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2話 魔術指南書

 それから僕はすぐさまフローラに魔術の教えを請うたけれど――赤ちゃんの語彙力で伝えるのは苦労した――危ないからダメだということで窘められてしまった。


 しかしこの人生においての目的を達成するための手段を見つけたとなれば、僕はそんな程度では諦めきれず、覚えたてのはいはいを駆使して魔術について書かれた本を探した。

 僕とフローラの寝室には読み聞かせ用の絵本が数冊あるだけだし、当たり前だけど食堂や玄関には1冊もない。

 というか、今までまともな本を見た覚えがない。

 もしかしたら製本技術、さらには製紙技術が低くて本はあまり無いものなのかもしれない。

 けれど、ここまで広い屋敷だ。本が高級品だとしても、それなりにはあるんじゃないだろうかと思う。思いたい。


 はいはいで動きまわる際、フローラはもちろん使用人に見つかっても部屋に連れ戻される為、探索は困難を極めた。あと、連れ戻される度にフローラに叱られた。

 不幸中の幸いというか、屋敷内には芸術品が多数置かれているのでそれに隠れて移動すると案外見つからなかったりする。そもそも屋敷がそんなに広くなければ、こんなスニーキングミッションも発生しないのだけれど。あるいは段ボールあれば完璧だった。


 最初ははいはいオンリーで機動力も隠密性も低かったんだけど、その内支えがあれば立ち上がれるようになり、さらに2・3歩なら歩くことも出来るようになった。

 それが出来るようになってからは行動範囲が広がり、そして連れ戻されては怒られること幾度、ついには書斎を見つけることに成功したのである。


「ながいみちのいだった」←ら行がまだ発音できない。


 下手をすればこの探検で本が書けてしまいそうでもある。

 なにはともあれ、無事書斎を発見することが出来た。


「ふぅ、にんむかんよー」


 僕は清々しい気分で自室へと戻った。

 そして自室で腰を下ろして、気付いた。


「もくてきかわってう!」


 そもそも書斎を探してたのは魔術の本を探してたからだった!

 書斎発見への道のりが厳しいせいですっかり忘れてた。


「ソール、ただいまー」


 しかし、そこでフローラが帰ってきてしまったので、もう部屋から出られなくなってしまった。

 せっかく書斎を見つけたけど、魔術の本を探すのはまた明日になりそうだ。




 翌日、僕はフローラの目を盗み、書斎へと向かった。

 これまで何度も連れ戻されているため、使用人達の警戒度は高く、場所を知っていると言っても油断はできない。

 僕は慎重かつ大胆に歩みを進め、なんとか再び書斎に辿り着くことが出来た。

 ちなみに普段から動き回っているお陰か、今では割と普通に歩けるようになっていた。


「おやましまーす」←まだ「じゃ」とかが発音できない。


 昨日は確認のために室内に入っただけだったので、今日はしっかりと本棚を見ていく。

 と言っても、蔵書量はそこまで多くはなく目を通すのは比較的簡単だった。

 文字の意味は簡単なものなら、普段のフローラによる読み聞かせのお蔭で分かる。

 この世界では日本みたいに平仮名・片仮名・漢字が一緒くたに存在してるわけではないので、文字自体が読めないとかもない。まぁ、あれは日本が特殊なだけらしいけど。

 そうして端からタイトルを見ていって、目的の本が果たして、


「あった!」


 やや分厚目のしっかりとした装丁がなされた本が。

 しかも下の方にあった。これなら手が届く。ぎりっぎりだけど。

 1歳児の身長低いなぁ、ホントに。

 自分の体に文句を言いながらも、無事に本をゲット。

 タイトルは「魔術指南書」と分かりやすい。もちろん漢字で書いてあるわけではない。


「そんことよい、なかみー」


 パラパラとめくってみると、魔術の説明文っぽい中に解説の絵も載っている。

 これは分かりやすそうだ!

 文字もちゃんと読める。意味の分からない単語もそれなりにあるけど、まぁなんとかなるだろう。多分。

 早速僕は本を脇に抱えて部屋を後にした。

 本を持っていった理由は、自室以外の部屋に長居は禁物だし、本にあまり読まれた形跡がないから、なくなっててもバレないだろうという、見事なまでに浅い考えの元だった。

 そして、実際にバレなかった。

 管理体制どうなってんのさ、と自分の家の事ながら問い詰めたい。




 魔術とは、自身の中にある魔力を意味ある形にして現実へと投影するものである。


 ふむ、なるほど分からん。

 つまりどういうことだってばよ。

 答えを求めてページを読み進めていくものの、似たようなことが言い方を変えてつらつらと書かれているだけで要領を得ない。

 うーん、理屈を識るのは諦めたほうがいいかな?


 次は何々、魔術の種類。

 へぇ。

 魔術には属性が存在する。

 大まかに分けて、火・水・土・くう・回復である。

 あれ、風じゃなくて空って言うんだ? と思ったら、そもそも空も風の互換というわけでもなかった。

 火・水・土は文字通りそれらを操る魔術で、回復は治癒や解毒を指す。空はそれ以外なんだとか。大雑把だ!

 でも本を読み進めていく内に理解できた。

 魔術は、イメージがとかく重要になる。その為、見えないものを生み出したり操作したりするのは大変難しいらしい。

 風はゲームなんかでは緑色で表現されたりしてるけど、実際は見えないし、そもそも科学が発達していないこの世界では、空気の存在は知られていてもそれがどういうものか正確には解明されていない。真空の刃つっても、真空ってなんぞ? って事だ。

 火や水や土は目に見えるし、治癒や解毒はまだ自分の身体の事なんだからイメージしやすいんだろうな。

 ふむふむ。と言うことは僕が空気をイメージできるなら、魔術として扱うことも可能なんじゃないだろうか?

 まだ魔術を使ったことがないから分からないけど、案として頭に入れておこう。


 次に精霊召喚術。

 これは魔術とは別の体系の術で、精霊や妖精、はたまた魔物なんかと契約してその力を使役するもの、と。

 あ、やっぱ魔物っているんだ。魔術があるんだからいるんじゃないかなーとは思ったけど。ファンタジーの基本だよね。

 精霊召喚術については詳しくは書いてない。

 そもそも使い手がもの凄く少なくて、現状この国にはおらず、世界中を見ても片手で数える程もいないんだとか。

 なるほど、そんな希少な能力なら魔術指南書に書いても仕方ないよね。というか、書くだけの知識も資料もないって事かな。


 そしてついに魔術の使い方か。

 えーっと、手を突き出して、詠唱し、掌から放つ。これで何も出ないなら魔術の才能は皆無です。

 おぉう、バッサリ。

 でもやり方自体はすごい簡単だな。

 よし、とりあえずフローラみたいに暖炉に向かってファイアボールを撃ってみよう。


「そはそうぞうのみなもとにして、はかいのにないて。ふぁいあぼーう」


 ポンッ

 火球が僕の掌から生まれ、飛んでいき、そして暖炉へと着弾した。

 そして暖炉の火力が一気に上がった。


「おお!」


 凄い! 今のが魔術か! 感動した! 前世でよく夢想していた魔術がこの手で!

 凄いなぁ、嬉しいなぁ。

 それにしても、本当に簡単なんだなぁ。

 感動したものの、ちょっと肩透かしを食らった気分だ。

 まぁでも、使えるに越したことはないし、いっか。


 じゃあ、この調子でもう一発いってみよう。

 魔力が持っていかれる感じも今のでなんとなく分かったし。

 体の中心に発電機があって、そこで生まれたエネルギーが掌へと流れて、そこで形作られて体外へと押し出される感じ。

 そんで生み出された火球がゆっくり飛んでいって、暖炉に着弾して軽く燃える。


「そはそうぞうのみなもとにして、はかいの――」


 ポンッ


「え?」


 詠唱が終わる前に僕の掌から火球が生まれ、のろのろと飛んでいき暖炉へと落ちた。

 暖炉の火は一際高く燃え上がると、数秒で鎮火された。どうも薪が燃え尽きたみたいだ。

 いや、それはいい。

 それよりも大事なことは、詠唱の途中で魔術が発動したことだ。

 確か、破壊の辺りでポンっと出てきたように思ったんだけど。


「もっかいやってみよう」


 考えても分からんので、試しにもう1度。

 さっきと同じ火球のイメージをしながら、


「そはそうぞ――」


 ポンッ ふよふよ ボンッ


「あるぇ?」


 今度は創造のところで出た。

 どういうことだろ?


 ヒントを求めて本を読んでみると、すぐに答えが見つかった。

 イメージさえ強固なら無詠唱での発動も可能。ただし、正確なイメージをしないと暴走してしまうので注意が必要。

 なるほど、これだ。

 無詠唱魔術だ。

 本によると、落ち着いた集中できる状態での実行難易度はそれほどでもないけど、戦闘中などは雑念も入るから非常に難しいので、詠唱することが好ましい、と書かれている。

 暴走した場合、運が良ければ魔術自体が発動しないだけで済むが、悪ければ制御不能になって暴発して周りを巻き込んだりする。

 なるほど、なるほど。

 詠唱はつまり組まれたプログラムを実行するためのコードと同じなんだろう。

 詠唱すると威力も術の形成も魔力の消費も全てが自動で行われる。

 これは楽だ。

 集中しなくても言葉さえ発すれば魔術が発動するんだから。

 無詠唱は逆に、一からプログラムを組むって事かな? まぁそこまで面倒くさくはないけど、それなりに集中力は要りそうだ。


 でもやっぱりこういうのは慣れると無詠唱のほうが使い勝手がよさそうだ。詠唱を口にするとその段階で何を使うかバレちゃうしね。例えば、相手がファイアボールを撃つのが詠唱の時点で分かれば、対処として水系魔術を詠唱することが出来る、みたいな。無詠唱ならその暇も与えないで済む。

 難しそうだけど、出来るだけ無詠唱を練習していこう。




 それから僕はフローラや使用人の目を盗んでは魔術指南書を読みつつ魔術の練習をした。

 誰かがいる間は折角なので、本を読んで貰ったりして言語の習得に精を出した。

 魔術を学ぶことに反対したフローラも、読み書きなら喜んで教えてくれた。




 そうした日々を過ごして1年以上の時が経ち、ソール=エイダールは3歳になった。

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