22話 ベルナトッデ邸の戦い(Ⅳ)
「ひ、ひひ、ふひひひ」
「何が可笑しいんだい?」
「は、早く戻らなくていいのか? 練兵場にはまだ私の作品達がいる。助けに行かないと、貴様のガキ共は殺されるぞ」
「ふん、そんなあからさまな誘導に引っかからないよ。それにあの子達は強い。そこらの魔物を合成した程度じゃ負けやしないさ」
「ひひひっ」
「だから何が可笑しいんだい」
「確かにあそこにいるのは粗悪品ばかりだが、合成魔人程ではないにしろ、1匹だけとても優秀な合成獣がいる」
「……なんだと?」
「ソイツは実に優秀でな。命令に忠実に従う。今している命令は何だと思う?」
「なんだ? もったいぶらずに言いな」
「ひ、ひひ。それはな……誰も逃がすな――だ」
「後ろ!」
声の主は檻に囚われている黒髪の少女だった。なんだろうと振り向いてみると、今まで微動だにしなかった男の身体が膨張し始めた。先の合成獣達と同様に、その姿を異形へと変化させていく。
そして僅か数秒でもはや人間とは全く別の存在へと為ってしまっていた。
人間の顔に毛むくじゃらの胴体、虎のような手足に蛇の尾。その姿はまさに合成獣だった。
「にしても、あの造形……どっかで見たような」
何となく記憶に引っかかる。僕はあれを知っている?
そんな風に悩んでいると、またも後ろから声が掛けられた。
「鵺」
先ほどの黒髪の少女と同じ声だ。
「え? 今なんて?」
振り向くと怪物から目を離すことになるので、正面を向いたまま尋ねる。
「蛇の尾に虎の手足、狸の胴体に猿の顔――今は人間の顔だけど。伝承ばかりで実在しない筈。でも、あれは鵺の特徴そのもの」
そうだ。前にネットかなんかで見たことがあるんだ。確か妖怪の一種だったはず。
「ねぇ、さっきから何を話してるのよ」
フィスが少し苛ついた様子で問い訪ねてきた。
「え、聞いてなかったの? あれは鵺っていう怪物かもしれないって」
「聞いてたけど、分からなかったのよ。私の知らない言葉でしゃべるんだもん」
フィスの知らない言葉だって?
フィスはスカジの教育のお蔭で三大列強の公用語は問題なく――語彙力はともかく――扱えたはずだ。それなのに知らないって? でも、僕は普通に会話してたよなぁ。
なんて考えていると少女から緊迫した声が発せられた。
「来る――っ」
「グルァァァァァアアア」
鵺が僕の悩みなんて意に介さず――当たり前だ――飛び込んできた。
「はやっ」
先の戦いから身体強化を継続してなかったら見えなかったであろう程の速度だ。少女の忠告のお蔭で遅れる事無く反応でき、咄嗟にフィスと左右に散った。一瞬前まで僕等がいた空間を鵺の爪が切り裂く。
考え事は後だ。今はとにかく鵺を倒すことに専念しないと!
「お姉ちゃん!」
「分かってるわよ!」
「炎弾」「ウンディーネ!」
丁度、挟んだ形になったので左右から魔法。で十字砲火を行う――がアッサリと回避されてしまった。必中のタイミングだと思ったのに。
鵺は僕から見て大きく右から迂回し、僕へと襲い掛かってきた。これまた目で追うのがやっとな程の速度で。
当然繰り出される爪や牙、はたまた蛇の尾の攻撃も避けるので精一杯だ。しかもその一撃一撃が見るからに重い。掠ってもいないのに服は裂かれるし、踏み込んでいる地面が割れている。多分、まともに食らったら身体強化している今の状態でも、悪ければ死ぬ。防御障壁を張れればいいんだけど、今の僕の技術では高速で動きながらは無理だ。それにどうせ張っても、この威力なら保って2発。希望的観測で。
「こんのぉ!」
無視されているのが嫌なのか、僕の援護なのか――後者であって欲しい――フィスが遠距離から魔法を鵺のガラ空きの胴体へ放つ。
しかし、それも鵺は余裕で躱し、次はフィスへと攻撃目標を変えた。フィスとの距離を詰めるのも一瞬だ。瞬きでもしようものなら、おそらくその隙に死ぬ。
ギリギリで躱していた僕と違い、魔法に長けるフィスは局地的な防御障壁で鵺の攻撃を防いでいくが、やはり防戦一方になっているようだ。今度はこっちが援護射撃をする番だな。
死角に回りながら炎弾や氷弾を撃ち込む。後ろに目が付いていないなら反応すら出来ないはずなんだけど、残念ながら鵺には後ろにも目があった。蛇の尾が後方からの攻撃を敏感に察知し、鵺はいとも簡単に回避した。
「なら、こうだ!」
未だにフィスを向く鵺へ炎弾を連射しながら近づき、剣で斬りつけた。しかしと言うか、やはりと言うか、それも鵺は軽々と躱してみせる。
けど僅かに隙は出来たようで、ウンディーネが攻勢に回った。
「マジでか」
見てからの回避余裕でした。と言わんばかりに鵺は僕らの攻撃のことごとくを避け、あまつさえ反撃してきた。
「もう! なんなのよコイツ!」
フィスが癇癪を起こすのも頷けるほどに攻撃が当たらない。
「あー! ムカついた! これでもくらえ!」
フィスが急速に魔力を貯め始めた。
あ、これヤバイやつだ。
フィスと協力してスカジと闘っている時も度々あった感じ。
僕は急いでそこから離脱すると、檻の前で可能な限りの速さで防御障壁を展開した。
「どっかーーーん!!」
フィス的にはあれが魔法名らしい。
ただ名前とは裏腹に、名前の通りかもしれないけど、高威力の爆発魔法が炸裂した。フィスを中心に広範囲に。ピンポイントの攻撃が避けられるなら、逃げ場のないくらい広い範囲を攻撃すればいい。
確かにそうだけど、それ仲間も食らうから!
最初にかまされた時はスカジが僕を入れて障壁を張ってくれたから助かった。今は檻ごと奴隷の人達を障壁の中に入れたから大丈夫。
練兵場の中を隙間がないほどにフィスの炎が包み、何もかもを燃やし尽くす。ウルが向こうの方にいたけど、まぁ大丈夫でしょ。そもそも精霊だし。精霊は肉体的ダメージでは死なないってスカジも言ってたし。
爆発が終わり、舞い上がった砂埃で周囲は見えない。油断は禁物だけど……。
「これならやっつけたでしょ!」
しかしフィスが復活の呪文を唱えてしまった。アカン。それやってないヤツや!
そういうのは置いといて、今の台詞は明らかにフィスは油断している。嫌な予感がしたのも含めて急いでフィスへと駆け寄る。すると、砂埃の向こうから、強烈な殺気を感じた。
「お姉ちゃん!」
叫びながら体当たりをするぐらいの勢いでフィスを抱えて横に飛ぶ。間一髪、鵺が飛び込んできてフィスのいた場所を踏み砕いた。その風圧で周囲の砂埃が吹き飛ばされる。
視界が晴れた先にいたのは、ほぼ無傷の鵺だった。ちょっと毛の先が焦げてるかなってくらいだ。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
見るとフィスの頬がムスっと膨らんでいる。
「だいじょうぶよっ。ていうか、ホントなんなのよコイツ!」
フィスが僕の手から抜け出ると地団駄を踏んだ。
確かに。速いだけじゃなくて頑丈とか、勘弁して欲しい。
「それにしても、お姉ちゃんの魔法でも倒せないとなるとどうしよう」
「たおせるわよ!」
いや、倒せてないじゃん。
「きっとバーってやったからダメなのよ。バシューってやんないと」
フィスはバーっと手を広げて、バシューっと手を伸ばした。身振り手振りで何か説明したいのは分かるけど、意味が分からないので意味が無い。
「ガァァァァァアアア!」
攻撃の後ちょっと静止していた鵺が動き出した。フィスを狙って。
なんか怒ってるぽい。もしかしてそれなりに効いていたのかな? 痛かった程度のものかもしれないけど。
「うるっさい!」
あぁ、こっちも怒ってる。フィスは鵺の攻撃に対して、防御障壁を起用に展開しつつ魔法を放っていく。今度は鵺は躱しはせずに一心不乱にフィスを攻め続けている。だから魔法は当たりまくっているんだけど、ダメージを食らっている様子はない。まぁ、さっきの広範囲魔法を食らっても無傷なんだから、虚仮威し程度の魔法じゃ意にも介さないか。
「なんて、冷静に観察してる場合じゃないよねっ」
僕は剣を握り直し、斬りかかった。鵺はこちらの攻撃も避けないんだけど、やっぱりというかこちらの剣も通らなかった。分厚い毛皮に遮られて刃が通らないのだ。これじゃ鈍器で叩いているのと変わらない。むしろ、叩くことが目的な鈍器のほうがマシかもしれない。
鵺の攻撃は苛烈を極め、一向に衰える気配がない。対してフィスは魔力残量は問題なさそうだけど、目に見えて疲弊してきている。いくら強いと言っても、まだ7歳の女の子なのだから当然だ。むしろこんな化物を相手にまともに戦える7歳がおかしいんだ。
僕だってかなり疲れてきている。早く何か手を打たないと、このままじゃ確実に押し切られる。
チラリとウルを見てみたけれど、扉の前から動く気配がない。
スカジの誰も通すなという命令を最優先で守っているからだろう。ウルがあまりに人間ぽいから忘れそうになるけれど、精霊というのは主人の命令以外のことは行えない。行わないじゃなく、行えない。だから多分ウルの助勢は期待しないほうがいいだろう。
となるとやっぱり自分たちでなんとかしないと。
何か突破口はないか。
そう思って攻撃よりも観察に主眼を置いていると、気付いたことがあった。
(さっきのフィスの魔法。思ったより効いているんだな)
よく見ると所々の体毛が燃え落ち、火傷を負っている。剣で斬るには厳しいくらいの大きさだけど、それでもダメージを負っている事の証左に他ならない。
この火傷部分を何とか攻撃できないだろうか。剣を皮膚下まで通すことが出来れば、大きなダメージを与えられる手段はあるんだけど。でも剣の刃の大きさでは通りそうにない。いや、針の穴を通すほどの技術があればいけそうだけど、生憎そこまでの腕は僕にはない。
どうするどうするどうする――。
その時、視界の端にある物が過ぎった。
アレが使えれば行けるかもしれない。けど、やっぱり高速で動き回る敵に対して、ピンポイントで攻撃を当てられるだろうか。相当に厳しい。
「きゃっ」
悲鳴に顔を向けてみると、障壁の展開が間に合わずフィスの杖が弾き飛ばされていた。
杖がなくても魔法や精霊の行使にそれほど問題はない。けれど問題はそこじゃない。魔法の発動が追いつかないほどに、フィスが疲れて集中力が鈍っている。ここまで来ると後は早い。もうすぐにでも均衡は崩れ、フィスは鵺の爪の餌食になるだろう。
制御が不安だったから使わずにいた手があるけど、もう悩んでいる暇なんてない。
「お姉ちゃん! 今すぐ檻まで行って防御障壁を張って」
「なんでよ!」
「お願いだから!」
「もう、しかたないわね!」
弟のお願いを聞くのは姉の役目だもんね。なんて言いながらフィスはすぐに檻へと向かった。
そうするともちろん鵺も後を追う。けど、
「させるか!」
僕は鵺の前に飛び出して目を切りつけた。これで眼球を傷付けられたら良かったんだけど、さすがにそこまで上手くはいかない。ちょっと怯んだくらいだった。けど、それで十分。フィスは檻の前に到達し、即座に防御書癖を展開した。
僕は全開で魔力炉を回転させ、出来るだけ多くの魔力を充填する。
「グルァ!」
目を切られたことが相当頭にきたのか、鵺は攻撃目標を僕と定めたらしい。これは好都合だ。剣を納め、魔力を溜めながら全力で檻から離れた位置まで走る。
(いち、にの――さんっ)
ヘッドスライディングの要領で身を伏せると、すぐ上を呻りを上げながら鵺が通過していった。こえー。
けど、これで準備は万端だ!




