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黄昏の転生者(ストレンジャー) 旧:雷霆の騎士  作者: 林檎亭
1章:生まれ変わって異世界ライフ
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18話 フェーンシーの街へ

 揺れに揺れた。上下にガックンガックン揺れた。とてもダイナミックに揺れた。

 馬は、うん、まぁ、揺れた。揺れたけど、驚いたのは最初だけで次第に慣れていった。むしろ途中から楽しかったかもしれないくらいだ。股は痛かったけど。

 けど、それ以上にアレが揺れた。何とは言わないけど、僕の後頭部辺りを打ち付けるように揺れた。とは言っても痛くはなかった。そりゃもう全然痛くなかった。後頭部へのダメージはゼロだ。なんなら回復するまである。

 ただ、精神的疲労は半端じゃなかった。普通に考えれば嬉しい事態ではあるのだけれど、そういうものに免疫のない僕にとっては嬉しいだけでは済まなかった。申し訳ないとか、恥ずかしいとか、失礼だとか、強がりだったりとか、でもやっぱ嬉しいとか。い交ぜになった感情が僕の中でひたすら膨張し続けていたのだ。アレだ。高校の時の同級生の女の子の透けブラを見てしまった時に近い感情だ。見たいけど、見たくない。そんな感じ。


 とまぁ、思春期男子みたいな思考を巡り廻らせている間に街の外に出た。

 適当な場所で馬を放ち、そこからは自らの足で駆け出した。スカジの速度に僕とフィスは着いていくのがやっとだったけど、ウルとネイルは余裕顔だった。スカジの部下だけあって、やっぱネイルもただ者じゃないみたいだ。


 それなりの時間が過ぎた頃、スカジが急に立ち止まった。


「さて、そろそろ国境付近の警戒網に引っかかるね。ここからは進路を変えるよ」


「あれ? 兵士には話をつけてあるって言ってなかったっけ?」


「話は付けてあるけどね、さすがに全員ってわけにはいかないさ。どこでもどうぞ、てなもんとはいかないよ」


「え、じゃあどうするの?」


「あるルートだけ、偶々たまたま巡回をし忘れてしまうことになってる。アタシ達は偶々そこを通って行くのさ」


 やたら偶々を強調するなぁ。言いたいことは分かるけどさ。


「ねぇソール。つまりどういう事なの?」


 フィスが訳が分からないという顔で聞いてきた。7歳の女の子には迂遠な言い回しは分かりにくいか。


「つまりはスカジと一緒に行けばいいって事だよ」


「なるほど!」


 かなり端折はしょった説明になったけど、それでいいらしい。


「じゃあ行くよ」


 フィスが納得したのを見て、スカジが走りだした。僕らも置いていかれないよう、必至に着いていく。

 街道から少し逸れて森の中に入り、木々を避けながら猛スピードで走って行く。たまに減速したり、急に方向転換したり――おそらく巡回ルートとやらを避けているんだろう――して進んでいく。スカジの言うとおり、森の中では遠くに人の気配を感じることはあっても、遭遇することはなかった。

 ついでに言うなら魔物にも遭わなかった。それがスカジがいるからなのか、そもそもこの森に魔物が棲息していないのかは分からないけれど。魔物の気配がなかったから、多分後者だと思う。

 そうして走り続けていくと、やがて森の終わりがやってきた。木々の隙間からぼんやりと建造物が見える。


「あれがベルナトッデ辺境伯の屋敷を中心に出来た街。対帝国防衛街フェーンシーさ」


 スカジの指さした先――フェーンシーは20mはありそうな高い城壁に囲まれていて、ここからでは中の様子を窺えそうにない。


「みんなこっちに来な」


 スカジは僕らを呼び寄せると、地面に向かって何かの魔法を行使した。すると、地面が盛り上がりまるで粘土のようにうねると、あっというまに一つの街を形作った。周囲を高い高い城壁に囲まれた街だ。これはもしかしないでも目の前の街フェーンシーだろう。

 なんて精緻な技術だ。僕なんて地面から突き出させる石柱を四角にするか尖らせるかくらいしか変化させられないのに。というか、ほとんどの魔術師はそんなもんだと思う。やっぱりスカジの魔力を操作するわざは人の領域を抜けている。

 そして肝心のフェーンシーだが、その姿は砦そのものだった。規模はかなり大きい。首都グラズヘイムには遠く及ばないものの、テントリオとは比べ物にならない――居住者が数万規模になるであろう砦街だった。


「ここに一際大きな建物があるだろう」


 言われたとおりに見てみると、街の中央のやや西側に一際大きく、そして一介の兵士や商人が住むには不釣り合いな豪奢ごうしゃな屋敷があった。


「ここが今回の目的地。ベルナトッデ辺境伯の屋敷さ」


 つまり、あそこにあの子が、あの子達が待ってる。


「で、すぐ隣に広い空き地があるだろう。ここが練兵場になってる」


 なるほど。確かに数百人――あるいは数千人――が入りそうな施設がある。これまた周りを壁に囲まれていて、イメージとしては大きな競技場みたいになっている。


「本来はここでフェーンシーの兵士たちは訓練をしているんだけどね……最近はとんと訓練が行われなくなったんだとさ。しかも許可された者以外は立ち入りすら禁じられている。ただし、何故か新領主のノーリは毎日のように通っているらしいけどね」


「あやしい」


「だね。何かをしてるのは間違いないだろうさ」


 何もしてないという方が無茶なくらいに、怪しい条件が揃ってきている。


「というわけで、アタシ達はこの練兵場へ這入るよ。屋敷はネイル、アンタに任せた。おそらく末妹のキーリがいるだろうから、彼女を探し保護してやっておくれ」


「御意でございます」


「ただ、その時に何かわからない者に出会ったら逃げな」


「ニャ?」


 恭しく頭を下げていたネイルが突飛なことを言われたせいで地を出した。確かに今の言葉は意味がよくわからなかった。何か分からない者?


「詳しくは言えない。言わないんじゃないよ。言えないんだ。ソレを的確に表す言葉がない」


「えっと、どういう事でございますか? 何か特定の人物に出会ったら逃げろということでございますか? もう少し特徴などはないのでございましょうか? せめて性別など」


「そんなものはない。男でも女でも。背が高くも低くも、幼くも若くも老いても。髪が黒くも茶色くも金色でも、瞳が大きくても小さくても。そういった情報を当てにするんじゃあないよ」


「しかしそれでは誰に注意したらいいのか分からないでございます」


「直感的に分かるさ。関わってはいけない、と思ったら何もかも放り出して逃げるんだよ。目も合わすな。言葉も交わすな。キーリも諦めろ。息をする間もなく、とにかく逃げるんだよ」


「は、はい」


 何を言われているか分からないけれど、そのあまりにも真剣な目で迫られてはネイルも頷くしかなかった。


「訳が分からないことを言っているのは百も承知さ。けどね、分かっておくれ。アタシはアンタを失いたくない。だから逃げろ、とだけ言うのさ」


「……分かりましたでございます」


 納得はしてないんだろう。でもネイルは迷いのない瞳で答えた。


「さて、それじゃあ向かうとしよう。2人共こっちにおいで。もっと近く」


 促されるままに、僕とフィスはスカジにくっつくぐらい近づいた。


隠者の隠れ家エアリアル・ハイド


 スカジが呟くと僕らを風が覆った。


「これは?」


「これかい? そうだね、簡単に言うと透明になる魔法さ」


 透明に? でもスカジとフィスはハッキリと見えてるようだし、2人からも僕は見えてるようだけど。


「ほらネイルを見てみな」


 言われて先ほどまで彼女がいた場所を見てみると。


「あれ? いない?」


 その姿が忽然と消えていた。


「ここにいますでございますよ」


「え?」


 目の前の何もない空間から声がした。まさか、本当に透明に?


「こうしたら分かりやすいでございますよ」


 その言葉の直後、目の前の空間が陽炎のように揺らいだ。


「これは風を操って周りの風景と同化しているのでございます。ただ、動くと精度が落ちて、風景が揺らいで見えてしまうのでございます」


「へぇ、凄い」


「ねぇねぇお母さん! 私達も消えてるの?」


「そうさ。でも見た通り動くと分かるけどね。ただまぁ、普通に歩くよりは格段に他の人間に見つかりにくくはなるさ」


 スカジはそう言って街の方角を見た。この状態で侵入を試みるらしい。確かに、ここから街まで結構距離があるのに、どうやって行くんだろうとは思ってたけど、まさかこんな隠し玉があるなんて。


「現状この魔法を使えるのはアタシとネイルだけだから、ウルには霊体化してもらってアタシの中に隠れてもらうよ」


 そういえば、あまりに普通にいるから忘れてたけどウルって精霊だっけ。精霊は本来実体を持たないから、顕現させなければ契約主の体内に棲むことになる。


「私にも使えるようになるかな?」


「そうだね、かなりの訓練か才能が必要になるけど、フィスはもしかしたらその内使えるようになるかもしれないね」


 フィスは、ということは僕は望み薄っぽい。猫小親族ケット・シーは風の加護を受けた種族だから、ネイルは才能があったってことなんだろう。


「やった! 今度教えてね」


「分かったよ」


 スカジはフィスの頭を撫でながら答えた。


「さて、無駄話はここまでだ。さっさと向かうよ」


 ひとしきりフィスの頭を撫でた後、スカジは僕らの手を取って歩き始めた。


「あんまり離れると魔法の有効範囲から外れるからね。しっかり着いてくるんだよ」


「うん」「はーい」

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