23話 ベルナトッデ邸の戦い(Ⅴ)
魔力を変換せず、ひたすらに右手に集中。集中。集中。集中。極限まで圧縮された魔力は行き場を求めて暴れまわる。己が右手すら内から壊さんとする。暴れようとする右手を左手で何とか押さえつける。僅かでも綻びれば、穿たれたダムのように決壊しかねない。震えながら右手を頭上に上げる。それは空手でありながら、武器を掲げる姿に似て。
臨界を突破。これ以上は保たない。
僕はこちらを睨め付ける鵺へと照準を合わせ、叫んだ。
「雷――」
魔力は開放され、雷は天へと昇っていく。僕はその戦槌を握りしめ、振り下ろした。
「――槌ッ!」
落とされた戦槌は轟音と共に止め処なく溢れでる。あっと言う間に制御を失った。荒れ狂う雷は360°全方位に奔り、その全てを蹂躙していく。練兵場内のありとあらゆるものを刺し貫き焼き尽くす。例え分厚い毛皮に覆われていても、僕の雷は防御の悉くを貫く。
雷は散々暴れまわると、魔力の供給切れと共になにもなかったかのように消え去った。合成獣化していた兵士の鎧が僅かに帯電しているくらいだ。
そして――さすがお姉ちゃん。防御障壁は健在で、中にいた人達も驚いてはいるものの無傷のようだ。
そして肝心の鵺は――いた。
雷を避けようとはしたのだろう、元いた場所から少し移動したところで痙攣している。バッチリ効いたみたいだ。けど倒すところまではいってない。このまま放っておけば回復し、また僕らを襲い始めるだろう。その前に決めないと。
「お姉ちゃん! そこにあるの取ってくれない!?」
「なにをよ!」
「その足元に落ちてるやつ――槍を!」
「これ? じゃあ投げるわよ!」
フィスの投げた槍は僕の所に飛んで、は来ずちょっと離れた所に飛んでいった。お姉ちゃんノーコン。
地面に刺さったそれを抜く。
これは最初にのした兵士のものだ。檻の近くに転がっていたままだったから、フィスが広範囲に魔法を使った時も僕の防御障壁で無事だった。
振ってみると、長いものの問題なく使えそうだ。というか思った以上にしっくりきた。
「グ、ガ」
なんて悠長にしていると鵺がもう動き出そうとしていた。なんて耐久力だ。
「けど、させない。これで――」
槍を構え、
「止めだ!」
全力で地面を蹴った。回避も防御も無視だ。ひたすらに真っ直ぐ加速してく。
鵺が何か察したように逃げようとしたが、雷のせいで思うように動けていない。僕は身体ごと槍を突き立てた。
フィスの魔法で体毛が焼け落ちた箇所に。
剣とは違い、ただ突くことに特化した槍は綺麗に火傷を捉え、その穂先を皮膚下へと突き立てた。
「もういっちょぉぉぉおお!」
そこからダメ押しで、僅かに残った魔力をすべて注ぎ込む。魔力は電気となり槍を伝い、鵺の体内へと流れこむ。
「ギィァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「ウォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
先ほどの雷槌でこっちの魔力はほとんど使い切っている。これで倒せなければ、僕はもう魔力がスッカラカンの役立たず状態になってしまう。だからここで倒しきらないと。
「グガッ! ガッ! グルォォォォオオオオ!」
だけど鵺も相当にしぶとい。こっちの魔力はもう底を突きそうだ。
いや、その前に絶対に倒す!
「倒れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
僕の魔力が尽きる直前、辺りが閃光に包まれた。
そして一瞬の白色のあと、色が戻った世界で僕の持つ槍は黒く染まっていた。先からボロボロと崩れていく。
どうやら雷撃に耐えられず、槍の方がダメになってしまったらしい。
「けど……なんとか間に合ったかな」
崩れていく槍の向こう。そこでは鵺が地面に倒れ伏していた。
呼吸は止まっている。身体も動かない――電気の影響で痙攣はしてるけど。その瞳も濁りきっていた。
確実に鵺は息絶えていた。
「ふう。さて、倒せたからっていつまでも余韻に浸ってなんかいられない。あの子達を早く檻から出してあげなきゃ」
僕はふらふらと蛇行しながらフィスの方へと駆け寄った。
「やったわねソール! さすが私の弟だわ」
フィスが満面の笑顔で迎えてくれた。
「有り難う御座います」
黒髪の女の子も嫋やかな笑顔を見せてくれている。
あぁ、これが僕の守れたものなんだな。なんて実感した。
「さて、じゃあ改めて鍵を壊さないと」
正直なところ、もう剣を振るのもしんどいのだけど、さっき1度斬ったおかげで、南京錠はかなりガタついている。これなら振らずとも、剣の重みだけで壊せそうだ。
試してみると、簡単に南京錠は壊れた。やっぱり壊れる直前くらいまでなってたらしい。
錠前が壊されたことで扉がゆっくりと開いていく。
「今更ですけど、助けに来ました」
「出ても、いいの?」
1番前にいた黒髪の女の子が聞いてきた。ちょっと怯えているようにも見える。なので、安心してもらうために出来るだけ笑顔を作った。
「もちろん。あなた達は自由だ」
「う、うん」
女の子がおずおずと檻から出て、何かを掴むように手を上げた。眩しそうに目を細めた彼女は自分の中の実感を噛みしめるように呟いた。
「空……広い」
遮るもののない空はどこまでも高かった。
女の子が檻を出たのを皮切りに、残りの人達もゾロゾロと檻から出てきた。みんな一様に、喜ぶよりも戸惑っているといった感じだった。これからどうしようと呟いている者もいた。そういえばこれからどうしよう。助けた後のことなんて全然考えてなかった。スカジはどうするつもりだったんだろう?
そう思って視線を動かした時、何かが視界の端で動いた。なんだろう? 軽い気持ちで更に視線を動かした僕はとんでもないものを見る羽目になった。
「嘘……だよね」
鵺が、立っていた。確かに倒したと思ったのに、ソイツはしっかりと4本の足で立ち、こちらを――僕を睨んでいた。
やばい、いま来られても戦う余力なんて残っていない。そして、檻に守られていた人達が今は外に出てしまっている。
「逃げ――」
叫ぶ暇もなく鵺は走りだした。その速度はさっきまでとは比べ物にならない程遅く、僕なら避けられる。けれど、戦闘能力も何もない普通の人達が咄嗟に避けられる速度ではなかった。
僕が避ければ後ろの彼らにぶつかるだろう。そうすると、おそらく何人かは死ぬ。
「くそっ」
迎撃するしか無い。
魔力は枯渇寸前、体力も限界。それでもなんとかするしかない。
今あるのはほんの少しの魔力と剣だけ。これでどうする? 何が出来る? どうしたらいい?
色んな考えが頭を巡るけれど、どれも実行が不可能か、決定打に欠ける。
唯一つを除いて。
「考えたことはある。こっそり練習したこともある。試したこともある。けど、上手くいったことはない」
そんな不確定な一手。どう考えても失敗する公算しか立たない。
「けど、これしかない。出来ないじゃ済まない。やらないといけないんだ」
近くにいたフィスと黒髪の女の子を庇う位置に立つ。
そして剣を抜くと、左手に乗せて腰溜めに構えた。いわゆる居合のポーズだ。
「落ち着け落ち着け落ち着け――」
鵺がどんどん迫ってくるが、焦っちゃいけない。焦ったら絶対に失敗する。これは緻密な魔力制御が鍵だ。だから落ち着け、僕。
深く呼吸をしながら、鵺をしっかり見て、魔力を操る。
――なんだろう?
不思議と鵺の動きが緩やかに見えてきた。呼吸も落ち着いているし、思考だってハッキリしている。魔力もスムーズに動かせる気がする。
――よし、いける。
鵺が間合いに入った瞬間、両手に溜めていた魔力を左右同時に放出。ただし、鵺に向けず、自分に向けて。
右手からは右向きに螺旋していく電気で剣を包み、左手からも右向きに螺旋していく電気で左肘までを包む。
瞬間、剣と僕の左手の間で強い反発力が生まれた。
僕はその力に逆らわず、勢いを利用して抜刀する。
「雷――」
自身の筋力から生まれる疾さに、反発力による速さがプラスされる。
それは未だかつて無いほどの速度の剣を――雷光が如き剣速を生み出した。
「――刃ッ」
稲妻そのものと錯覚する程の剣戟。アベルのような静かなる神速の剣とは違う。荒々しき凶暴なまでの轟撃。
音の壁をも打ち破るその瞬刃は回避も防御も不可能。
確実な死をもたらす死神の鎌。
しかし鵺は動物的勘か、間合いに這入る直前に進路を変えた。急な進路変更であったせいで、間合いから逃れきることは出来なかったけれど、死の顎からは逃れ得た。
僕の剣は鵺の右前足のみを切断した。
バランスを崩した鵺は自らの速度に振り回されるままに転倒した。
それも含めて大きなダメージだ。
けれど、
「今ので完全に魔力切れ――だ」
僕の魔力はもう絞り尽くした。すっからかんだ。そのせいで意識を保つことすら危うい。
けど、ここで倒れる訳にはいかないんだ。僕が、僕がみんなを守らないと!
そう思うんだけど、膝は僕の意に反して折れようとしている。腕も上がらないし、いつの間にか剣は地面に落ちていた。
くそ、何やってるんだ僕の身体は! 動け! 動けよ!
「ソール、よくやったわ」
ぽん、と肩に手が置かれた。
「はやくうごかないなら、いいの。よけられないなら、それでおわりなのよ」
フィスは優しい顔で僕を見て、すぐに強い瞳で鵺を見た。
「言ったでしょ? バシューってやればいけるって」
フィスはそう言うと、右手を鵺へ向けた。すると目の前にイフリートが表れた。
「イフリート、行くわよ。いい? ――うん、じゃあ行くわよ」
フィスの右手に魔力が集中する。無駄の多い僕とは違う、高密度の魔力だ。そしてそれが丸々イフリートの力になる。
「――いっけぇぇぇぇぇえ!」
限界まで高められた魔力がイフリートを押し、彼女は一つの弾丸となって鵺へと飛翔した。片足を失った鵺は避けるどころか、立つことすらままならず、まともにイフリートの一撃をその身に受ける。
炎然一体をなったイフリートの身体は鵺を文字通り貫通し、大きな風穴を開けたと思ったら、業炎がその身を包んだ。
「ガァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
身体の内から鵺が焼かれていく。強靭を誇った肉体は端から炭となり崩れ落ちていく。断末魔の叫びは鵺が焼きつくされる数十秒間も続いた。
「これで私たちのかちね!」
フィスのガッツポーズを決めた。それを見て安心したせいか僕の意識は急速に落ちていった。




