11話 家族でお出かけ
身支度と言ってもすることはほとんどない。
服は着替えるほど種類はないし、持っていかないといけないものもない。強いて言うなら護身用の剣くらいなんだけど、魔物が出る森ならまだしも町で要るかな?
いや、ここは異世界。日本とは違うし、一応念の為に持っていった方がいいかな。
そう判断して剣を背負う。腰に差さないのは、足の長さが足りないからだ――足が短いわけじゃなく身長自体が低いからだ。足が短いわけじゃない。
結果的に剣を取ってきただけの状態でリビングに戻ると、フィスはまだいなかった。ついでにウルという精霊の姿もない。スカジがのんびりお茶を飲んでいるだけだ。
「ん? 早いね」
「うん、特に持っていくものなさそうだし。剣は要るかな?」
「そうだね。アタシが一緒だから滅多なことはないだろうけど、持って行くにこしたことはないだろうね」
「そっか」
スカジから許可も出たし、問題なしってことだな。
僕はとりあえずまだ来ないフィスを待つために、椅子に座った。同時にスカジがお茶を注いでくれる。
「ありがとう」
「ああ」
そして2人でお茶を飲みながらまったりと過ごす。
ほどなくしてウルが戻ってきた。
スカジの部屋から大荷物を持って。
「それ……」
「今回売るものだよ」
スカジはあっさりと言ったが、荷物はかなりの量だ。巨漢と表現して差し支えないウルをして、なお大きいと思わせる荷物。一体、何をどれだけ持って行く気だ。というか、見た目舐められるとか云々じゃなくて、ただの荷物運びだろコレ。スカジなら持てそうではあるけど、こんなの背負う一般女性はいないもんな。
「さて、あとはフィスなんだけど、ちょいと遅いね」
確かに。あれから5分は経っているだろうか。女性の準備の時間としては短すぎるだろうけど、フィスはまだ7歳だし準備なんてほとんど必要のないと思うんだけど。それこそ僕みたいに剣――フィスの場合の主武器は杖――を持ってくるだけだと思うんだけど。
「何をしてるのかねぇ。あー……ちょいとアタシが様子を見てくるよ」
僕とウルを見た後にスカジが立ち上がった。
フィスは7歳だけど、それでも女の子だ。部屋に入るなら男じゃない方がいいだろう。多分、スカジはそう判断したんだな。
「フィス、準備にいつまで時間をかけてるんだい」
「もうちょっとまって! えーと、これとこれと……」
「? 出来るだけ早くするんだよ」
「はーい」
スカジは怪訝な顔をしながら戻ってきて、お茶を一口すすった。
僕も釣られて一口。
ウルは荷物を背負ったまま立っている。
その状態のまま過ごし、お茶が少し冷めるくらいの時間が経過した。
「遅いね」
スカジがカップのフチを指でなぞりながら呟いた時、ようやくフィスの部屋の扉が開いた。
「おまたせ!」
やりきった感満載の笑顔でフィスが登場した。
それに対して僕たちは一様に呆気に取られた顔をしていた。そして、その目はフィスを見ているようでフィスを見ていなかった。僕らの視線はフィスのやや後ろで交差していた。
「フィス、それはなんだい」
スカジが指した先にあるのは許容量を超えてパンパンに膨らんだリュックサックだった
。見るからに重そうだ。確実に身体強化かけてるだろう、それ。
そしてスカジの質問に対してフィスは何かおかしいところがあるだろうか、とスカートや襟を気にしていた。
「いやいや、服装はいい。ちゃんといつも通り可愛い」
えへへとはにかむフィス。それは確かに可愛いのだけれど、後ろに自分より大きな体積を持ったリュックがあるせいでギャグにしか見えない。
「アタシが言ってるのはそれだよ。その荷物」
それでようやく気付いたのだろう、合点がいったとばかりに手を叩いた。
「あ、やっぱり女の荷物としては少ないかな?」
「「違う!」」
僕とスカジのツッコミの声が家中に響いた。
「さて、それじゃあ行こうかね」
フィスの荷物をバラして片付けて言い聞かせて、そんなこんなで予定より少し遅れて僕らは家を発った。
「ここから目的の町って近いの?」
先頭を歩き出したスカジに聞いてみると、スカジはふむと一呼吸入れて、
「時間で言えば近いかね。距離で言うなら遠いけれど」
どういうことだ?
「ここから最寄りの町だと歩きなら3ヶ月はかかる。ひたすらに森が続くからね」
「え、それじゃあどうするの? また箒に乗って行くの?」
あれなら徒歩で3ヶ月の道程でもひとっ飛びだろう。けど、こんなにたくさんの荷物――僕達含む――を抱えて1本の箒に乗るのか?
「妙なこと考えてるね。安心しな。アンタの考えてる方法とは違うよ」
また心を読まれてしまった。本当にスカジは心を読む魔法とか使ってないんだろうか?
「だからアンタは表情に出すぎなんだよ」
「うぅ……」
そんなに出てるかなぁ。
「まぁそんな事は今はどうでもいんだよ。疑問の答えはこれだよ」
庭のど真ん中でスカジが地面に向かって手を翳した。そして手のひらから地面に向かって魔力が放出されると、地面が輝きだした。
最初は地面が輝いているのかと思ったけど、よく見たら光は確かな紋様を描いていた。
「これは、魔法陣?」
スカジの授業で出てきた覚えがある。前もって術式を書いておくことで、魔術・魔法におけるイメージの段階をすっ飛ばして、魔力を注ぐだけで発動できるようにするというものだ。メリットは簡単に発動できること。デメリットは汎用性が乏しいこと。魔法陣に刻んだ魔法しか使えないのだ。
「そうだよ、ちゃんと覚えていたね」
「これは何の魔法陣なの?」
「これは転移の魔法陣さ」
「転移!?」
そんなのあったんだ!
ゲームやアニメではよく見たけど、実際にあるなんて。魔力を扱う身になって、任意の場所に一瞬で転移するということがどれだけ不可能に近いかを感じ取ることが出来た。だからきっと転移魔法とかは無いんだろうな、なんて勝手に思っていた。さすがスカジ。僕にはとても出来そうにないことを平気でやってのける。そこに痺れる憧れるぅ!
「これで今から行く町の近くの小屋まで転移するよ」
「あ、直接行かないんだ?」
「転移魔法は世間じゃ存在しない魔法扱いになってるからね。バレたら騒ぎになるのさ」
「へぇ、そうなんだ」
「アタシは町から離れた小屋に住んでいるって設定になってるから、一旦そこに転移して、そこから歩いて町に向かうよ」
「分かった」
「フィスも、森の奥から来ましたなんて言うんじゃないよ」
「……はーい」
フィスは荷物を全部片付けられた時に叱られたため機嫌が悪く、渋々といった具合に返事をした。
スカジはやれやれと短く息を付くと、魔法陣の中央へ歩み進んだ。
「ほらおいで」
促されるままに僕らもそろって魔法陣の中に入る。魔法陣自体は直径で3mはありそうな円をしているので、余裕で4人が入れた。
「じゃあ行くよ」
スカジがそう言った瞬間、視界が暗転した。続いて水の中に落とされたような浮遊感が僕を包み、数秒後には全く別の景色が目に飛び込んできた。
そこは薄暗い石壁の部屋だった。大きさは魔法陣と同じくらいで、天井はウルの頭が付きそうなくらいに低い。
「着いたよ」
ボケっとする僕の背中をスカジが叩いた。
「え、あ、うん」
返事をしたものの、僕は思考を取り戻せずにいた。実感が沸かないからというのが大きな理由だ。
視界が閉ざされた時間は数秒程度だったけど、どれくらい移動したのだろう。
ぼんやりしながらもスカジたちに着いて部屋から出て階段を登ると、そこは転移前に聞かされた通り、確かに小屋の中だった。僕らが住んでいる家よりは小さいけれど、人が2・3人住むには問題なさそうな。まぁ一室の中にいるから全景はわからないけれど、今いるリビングの広さからしたらそうなんだろうなって事だ。
定期的に掃除をしているのか、特に埃っぽいことはなく、今からここに住めと言われたらすぐに住めそうなくらいに調度品も整っていた。
「ほら、ボーっとしてんじゃないよ。まずはこれを着な」
そう言われて渡されたのは厚手の生地で出来たコートだった。ポンチョの方が近いかもしれない。
「ここはアタシ達がいた所に比べるとかなり寒いからね。それを羽織りな。あ、剣の上からだよ」
言われるままに首を通すと、誂えたようにサイズがピッタリだった。いつの間にこんなものを。
「よし、着たね。ならとっとと行くよ。少し時間が押してるからね」
スカジもいつの間にか服を着ていた。いつもの下着みたいな服の上からちゃんとした衣服を着て、さらにその上からローブを羽織っている。さすがにあの格好で町には行かないのか。ちょっと安心した。あれじゃただの痴女だもんなー。
僕らの用意が出来ていることを確認すると、スカジは早足で小屋から外に出た。
同時に冷えた風が僕らを撫でていった。
「ふあっ」
いきなりの冷気にフィスが変な声を上げた。僕は寒さを覚悟していた分、声を上げずに済んだ。
にしても確かに少し冷えるな。そういえばあの家に住んでると分からなかったけど、今って暦の上では冬なんだっけか。エイダール家を出たのが年末の13月だったからそっから計算すると今は2月くらいだ。そりゃ寒い。
ヴィンガルフは日本ほど四季がハッキリしていないけど、それでも暑い時期と寒い時期くらいはあるのだ。
「普通に歩いてちゃ遠いからね。ちょっと走るよ。ついておいで」
言うやいなや、スカジが駈け出した。その速度はあきらかに普通の人間の走る速度を超えていた。身体強化しないと間違いなく追いつけない。
ウルは難なく付いて行っていて、僕とフィスが少し遅れて走りだした。
そうして車並の速度で走ること30分。ようやく遠くに町並みが見えてきた。




