7話 6歳少年遭難記
(ん……朝か)
柔らかな陽光が僕の目を覚ました。
僕は起きると同時に腰にぶら下げている木片に剣で傷をつけた。
傷の数はこれで30。
この森に放り出されてから、僕は朝を迎える度に木片に日数を記録していた。
それが30、つまり僕がこの森に放り出されてから早いもので1ヶ月が過ぎたということになる。
(もうそんなに経ったんだなぁ)
周囲に張ったお手製の警戒装置――蔓と木片で作った鳴子だ――を回収しながら、このサバイバルの日々を思い出していた。
森に放り出されてから数日は本当に大変だった。
昼夜問わずに襲いかかってくる魔物に僕はどんどん神経をすり減らしていった。
特に最初の3日くらいは一睡も出来なかった。
あれは思い出すのも辛いな。
ただ、そんな極限状態の中だからこそ僕は多くのことを身につけた。
まず食料。
初日の夜に魔狼を捌いて焼いて食べたのだけれど、前世から数えてこのかた、生き物を捌いたことなどない。食べ物というのは、加工されて販売されているのが当たり前の世界で生きてきたんだから。
毛皮は全然剥げないし、内臓を見ただけで吐いたし、骨は硬くて切れないしで、食べられそうな肉の部分を手に入れるだけで一晩掛かった。
幸いにして、これは焼いたら普通に食べられたし、中毒などにもならなかった。
あの時はげんなりしたけど、魔物も食べられるということを最初に知ることが出来たのは大きかった。
結果的に飢えることはほぼなかったのだから。
そして、次に苦労したのが指輪の使い方だ。
スカジから渡された指輪。これに魔力を通すと家の方角を示してくれると言っていたけど、魔力を込めるというのがどうすればいいのか分からなかったのだ。
魔狼の死体から食べられそうな肉だけ削いで――これも気持ち悪かった――その場から離れて、さらに安全ぽい木の上へと移動し、そこで挑戦してみた。
しかし、いくら試行錯誤しても全く反応しなかった。
昇ったはずの日が沈もうという頃、もしかして帰れないんじゃ。そう諦念を抱きそうになりつつ魔狼の肉を囓った時だった。
そういえば、魔狼を倒した時にやけに耳の聞こえが良かったな。それに気付いた。
その時は夢中だったけれど、思い返してみればあれは反射強化の魔術を使った時の感覚によく似ている。
あれはつまり、魔術名を口にせず強化魔術を使ったってことじゃないかと。
フローラは言っていた。強化魔術は「強化魔術を使うこと」ともう一つ「強化したい場所に魔力を集中する」ことでも使えると。
それに気付いてからは早かった。
昨晩の感覚を思い出しつつ強化魔術を習得し、魔力を特定の場所に集中するという行為がそのまま指輪へ魔力を通すことへと繋がった。
まぁ、この日はこれで日が暮れたから他には何も出来なかったんだけど。
雷撃魔術と身体強化、その2つを完全無詠唱で使えることで僕の移動速度や戦闘能力っ飛躍的に向上したし、指輪のおかげで――魔力を込めると指輪の上に矢印が出た――進む方向にも迷わなくて済んだ。
そしてその次に、これが1番苦労したんだけど、寝る時のことだ。
寝る時は完全に無防備になる。
けれど、睡眠は必須だ。
寝ないと体力は回復しないし、頭は回らないし、魔力だってきっと尽きる。
となると、どうすればいいのか。
つまりは寝てもいい状況を作り出さないといけないわけだ。
最初に考えたのは罠。
いまも使っている、ひも状の植物――蔓と木片を組み合わせた鳴子だ。
寝ている僕を囲むように蔓を設置し、何かがこれを触れたら重ねた木片が鳴るのだ。
最初、これは上手くいくと思った。
だけど最初だけだ。
魔物の中にはある程度の知能を有する者がいる。
魔狼や爪熊なんかは割と簡単に引っかかってくれたんだけど、尻尾の先が棍棒みたいになってる猿っぽいやつ――撲猿と名づけた――とかはそれを避けて近づいてくるのだ。
あるいは空を飛んでいる魔物――やたらと鋭い嘴をした鳶。
蔓は足に引っかかるように作ってるので、上から来られたらどうしようもない。
助かったことに、どちらの時もたまたま目が覚めたので死ぬようなことにはならなかったけど、安心して眠れなくなった。
次に考えたのが、前世で読んだマンガの中にあった、寝てる時も緊張感を持つ訓練だ。
熟睡してしまったら自分の頭に石が落ちてくるような。
それを始めた時はそりゃもうバカになるんじゃないかってくらいに頭を痛くした。
ただ、それなりに効果があって、慣れてくると浅い眠りのままに睡眠を取れるようになった。
まさか前世のマンガの知識が役に立つとはって感じだった。
こうして僕は何とか食料と睡眠と戦闘力とコンパスを手に入れたのだった。
これはもう大丈夫だろ、そう思って歩みを進める僕を次なる試練が待ち受けていた。
スカジの家に近づけば近づくほど、魔物が強くなっていくのだ。
始めの方にいた爪熊や魔狼や鳶などは脳筋で、逆に撲猿なんかは知能はそこそこある代わりに弱かった。
けれど10日を過ぎた辺りから、知能が高くて強いやつ。集団でチームワークを活かしてくるやつなど、厄介な魔物が出るようになった。
雷撃と身体能力に明かしてゴリ押しするような方法はもう取れなくなり、相手の動きをよく観察して、それに対応していく冷静さと判断力が求められるようになっていった。
この辺はエイダール家にいたころに学んだ剣術が役に立った。身を守る術を教えてくれたヴォーデンに感謝だ。
何とかかんとか魔物を撃退しつつ進行していく。
すると20日を過ぎたくらいからまた魔物が強くなった。
知能は高いし身体能力も高いし、さらに簡単な魔術まで使ってくるのだ。
酷い時はそういうやつが3匹で徒党を組んでやってきた。
もしくはランクは少し落ちるけど、15匹の魔物の集団を相手にした時は本当に死ぬかと思った。
地形はもちろん、なんなら他の魔物の死体など利用できるものは何でも利用した。内臓を見ただけで吐いていた時から考えると、とんでもない進歩だと思ったもんだ。
* * * * * * * * * *
そうして僕は生き残り、今に至る。
にしても、濃い1ヶ月だなぁ。そして、これが後どれくらい続くのだろう。
これまでの法則で考えるとまた魔物が強くなるんだけど……って、あれ? そういえば、昨日って魔物に遭ったっけ?
今まで魔物に遭遇しなかった日なんてなかった。
1日3戦4戦は当たり前だった。
けど、昨日は確か朝方に悪魔型を1匹倒してから見てない。
今も周囲に魔物の気配はない。
ってか、気配とか分かるようになっちゃったんだなぁ、僕。格闘漫画の世界の住人かよ。
軽く自虐ツッコミを入れつつ、回収した罠――今では役に立ってないけど何となく張ってる――を持って歩き出した。
そして数時間歩いてもやはり魔物が出なかった。
どういうことだろ?
首を傾げながら歩いて行くと、急に開けた場所へと出た。
(あ)
そこは、見覚えのある場所だった。
そう、そこは、
(スカジの……家だ)
開けた場所の真ん中に、こんな森に似つかわしくない立派な家。
物干し竿も井戸も、もちろんある。
(やっと、着いたんだ!)
嬉しくて僕は駆け出していた。
すると僕を待っていたかのように扉が開かれた。
出てきたのは、
(フィス!)
水汲み用の桶を抱えたフィスだった。
「あれ? 誰……って、ソール?」
一瞬だけ怪訝そうな顔つきをした後、すぐに思い当たった顔をした。
(そうだよ、ソールだよ!)
嬉しさのあまり、僕は急いでフィスへと近づく。
「そういえば修行に行かせたってお母さんが言ってたっけ。おかえりなさい」
安心や歓迎というより、よくやったわねみたいな笑顔でフィスは僕を迎え入れてくれた。
(ただいま!)
僕は1ヶ月ぶりにスカジの家に帰ってこれたのだった。
「ようやく帰ってきたねぇ」
感動の対面の後、フィスに「うわ、くさっ」と言われた僕は直ぐ風呂に入って――放り込まれたとも言う――サッパリした状態で、スカジとフィスとテーブルを囲んでいた。
「さて、とりあえず最初の訓練は合格ということかねぇ。それじゃ、それ外そうかい」
スカジが指さしたのは僕の首。つまりはチョーカーだ。
スカジはテーブルの対面から身を乗り出すと、手早く僕のチョーカーを外した。
「ほら、もう喋れるはずだよ」
「あー。あー。あー! おー! 声が、声が出る!」
やった! 本当に声が出る! 自由に話せる!
声が出るって、素敵!
なんて、僕が声が出る喜びを噛み締めている横で、スカジが宝石に話しかけていた。
「ほら、もう出てきても大丈夫だよ」
すると、黄色い宝石から光の粒子が溢れ出てきて、それが女性の形を為した。
身長が15cmくらいの月の女神だ。何故月の女神かというと、黄色を基調とした髪や服装をした美女が、宙に浮いている三日月に乗っているからだ。その三日月も15cmの女神に丁度合うサイズになっている。
「波の精霊、ご苦労様だったね。少し休んどいで。報告はまた夜にでも頼むよ」
月の女神――もとい波の精霊はこくりと頷くと、再び光の粒子となり宝石の中に入っていった。そしてそれをスカジが谷間の中に仕舞った。
あんな事、本当にする人いるんだ……。
爆乳たるスカジだから出来る事だろうけど。
「にしても30日で戻ってくるとはね。やるじゃないか」
「え? あぁ、うん、そうかな?」
ちょっと呆気に取られたせいで、辿々しい返事になってしまった。
「フィスの時は、確かその倍くらいはかかったね」
「で、でも私がやったのおととしだもん!」
へぇ、フィスもやったのか。フィスはいま7歳――僕の1つ上だ――だから、5歳の時にこのサバイバル訓練をやったんだな。
「って、5歳で!?」
それはちょっと所じゃなく尋常ではない。
僕は6歳とは言っても、精神は20歳を超えている。
だけどフィスは正真正銘の子ども、のはずだ。
それが5歳であの森を抜けただなんて。
「そうよ、5才の時よ。すごいでしょう!」
僕が驚いたことに気を良くしたのか、フィスが威張るように胸を張った。
「確かにそうだけど、アンタには精霊が付いてたじゃないか」
「うっ」
だが、その張られた胸はすぐに前へと折られてしまった。
精霊がいるとそんなに違うものなのか?
「それにアンタは生まれた時からアタシが色々と教えているだろ? ソールはまだアタシからほとんど何も教わってないよ」
「うー、うー」
フィスは悔しげに唸りながら下を向いている。
まぁ、確かに弟相手に負けてるとなると、このくらいの年の子は面白くないかもね。
「その辺を差し引いても、サバイバル訓練はソールの勝ちだね」
まるで煽るようにスカジが続けた。
てか、これ完全に煽ってるよね。
「うー!」
フィスが唸りながら僕を睨みつけてきた。そして、身体を起こすと僕を指さしてこう言い放った。
「ソール! 私と勝負しなさい!」
その時、スカジの口元が一瞬ニヤけた気がした。




