End of Prologue
「知らない天井だ」
目が覚めた僕は早速ネタに走っていた。最近、気絶慣れしてきているせいで、目が覚めた時にあんまり混乱しなくなった。これは果たして慣れていいものなのだろうか。
「ソール!」
耳のすぐ横でフィスが叫んだ。耳にキーンってきた。
顔を横に向けるとそこにはフィスと、黒髪の女の子がいた。さらに視線を巡らせると、僕が寝ているのは本当に見覚えのない部屋だった。
「ここは?」
「ここはネイルのおうちよ」
なるほど。確かによく見れば部屋の調度品に可愛らしいデザインのものが多い。あと何故か鰹節がぶら下がっている。え、なにあれ。食べるの? 非常食なの?
「もうたいへんだったのよ。ソールってばねちゃうし、手に大ケガしちゃうし」
怪我だって? 鵺との戦いでは大怪我って言うほどの傷は負っていなかったと思うけど。
腕を上げてみると、両手とも包帯がグルグルに巻かれていた。ただ、痛みはないし動かし辛いということもない。
「お母さんがなおしてくれたのよ」
あぁ、なるほど。包帯は一応ってことかな?
「ところで君は」
黒髪の女の子へ視線を向ける。
「?」
しかし僕の声が聞こえなかったのか、首を傾げられてしまった。
「君はノーリに囚われていた子だよね?」
改めて、今度は聞こえるようにハッキリと尋ねたが、
「?」
またも怪訝な顔をされてしまった。
あれ? 言葉が通じてない? でもさっき――練兵場では確かに会話してたと思うんだけど。
「その子、ヴィンガルフ語は分からないわよ」
「え、そうなの?」
じゃあ何で?
「えーっと、私は自分の国の言葉しか分からないの」
あ、でも聞き取れる。フィスは何言ってんだみたいな顔していた。というか、さっきは状況が状況だっただけにそこまで頭が回らなかったけど、今の言葉って。
「日本語?」
間違いなくそうだ。それなら僕が分かってフィスに通じない理由も分かる。もしかしてこの子って僕と同じ境遇?
と思ったんだけど、彼女から出た言葉はまるで違っていた。
「えっと、私は海皇国の出身で、だから言葉も海皇国のものだよ」
「海皇国?」
なんだろう。聞いたことがないな。華国とは違うのかな。
「華国の東。海を渡った先にある島国のことだよ」
「スカジ」
いつの間にか部屋に入ってきていたらしい。
華国自体が大陸の東の端まで続いていることを考えると、その更に東となると世界の端っこって言ってもいいくらい遠いんじゃないだろうか。しかも島国とは、まるで日本みたいだ。
「さて、ソールも目が覚めた事だし、ちょいと話をしようかね」
そう言ってネイルを呼び、部屋の中の椅子の一つに腰掛けた。ネイルが来てみんなが揃った所で、再びスカジが口を開いた。
「今回の顛末について簡単に教えるよ。アタシ達はベルナトッデ邸及び練兵場で、敵性戦力を撃破し、目標の奪還に成功した。ネイルもキーリを救い出せた」
「はいでございます。彼女には別室で休んでもらってるでございます。まだスカジ様に再生してもらった足が完全に定着していませんですから」
「ああ。そっちは少し経てば、自分の足で立てるようになるだろうさ。その後は新領主として擁立する。ま、辺境伯の血縁はあの子だけだ。文句は出まいさ。もし出てもアタシがなんとかしよう」
スカジの何とかするという言葉の頼もしさが尋常じゃない。
「だけど、キーリも国境付近の領地を治めるにはまだ勉強不足だろう。しばらくはネイル、アンタが補佐してやんな」
「よいのでございますか? スカジ様は国の政治にあまり干渉しない事を信条とされていたと思うのでございますが」
「今回は事情が事情だからね。手助けくらいはいいだろうさ」
事情。僕らが現領主を倒しちゃった事かな? てか、ノーリってどうなったんだろ。スカジが追っていったのは分かるけど……まさか殺した?
「了解しましたでございます」
「それで、今回助けた奴隷たちだけど、ちゃんとした奴隷商人に引き渡してきた。そもそもが奴隷として売られたんだから、帰る場所なんてないからね。自由だって放り出しても、何処かで野垂れ死ぬのが落ちだ」
確かにそうだ。奴隷と言っても、ヴィンガルフなら比較的まともに暮らしていける。真っ当に買われるなら、もしかしたら幸せな人生を送ることだって叶うかもしれない。
「で、アンタはどうするんだい?」
スカジが急に日本語……じゃなくて海皇国語で黒髪の女の子に尋ねた。
その子は質問を待っていたのか、準備していたかのように確りとした口調で答えた。
「私は、出来るなら私を救けてくれたこの2人に仕えたい」
「へ?」
仕えるって……えっと、僕に?
「私の国では受けた恩は必ず返さなければならない。命を助けられたのだから、命を懸けてお二人に仕えたい」
え、ええ。そんな事言われても。
「ちょっと、今なんて言ったのよ」
「えっと、僕達に仕えたいって」
「使う?」
「違う違う。えっと、つまりは僕達のお世話をしたいって」
「ふーん」
「ふーんって、お姉ちゃんはいいの?」
「いいも何も、好きにしたらいいじゃない。ソールはいやなの?」
「え? 僕は……」
どうなんだろう。
「でも僕は別にそういうつもりで助けたんじゃないし……」
「ソールはバカなの?」
「え」
何故いきなりバカ?
「私はいやかどうかきいたのよ」
いや、確かにそうだけど。
「どうなの? いいの? いやなの?」
「えっと、別に嫌って訳じゃない、けど」
「ならいいじゃない。よし、きまりね」
え、決まりなの? 本当に?
「ま、アタシは反対しないから好きにしな」
スカジからもお許しが出てしまった。
「駄目かな?」
女の子は縋るような目で僕を見てくる。
うぅ、そんな目をされたら断れない。
「えっと、うんと、じゃあ、あの、よろしく?」
僕がそう言うと、女の子の表情がパァッと明るくなった。
「じゃあ、これからよろしく!」
「う、うん」
女の子が僕とフィスの手を順番に取って、強く握りしめた。
「決定だね。ただしウチも3人も子供を見る余裕はないからね。悪いけどネイル。この子はアンタで面倒うみてやっておくれ」
「にゃ!? 私でございますか!」
完全に蚊帳の外な気分だったネイルは、突然の指名に驚きの声を上げた。
「あぁ、頼んだよ」
「うぅ、仕事がどんどん増えていくでございます」
「まぁさすがに給金は上げてやるさ」
「本当でございますか!?」
「本当だよ」
「なら頑張るでございますよ!」
給料が上がると聞いた途端、目に輝きが。なんて現金な人だ。
「そうなるなら大事なこと聞いておかないとね」
スカジははしゃぐネイルを余所に、女の子に尋ねた。
「アンタ、名前はなんて言うんだい?」
あ、そういえば名前まで聞いてなかった。
確かにそれは大事だ。というかなんで今まで聞こうとしてなかったんだよ僕。
そして彼女は一文字一文字を確認するように、ゆっくり名乗った。
「私の名前はカスミ=コガだよ」
こうしてテントリオの町へのお出掛けから始まった、異様に長い1日は幕を閉じた。
カスミはネイルと共にテントリオに残り、僕達に仕えるに相応しいスキルを学び、そして時々ネイルとスカジの家に遊びに来るようになった。ちなみに彼女は7歳で僕より一つ上、フィスと同い年だった。
フィスは相変わらずな感じだけど、お出かけ前と変わって、その髪には青いリボンが飾られるようになった。それを切っ掛けに色々な髪飾りに興味をもつようになったのだけど、それはまた別の話だ。
そして今回の件で力不足を感じた僕は、更に修行に力を入れることになった。それと、スカジに雷刃について注意を受けた。どうやら両手を負傷したのは、雷刃の威力に僕の腕が付いていけなかったかららしい。ものにするまでは修行以外での使用を禁じられた。でも、あれだけの威力の業だからなんとかものにしたい。
そうして勉学や修行に追われるように目まぐるしく日々は過ぎ、6年の歳月が流れ、僕は12歳になった。




