2話 学園都市ガイド
六畳一間。それが僕の新居の間取りだ。キッチンもトイレもバスも部屋にはない。本当にただの六畳間。ただしベッドと椅子と机は備え付けられている。どうやらエインの手作りらしい。
トイレは共用なので廊下に、バスはないので入りたくば近所の銭湯に行かないといけない。まぁ、そもそも個人にお風呂があるような日本とは違い、この世界では一般の家に風呂なんてないのだから、風呂なしは普通といえば普通だ。キッチンも共用で1階の広間にある。家賃を余分に払えば、朝と夕ごはんは管理人側で用意してくれるらしいけど、こちとらスカジにみっちり家事を仕込まれた身だ。料理くらいなら自分で作れる。
ちなみにこの寮は2階建てで、部屋数は広間と管理人室を除けば5部屋。僕の部屋は1階の真ん中で、隣がエインの部屋だ。
そして一晩寝て体調もそれなりに回復した僕は、バイト先を探しに学園都市を探索することにした。
広間でバッタリ出会ったエインにそう言うと、
「じゃあ俺が案内してやるよ」
と言ってくれたのでお言葉に甘えることにした。僕はこの寮が街のどの辺にあるのかすら知らないし。
特に準備するものもないから、そのまま外へ出た。
そしてこの寮に入居者が来ない理由を知った。
寮自体は少し傷んでいる程度で、何処にでもある感じの建物なのだが、その横に在るものが異様だった。
1階の端の部屋――エインの部屋だ――から奇妙な木が生えていた。
建物から生えているとしか形容できないそれは、間違いなく木なんだけど、自然物とは思えない歪な形をしていた。しかも所々に窓とか煙突っぽいものが見える。まさか中に誰か住んでんの?
それをよっぽど奇異な目で見ていたんだろう。エインが横から教えてくれた。
「ソレが本来の管理人が住んでいる所だ。俺の保護者でヴィヴィアンっつー女でな。でも、親代わりってほど年上でもなくて、いまも学園に通ってる」
「ええ!?」
「ただ、家事も何もしねーから、寮の管理も家事も俺がやってんだけどな」
エインくんは意外と家庭的なようだ。
にしても、こんなトコに住んでるなんて、ヴィヴィアン……一体どんな人なんだ。
なんて僕が戦慄していると、エインを呼ぶ声が聞こえた気がした。
2人で辺りを見回してみると、女の子が1人手を振りながらこちらに駆けてきていた。
「おっはよー!」
ボサボサの金髪を結い上げた丸顔の可愛らしい女の子だ。しかし顔に似合わず、ツナギというか作業着というか、そんな感じの服を着ている。
「おう、セラ」
エインが手を上げて挨拶を返した。
セラと呼ばれた女の子は上げられた手をタッチすると、体ごと僕の方を向いた。
「えーっと、キミは誰かな? はじめましてだよね? ね?」
随分と人懐っこい印象を受ける子だな。
「僕はソールって言います。貴女はセラさんでいいんですか?」
「あははー。いいんですかだってー」
「ソール。ソイツも同年だ。敬語は使わなくていい」
「あ、そうなんだ?」
「それとコイツも寮生で、学園にも明日から通う」
「じゃあ、同級生になるんだね。セラよろしくね」
「んー? ということはソールくんも学園に通うの?」
「そうだっつてんだろが」
「そっかー。よろしくねっ」
僕の差し出した手をセラは両手で握って上下にブンブンと振った。元気いいなぁ。
「ところで、こんなところでどしたの? 今から学校いくの? もー、学校は明日からだよー。2人はせっかちさんだなぁ」
「行かねぇよ、バカ。ソールに街の案内してやんだよ」
「あ、そうなんだ? じゃあじゃあウチも行っていい?」
「あー、ソールがいいっつーならいいけど」
エインが意見を求めるように僕を見ると、つられてセラも僕を見た。その目は連れて行って貰えると確信してキラキラしていた。
こ、これは断れない。
「えっと、僕は構わないけど」
「やったぁ! じゃあ行こう行こう!」
返事をするなり、セラは僕の手を取って歩き出した。
「おい、待て待て」
それをエインが呼び止めた。
「どしたのー?」
「どしたのじゃねぇよ。何処行くか分かってんのか?」
エインの問いにセラはうーんと悩み、
「どこいくのー?」
と答えた。答えになってないけど。
「何処行くか分かってねぇのに先に歩き出したのかよ」
「えへへー」
「はぁ。とりあえず商店街行くぞ。この街に住むなら、今後ずっと世話になるだろうし、バイト先も見付かりやすいだろうからな」
そう行ってエインはセラが進もうとした方向の逆へと歩き出した。
歩き出して数十分。
街の入口付近だというその場所は非常に賑わっていた。
入り口の門から伸びるメインストリートの両脇には隙間なく店が詰まっており、そこを学生と思しき人達が西へ東へと止めどなく流れている。
「街の入り口から中央広場までは見ての通り、食料品やら雑貨が売ってる。そんで――」
エインは反転して町の中央へ向かって指を伸ばした。
「ずっと行って、中央広場から学園までは服や装飾品なんかが売ってる。毎日のように商品が入れ替わる消耗頻度の高い品が入口側。服飾や本みたいな調度品や娯楽品、あるいは勉学のための教材なんかは学校側だ」
なるほど。住み分けがなされているのか。
「へぇ、そうなんだー?」
何故かセラも感心していた。
「いや、お前は何で知らねぇんだよ。3年前から住んでんだろーが」
「え、そうなの?」
てっきりセラも僕と同じでユミル王立士官学園高等部に入学する為に、この街に来たばっかだと思ってたんだけど。
「うん、そだよー。ウチは中等部の時から学園に通ってるからねー。学園都市のことなら任せてよ」
「ついさっき詳しくないこと自分で証明してたじゃねぇか」
「そだっけ?」
あははーと笑うセラ。これは誤魔化しとかじゃなくて、本当に不思議がってんだろうな。
知り合ってばかりだけど、なんかもうセラのことが少し分かってきた。
「やれやれ、しゃーねぇ。2人まとめて案内してやるよ」
「わーい」
「はは、よろしく」
学園都市は2つの層からなっている街だった。
まずユミル王立士官学園があり、その周りに貴族が住むような豪華な家が並び、そこを外壁がぐるりと囲っている。そしてその外に一般の家屋や集合住宅、お店などが並んでいる。しかし、それらを守る城壁はない。せいぜい木の柵が建ててある程度だ。なんでそんなことになっているかと言うと、学園都市の急激な成長のせいらしい。
元々ユミル学園は貴族や将校の子息を通わせるための場所だった。士官学校なのだから、士官候補として身分の高い者を育てていたわけだ。
しかし今の統治者になってから、ユミル学園は大きな改革がなされた。
授業料は大幅に減額され、一般市民程度の収入でも通えるようになった。さらに年に数人ほど、特待生として授業料免除で受け入れ始めた。これは才があっても貧しくて、その芽を育たせることが出来ない民への配慮らしい。
そして増える生徒を受け入れるために学園を大きく改築した。邪魔な豪邸を潰して。
当然、貴族たちからは反対されたが、統治者は圧倒的な実力と強大な権力で反対意見を封殺。さらに、不正を働いていた貴族たちを弾劾し、領地を召し上げた。ほとんど恐怖政治である。
そうして改革がなされて7年。
街は膨れ上がるように成長していった。
さらに学園都市はいくつかの区画に分かれていた。
学園の正門から街の入口まで真っ直ぐに伸びるメインストリート周辺は商店街、西に進むと住宅街、さらにその外側は田畑が広がる。メインストリートの東は工場地帯。鍛冶場や石切り場、何かの研究開発室が所狭しと並んでいる。
とまぁ、こんな感じだ。
僕らが住んでいるのはやはり西街区で、貴族街との境界である城壁のすぐ横だ。ただし、正門までは遠い。
「さて、とりあえずはこんな所かな」
昼時を過ぎて空き始めた食事処のテラスで、エインは椅子にどっかりと座り込んだ。
「本当に助かったよ。ありがとう」
随分と歩きまわったせいでもうクタクタだ。
「うー、ごはん」
セラはお腹が空き過ぎたようで、さっきからごはん意外の単語を発していない。今もテーブルに突っ伏している。僕もお腹はペコペコだ。すでに給仕に注文はしてあるので、料理待ちである。
「なんか分からねぇとことか、聞いておきてぇことってあるか?」
「うーん、今のところはないかな。でも、そのうち聞きたいこと出来るかもしれないから、その時にまた教えてよ」
「おう、任せろ」
「むー、ごはん」
エインは非常に頼りになるやつだ。行き倒れたとはいえ、この街で最初にエインに出会えたのは幸運なことだったのかもしれない。
「んで、バイトはどうすんだ? もう決まったのか?」
「いや、まだかなぁ。いいなって思うのはいくつかあったんだけど、まだちょっと決めかねてるかな」
「慎重に吟味したいのはわかるが、あんまり遅くなると他のヤツで埋まっちまうぜ。決めるなら早くしとけよ」
「うん、そうだね」
「ぐー、ごはん」
その後、いくつか雑談を交わしているとようやくご飯が運ばれてきた。
「ごはん!」
料理がテーブルに置かれるやいなや、セラは自分の分とか関係なしに食べ始めた。
「おいおい、少しは落ち着けよ」
エインがセラを宥めようと手を伸ばしたが「ぐるる」ご飯を取られると勘違いしたのか、唸って威嚇されていた。
「まぁ、僕たちは僕たちで食べようよ」
「あー……そうだな」
エインは呆れた表情のまま頷いた。
セラに何だかんだ言いつつも、僕らもかなりお腹は減っていたので、一口目から後はただひたすらに一心不乱にご飯を食べた。
成長期なめんな!
いくらか腹が満たされると、会話する余裕が生まれてきた。
「そういえば、聞こうと思ってんたんだけどよ」
「なに?」
「ソールは何学科に入る予定なんだ?」
ユミル王立士官学園の初等部と中等部は生徒全員学ぶ内容が同じなのだけれど、高等部からは学科で分かれることになる。
魔術や魔力の扱いを主に学ぶ魔術学科。
武器の扱いや格闘術、さらに戦術を学ぶ武術学科。
道具の研究・開発を行う錬金学科。
全てを万遍なく学ぶ普通学科。
以上の4学科である。
「うん、僕は――」
エインの問いに答えようとした所で、不意に周りが騒がしくなった。
「なんだ?」
見ると、どうも向こうから誰か来ていて、それを見た人達が騒いでいるようだ。何、芸能人でも来るの? どうしよう、サイン貰っといた方がいいのかな?
なんて我ながら意味の分からないことを考えていると、騒ぎの中心が僕達のいるテラスの前の道まで来た。
肩口で揃えられた絹の糸のような金色の髪を揺らし、鋭くかつ大きな強い意志を感じさせる碧い瞳で前を見つめながら、堂々と歩く美少女だった。
「あれは、ウェネーフィカさんじゃねぇか」
「有名なの?」
「去年高等部に入学したと思ったら、瞬く間に並み居る先輩方を押しのけて序列1位まで登り詰めた天才だよ。しかも超美人。この街に住んでいてあの人を知らねぇヤツはいねぇんじゃねぇかな」
「へぇ」
そんなに凄いのか。
確かに美人だ。まだ幼いから美少女って感じではあるけど、将来は絶世の美女になることを確信してしまう、それほどに美しい容姿をしている。
「あ」
ずっと見ていたせいか、彼女がこちらを見た。
目と目が合う。
「……」
しかし、すぐに逸らされてしまった。
「ソール、いま目合わなかったか?」
「うん、合ったね」
「んで、なんか不機嫌そうじゃなかったか?」
「うーん、そんな感じだったね」
何かしただろうか?
僕の見た目が気に食わないとか?
それはリアルにへこむから考えないでおこう。
にしても、怖いなぁ。イジメられたりしないだろうか。
「ま、気にしないでおこう。それよりもほら、ゴハン食べちゃおうよ」
「お? おう、そうだな」
エインが本当に何も気にしないことにしたのだろう、ゴハンに夢中になっていった。
あー、平穏無事に学園生活送れるかなぁ。




