1話 学園都市
ユミル聖王国から東に20km程離れた所に、とある施設がある。
ユミル王立士官学園。
初等部から上等部まで延べ3000人を擁する大きな学園だ。学校に通うことが当たり前になっている日本ならまだしも、教育の重要さが認知されていないこの世界において、これほどの規模の教育機関は世界的に見ても非常に珍しい。いや、唯一と言ってもいい。
そして人数だけではなく、学園の敷地も相当に広い。
敷地内には各校舎に加え、練兵場に普通の運動場、図書館に食堂。闘技場や研究室に開発室などなど、様々な建物が存在している。
さらにこの学園の周囲には学生の長期滞在用の賃貸用集合住宅や、雑貨屋に飲食店、服屋に武器防具屋、薬屋、本屋など様々な店が並び、住む人間が増え、また商人が増え、また住人が増え、そうしてどんどん人口は膨らんでいき、やがて学園を中心とした一つの街が出来上がった。
首都よりも巨大になったその街を、いつしか人々はこう呼ぶようになった。
知識の集う街、学園都市と。
「おなかすいた……」
そしてそんな学園都市の入り口で僕は座り込んでいた。
ユミル聖王国内は非常に治安がいい。定期的に魔獣狩りが行われていることで、街道ではほとんど魔獣に出くわさない。そのお陰で、当てにしていた狩りによる食料確保が全くできなかった。
更にどの村や町にも必ず兵士が常駐している。そのお陰で、ギルドというものが存在しない。ギルドというのは、名前で想像がつく通り、住人からの依頼が集まる所だ。定職に付いていないものや旅人なんかは、この依頼をこなしてお金を稼いだりする。多くは危険を伴うものだ。が、その多くの危険を伴う雑事を兵士が危険を取り払ってしまう。故に人々はわざわざ高いお金を払ってまで、他人に依頼などしない。
国境の砦に着いた時点で路銀を使い果たしてしまっていた僕は、お金を稼ぐことも、食料を得る事も出来ず、ただひたすらに学園都市まで歩くだけになった。
学園都市では学生支援のために、たくさんのアルバイトが存在している。それさえ出来れば飲食代くらいはなんとかなる、と思ったんだけど。
「も、もう限界……歩けない……」
空腹は限界に達していた。
視界はぼやけるし、手足に力が入らない。
最後に何か食べたのっていつだっけ?
国境を超える前だから、一週間は前だな。
あれ? 10日だっけ?
いや、3日かも知れない。
あ、ヤバい。
記憶が引っ張り出せない。
脳に栄養いってない感すごい。
これもしかしてもしかするんじゃない?
あー、嘘でしょ。
本当にヤバいって。
けど、お腹が空いて、頭が……ぜんぜん……はたら……かな……い。
「……ーい、生き……るか……? おー……」
……なんだ? なにか聞こえる?
「……夫か? ……い……事くらい……よ」
なにさ、なに言ってるのさ。
「死……のか?」
頬に衝撃があった。
そのお陰で少し意識が回復した。
「うぅ」
「お、生きてたか。どうした? 何で倒れてんだ?」
え、なんでって。なんでだっけ? あぁ、そうだ。
「……空いた」
駄目だ。声が掠れた。
「あん? なんだって?」
また聞かれた。
その誰か分からない声に僕はもう一度答えた。
「お腹……空いた……」
「なんだそりゃ」
僕の答えがよっぽど面白かったのか、ソイツは呵々(カカ)と笑い声を上げた。
そうして、僕の身体を抱えると、
「よし、じゃあ付いてこい。飯食わせてやるよ」
そう言って僕を引き摺りながら歩き出した。
「どうだ? 旨いか?」
夢中で食事を貪る僕が落ち着いた頃、目の前の彼――おそらく同じ年くらいの少年だ――がようやくかと言った風に口を開いた。
「うん、美味しいよ。ありがとう」
目の前の皿には何杯目かのスープが注がれていた。気持ち的には肉とかを食べたかったのだけど、しばらく何も食べていなかったのにそんなものを食べたら胃に悪いって事で、ほぼ具無しのスープが出されたのだ。ただ、しっかりと味が付いていて本当に美味しい。
「さて、そろそろ聞いていいか?」
「何を?」
スープを啜りながら返す。
「何であんな所で倒れてたんだ?」
「えっと、あそこで倒れてたのは単純にお腹が空いていたからだよ。路銀が尽きちゃってね」
「んだよ、文無しか。それでこっからどうすんだよ」
「この街が目的地だから、大丈夫だよ」
その台詞で彼はすぐに察しがついたらしい。
「なるほど、お前新入生か?」
この学園都市に子供が一人で来るなんて、それ以外に理由はないだろう。
「えっと、お前いくつだ」
「12歳だよ」
「同年かよ。つーことは、高等部に入るのか?」
「うん、そうだよ」
そう答えると、彼の雰囲気が急に陽気になった。
「マジか! 俺もなんだよ!」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、同級生か。よろしくね」
「おう、よろしく頼むぜ!」
ガッチリと握手を交わす。
入学前に知り合いができてよかった。正直、コミュニケーション能力には自信がないから、知らない人だらけのとこって嫌なんだよなぁ。
そんな事を考えていると、彼は少し表情を引き締めて、躊躇いがちに尋ねてきた。
「ところでお前……住むところは決まってんのか?」
何を訊くかと思えば、なんでそんなことを?
「ううん、まだだよ。今から探すトコ」
「ホントか!?」
彼の表情がパァッと明るくなった。
なんなんだ?
「なら、ここに住まねえか?」
「え?」
「ここ、学生寮の一つなんだけどよ」
両手を広げて、部屋をぐるりと示す。
「部屋空いてんだ。どうだ?」
ふぅむ。
確かに入学式が近い――おそらくもう明後日だ――から、住居を探す手間が省けるのは助かるけど、なんでさっき会ったばかりの僕に同じ寮をすすめるんだ? 彼も知り合いがいないから、今のうちに知り合いを増やしたいのかな?
そんな事を考えてみたけど、彼の語った理由はもっと単純なものだった。
「なんで僕を誘うの?」
「それが……もう入学式目前だってのに、まだ部屋が全然埋まらないんだよ」
「部屋が埋まらないのが君に関係あるの?」
「そりゃあるさ! だって、ここ俺んちでもあるし!」
そういうことか。
彼は住人であると同時に、大家――の息子かな――だったのか。
「このままだと収入がやべぇんだよ……」
そして理由が切実。
まぁ、お金が足りない辛さは僕もよく分かるし。身を持って分かったし。
命も助けてもらったし、ここは断るのも悪いかな。
「うん、いいよ。でも、知っての通り、僕はお金持ってないよ?」
「本当か!? あ、金なら大丈夫だ。今すぐ逼迫してるわけじゃねぇ。バイトでもして、金ができた時に払ってくれればいいから」
いいのかそれ。緩いな。
まぁでも、ユミル士官学校に入るということは身元がハッキリしているということだし。国外からだとなおさらだ。新入生というだけで、そこそこの信用度はある。
「よし、そうと決まれば、お前の部屋まで案内するぜ」
「ん、分かった」
「部屋は掃除してあっから、すぐにでも使えるぜ」
「そうなんだ」
「一応、入居シーズンだからな。全部屋の掃除は済ませてあるんだ。まぁ、入居者はほとんどこなかったけどな……」
「ははは……」
急に落ち込まれると返しづらいな。
「とりあえず今日はもう寝とけ。飯食ったとはいえ、まだ体調は戻ってねーだろ」
「あー、うん、そうだね。そうさせてもらうよ」
実際に、いま立ち上がったらフラッときた。
「あ、それと聞くの忘れてた」
「なにを?」
「名前」
「え?」
「名前だよ、名前。まだ聞いてねぇよな」
あぁ、そういえば名乗った覚えもないし、逆に彼の名前もまだ知らなかった。
名前聞いてないのに、寮に誘うって凄いな。
「俺はエインだ」
彼はそう言って、再び手を差し出してきた。
「僕の名前はソールだよ」
差し出された手をさっきよりも強く握る。
「ソールか。よろしくな!」
「うん、よろしく」
こうして僕は早速住居を決めたのだった。




