17話 おあいこ
「ソール! ほらほら、これ!」
さっきまでの不機嫌が嘘のように、フィスは笑顔で町中を散策していた。可愛い雑貨屋があればアレコレ物色し、美味しそうな匂いを嗅げば屋台の真ん前で涎を垂らし、珍しい物を見れば飛び跳ねたり。それはもう全身で楽しさを表現していた。
対する僕は、あの子への気持ちを割り切ったものの、やはり心の底から楽しめるわけもなく、今はとにかくフィスにまた悲しい顔をさせないようにするので精一杯だった。そしてちょっと疲れたなと思うタイミングで、ウルが僕の頭を撫でてきた。何を考えてるか最初は分からなかったけど、ウルは思った以上に僕らをちゃんと見ているようだった。
「あ! アレおいしそう!」
再びフィスが走りだした。その先には食べ物の屋台があった。フィスはさっきから何度もこうして屋台に走って行くのだけれど、食い入って眺めるだけで一向に何かを買う気配ふがなかった。ちょくちょく使ってはいるみたいだけど、おそらくスカジに貰ったお小遣いはそれなりに残っているはずだ。なんで買わないんだろう?
「じゅるり」
今回は結構眺めてる時間長いなぁ。そんなに食べたいなら買えばいいのに。
「……ねぇ」
「?」
屋台の甘い匂いの食べ物――よく分からないけど前世で言うカルメラ焼きっぽい――をジッと見つめながらフィスが僕に声をかけてきた。僕だよね?
「ソールは食べたいものってないの?」
「へ? 食べたいもの?」
「さっきからソールってば、何を見ても食べたいって言わないんだもの」
「えっと。そうかな?」
「そうよ」
まぁ中身は20代半ばだし。食べ物を見て美味しそうとは思っても、フィスのように無邪気にはしゃぐ事はないなぁ。
「んー、でも顔に出てないかもしれないけど、さっきから美味しそうだなーって思ってるよ」
「ホントに?」
フィスが食べ物から目を離して、今度は僕の目をジッと見つめてきた。
「うん、これ――なんていう食べ物かしらないけど、甘くて美味しそうだなって」
「食べたいって思う?」
「うん、思うよ」
お金全部使ったから食べられないけど。
「ホンットにそう思うのね?」
「うん、本当にそう思ってるよ」
「やった!」
やった?
何で喜んでるんだろ?
「ねぇ、これ2つちょうだい!」
「あいよ」
屋台のおっちゃんがフィスからカルメラ焼きっぽいの2つ分のお金を渡した。おっちゃんはお金を受け取ると、手慣れた様子で2つ作り、フィスに渡した。
「お姉ちゃん、2つも食べるの?」
僕が聞くとフィスは少し怒った様子で僕を見た。
「そんなわけないでしょう! これはソールの分よ」
そう言って片方を押し付けるように差し出してきた。
「え、でも、それお姉ちゃんのお金で買ったやつじゃ」
「おあいこよ!」
おあいこ? 何のことだろうと思って、ふと僕のあげた髪飾りが目に付いた。
あ、まさかプレゼントのお返しってこと?
「欲しかったものをあげたんだから、これでおあいこ!」
もしかしてずっとフィスが買い物をしなかったのは、僕の食べたそうなものを買ってあげようとしてたからだろうか。でも僕が全然そんな素振りを見せないから、さっきは強引な感じで食べたいか聞いてきたのか。
なんだろう。この胸の底から沸き上がってくるような、何ともむず痒いような不思議な気持ちは。こういう時は何て言うんだっけ? なんて言葉でこの気持を表現したらいいんだっけ? ええと、ええと、
「お姉ちゃん、ありがとう!」
何を言うか悩んだ挙句、結局出てきたのは月並みの御礼の言葉だった。でも自然に出た、装飾のない僕の心だった。
「べ、別におかえしなんだから気にしなくていいわよ!」
フィスはそう言ってそっぽを向くと、手に持ったおやつをもぐもぐと食べ始めた。僕もそれに倣って食べる。
うん、甘くて美味しい。
カルメラ焼き(仮)を食べ終わって少しすると、ウルが何かに呼ばれたように立ち止まった。そして少しして、僕らにスカジの調査が終わったことを告げた。どうも本当に呼ばれてたみたいだ。精霊って離れていても意思疎通できるのか。便利だなぁ。
呼ばれてすぐに僕たちは昼食を摂った所に再び集まっていた。
「調査や仕込み諸々がとりあえず完了したよ」
全員が席に着くのを見てから、スカジがやれやれといった風にそう言った。
「腐っても辺境伯。屋敷に詰めている兵士の人数は多いだろうと踏んでいたんだがね、予想を下回る少なさだったよ」
「どれくらいだったの?」
「前領主の場合は屋敷に30名、近くの詰め所に100名を常駐させていたみたいだけど、今は詰め所にこそ人員を配置しているものの、屋敷内は10名もいないようだね」
100人……。僕が考えなしに突入してたら、その人数を相手にしないといけないところだったのか。やんなくて良かった。本当に。
「しかも兵士どころか侍従の者もかなり減らしているようだ。屋敷の維持と自分の世話に必要な最低限の人数しか残していないようだね」
「なんでまた?」
「そうだね。質素倹約を主義とした節約家なのかもね」
「えー」
昼御飯の時に、今の領主は傲慢だみたいな話してなかったっけ。
「ま、それはないだろうとアタシも思うよ。となると、考えられる理由はこっちだろうね」
「こっち?」
「人に見られたくない事をしているんだろうさ」
「――っ」
「長男の不審死と言い、奴隷の件と言い、この上ないほど怪しいヤツだよ。というわけで、早速だがベルナトッデ辺境伯の屋敷に向かうよ」
「うん!」
席を立ったスカジに続いて僕らも部屋を出る。
「屋敷には走って行く。その方が早いからね。あと、詰め所の兵士共には既に話を付けているから、屋敷で何かあってもしばらくは来ないはずだよ」
「詰め所の兵士って、ヴィンガルフの正規兵だよね? え、そこに話を付けてあるって、そんなツテあるの!?」
「ふん。500年も生きてりゃ、顔見知りくらいそこら中にいるさ」
さすがスカジ。僕に出来ないことを平気でやってのける。
「それで僕らはどうするの? 屋敷にいる10人の兵士と戦うの?」
「どうだろうね。話が通じるようなら説得はしてみるけどね……望みは薄だろうね。おそらく戦うことになるだろうさ」
話が通じるようなら? なんだろう、引っかかる言い方だなぁ。
宿屋を出ると、入り口ではネイルが馬を引いて待機していた。そういえばさっきの部屋にいなかったな。
「お待ちしていましたでございます」
「フィスはアタシと、ソールはネイルと乗りな」
「あれ? 走って行くんじゃ?」
「町中で走ったら目立つだろう。町の外までは馬で行って、人目に付かないところから走るよ」
あ、そういうことね。
「ほら、フィス」
スカジが軽快な動きでフィスを抱えたまま馬に跨がった。
「ソール様はこちらに」
ネイルが馬上から手を伸ばしてくれたので、その手を取って僕も馬に跨がる。
うわ、思った以上に股が広がる! てか、ちょっと痛い!
「行くよ」
スカジが馬を出すと、ネイルもそれに続いて馬を走らせた。
これ振動凄い! がっくんがっくんなる! あと、揺れるせいで、揺れるせいで後頭部にとても柔らかいものが! これは位置的にどう考えてもネイルのご立派なアレだろう。
「ソール様、大丈夫でございますか?」
「え!? だ、だだだ大丈夫って、なにが!?」
大きさが? 柔らかさが? え、これどう答えたらいいの? 結構なお点前でとか言うの?
「馬は初めてとお聞きしましたので、お辛くないでございませんか?」
「え、あ、そっち!?」
「そっちとは?」
「いいいや、なんでもないです! 大丈夫です! 全然大丈夫です!」
あ、あぶねー! てか何考えてんのさ僕!
いや、でも、だって、生涯童貞だった僕には他人の胸の感触とか初めてででで! って、誰に言い訳してんだ!
「大丈夫なら少し飛ばしますでございますよ! 舌を噛まないように気をつけるでございます」
「え、飛ばすって――うわぁぁぁぁぁぁあああ」
ちょ、ちょ、揺れ、揺れるーーー!!




