14話 ねこ耳少女登場
3階建ての大きな宿屋。それが目的の場所だった。
とは言っても泊まるわけじゃない。昼食を取りに来ただけだ。日本のホテルにレストランがあるように、この世界でも宿屋は基本的に食堂を兼ねているらしい。
中に入るとテーブルが整然と並んでいた。管理している人間の性格が窺えるほどにキッチリ並んでいる。
スカジは入り口から真っ直ぐに店舗奥のカウンターへと進むと、整った髭を蓄えた初老の男性に声を掛けた。身なりがしっかりしている事から、おそらくこの店の管理者なんだろうな、と思う。
「部屋、よろしくね。あとネイルいる?」
「ええ、いますよ。すぐに向かわせますので、部屋でお待ちください」
「あと昼食4人分頼んだよ」
「かしこまりました」
スカジは鍵を受け取ると、食堂を抜けて建物の奥へと足を進めた。賑わっていた食堂とは違い、その廊下は不自然に静かで、少し不気味でもあった。いわゆる関係者以外立ち入り禁止の場所なんだろう。前世でバイトをしていた時も、スタッフ通用口は変に静かだった事を思い出した。
廊下の突き当りの扉の鍵を開け、勝手知ったるがごとくスカジが室内へと入っていった。僕らもそれに続く。
部屋の中は予想に反して普通で、個室ではあるけれど、単なるご飯を食べる場所だった。
「さて。とりあえず座りな。少ししたら飯が来るだろうさ」
自然な動きでスカジが上座に座り、僕とフィスはテーブルを挟んで向かい側に並び、ウルは空いた席――スカジの隣に腰掛けた。
「ねぇねぇ、お母さん。なんで私たちはみんなとちがうへやでゴハンなの?」
「ここで内緒の話をするからさ」
「ないしょのお話? わたしにも?」
「いいや、フィスは一緒に聞いていても構わないよ」
「やったぁ!」
「まぁ子供が聞いても、面白い話ではないだろうけどねぇ」
フィスは秘密の部屋みたいなこの場所にきてテンションが上がっているのか、しきりにスカジに話しかけていた。スカジもまとまりのない会話に律儀に答えている。娘の話を聞く母親は前世でもこんな感じだったなぁ。
そんな風にとりとめのない時間を過ごしていると、元気よく扉がノックされ、返事を待たずに扉が開け放たれた。
「スカジ様! 貴女のネイルが、ただいま参上したでございますよ!」
ババーンと効果音が鳴りそうな勢いで登場したのは、なんと猫耳少女だった。
丸い顔にくりくりとした翠緑の瞳、低めの鼻に大きな口。そこまでは普通の可愛らしい女の子――と言っても年齢は10代半ばくらいっぽくて、今の僕より明らかに年上――の容姿をしているんだけど、ボブカットにされた灰褐色の髪の上には猫の耳が乗っていた。しかも動いている。
「来たかい。じゃあ早速だけど、宜しく頼むよ」
「はいでございますよー」
猫耳少女は扉の向こうからキッチンワゴンを引いてくると、その上に乗せていた料理を僕らの前に並べ始めた。
近くに来た時にじっくり見てみたけど、やはり本物の耳っぽい。代わりに人間の耳がある所は何もない、というか髪が生えてた。
確か彼女みたいな獣の耳が生えている種族のことを小神族っていうんだっけ? かつ、小神族の中でも分類があって、猫耳の場合は猫小神族と呼称されていたはず。
彼女ら小神族は繁殖力が低く、個体数こそ少ないものの、人間以上の身体能力を持ち、さらに種族固有の魔術を生まれつき使える。しかも無詠唱で。ただし、使える魔術はそれだけであり、人間のように多彩な魔術は扱えない。
なお、見た目は普通の人間とほぼ変わらない。彼女のように耳が獣のものだったり、尻尾が付いている種族もいる。人間こそ最上種だと思っている者は、彼女たちに対して亜人種という蔑称を用いたりもする。
「さぁ、腹も減っただろうさ。たんと食いな」
小神族についてあれこれ思い出していると、いつの間にか配膳が終了していて、目の前には美味しそうな料理が所狭しと並んでいた。
「いっただきまーす」
フィスなんかは最初から料理にしか目が行ってなかったらしく、スカジの言葉と同時に食べ始めていた。
「い、いただきます」
僕も続いて料理を口に運んだ。
「ん~っ」
なにこれ、美味しい!
その料理の数々はどれもこれも頬が落ちそうなくらいに美味しかった。スカジもそれなりに料理上手だと思ってたけど、これはレベルが違う。
「2人共気に入ったようでなによりだよ」
「私も腕を振るったかいがあるでございますよー」
ネイルがそれなりの大きさの胸を張った。スカジに比べれば小さいが、平均と比べたら大きい部類に入るだろう。
と、そんなことよりこの料理は彼女が作ったのか。
「何言ってんだい。アンタは運んだだけだろう」
「う、さすがスカジ様。バレてございましたか」
って、違うんかい!
「バレるもなにも、アンタ料理できないじゃないか」
「で、出来なくはないでございますよ!」
「そうかい。それじゃあ今度披露してもらおうかね」
ネイルの必至の弁明も何処吹く風と、スカジがスルーした。
「信じてございませんね!」
「いいや、どうでもいいんだよ。そんな事より、アンタの仕事をしな」
「うぅ、ひどい仕打ちでございます……。でも、そうでございますね。私の真骨頂は料理になんか無いのでございますよ」
ネイルがグッと握りこぶしを作った。
仕事? 配膳のおねーさんじゃないのか。
「ただ、お仕事の前にちょーっとお聞きしたいことがございますよ?」
「なんだい?」
「そちらの少年は何処のどなたでございますか?」
ネイルは僕を指して尋ねた。
「ああ、そういえば紹介してなかったね。こいつはソール」
「私の弟よ!」
さっきまで食べるのに夢中だったフィスが急に口を挟んできた。
「弟でございますか? スカジ様のお子様はフィスさんだけだったような……ハッ! まさか隠しごぶへっ」
ネイルが何か言い終わる前にスカジの裏拳が決まった。
「馬鹿言うんじゃないよ。この子は理由あって内弟子として迎え入れたのさ」
「ふ、ふひでひ?」
鼻に当たったせいで呂律が上手く回ってなかった。
「フィスの弟弟子になるからね」
「あー、はからおとふと」
「ま、そういうことさ」
「なるほどなるほど。ソールさんでございますね。私はネイル。スカジ様の下僕でございますので、よろしくですよ」
「げ、下僕?」
「人聞きの悪い事を言うんじゃないよ。ただの雇用者さ」
「冷たいでございます! 私は給料など無くともスカジ様にお仕えするでございますよ!」
「ほう。なら次からは報酬はいらないね」
「えっ!? い、いやぁ、それはそれでちょっと困ると言いますか、さすがに無給だと生活が……」
「ふっ、冗談だよ。さて、ソールの紹介も終わったことだし、本題に入ろうか。何か変わったことはあったのかい?」
ここでネイルの雰囲気がおちゃらけたものから、真面目なものに変わった。
「国境の情勢に変化は無いでございますね。最近は牽制すら無く、怖いくらいに大人しいものでございますよ」
「ふむ、それをアンタはどう見ているんだい?」
「おそらく皇帝の死期が近いからかと思うでございますね。今は次期皇帝擁立のために国外に余分な手を割いている暇は無い、という事かと」
「皇帝って、ルギディアの?」
「はいでございます。帝国は議会が実権を握っているとは言っても、やはり皇帝は軽視できない存在でございますからね。議員連中は誰が自分の息のかかった皇太子を立てるかに躍起になってるでございます」
「そうなんだ……って、それ機密じゃないの!?」
しれっと言ってるけど、皇帝の死期が近いなんて他国に、ましてや敵対国に知られるなんてあってはならないんじゃ?
「ふふーん。私にかかればこの程度の情報を集めるのはちょろいでございますよ」
「コイツの情報収集能力は一介の諜報員なんて目じゃないよ」
「おお……スカジ様が褒めてくださるなんて」
感激するネイルに、スカジは柄にも無いこと言ったかね、と呟いた。
「こほん。とまぁ、そういうわけでしばらくルギディアで大きな動きはないと思うでございますよ」
「ふむ。ただ、戦功で有利な位置に立とうって輩も出るかもしれないからね。引き続き監視は厳に行っておくれ」
「かしこまりでございますよ」
そうか、そんな情勢になってるんだなー。って、あれ?
「ねぇ、スカジ」
「なんだい?」
「なんでルギディアの動きを気にするの? スカジって何気にヴィンガルフの味方だったりするの?」
それだと心強いことこの上ない。だが、スカジの返事は僕の期待通りとはいかなかった。
「いや、それはないね。アタシは基本的に中立さ。ルギディアの動きを気にしてるのは、拠点の一つであるこの町が戦火に晒されないかってのが心配なのさ」
「……そうだよね」
仕方がない。僕がスカジに強制出来る事なんて無いんだ。
「ま、どうしてもヴィンガルフの力になりたいってんなら、アンタがそうしたらいいさ。アタシは力を貸さないが、アタシの元で手に入れた力をどう使うかはアンタが選ぶことだからね」
そっか。そうだ。そうだよね。僕が強くなってヴィンガルフ――シシリーや母様のいたところを守ればいいんだ。よし、俄然やる気が湧いてきたぞ!
「さて、次だけど。王都については何かないかい?」
「王都ですか? 珍しいでございますね、私に王都のことをお尋ねになるのは」
「たまにはね。で、何かないのかい?」
「うーん、私の担当区分からは外れてるので細かいことまでは分かりませんですが、面白いことがあったみたいでございますね」
「面白いこと?」
「3ヶ月位前でございますかね。小さな勇者が誕生したって話でございますよ」
「なんだいそれ?」
3ヶ月前……小さな勇者……なんか聞いたことあるような。
「シシリー姫殿下を暗殺者の魔の手からお守りした貴族の男の子がいらっしゃったみたいなんでございますよ。しかも同じ年頃の子だとか」
うあー、それってもしかして。
「ヴィンガルフのシシリーと言ったらまだ6歳――3ヶ月前なら5歳じゃないか。それを5歳の少年が暗殺者を退けたのかい? いくらなんでもそりゃ無茶があるだろうさ。きっと話が盛られてるね、そりゃ。それか暗殺者も5歳だったとかだね」
確かに話だけ聞くと眉唾っぽいなぁ。
「いやいや、聞く所によるとプロの暗殺者を単独で倒したらしいんですよ。国王様御自ら少年にお礼を述べられたとか」
「はっ。そんなもんその貴族の少年を祭り上げるために作った話……待ちな」
何か思い当たったようで、スカジは急にこちらに目を向けた。
「3ヶ月前に5歳で。ヴィンガルフの姫殿下に会える立場で。しかもそんじょそこらの大人より強い」
スカジの眼が徐々に確信を帯びていく。そしてニンマリと笑った。
これはもう隠せそうにない。いや、隠す必要はないんだけど。なんか言い辛い。けど、言わないと駄目っぽい
「えーと、はい。僕がその……それです」
微妙に時間軸合わないので2ヶ月前から3ヶ月前に修正しました(2015/2/27)




