインとシシリーが同じで、続いてヒルダ、僕。セラは最も重い石すら持ち上げてて、計測不能になってた。見た目によらず怪力のようだ。
そして投擲力。槍を何処まで飛ばせるか。現代の槍投げとまったく同じだ。この時は、セラ、シシリー、エイン、ヒルダ、僕の順だった。
最後に持久走。おおよそ5kmのタイムを計られる。短距離走の時より大きな砂時計型魔道具が使われた。順位は、僕、シシリー、ヒルダ、エイン、セラだった。
ちなみにシシリーは身体強化はしてない。僕がしないと言ったら、じゃあ私もしないと言い出したからだ。それでも女の子とは思えない成績を残してるけど。
セラも腕力は凄かった。敏捷性と体力はなかったけど。ヒルダとエインはバランスよかったな。
今日のところはこれで終わりだ。授業はない。
明日、本日の成績を元にクラス分けされるのだ。
シシリー、ヒルダと別れ、僕らは帰路についた。
その中で、連日耳にしてる名前がまた出た。
「そういえば、ウェネーフィカさん見に来てたな」
「そだっけ?」
「来てたよ。なんかジッと、体力測定の様子見てたぜ。なぁ?」
「そうだね。最初っから最後まで見てたね」
「そんでよ、気のせいかもしれねーけど。俺らのこと見てなかったか? つーか、睨んでなかった?」
「えっ、エインなにかしたの?」
「してねーよ! 会ったことも話したこともねーんだぜ。睨まれる覚えがねぇよ。セラこそ知らねー間になんかしたんじゃねーのか?」
「えぇー。ウチもないよー」
「いやー、でもセラだしなぁ。覚えてないだけって可能性もあるぜ。ソールはどうだよ?」
「僕? うーん、睨まれるようなことは僕もしてないと思うんだけど」
多分。
「あ、そういえばこの間も睨まれたよな。ほら、街案内してから飯食ってた時」
「そだっけ?」
「セラは食い物に夢中になってたから気付いてなかっただけだろ」
「えへへー」
「なんで照れてんだよ……。つーか、この短期間に2回も睨まれるって、やっぱなんかあるぜ」
「あるかなぁ?」
「いや、分かんねーけどよ。でも、相手は学園史上最高の天才だからな。一応、用心しとこうぜ」
用心……しといた方がいいのかなぁ。
彼女の話題はそれっきりで、すぐにただの雑談へと移り変わっていった。




