19話 ベルナトッデ邸の戦い(Ⅰ)
前回までのあらすじ。
ヴィンガルフ王国の北東端に位置する町テントリオ。そこに買い物に来ていた僕、フィス、スカジ、ウル。僕らはそこで違法に集められたと思しき奴隷を発見する。その奴隷を集めているのが最近領主になったばかりのノーリ・ベルナトッデ辺境伯であると、スカジの部下でヴィンガルフ北部情報収集担当である猫小神族のネイルから聞く。情報を収集した後、僕らは奴隷を救いにベルナトッデ辺境伯の屋敷がある、ルギディア帝国との国境にある砦街フェーンシーへと向かった。スカジの人脈と隠蔽魔法で僕らはベルナトッデ辺境伯の屋敷へと忍びこむのだった。
「にしてもあっさり行き過ぎだよなぁ」
僕らはさしたる苦労もなくベルナトッデの屋敷の前まで来ていた。正確にはその裏手にある練兵場だけど。ネイルは先ほど別れて、末の娘を救出すべく単独で屋敷へと向かった。
「なにぶつぶつ言ってるの?」
「ううん、何でもないよお姉ちゃん」
「ふーん。変なソール」
「こら。遊びに来てるんじゃないんだ。ここはもう敵陣の中だって分かっているかい? 油断するんじゃないよ」
「うん、ごめん」
そうだ。ちょっとスカジがチートキャラかってくらいの性能を発揮して簡単に散歩でもするかのようにここまで来たけれど、ここからはさすがにそうも行かないだろう。それに元々奴隷を助けたいって言ったのは僕なんだ。僕が自分で助けるくらいの気持ちで行かないと。スカジにばかり頼っちゃいけない。
不可視状態になっているとはいえ、全く見えないわけじゃない。建物の影に隠れるようにして、僕らは練兵場の入り口を窺える場所まで来た。
練兵場の入り口には警備をしているらしき2人の兵士が扉を挟むように立っていた。雰囲気で彼らが強いことが分かる。そりゃそうだ。正規兵っていうのは国を守るべく日夜訓練をしている者達だ。一兵卒に至るまで鍛えられている。主人公が雑魚を一掃していくようなゲームやマンガとは違うんだ。兵士が弱いわけがない。
「どうするの? これじゃさすがに入れないよ」
「そうだね。まぁ、ここはアタシに任せておきな」
スカジはそう言うと隠者の隠れ家を解除し、普通に歩いて行った。ちょっとフラフラしながら。
「止まれ!」
当然のように兵士に咎められる。それでもスカジは怪しい足取りで扉へと近づいていく。
様子が変だと思ったのか、兵士の1人が心配そうな顔つきになってスカジに駆け寄ってきた。
「どうした? 大丈夫か?」
そうしてスカジを支えようと兵士が手を出した瞬間、スカジの胸の間から太い腕が生えた。いや、あれはウルの手だ。ウルを喚び出したのか。
飛び出した手は兵士の顎先を捉え、一瞬で意識を刈り取った。
「なっ」
扉の横で様子を見ていた兵士が驚愕に目を見開いたと同時、意識を失った兵士の身体が放り投げられたきた。そして咄嗟に仲間を受け止めた時には死角を利用したスカジが直ぐ横に来ていた。
「お勤めご苦労様」
こめかみを指で弾いたかと思ったら、その兵士も意識を失いその場に倒れ伏した。
こうして数秒で屈強な門番が2人倒されてしまった。こうしてみると兵士が弱いみたいに見えるけど、スカジが強すぎるんだと思う。そもそも谷間から腕が生えるなんて思わないよね、普通。
「他に兵士の気配はないようだね。こっちに来ても大丈夫だよ」
呼ばれるままに僕とフィスが扉へと駆け寄る。
「さすがお母さん!」
「ありがとうよ。けど、真面目に働く兵士を昏倒させるなんて、あんまり褒められた事じゃないけどね」
母子で話している間、ウルが倒れた兵士2人を壁際に寄せて寝かせていた。ちょっとシュールな光景だ。
「拘束とかしなくていいの?」
「ん? あぁ、そこまでする必要はないさ。拘束なんてしてしまったら、もし彼らの身に危険が迫った時困るだろ? それに、目を覚ます前に用事を済ませればいいだけだからね」
それもそうなのかな? まぁスカジが言うんだからいっか。
「それより中に這入るよ。ここからは掛け値なしに危険な場所だ。覚悟はいいね?」
「うん」「もちろんよっ」
「よし。じゃあ行こうか」
スカジが手をかざすと、扉は僕らを迎え入れるように開いた。
「解錠の魔法なんてあるんだ?」
「いや、鍵を壊しただけだよ」
「あぁ、そう……」
思ったより強引だった。
扉の先は通路になっていた。大人二人が丁度すれ違えるくらいの幅で、天井はやや高い。槍を持って歩いても大丈夫なくらい。そのまま進むと広間があり、さらに進むとまた通路になっていた。ここまで人の気配なし。1分も歩かない内に通路の出口へと着いた。その先は練兵場。そしてそこには、嫌だったけれど、それでも予想を裏切らない光景が待っていた。
「誰だ貴様らは!」
僕らにほど近い場所にいた兵士が叫んだ。
練兵場内には中心に固まるように兵士が10人ほど。奥に2人の護衛らしき男を従えた、豪華な服を着た中年の男。おそらくアイツが新領主だろう。
そして彼らの中心には一つの大きな檻があった。中にいたのは――奴隷たちだった。僕と目が合った女の子もいる。先刻は気付かなかったけど、黒い髪に黒い瞳をしている。日本ならともかく、この世界では珍しい。今すぐ走って行って助けてあげたいんだけど、生憎ウルにガッチリと肩を掴まれていた。
「誰だと聞いている!」
何も答えない僕らに同じ問いが再び投げかけられる。
「ソイツらは非合法な手段で手に入れた奴隷で間違いないかい?」
スカジは兵士を無視して、奥のノーリに質問した。
「何のことだ。そして貴様らは何者だ」
神経質そうな、甲高い声でノーリが答えた。
「父親と兄を殺したのもアンタかい?」
スカジは質問に答える気はない、とでも言うように更に問いを重ねた。
「チッ。下民が。疾く私の質問に答えろ!」
無視されることが相当気に食わなかったんだろう。一瞬で激昂した。
「父親と兄を殺すよう唆したのは誰だい?」
なおもスカジは問いを続けるが、その内容は先程のものから変わっていた。唆した? これはノーリが単独で行ったことじゃないのか?
その質問は効果的だったらしく、ノーリの顔色があっという間に変わった。
「貴様、何者だ」
図星だったのか。ついさっきまで怒りを露わにしていたノーリの声が、弱々しく震えだした。
「ふん、少し詳しく聞く必要があるね」
スカジはそう呟くと、無防備に歩き出した。
と思ったらノーリの目の前まで言っていた。
「え?」
いつの間に?
いま一瞬で向こう――彼我の距離は30mはある――に行かなかったか? 僕からは普通に歩いている姿しか見えなかったけど。まるで切り取り編集したビデオを見せられてるような光景だった。
誰も反応できないまま、誰にも邪魔されないままスカジはノーリへと手を伸ばした。しかし、その手が届く直前で護衛の男が身体を割りこませた。フードを被っていて顔は見えないが、異様な雰囲気を放っている。
「ひっ!?」
その段階になってようやくノーリが声を上げ、周囲にいた兵士たちもノーリへと振り向いた。
「な、ななな何なんだ貴様は!」
「質問するのはこっちだ。アンタじゃない」
「くっ。お前ら! 何をしているんだ! 早くコイツを捕らえろ!」
ノーリの言葉でようやく自分が何をすべきか解した兵士たちが一斉に走り出す。ノーリも後ろの扉へと駆け出した。スカジの前に立ちはだかっていた護衛の男もノーリに追従して扉へと向かった。
「ウル! ここから先は誰も通すんじゃないよ! フィス! ソール! ここは任せたよ! 魔法も精霊も制限なく使っていいからね!」
スカジは僕らへと振り向くと、大声で叫び、直ぐに踵を返してノーリを追った。ノーリと護衛とスカジの3人が扉の向こうへ消えると、ウルは目にも止まらない速さで兵士たちを追い越し、扉の前で立ちふさがった。
「なっ」
あまりにもの速さに兵士たちが驚き立ち止まる。ノーリを追いたいけれど、目の前の男の得体の知れなさに二の足を踏んでいるといった風だ。
「ソール。私たちはどうするの?」
「え?」
「お母さんが言ったでしょ。ここは任せるって」
そうだ。確かにそう言った。
僕たちはどうするか。
現状、僕とフィスが練兵場入り口に並んで立っている。ウルは反対側の扉の前で後続を抑えている。ノーリの護衛らしき男の片方は奥の扉の向こうへ言ったが、1人は微動だにしないまま残っている。10人の兵士の半分はウルと睨み合っていて、もう半分は檻を囲んでいる。檻の中には十数人の奴隷が囚われている。
ここで僕がすること。そんなのは決まっている。
「囚われている人たちを助けよう」
「分かった」
僕らが檻へと駆け出すと、檻を守っていた兵士たちが僕らに気付いて振り向いた。
「貴様ら何をしている!」
もちろん彼らを助けに。なんて声には出さず、無言のまま剣を抜く。それでハッキリと敵と認識されたのだろう。兵士たちも構えをとった。しかし僕らが子どもなせいか、油断しきっている。
「ガキが!」
槍の穂先ではなく柄の方をこちらに向け、無造作に振ってきた。寝ながらでも躱せそうな攻撃だ。攻撃というか、邪魔そうだから払う、そんな雑さだ。
これはチャンスだ。舐められている内に数を減らす!
僕は振られた槍を剣で弾くと、無防備に晒された胴体へ向かって魔法を放った。
「炎弾!」
炎の弾丸が兵士の胴体に着弾、爆発した。
「ごふっ」
身体がくの字に曲がる。
「1人目!」
下がってきた頭に狙いをすまし、剣の腹で強打すると兵士の目がひっくり返った。
続いて近くの兵士へと駆ける。子どもに仲間が打ち倒されたのが信じられないのか、まだ戦闘態勢に入っていない。突き出されただけの槍を躱し、顎先を拳で打ちぬく。
「これで2人」
倒れる兵士に目もくれず3人めへと向かう。フィスも2人を倒したらしく、残った最後の1人へと同時に向かっていた。
「なっなっ」
「「3人目!」」
別方向から同時に向かってくる僕たちに対処しきれないまま、最後の兵士は二撃同時に受けて昏倒した。最後の兵士が1番痛そうだったな。
「らくしょうね!」
フィスが得意満面でサムズアップしてきた。見るとフィスが相手したであろう2人の兵士が倒れている。血を流してるけど、死んではいないっぽい。
さらに向こうではウルが襲い掛かってくる兵士を千切っては投げ千切っては投げ、簡単にあしらっていた。
これで兵士はもういいか。
ただ、ノーリの護衛らしき男が未だ何もせずに立ち尽くしているのが不気味だ。ここまで仲間を倒されてどうして動かない? しかもあの男の雰囲気……もの凄く嫌な感じがする。
けど、動かない奴にこっちから戦いを吹っ掛けても仕方ない。僕はそもそも奴隷の人たちを助けに来たんだ。動かないならそれはそれでいい。
「ん?」
いま倒した兵士が動いたような? って、立った!? もう意識が戻ったのか?
とっさに構える――けれど、様子が変だ。立ったまま動かない。
「なによ?」
フィスも不思議がっている。しかし、変化は直後に起きた。




