8話 姉弟対決
スカジが以前にフィスの競争相手が欲しかったと言っていたのを思い出しつつ、僕たちは揃って裏庭へと移動した。裏庭には一月前に見たまま、枠だけの扉があった。
「さて、前に一度連れては来たけれど……覚えてるかい?」
「うん、この中でスカジと戦ったよね」
「そうさ。で、これの発動には起動式が要るんだけど、それはどうだい?」
起動式? 多分、扉を開くときにスカジが言っていた呪文みたいなやつだろうけど、さすがに一ヶ月前に一度聞いたきりだから覚えてない。
「まぁ、無理もないかねぇ。じゃあフィスがやっておくれ」
「うん、任せてっ。平野への扉よ」
フィスが起動式を唱えると、枠の中が光で満たされた。これでスカジの作った異空間へと行けるようになったんだろう。
起動式は平野への扉よだっけか。忘れない内に脳内で反復しておこ。
扉を潜ると、やはりそこは見渡すかぎりの平原が広がっていた。風も感じるし、草の匂いもする。
魔術で作った空間とは思えない程の現実感だ。もしくは草花は本物なのだろうか。
「それじゃあフィスとソールで勝負だね。ふふふ、どっちが強いのかねぇ」
スカジがフィスの闘争心をやや煽ってくる。そしてフィスもまんまと乗せられて、目がもうやる気――殺る気と表してもいいかもしれない――で爛々(らんらん)と輝いている。
僕としてはそこまでやる気はないのだけれど、ここまで来て後に引くわけにも行かないし、やるからには全力で行こうと思う。あのサバイバルを2年も前にクリアしてるってことは、おそらくフィスは相当強いだろうし。
幸い、小さな女の子と戦うのはシシリーで慣れてるから、今さら遠慮とか躊躇の気持ちはない。
よし、まずは様子見。かつ先手必勝。
「はぁ!」
脚力を強化、真っ直ぐにフィスへと突っ込み、勢いのまま強化した右手でボディストレートを放つ。
「きゃあ!」
するとフィスは何の抵抗もせず、僕のパンチを受けて後方へと飛んでいってしまった。そしてゴロゴロと地面を転がっていく。
「え?」
まさか当たるとは思ってなかった。
馬鹿正直に真っ直ぐ殴っただけだし、きっと避けるか防ぐかして対応してくると思ったのだ。それなのに無防備なままに僕の攻撃を受けて飛んでいった。
クリーンヒットである。
森の魔物でもこれだと大ダメージ、あるいは倒せてしまってるまで有り得る。
ただ、一つ気になったのが、殴った感触が妙だったことくらいか。
まるで水の詰まったゴム風船を叩いたかのような鈍い手応え。
それが防御をされた感触ならば――。
それを証明するかのように、フィスがダメージ0といった様子で立ち上がった。
「ちょっと! いきなりひどいじゃない! まだお母さんがはじめの合図も何もしてないのに!」
「あー」
そう言われれば確かにそうだったかもしれない。不意打ちになったせいでまともに食らったのか。
でも言い訳をさせてもらえるなら、ついさっきまで、戦いの作法も何もない、ただの純然たる命の取り合いを魔物としてきてたので、開始の合図とかそういった概念が完全に頭から抜け落ちていたのだ。だって、待ってたりしたらこっちが殺されるんだから。
そんな風に考えていると、
「何言ってんだい。戦いに合図なんて無いのが当然だろう。確かにアタシが稽古をつける時はそうしてるけど、本来の戦いならそんなものないんだよ」
僕の考えを肯定するようにスカジがフィスを叱責した。
「全く……アンタも森に入った時はそうだったろうに、ここ2年で日和ったみたいだね。これはまた森に放り出して、サバイバル訓練をし直したほうがいいかね」
スカジの言葉にフィスはぐぅの音も出ず、悔しそうに下唇を噛んでいた。
「ぐぅ……」
いや、ぐぅの音は出たみたいだ。
そしてまた僕の方を鋭く睨んできた。
まるで怒られたのはアンタのせいだ、と言わんばかりである。
心外といえば心外なんだけど、フィスからしたら怒りをぶつける相手としたら当然僕になるだろう。
「……おいで、ウンディーネ」
フィスが名前を呼ぶと、その指先から蒼色の水が溢れ出てきて、女性の姿になった。
ウンディーネ。前世ではゲームとかで水の精霊として、基本的に水で出来た美女の姿で表現されてたけど、ここでもそうなのか。
精霊使いであるフィスが喚び出したウンディーネは蒼い水で構成された美しい人魚の出たちをしていて、ぷかぷかと空中に浮かんでいる。浮力は謎だ。
「ウンディーネ、痛めつけてやって」
フィスが指示を送ると、ただ浮いていただけどウンディーネが右手に持った三叉の槍――見ようによっては銛っぽい――を僕へと向けた。すると、その槍先が僕へと向かって伸びてきた。
咄嗟に横っ飛びで躱すと、伸びてきた水槍は地面へと深く突き刺さった。
いや、これ当たったら痛い目どころか死なない?
地面に刺さった水槍はちょっと縮んで地面から抜けると、方向を転換して僕へと襲いかかってきた。
3本の水が上下左右から僕に向かってくるんだけど、それがかなり速いスピードのせいで、避けるのに精一杯になってしまう。
「あぁ、もう! よけたら当たらないでしょう!」
向こうではフィスが理不尽なことに怒ってる。
無茶言わないでくれ。
「とりあえず反撃しないことには何ともならないかな」
そう独り言ちて現状を確認し、僕は手を銃の形――人差し指と中指を立てて残り3本の指は握ったままだ――にしてフィスへと向けた。
サバイバル中、何度やっても電撃以外の魔術は放てなかった。
おそらくファイアボールなどの魔術に体と脳が慣れきってしまっているからだ。
電撃や指輪への魔力供給などで体外へ魔力を放出する術は問題なく出来るようになっていた。
ただ、それを体外へ出す際に炎などに変換できないのだ。魔力自体をそのまま体外へ排出すると、簡単に霧散してしまう。魔力とは、意味を与えないと非常に存在が弱いものらしい。
そんな中、イメージしにくいならイメージしやすくすればいいという発想に至った。
これまた爪熊と戦った時に考えた、
『いくら魔力を練っても、射出出来ないんじゃ意味が無い。
弾丸を持っていても、撃てないんじゃ銃の意味が無い。
いや、ハッタリが効かせられるだけ銃のほうがまだマシか』
この発想が活きた。
銃のイメージはいいんじゃないかって。
前世で銃を撃ったことなんてもちろん無い。けれど、漫画でアニメで映画で、様々な創作物の中でコレでもかというほど見てきた。だからイメージ自体はしやすい。
そしてそれが当たった。
試してみると、銃弾を撃ち出すように炎弾を撃てるようになった。
まぁ、銃をイメージしてるせいで弾しか出ないんだけど。
と、そんな出来事を経てきた僕はその指先から炎弾をフィスへと放った。
「炎弾!」
発声しなくても出るんだけど、考えていた名前を今までは口に出せなかったので、折角だからこの機会に叫んでみた。
炎弾は人差し指と中指からそれぞれ射出され、唸りをあげてフィスへと向かっていく。
銃弾をイメージしたからか、ファイアボールと比べて速度は桁違いだ。新幹線並の速度くらいは出てると思う。
そしてその炎弾をウンディーネが簡単に無効化した。正確には、水の壁をフィスの前に展開して弾を防いだのだけど。
多分、初手の不意打ちもあれが防いだんだろうな。
フィスの周りを疾走りながら何発か炎弾を撃ってみるけど、どの方向から撃ってもやっぱり防がれた。フィスは僕の姿を追いきれてないから、精霊による自動防御なんだろう。ズルい。
そんな事をボヤいても仕方ないか。
遠距離からの炎弾では無理か。きっと水弾や岩弾でも無理だろうな。
「となると」
僕に取れる手段は限られている。それに相手が水で防御してくるならこれだろう。
くるりと身体の向きを変えて、さっきからずっと僕を追ってきている水槍へと腕を振るった。
ここ数日ですっかり使い慣れた電撃が放たれ、水槍の穂先とぶつかった。
水は電気を通す。これなら水槍を伝ってウンディーネまで届くはず。精霊にダメージがあるかは分からないけど、試さないことには何も分からない。それに上手く行けばフィスも軽く感電するはず。
――なんて考えは甘かったらしい。
電気はフィスまで伝うどころか、水槍の表面で弾かれてしまった。通電した気配はない。
なんでだ?
もう一度、今度は直接フィスへ向けて電気を放ってみる。
「きゃっ。な、なにいまの?」
フィスが目の前に奔った電気に驚いたけど、それだけだ。
電気が届いた感じはない。やっぱり水の表面で弾かれている。
一体何がどうなってるんだ?
水は電気を通すはず。確かに魔力から生み出した水は、実在する水とは少し違うものだけど、性質自体はほぼ同じはず――いや、待て。
思いだせ。昔、学校で聞いたことがある。電気を通さない水。
そうだ――純水。
水は電気を通すというイメージが一般にあるけれど、それは正しくて同時に間違っている。
正確には電気を通しているのは水の中の不純物が原因だ。水に溶けているイオンなどが電気を通すのであって、純粋な水――H2Oは電気を通さない絶縁体だ。
とは言っても水はそこらへんにあるだけでも埃などによってどんどん純度を失っていくので、普通に存在する水はまず通電する。
つまり、ウンディーネを構成している水には不純物が含まれないってことか。純粋な水だけの存在。精霊だし、そういうこともあるか。
にしても、それだと益々打つ手が無くなるなぁ。
炎弾は防がれる。電気は通さない。
僕の手札ではウンディーネの守りを突破することが出来ない。
それを察して、心なしかフィスの表情に余裕が見える――ってかドヤ顔になってる。
これはなんとかしたい。是非したい。
とは言ってもどうしたものか。
まあ、遠距離攻撃が通用しないなら、行き着くのはこれしかないか。
「ふぅううう!」
体内を巡っている魔力量を増加させ、限界まで身体能力を上げる。
身体に魔力を通すだけならまだ限界には遠いけれど、これ以上になると僕自身が身体に振りまわされるはめになる。
そういう意味での限界だ。
そしてその強化された脚力で思い切り地面を蹴った。
「え?」
20mは離れていたフィスの元に、1秒未満で辿り着く。
フィスは状況をうまく飲み込めずに固まっている。
「おおおおおお!」
そして強化された腕力で思い切り殴りつけた。
フィスは反応できてなかったけど、当然ウンディーネの防御水壁は僕の拳を防いだ。
それは分かっていたことだから、防がれたからってどうってことはない。
問題は、水の壁に対して僕の拳がどれだけ有効なのかだ。
そして、感触は悪くなかった。。
以前、スカジと戦った時は、その防御障壁をいくら攻撃しても突破できる気がしなかった。それはもう新聞紙で作った剣でコンクリートを割れと言われてるくらいの絶望感だった。
けど、今回は違う。
木の板を殴ってるくらいには手応えがあった。
要は、壊せるってことだ。
僕は直ぐ様フィスの視界から外れ、背後から思い切り殴りつけた。
やっぱりウンディーネの水壁が防ぐけど、さっきよりダメージを与えてる手応えがあった。
「あ、あんた!」
それを感じ取ったのか、フィスがやや焦った声を出した。
けれどそれは僕のやる気を促進させるだけだ。僕は調子に乗って、死角に入っては攻撃を繰り返した。
そうして殴る都度に8度。
水風船が割れる時のような音と共に水壁が弾け飛んだ。
「――っしゃ」
これで僕とフィスの間に障害は何もない。
僕は拳を思い切り握りこんで――さすがに思い切り殴るつもりはなくて寸止めにするつもりだ――フィスの懐へと飛び込んだ。
もらった!
僕の拳はフィスの鳩尾へと真っ直ぐ吸い込まれ――
「もう、しかたないわね」
「へ?」
フィスの目つきが鋭いものになった、その途端。僕の身体は強い衝撃を受けて後方へと吹っ飛ばされた。
「が――ぁ」
殴られた?
その衝撃で肺の中の空気が全て出て行って、前後不覚のまま地面に背中を打ち付けた。
(なにが――?)
起こったんだ?
言うことを聞かない身体を無理やり動かして、なんとか顔だけでも上げる。
そして薄れゆく視界の中に見えたのは、火を纏った精霊を従えているフィスだった。




