12話 テントリオの町
さすがに町中まで走って行くと目立つ事この上ないため、町が見えた時点で普通に歩き出した。先頭もウルになっている。スカジはまるで付き添うように斜め後ろを歩いている。実際の主従は逆だけど。僕らはそのスカジの後ろで並んで歩いていた。
町の入口がハッキリと見えてきた頃、スカジが思い出したように手を叩いた。
「そうそう。言い忘れていたけど、町中では――人前では精霊や高威力の魔法を使ってはいけないよ。争い事そのものを出来るだけしないようにね。万が一があった場合も、使っていいのは中級魔術程度まで。体術は人を殺さないくらいでね」
「えー、なんでー?」
フィスは疑問を口にしたけど、僕は目立つべきでないだろうからと納得した。
「こんな事言うと調子に乗りそうだから、あんまり言いたくないんだけどね。アンタ達は普通の子どもに比べたら強すぎる。いや、大人を含めてもアンタ達に勝てる人間はそうそういないだろう。だからこそ、その強さは目立つのさ。アタシは出来るだけ目立ちたくないからね。だからアンタ達も目立たないようにね」
フィスは説明をして貰っても微妙に納得してない顔だった――子どもは自分の力を隠せと言われても不満に思うものだろう。けれど、スカジの言うことにはフィスは基本的には素直だ。不承不承といった風に頷いた。
「もう一つ言うなら、アンタ達に勝てる大人はそうそういない。それは裏を返せば、数は少なくても確実にいるということだよ。自分の力に溺れて調子に乗ったら、痛い目を見るからね。悪ければ死ぬ。まだ死にたくないだろう?」
最後の一言だけやけにドスが効いていた。そのせいか僕とフィスの背中がぶるりと震えた。
スカジは脅しが伝わったと見ると、すぐに穏やかな表情に戻った。そして、町を指さして僕達に授業の時みたいな口調で話し始めた。
「ここはテントリオと言ってね、ヴィンガルフの北の辺境に位置する町さ。ちなみにルギディア帝国にも近い。あまり栄えてはいないが、ヴィンガルフとルギディアの中継地点としてそれなりに人の行き来は多い」
「だから都合がいいってこと?」
「お、分かってるじゃないか。そうさ、ここは部外者でも比較的簡単に受け入れられるのさ」
スカジは生徒を褒めるような手つきで僕の頭を撫でた。フィスは頭にはてなを思い浮かべてる。何で都合がいいのか分かってないんだろう。
「しかもルギディアに近いと言っても、さらにルギディアに近い所に行けば関所やら砦も多く存在している。だからこの町は入れ替わりの多さに比べて兵士も少ない。商人が多いせいか、犯罪もさほど多く無い」
「商人が多いと犯罪が減るの?」
「アイツらは損得でのみ動く連中だ。あからさまに騒いで信用を失う事のデメリットをよぉく知ってるのさ。だから無駄に争わないし、必要以上の波風も立てない。ま、その分厄介なこともあるがね」
「へぇ」
「加えて、アイツらは自前で護衛を雇っている。ソイツらは基本的には主人のため以外には動かないが、その存在自体が結果的に犯罪の抑止に繋がっている」
「なるほど」
その諸々の要因からスカジはここを商売の拠点として利用してるってことか。
「さて、まずは商品を卸している店に行くよ。ここから近いのは薬屋だね」
スカジは町について色々講義しながら歩いて行く。先頭を歩くウルの足取りは迷うこと無く、ハッキリと目的地に向かって進んでいる。何度も来たことあるって言ってたもんな。
程なくして1件の割と立派な造りの建物の前にやってきた。看板には薬屋と、ヴィンガルフ語とルギディア語で書かれている。あと薬っぽい絵も描かれていた。
「んん!」
スカジが空咳をして僕達へと身体を向けた。
「いいかい、これからは商売の時間だ。アンタ達は余計なことは喋るんじゃないよ。分かったね?」
僕とフィスが頷くのを確認すると、スカジはウルの前に出て扉を押し開けた。
カランと鳴子の音と共に扉が開いていく。すると薬独特の匂いが鼻を突いた。ちょっとたじろいでしまったけど、スカジは全く気にすること無く中へと入っていった。ウルもその後に続き、僕とフィスも慌てて中に入っていった。
鳴子の音を聞きつけたらしい店員が僕らを迎えてくれた。中年の男性だ。雰囲気からしてこの店の主人ぽい。
「おお、スカジさんか。いらっしゃい」
「ご無沙汰しております」
薬屋の主人の挨拶に対し、何処からか控え目で静かな美しい声が聞こえてきた。
もう1人いるのかな?
あたりを見回してみるけど、それらしい人は誰も居ない。立派なお店とはいってもそこまで広くはない店内だ。隠れでもしない限りみつからないことはないと思うけど。
「本日も薬を持ってきました」
まただ。
今度は聞き耳を立てていた為に、声のした方向は分かっている。
「?」
でもその方向にはスカジしかいない。
あれ? どうなってるんだ?
まさか――幽霊!?
「いつも有難うよ。お宅の薬は評判が良くてすぐに売り切れちまうからなぁ。今も品切れしてて困っていところだよ」
店主はその声のことなど気にせずに話続けている。ウルも普通だ。僕とフィスだけがキョロキョロとしている。
「ん? もしかして、スカジさんの所の子どもかい?」
そこで僕達に気付いた店主がスカジに問い尋ねた。
「はい。小さい頃は無理でしたが、もうそろそろ連れてきてもいいかと思いまして」
「そうかそうか。いやぁ、スカジさんに似て美人な娘さんだねぇ。そっちの坊やもきっとウルさんみたいにデカくなりそうだ」
快活に笑う店主。ふふふと笑うスカジ。無表情のウル。
そして、呆然とした僕とフィス。
何故かと言うと、誰のものか分からなかった声がスカジの口から発せられていると分かったからだ。スカジの口が動く度に、鈴を転がすような綺麗な声が聞こえる。
……いや、誰だよアンタ!
言葉遣いから声まで変わり過ぎじゃなかろうか。詐欺って言ってもいいレベルだ。
俺の知ってるスカジはあらあらとか言わないし、うふふとは笑わない。やだ怖い。
「それでは早速、本日お持ちしたお薬をお出ししますね」
僕とフィスの混乱をよそにスカジはいつの間にか商談に入っていた。
ウルが慣れた手つきで荷物から薬らいいものを出してカウンターへ並べていく。
「こちらはいつも納品させて頂いているものです。こちらは――」
並べられた商品をスカジが淀みなく説明していく。例の声で。
なんとなく電話に出た母親を思い出してしまった。何であんなに声変わるんだろうね。
「なるほど、それでは今回は新規にこちらをいただけますかな」
「はい、有り難う御座います」
お、商談がまとまりそうだ。いつも卸してるからか非常にスムーズに話が進んでいた。
「それでは代金はこれくらいでいかがでしょう?」
しかし、店主の提示した代金を見た瞬間、スカジの表情が曇った。その空気を察したのか、主人も少したじろいだ。
「これは、いつもより少ないような気がしますが……気のせいでしょうか?」
笑ってない。表情は笑顔なんだけど、声が笑ってない。冷気すら帯びてるような気までしてくるほどだ。店内をウロウロしていたフィスも固まっている。
スカジが少し後ろに下がると、交代するようにウルが前に出た。
ウルは無言のままだが、明らかにその巨体と目つきで店主を威圧していた。店主が気の毒になるほどに怯えている。
「あら、もしかしてうっかり間違えてしまったのでしょうか? そうですわよね。誰でもうっかりはありますもの。一度くらいは仕方ないですわ」
“一度”がやけに強調されていた。二度目はないぞ、と副音声で聞こえたのは僕だけじゃないはずだ。
店主は無言の巨漢と冷淡な美女のプレッシャーに怯えながら、それでも毅然とした態度で答えた。
「悪いけど、ウチもこれ以上は出せないんだ。いや、いつも良質な薬を安値で卸してくれるウルさんとスカジさんには感謝している。けど、今回はこれが精一杯なんだ」
その言葉に誠実さを見たのか、スカジとウルの雰囲気が和らいだ。
「何か理由が?」
スカジの声色も元に戻っている。
「ああ。最近領主が変わったのは知っているだろう? その領主が急に税金を上げてきたんだ。いつもの利益で商売してたんじゃ、とてもじゃないけど生活費が足りなくなる。だから」
「だから仕入れ値を下げて、少しでも利益を増やそうと?」
「そうだ」
なるほど、そういった事情があったのか。
スカジは一応は納得したのか、思案顔で腕を組んでいる。そのせいで持ち上がった胸を店主がチラチラと見ているが、それは悲しい男のサガ。見なかったことにしよう。
「まぁ、そういう事情なら仕方ありませんわね。ウチも苦しくはなりますが、そこはお互い様ということで、今回はこの値段で手を打ちましょう」
「ほ、本当か!? ありがとう!」
店主が心底ホッとした顔で喜んでいる。
うん、スカジ怖かったもんね。僕は横で見てただけだからともかく、店主は閻魔の前で沙汰を待つ罪人の心地だったろう。
スカジと店主はその後いくつかの話をして、最終的にはわだかまりなく和やかに話を終えた。
店を出る頃に思ったことは、脅し役いなくても大丈夫じゃね? ということだった。
その後も他の店に布や紙を卸しに行ったが、やはりいつもより少ない金額での取引となっていた。そしてその理由はもちろん税金の値上がりだった。




