16話 守るものとは
そうして僕とフィスは食事を終えるなり追い出された。保護者としてウルを付けられて。
ネイルは手伝いのため、スカジと一緒だ。こっちには来ない。僕も手伝いたかったけれど、邪魔だとあしらわれてしまった。そりゃ確かに情報収集なんてしたことないけど、それでも何か雑用でもいいから手伝いたかった。折角あの子や他の人達を助けに行けるって言うのに、こんな風に無駄に時間を潰すなんて嫌だ。気持ちが凄く急いてしまう。とにかく何かしたい。
「ねぇソール」
それにやっぱりすぐに向かったほうがいいんじゃ?
こうしている間にもし取り返しの付かないことになったらどうするんだ。
頭の中にあの女の子が苦しんでいる姿が思い浮かんでくる。殴られたりしていないだろうか。まさか殺されたりしていないだろうか。
「ソールってば」
領主のノーリってやつが少女嗜好の変態野郎だったらどうする? それなら今にもあの子は危険な目に、尊厳を踏みにじられるような行為をされているんじゃ?
くそ! 確かに僕じゃ力不足かもしれないけれど、やっぱり何かしに言ったほうがいんじゃ?
「聞いてるの? ソール!」
そうだ。陽動に行くのはどうだろう。僕だけじゃ兵士を倒したり、あの子達を助け出したりは出来ないかもしれないけれど、騒ぎを起こせばそれだけあの子達に何かをする時間を潰せるんじゃないだろうか。時間稼ぎだけなら僕にも出来るはず。よし、それならどうやって時間を稼ぐか――。
そうやってぐるぐると考えを巡らしていると、不意に脳天に衝撃が走った。
何かと思って頭上を見上げてみると、ウルが険しい顔で僕を見下ろしていた。顔の横には握られた拳も見える。
もしかして殴られた?
かなり遅れてその事実に気がついた。
「何を――」
僕の抗議を遮ってウルは指を1本立てて、僕の後ろを指した。
なんだよ、と思いながら振り返ってみると、そこには膨れ面をしたフィスの顔があった。
「ふんっ」
僕と目が合うやいなや、フィスは目を合わせまいとそっぽを向いた。どうやら怒っているようだ。どうしたんだろう?
頭を捻る僕の肩に大きな手が置かれた。
「ソール」
とても低く、それでいて優しさを含んだような落ち着く声だった。一瞬後に、それがウルの声だと気付いた。
「フィスはずっとお前を呼んでいた」
もしかして考え事をしている間に? 自分を呼ぶ声が聞こえないほどに考え込んでいたことに驚かされた。
「お前が守りたいものは何だ?」
窘めるような諭すような、そんな声音でウルは僕に問いかけた。
「それは……」
僕が守りたいもの。
それはあの子の、そして同じように捕まってしまっている他の奴隷たちだ。その命だ。
それは間違いない。間違いないんだけど。
でも本当にそうなのか? それだけでいいのか?
命を助ければそれでよし、と僕は思えるのか? 思っていいのか?
いや、良いわけがない。
それじゃあ、あまりにも冷たすぎる。悲しすぎる。
上手く言語化出来ないけれど、これじゃ駄目な気がする。絶対に。
1人を救うために、1人を犠牲にしてしまっては本末転倒だ。僕は見ず知らずのあの子を気にかけるあまり、フィスに悲しい思いをさせてしまっていないか。すでに手を取っている人間を蔑ろにしてしまっていないのだろうか。
ウルのお蔭で頭の中がスーッと冷えていくのが分かった。
ていうか何だ、陽動って。そんな事をすれば、必要以上にあの子達を危険に晒すだけじゃないのか。スカジ達だって情報を集めにくくなるし、準備だって一からやり直しだろう。
冷静に考えてみれば有り得ざる手段だった。それなのにさっきは最善手に思えてしまった。これじゃあ何も守れやしなかったんだ。
「……」
僕が落ち着きを取り戻したことが分かったのか、ウルは僕の頭をポンポンと優しく撫でると、再び素の無口で仏頂面の状態に戻った。
その姿は、何故かスタルスや前世での父親を思い出させた。タイプは全然違うけれど、これが父親ってものなのかもしれないな。
その安心感からか、僕の心から焦りが去っていった。少しはあるけれど、思考を鈍らせるほどじゃない。とりあえず今はスカジ達を信じて待とう。そう考えられる程度には余裕が生まれた。
というわけで、差し当たっての緊急の議題はフィスだ。
僕が無視をしまくったせいで完全にむくれている。僕のせいなんだし、僕が何とかしないといけないよな。ウルの方を見ても、もう何も言うつもりはないみたいだし。
うーん、どうやって機嫌を直してもらおう。
自慢じゃないけど、僕は前世から今日までろくに女性経験がない。彼女いない歴=前世の年齢+6年だ。絶賛更新中である。
なので、子どもとはいえ女性の機嫌の取り方なんて全く知らないのだ。
あるとすればギャルゲーの知識くらいだけど……役に立つのかな? 確かゲームではスイーツのお店に連れて行ったり、欲しがっているものをプレゼントしたりしてたけど。
うーん、それでいいのだろうか。でも、他に方法知らないし。
フィスは依然としてそっぽを向いたままだ。
何かしなきゃ。ギャルゲからの知識でもいい。とにかく行動を起こさないと。
僕は何かないかと辺りを見回した。
いつの間にか商店街に来ていたらしく、周囲には様々な店が並んでいた。それなりに賑わっているのか、結構騒がしい。僕はこんな事にすら気付いていなかったらしい。
そうして視線を巡らしていると、一軒の雑貨屋が目に付いた。やや明るい感じの気取ってない――いわば庶民向けっぽい雰囲気の佇まいをしていた。そこのショーウインドウから商品がいくつか見えた。そして、その中の一つが目端に引っ掛かったのだった。注意深く見てみると、その正体に行き当たった。
あれだ!
「お姉ちゃん、ちょっと待ってて!」
僕はスカジに貰ったお小遣いを握りしめて走りだした。
店内に駆け込むと、目当ての商品を急いで引っ掴み、そのままレジへと直行した。
「これ下さい!」
カウンターのおっちゃんは子どもの姿に少し驚いたようだったが、すぐに接客モードへと移行した。
「あいよ。ヴィンガルフ銀貨1枚だよ」
手持ちからそのお金を支払うと――お小遣い全部だった――梱包も待たずに店を飛び出た。フィスとウルは変わらず同じ場所に立っていた。フィスは怪訝な顔つきで僕を待っていたが、目が合うと再び頬を膨らましてそっぽを向いた。
「お姉ちゃんゴメン!」
フィスの目の前まで行き、頭を下げながら叫んだ。
「僕が悪かった。本当にゴメン」
フィスはまだそっぽを向いている。
「ゴメンのしるしにこれをお姉ちゃんに貰って欲しいんだ」
手の中のそれを差し出すと、フィスが少し興味ありげに僕の手を見た。
「お願い、これを貰ってっ」
フィスはどうしようかと、手を出したり引っ込めたりしている。そして意を決したように手を完全に引っ込めると、
「そこまで言うなら、仕方がないからもらってあげる!」
そう言って頭を出してきた。これは、僕がやれって事かな? きっとそうだろう。
僕はフィスの髪に出来るだけ丁寧に痛くならないように付けてあげた。
「出来たよ」
フィスの頭に付けたのは、小さな青い花をモチーフにした髪留めだった。しかも青いリボンがその髪留めから2本伸びている。青い髪飾りはフィスの綺麗な金髪によく似合っていた。これは我ながらナイスチョイスなのではないだろうか。
フィスは魔法で水の手鏡を作り出すと、色んな角度から自分の頭を映した。それはもう入念なチェックだった。待っている間こっちはずっとドキドキしっぱなしだ。お許しは出るのだろうか。そして、しばらくするとフィスは僕の方を見ないまま、
「まぁまぁね」
そう言った。その声は心なしか怒りが薄らいでいるように聞こえた。
これは一応大丈夫だったってことなんだろうか?
「ほら、行くわよソール」
僕の悩みも知らぬまま、フィスが先を歩き出す。
「あ、待ってよお姉ちゃん!」
それを追って歩き出した僕は気がついていなかった。
前を向いているフィスがまんざらでもない表情になっている事に。




