3話 出会いは街角でごっつんこ
日が昇るか昇らないか。それくらいの時間に僕は目が覚めた。
別に入学式で緊張しているからとかではない。単純に、いつもこれくらいの時間に起きていただけだ。スカジ家の朝は早いのだ。
僕はパジャマから動きやすい服装に着替え、軽く身体をほぐすと外へ出た。
「さむ……」
本日は3月の初日。まだまだ冬と言っても通じるくらいに寒い。しかもユミル聖王国は大陸の北部に位置するのだから、そりゃもう寒い。だって北国なんだもん。
スカジの家は比較的温暖なところにあったので、寒いのは苦手だ。ここ一ヶ月ほども苦労したもんだ。
なんて外に突っ立ったまま考え事をしたらいつまでも寒いままだ。さっさと行こう。
僕はぐるりと建物の裏へと回ると、そこにある井戸から水を組み上げた。
……物凄く冷たそうだ。
いや、だからこそきっと目も覚めるだろう。
桶に溜まった水を手で掬い「つめたっ」顔を洗った。案の定、冷たさのあまり眠気は一瞬で何処かに飛んでいってしまった。続いて口を漱いで、持ってきていたタオルを濡らし、簡単に体を拭いた。
うん、もう完全に目が覚めた。
僕は桶を井戸に戻すと、もう一つ持ってきていて壁に立てかけたもの――鉄剣を手にした。
これは刃引きがしてあって、かつ通常よりも無駄に重く作られた剣だ。言ってしまえば訓練用だ。
「ふっ」
スカジに習った剣に型はない。だから適当に剣を振る。とは言っても、本当にただ振っているだけじゃ身にならないので、相手を想像して攻めと受けを交互に行う。攻めと受けと言っても変な意味じゃない。腐ってない。
何度か架空の相手と模擬戦を繰り返し、いい感じに身体が暖まってきたところで一呼吸置いた。
「ふむ、もう終わりか?」
急に後ろから声が掛けられた。けど、ずっと気配は感じていたので別に驚くことは――
「うわぁっ!?」
驚いた!
いや、人がいたことには気付いてたよ? ……本当だよ? 本当だからね?
僕が驚いたのはそこじゃない。
振り向いた先にいた人物の姿そのものに驚いたんだ。
何でって、その人――おそらく彼女は、でっかいカボチャの被り物をしていたのだから。
ハロウィンで見るようなジャックランタンを想像してくれればそれで大丈夫だ。ハロウィンの時にそういった仮想をしていても、きっと誰も驚かないだろう。奇異な視線は向けるかもしれないが。
けど、こんな街中で、しかも朝っぱらから急に視界に入るとそりゃもう驚くさ。
そして頭は大きなカボチャで隠されているのに、性別がなんとなく分かったのは、首から下は普通の服だからだ。いや、普通じゃないな。この冬にあんな胸を半分放り出したような薄着は普通じゃないな。うん、普通じゃない。普通じゃない大きさだ。これは――デカイ!
いや、待て。そうじゃない。途中から思考が変な方向に行ってしまった。
胸の大きさはどうでもいい。僕は大きいも小さいも全てのおっぱいを愛してだからそれも違う。そのどうでもいいじゃない。
「どうしたのだ? 我が問に答えよ」
黙ったままの僕を不思議に思ったのか、彼女が質問を重ねてきた。
「え、あ、はい……えぇっと……なんでしたっけ?」
そんで何聞かれてたっけ? 変なこと考えてたから忘れてしまった。
彼女は溜息を付くと――カボチャの被り物で分かりにくいけど、確かに付いた――もう一度同じ事を僕に尋ねた。
「修練を行っていたようだが、もう終わりか?」
「あぁ、そういえばそうでしたね。まだです。今のはウォーミングアップなので」
「ふむ、まだ続けるか。よいぞ、修練とは己が限界を超えるためにするもの。その程度で終わっては面白く無い」
なんだろうこの人。なんか既視感というか、話し方が妙に引っかかるな。
「どうした? 何か気になるのか?」
ジッと彼女を見ていたせいか、質問があると思われてしまったようだ。確かにカボチャは気になったけど、さっきは話し方が引っ掛かっただけで別にカボチャは……うん、気になるな。
「ふむ、むしやコイツが気になるのか?」
彼女は僕の視線を辿って、自分のお面? に疑問を抱いていると気付いた。
「コイツはな、我が素性を隠すための物だ。我はとある組織に狙われていてな。素顔を晒せぬのだ。ふん、忌々しい奴らよ」
あ、思い出した。
これ厨二病だ!
「だが我もただ逃げているだけではない。ククク、いずれ奴らには我がこの手で終焉を与えてやるさ」
ファンタジー世界にも厨二病って存在するんだな。なんでだろう。妙に親近感を覚えてしまう。
「主もあまり我に近づかぬようにな。巻き込まれても助けてはやれんぞ」
「はぁ。分かりました」
「うむ、良い返事だ。さて、雑談はもういいだろう。そろそろ主の剣技、我に見せるが良い」
そういえば訓練中だった。
変なキャラが登場したせいで忘れかけてた。
「はぁ。別に構いませんが、見てても面白く無いと思いますよ?」
「其れは我が決める事。主は気にせず続ければ良い」
うーん、こういう場合どうしたらいいんだ。でも、訓練はしたいし、この人の言うように気にせず続きをした方がいいかな。
「えぇと、じゃあ始めますんで、飽きたりしたら好きにどこか行ってくれていいですからね?」
「うむ」
彼女はカボチャを傾けると――頷いた?――近くの石に腰を下ろした。
僕は少し気になりつつも――主にカボチャがであって、おっぱいではない――訓練を再開した。
今度はさっきよりも剣速を上げて、模擬戦ではなく真剣勝負の想像をしながらその場で動き回る。様々な体勢から剣を振り、時に拳や足を武器として使う。はたから見ても、変な動きをしてるだけだろうから面白く無い――違う意味で面白いかもしれないけど――と思う。
相手の攻撃を避けて避けて避けて、隙ができた所を縦一文字に切り裂き、そうして相手は倒れた。もちろん仮想のだけど。
仮想模擬戦はここで終了。
続いて僕は剣を鞘へ納めた。キンッという甲高い金属音が静かな空間に響く。
僕は手頃な石を摘むと、真上へ放り投げた。
そして深く息を吸い、ゆっくり吐いて集中力を高めていく。
深い呼吸を繰り返しながら、正面をひたすら見つめる。
……。
…………。
……………………。
視界内に何かが落ちてきた。
それを先ほど投げた石だと認識すると同時、僕は鞘を後ろに、柄を前に引いた。刀身が鞘を奔り、刹那毎に加速する。鞘から完全に解き放たれた刃はその時点で十分な速度を得ている。剣筋を膝で微調整し、目標物へ合わせる。剣が石へと当たる瞬間、いや、当たった瞬間にのみ腕に力を入れる。そうして、剣は石に当たったにもかかわらず、なめらかな感触だけを僕の手に残して、石を通過した。
振り切った剣を余韻を残すこと無く、素早く鞘に納めた。
「ふぅ」
肺に溜まっていた空気を吐き出し、足元に落ちた石を見てみる。
「うん」
石は真ん中で斬られて2つに分かれていた。
いやぁ、いい汗かいたなー。30分くらい経っただろうか? とは言っても始めたのが相当早い時間だったので、太陽もまだ昇ってきたばかりだ。でも、そろそろ汗を拭いて着替えようかな。そう思った時、横合いから拍手が贈られた。
「素晴らしい剣筋だった」
あ、そういえば見られてたんだった。最初は気にしてたけど、途中からスッカリ忘れてた。
「中々に面白い余興であった。このような時間まで起きていた甲斐があったというものだ」
起きていた!? 早起きしたんじゃなくて夜通し起きてたのか、この人!
電気が普及してる日本と違って、この世界では夜はほとんどの人が寝る。洋燈に使う油代だってバカにならないからだ。
「にしても主、素晴らしい腕を持っているな。さぞや名のある剣士に学んだのだろう。して、何という――」
「お? ヴィヴィか。こんな所で何してんだ」
カボチャの彼女が僕に何かを訪ねようとした時、聞き覚えのある声がその言葉を遮った。
声のした方を向くと、そこにいたのはエインだった。てか、いまこの人のことヴィヴィって呼んでた? もしかして、本当の管理人のヴィヴィアンってこの人か!
「ふむ、我が眷属か」
「眷属じゃねぇよ。なんだ、また寝ずに起きてたのか?」
「夜こそが我が時間なればな。我には闇が心地よい」
「相変わらず何言ってんだ――と、んだよ。ソールもいたのか」
「うん、おはよう。エイン」
「あぁ、おはようさん。えらく早起きだな。こんな時間にどうした――剣の練習か」
何をしてたか訪ねつつも、汗をかいた僕と、手に持つ剣を見て察しがついたみたいだ。
「そうだよ。一応、師匠に訓練は欠かすなって言われてるから」
「はぁん、なるほどね。真面目なこった」
エインは興味が有るのかないのか分からない返答をしながら、井戸まで歩いてきた。そして桶を井戸へ落とすと、慣れた手つきで水を汲み始めた。
「ぼちぼち飯作るけど、ソールはどうするよ? 今からならヴィヴィの分も作るから、ついでに用意してやるぜ」
かなり魅力的な提案だけど。家賃を待っていて貰っているのに、ご飯までいただくのはさすがに申し訳ない。
「いや、遠慮しておくよ」
「なんだよ。金か? ついでだから気にすんなって」
「いやいや。それにあんまりお腹空いてな――」
ぐーぎゅるるるる
「――い、から」
もの凄いタイミングでお腹が鳴った。しかも大音量で。
なにこれマンガ?
「ぶっ、あははははははははは!」
エインがお腹を抱えて笑いだした。
「くっ、ぷくくくくく」
ヴィヴィアンまで。
いや、そりゃ僕だって他人ごとだったら笑うだろうけど、当の本人だとめちゃくちゃ恥ずかしいぞコレ!
「ぶははははははははは」
「ぷくくくくくくく」
2人の笑いは止まらない。
「あーもう、いつまで笑ってんのさー!」
静かな朝の空に僕の声が木霊した。
エインはひとしきり笑った後、ヴィヴィを連れて寮に戻っていった。
当たり前の流れというかなんというか、結局朝ごはんはごちそうになることにした。いくらなんでもあそこから巻き返せる方法を僕は知らない。というか、出来る奴いるのか?
「うー、頬が熱い」
訓練だけのせいじゃないぞ絶対。熱くなった顔を水で冷やし、ついでに体を拭いてから僕も寮へ戻った。
エインはさすが家事を担当しているだけあって、料理は美味しかった。前日に飲んだスープの味からしても不安はなかったけど。
部屋に戻ると、魔力操作の訓練を始めた。
さっきのは剣技もとい体術の訓練だ。
魔力だって日々訓練しないとあっと言う間に精度が鈍る。
けれど、別に難しいことはしない。昔、母様に習った事をする。
体内の魔力移動だ。右手に魔力を集中させ、それを左手に移動させる。3歳の頃は7割ほどしか移動できなかったけど、今なら9割8分はいける。そうした魔力移動を繰り返し、さらに胴体と両手両足それぞれに2割ずつ分ける。さらに細分化し指の先や頭にも分ける。
そんな基礎の魔力操作を繰り返し、最後に全身に治癒魔術をかけて終わり。
剣に比べたら見た目は地味だけど、精神的にはこっちの方が疲れる。
魔力の訓練を終えた後は入学式の準備だ。
昨日寝る前に、これだけはしておかなきゃと思って掛けておいた制服に袖を通す。
白を基調とし、青色で装飾された丈の長い貫頭衣に、白一色のズボン。
この世界の背景から考えると相当にオシャレっぽいんだけど、正直、汚れたらかなり目立ちそうだ。気をつけよう。
荷物を詰めたバッグを持ち、1階の広間に戻ると、そこにはエインとセラが待っていた。
「おっそーいよソールくん」
「いや、お前もいま来たばっかじゃねぇか」
「ぎゃー、バラしちゃダメじゃん!」
「バラすもなにも、ソールはずっと早くに起きて、さっきまでここにいたから、お前が来てなかったことなんて分かってんぞ」
「そ、そうなの!? むぅ、男子2人の生活が健康的過ぎる」
「いや、普通だから。お前が遅ぇだけだから」
「遅くないよ! 2人が早いんだよ! ウチだって遅刻ってわけじゃないし」
「はいはい」
「ぶー」
「くくく、雛鳥の囀りとはかくも耳に障るものか……ぐぅ」
「いや、お前も早く部屋に戻って寝ろよ」
「くくく、そうはいかん。我が眷属たちの門出ぐらいは見送らねば……ぐぅ」
「やれやれ。じゃあ、もう行くか。じゃねぇと、コイツが寝れねぇみてーだし」
「かしこまー」
「うん」
「うむ、では行ってくるがいい……ぐぅ。くれぐれも組織のものには気をつけてな……ぐぅ」
「はいはい、分かった分かった。もう行くからな。ちゃんと部屋に戻ってベッドで寝るんだぞ」
「……ぐぅ」
「駄目だコリャ。早く行こう。んじゃ、いってくらぁ」
「いてきまー」
「いってきます」
半分、いや4分の3くらい寝ているヴィヴィアンに僕らは三様の挨拶を送り、寮を出た。
寮から学園の敷地は目と鼻の先なのだが、残念ながら間には高い壁がそびえ立っている。なので、僕らはぐるりと迂回して正門へと向かわないといけない。直線距離の割に時間がかかるのだ。
道を覚えられていない僕とセラを連れてエインが歩いて行く。時折セラはこっちだーとか行って先に行こうとするのだが、何故か全部間違えていた。
よく今まで学園に通ってたな。
「いや、アイツがウチの寮に来たのはつい最近だよ。それまでは学園のすぐ近くに住んでたんだ」
「へぇ、そうなんだ? それがなんでまたあんな所に」
「あんな所で悪かったな」
「へ? そ、そんなつもりじゃなくて」
「ぷ、あはは。冗談だよ、冗談。お前ってばホント真面目な」
からかわれた!
精神的には20歳下にからかわれた!?
え、僕って実は成長してない?
そんな絶望感に身を捩りそうになった時、
「今度こそ、こっちだー!」
またセラが飛び出していった。
「バカ! そっちじゃねぇよ」
僕とエインは何度目かとなるセラの暴走の後を追った。
「うひゃー!」
「ヒヒーン!」
そして曲がり角の向こうでセラの悲鳴(?)が聞こえた。悲鳴だよね? えらく間の抜けた感じだったけど。あと馬っぽい声も聞こえたような。
そして、走っていった先ではセラがひっくり返っていて、そのすぐ横には馬車が止まっていた。
どうも急に曲がっていった先に馬車が居て、それに驚いてひっくり返ったようだ。
「セラ、大丈夫か!」
「怪我はないか?」
僕らはセラに駆け寄って怪我がないか調べてみるが、傷らしい傷は見当たらなかった。せいぜい、制服が汚れている程度だ。
「うはー、びっくりしたー!」
本人の声も驚きはしているものの、余裕で元気そうだった。
「んだよ、驚かせやがって」
エインはかなりホッとした顔をしている。
「すまない。そちらの子は大丈夫かね?」
御者のおっちゃんが心配そうにこちらを見ている。
「はい、大丈夫そうです。こちらこそ急に飛び出したりしてすみません」
「おら、お前も謝れ」
「うー、ごめんなさい」
セラも自分が悪いと思ったのだろう、素直に謝っていた。
御者の人は馬車の中の人から何かを聞き、
「怪我がないのなら何よりだ。では私たちは行くとするよ」
ちょっと急いでる感じでそう言った。
「あ、はい。本当にすみませんでした」
御者のおっちゃんは最後に手を上げると、馬を走らせ始めた。
通り過ぎる馬車の窓はどんな細工がされているのか、窓から中は覗けなかった。まぁ、覗いた所で何もないんだけど。
「ほら、立てるか」
「うん、ありがと」
エインがセラに手を伸ばして起こそうとしていた。僕も手伝ったほうがいいかな? そう思って、そちらに気を向けた時だった。
通りすぎようとしていた馬車の扉が急に開いた。
「へ?」
何かが馬車から飛び出して僕に覆いかぶさったまでは分かったけど、それ以上は反応できなかった。押し倒されるように僕は地面へと尻餅をついた。尻が痛い!
「ちょ、なにが」
「ソール!?」
「え、なに?」
何が出てきたのかと思って顔を上げると、空が見えた。
いや、空じゃない。
蒼穹のように美しいそれは、髪だった。
僕は知っていた。その髪を持つ人を。
澄み渡る青空のようなその色彩を。
そして深海を思わせる深い濃紺の瞳には、今まさに波が揺蕩っていた。
「ソール!」
僕は知っている。
この髪を。この瞳を。この声を。
間違えるはずがない。
そう、いま僕の眼の前にいるのは――僕が守りたいと願った彼女。
「君は……シシリー」




