20話 ベルナトッデ邸の戦い(Ⅱ)
ノーリの後を追ったスカジは、扉の先にあった部屋へと飛び込んだ。
少し狭いながらも、それなりに豪華に作られたその部屋で、ノーリと護衛の男が待ち構えていた。
「ふん、随分と短い逃亡劇だったね」
驚くほど冷たい口調で、スカジは現状を吐き捨てた。
「き、貴様は何なんだ!?」
「何度その問いをする気だい? アタシがいくら寛容でもいい加減飽きちまうよ」
冷たさに呆れがブレンドされる。
「そもそもアンタは質問をする側じゃない。答える側だ」
スカジは追い込むように一歩だけ詰め寄る。
「さぁ答えな。アンタは誰に会った?」
問いは、他の人間が聞けば首を傾げたくなるようなとても抽象的なものだった。しかしノーリの頭にはハッキリとある人物が浮かんでいた。そしてそのお陰で、急な事に動転していた頭に一つのものが思い浮かんだ。
「捕らえろぉ!」
ノーリは唾を飛ばしながら横に控えていた男へ魔力を込めた指示を出した。すると、先ほどまで我関せずとまでに動かなかった男が激的に動き出した。
瞬間移動をしたのかと思うほどの速度で動いた男は、声を上げる隙さえ与えずスカジの首を掴み、壁へと叩きつけた。
「がっ――」
人間とは思えない膂力で抑えつけられ、スカジは抵抗するという選択肢すら奪われた。
「ひ、ひひっ。そうさ。貴様が何かは知らんが、私にはコレがあるのだ」
引き攣った笑いのままノーリが無防備にスカジへと近づいていく。未だ正体不明な女への恐怖心はあるものの、捕らえられた女はもはや収集され磔にされた昆虫も同然。何も出来やしないのだ。その認識がノーリの心に余裕を生み始めていた。
対するスカジは、拘束から必至に抜けだそうと藻掻くものの、相手の力が強すぎるせいで、その全てが徒労に終わっていた。
足掻きを続けるスカジをノーリが粘りつくような視線で観察する。
「無駄だ無駄だ。コレにはどんな人間であろうとも敵わんよ。なにせ私の最高傑作だからな」
「最高……傑作?」
呼吸に苦しみながらも、スカジが引っ掛かった言葉を復唱する。
「そうだ」
自分のおもちゃを自慢する子どものように、しかし歪みきった醜悪な笑みを浮かべて、ノーリは護衛の男のフードに手を掛けた。
「コイツが錬成術師たる私の最高傑作だ!」
フードを取り去ったソコにあったのは。
「なんだ、コイツは」
ソレを何と表現したらよいのか。
顔の基本は、そう、確かに人間だろう。目が2つに鼻が1つ、そして口が1つある。配置に関しても変わったところはない。しかし、そのどれもが別のものだった。
鼻は豚のように突きい出て。口は肉食獣のように大きく裂け。そして、目は昆虫のように複数の眼球が蠢いていた。
「まさか……合成獣か」
「ひひ、ご名答。そしてベースになった人間は誰か分かるかね?」
「ベースの人間だって?」
そんなものスカジに分かるわけがない。ノーリとは初対面で、彼が利用しそうな人間の心当たりなどない。適当に買った奴隷からなら一層分かるわけがない。だが、それならばノーリがそんな質問をするだろうか。初対面であるスカジにも想像のつく人物を使ったのではないか。そう、少なくともこの屋敷にやってくるような人間なら知っていて当たり前のような。ある程度の知名度とノーリに関連した人物。そこまで考えて、スカジは吐き気のする答えに辿り着いた。
「アンタ……自分の兄を使ったね」
「ひひひ! 正解だ! その通りだ! 愚兄を使ってやったのさ」
「クズが」
「何を言っているんだ? 何も見えていない愚図で無能な兄を、こんな素晴らしい姿にしてやったんだ。むしろ感謝されてもいいくらいだろう」
そう言うノーリの目は、本当に一片の疑いもなくそう思っているのだと語っていた。傲慢と狂気が生み出す純粋さ。それは到底普通の人間には理解できるものではない。
「だが、人語を解し、ましてや命令を聞けるほど知性が発達した合成獣の錬成なんて未だ誰も成功したことがないはず。それをどうやって」
「それは私が天才だったからだ。しかしそんな私の才能に気付かず、この愚兄は父の跡を継いだ途端、研究費用はもう出さない等と言ったのだ。しかも実験材料にしていた奴隷共にも気付き、衛兵に突き出すと。少し失敗が込んでいただけだと言うのに! 錬成術の発展には犠牲は付きものだというのに! そんな先見の明のない者が領主など、片腹痛いわ!」
ノーリはその時の苛立ちを思い出し、傍にあった机を壊さんばかりの勢いで蹴りつけた。
「……失敗続きと言ったね。それが何のきっかけで成功したんだい?」
「言ったろう。私が天才」
「協力者がいたからだろ?」
答えを遮って発言したスカジを、ノーリは怒りよりも驚きの目で見た。
「……」
「研究に行き詰まった時、表れたんじゃないのかい? ソイツが」
「貴様、本当に何者だ? 何処まで知っている?」
「さぁね。何も知らないさ。だから教えて欲しいのさ」
「ふん、まぁいい。そうだ。貴様の言うとおりだ。愚兄の浅慮さにより一つの才能が潰えようとしていたその時、あの方は表れたのだ」
何もかもを下に見ているノーリだが、その者を口にする時だけはっきりと尊敬の念を舌に乗せていた。
「あの方は言った。自分だけでは叶わないけれど、私のような天才がコレを扱えばきっと全てが叶う、と」
「コレ?」
「言わば錬成の知識さ。失われた、ね」
ノーリはそう言って1つの書物を懐から取り出した。
「天才たる私はコレを手に入れ、全てを知った。道が開けたとはあの時のような事を言うのだろう。そうして私は次々と錬成を成功させた。そしてついに、魔物と人間の合成獣の錬成に成功したのだ! 新たなる合成獣。合成魔人を!」
ノーリは恍惚の眼差しで合成魔人を見た。
「ひひひ、あんな愚かな兄でも魔物との合成適正値は高くてな。ひひひ、誰にでも取り柄の1つくらいはあるものだ」
説明している内に気分が乗ってきたノーリは更に続ける。
「貴様も体験したであろう。人や魔物を遥かに超えたスピードにパワー! そして命令を解し服従する知性! どれもが既存の合成獣になかったものだ! さらに合成魔人は複数の魔物との複合体だ。視力聴力嗅覚触覚までもが他の生物を凌駕する! ひ、ひひひひ!」
自分の最高傑作を自慢できて最高にテンションの上がったノーリの瞳は、いつか下賎な色を含んでスカジの身体を見るようになっていた。
「ひ。よく見ると貴様、中々美しい顔をしているではないか」
顔と言いながらも、ノーリの視線はスカジの身体を上から下まで舐め回すように這いずっている。
「ひひひ。もしこれまでの私への非礼を詫びて、服従を誓うなら、妾として置いてやらんでもないぞ?」
「何を言っているんだい」
「慈悲深くも優しい私が、命を助けてやろうと言っているのだ」
「本気で言っているのかい?」
「もちろんだ。命が助かるどころか、優秀な私の、優秀な子を授かる機会すら与えてやろうというのだ。考えるまでもないと思うがね」
ノーリは本気だった。その発言の全てが自然に彼の口から出たものだった。むしろ、己の器の大きさに酔いしれているほどだった。
しかしスカジが合成魔人の拘束から逃れ得ないのは事実。合成魔人が少し力を加えるだけで、首は枯れ木のように折れ、スカジはその命を失うことだろう。命が惜しくば選択の余地は確かになかった。
「さぁどうするね? ん?」
命の取捨選択。その人生の最後にもなるかもしれない問いへスカジは逡巡することもなく答えた。
「アンタみたいな腐った男のナニが役に立つのかい? まさかナニまで錬成したなんて言わないでおくれよ」
想像していたどの答えとも違っていた為に、ナールは何を言われているか分からなかった。だが理解したその瞬間、彼の頭は怒りで真っ赤に染まった。
「殺せぇ!」
命令からタイムラグなしで合成魔人はその腕に力を込めた。そして骨が砕ける音が部屋に響いた。
「はぁっはぁっはぁ……チッ。凡愚が。ものの道理さえ理解できんとは」
明確な死の音にいくらか落ち着きを取り戻したノーリは額の汗を拭った。
「ソレを外に捨ててこい。ついでに外にいたコイツの仲間が残ってたら一緒に片付けてこい」
死体も見ずに背を向けたノーリは、面倒な事後処理ごと投げ捨てるように合成魔人へと命令する。しかし何故か合成魔人は動こうとしなかった。
「おい、聞いているのか! さっさと――」
動かない合成魔人を一喝すべく振り向いた時、ノーリは悟った。合成魔人が動かないのではなく、動けないのだと。
「なんだい? コイツを捨てて来ればいいのかい?」
ノーリの目に写ったのは、何事も無かったかのように立っているスカジと、腕を折られ首を掴んで持ち上げられている合成魔人の姿だった。先ほどの骨の砕ける音は合成魔人の腕が折れた音だったのだ。
「なん……だと」
「さて合成魔人よ。アタシはアンタに恨みはないがね。そうなってしまっては戻ることも出来ないだろうさ。ここで殺してやるのがアタシのせめてもの優しさだよ」
そう言ってスカジは少し哀しい顔をすると、空いていた手で氷の杭を創りだし、合成魔人の心臓に突き立てた。更に突き立てられた氷杭から無数の棘が生まれ、合成魔人はあっという間に氷の針鼠となった。
「さて、アンタ自慢の合成魔人とやらは死んだよ。まだ抵抗する気力はあるかい?」
ノーリ自身には戦闘能力はほぼない。この現状は明らかにノーリの敗北を告げていた。
しかしノーリは嗤う。
「ひ、ひひひ。馬鹿め」
「?」
背筋を嫌な予感が走り、スカジは咄嗟に横に跳んだ。すると先程までいた場所を合成魔人が踏み抜いた。
「なっ!?」
合成魔人は確実に殺したはず。それだと言うのに、目の前に表れた合成魔人は見たところ傷ひとつ負っていない。死体のあったところを見ると、血溜まりこそ残っているが、死体はそこにはもう無かった。
(どうなってるんだい?)
スカジは驚きながらも冷静なまま合成魔人の追撃を躱す。
「絶対断絶の凍爪ッ」
極限まで薄く鋭く研がれたほぼ不可視の氷の刃がスカジの五指から伸び、その氷爪は合成魔人の腕をいとも簡単に切り落とした。
しかし腕の断面で肉が蠢いたかと思うと、数秒もしない内に腕は元通りに生えた。
「まさか――再生能力か」
「ひひひ。そうさ。合成魔人の真の素晴らしさはパワーでもスピードでもない。その再生能力だ! 殺しても殺しても決して死なない。不死の化物なのさぁ!」
狭い室内で天井も利用して縦横無尽に駆けるスカジと、ノーリを守りながらも次々と致死の一撃を繰り出してくる合成魔人。その拳を振るう度に壁は抉れ、床は弾け、家具は粉砕される。
(速い。強い。加えて尋常ならざる再生能力。コイツはフィスやソールの手には余るね。あの子達と当たらなくて幸いといった所だね)
そんな暴風雨のような攻撃の中、スカジは幾度も合成魔人に攻撃を加えるが、その悉くは瞬く間に再生していく。
(最高傑作ってことは、あそこに残った敵の中に、コイツほどの者はいないとは思うけれど、大丈夫かね。まぁ、ウルを残していっているから心配はいらないだろうけどね)
2人と1体のいた部屋はいまや見るも無残な様相になっている。
(ま、コイツを倒して聞きたいことを聞いて、さっさと戻ったほうがいいかね)
スカジは行動指針をそう決定づけると、逃げ回っていた速度とは比べ物にならないほどの速さで移動し、合成魔人の前に立った。少し遅れて空気の破裂するような音が部屋の中に炸裂し、合成魔人の後ろにいたはずのノーリが吹き飛んだ。ノーリは知るはずもないが、それは音速を超えた時に発生する衝撃波だった。
「今まで不死の化物とは何度か遭ったけど。本当に絶対に何をしても死なない、なんてヤツは独りしか知らないよ。アンタはどうだろうね」
スカジは合成魔人の胸に手を当てると一言だけ呟いた。
「炎獄葬棺」
瞬間、合成魔人の身体が炎に包まれた。しかも合成魔人の身体のみが。周囲の家具や雑貨、さらにはノーリには一切燃え移らない。しかし合成魔人だけは想像もできないような高熱で。そのあまりにもの熱量に、合成魔人は長く苦しむことはなく僅か数秒で灰と化した。いや、灰すら残らず、影だけとなった。
「せめて魂は安らかに」
燃えて天に召したナールに祈りを捧げる。それは彼を殺す術しか持たないスカジの、精一杯の贖罪だった。
「さて、じゃあ聞きたいことを聞こうかね」
こうして部屋に残されたのは咎人のみ。




