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黄昏の転生者(ストレンジャー) 旧:雷霆の騎士  作者: 林檎亭
1章:生まれ変わって異世界ライフ
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6話 生き抜くために

 叩きつけるような雨音の中、僕はぼんやりと目を覚ました。

 なんだか身体が凄くだるいし、頭の中も霧がかったようにハッキリしない。

 ただ雨の音だけが身体の中に響いている。


(う……)


 手をついて身体を起こすと、さらに頭がクラクラした。貧血を起こした時みたいだ。

 右手に握っている棒状のものを支えに立ち上がり、そのまま杖のように使って歩き出す。

 かなり――もしかしたら少しかも知れない――進んだところで雨が止んだ気がして、僕はその場に倒れこんだ。


「はっ……はっ……」


 息を大きく吸えず、浅い呼吸をひたすら繰り返す。

 意識を手放そうにも、胸の奥がやけに熱くて眠れない。

 雨の音がしなくなったと思ったら、今度は酷い耳鳴りが始まった。

 働かない頭と動かない身体を抱えて、僕はじっと時が過ぎるのを待っていた。

 何かをするべきなのかもしれないけれど、それも考えられない。

 胸の奥で脈打つ何かが思考を邪魔する。

 どくんどくん、と激しく自己を主張してくる。

 まるで、何か僕の中に新しい命が誕生している。

 そんな感覚に陥った。









 そうしてどれくらいの時間が経っただろう。

 僕の身体は平常に戻っていた。

 頭もまともに働くようになっている。

 さっきまでの熱に浮かされたような時間はなんだったんだろう?

 風邪かな?

 いや、でもそんな感じでもなかったし。

 うーん、考えても分かりそうにない。

 とりあえず今はそれより現状を把握しよう。


(日は、すっかり沈んじゃってるな。真っ暗だ)


 森の中なせいで伸ばした手の先すら消えてしまうくらいに暗い。


(これなら歩きまわらない方がいいかな。夜が明けるまではじっとしてよう)


 足元も見えないんじゃ、まともに歩くことすら出来ない。

 余計な体力と神経を使うだけだ。

 普通に歩きやすい日の出てる時間に歩こう。


(それにしても、僕はなんでこんなところに居たんだろう?)


 森の中は森の中でも、開けた場所にいたはずだ。

 しかも、恐ろしい魔物もいたはず。

 あの爪熊はどうなったんだろ?

 確か、あの時は雷撃魔術を使って――駄目だ。思い出せない。

 多分、電気は出たはずなんだけど、それで爪熊倒せたのかな?

 まぁ、そうでもないと僕が生きてる説明がつかないよね。


(電気かぁ)


 左手を持ち上げて人差指と親指の間で電気を発生させてみると、青白い光がパチパチと音を立てた。


(前はこれも出来なかったのに、なんかアッサリと出来るようになってるな。電撃魔術を1回使ったから、コツを身体が覚えたのかな)


 それだと助かる。

 喋れない今、発声なしで使えるこの魔術が僕の生命線だ。

 この感覚だと、大中小くらいの大まかな出力調整は出来そうだ。

 これならなんとかなるかな。


(そんで、行動できないから寝たいのに、さっきまで気を失っていたせいで眠くない)


 明日のために体力を温存しておきたいんだけどなぁ。

 とりあえず目を瞑ってじっとしとくか。


(……電気か。電気って色んな事に使えるよね。明かりを灯したり、熱を起こしたり、はたまた磁力を発生させたり)


 電気に関しての知識は高校の物理程度だけど、魔力で電気を生み出せるなら色々と試せる。試行錯誤して実用に近づけていこう。

 なんかワウワクしてきた!

 高校入学時には治まっていた僕の中の厨二病が再発しそうだ。


 ガサッ


(!?)


 電気の可能性を考察していると、物音が耳に届いた。

 凄く小さな音なんだけど、周りが静かなせいでハッキリと聞こえた。

 耳を澄ませて音を探ってみるが、物音は聞こえてこない。

 気のせいかな? そう思った時だった。

 物音が再び聞こえた。

 しかも今度は、


(これは、獣の唸り声!)


 小さい、呼吸とも取れるような音だけど、間違いなく聞こえた。

 そうだ、失念していた。

 魔物の棲息する森なら、夜も襲われる可能性は十分にある。

 良かった、気絶してる時に襲われなくて。

 とりあえず今はどうするか。


(獣がいるであろう方向は音からして――ほぼ正面)


 だけど暗闇に閉ざされた深夜の森では全く見えない。

 電気を使えば見えるかもしれないけど、いま刺激を与えたらすぐに襲い掛かってくるかもしれない。

 視界がほぼない状態で襲われたら、撃退するのは厳しい。

 とは言っても、ずっとこの均衡が続くわけがない。

 いつか応戦しないといけなくなるだろう。

 それならばこちらから仕掛けたほうが、優位に立てるか。

 でもどうする?

 雷撃をお見舞いして感電させ、その姿と位置を把握してるうちに一気に倒してしまうか。

 あんまり派手にはしたくない。

 そうしたら他の魔物ヤツを呼び寄せてしまうかもしれない。


(よし、決まりだ。中くらいの強さの雷撃を浴びせて、その明かりで姿を確認して、剣で斬る。斬れなさそうでも、口や目を狙って突けばなんとかなるだろう)


 自分の中でシミュレートを終え、ゆっくりと腰を浮かせる。

 中腰で右手に持つ剣を中段に構え、左手を魔物のいるであろう方向へ向ける。


(魔力を左手に集中。魔力量は中級魔術くらい。イメージは電気の槍)


 イメージが完了したところで息を大きく吸った。

 そして吐き、もう一度吸う。


(ハァッ!)


 息と同時に魔力を放出。

 左手から飛び出した魔力はイメージ通りの電気の槍。

 それは周囲を照らしながら一直線に飛んでいく。


(見えた!)


 大型犬ほどもある体躯を持つ狼が闇夜に浮かび上がった。

 が、予想していた位置から少しズレている。

 電気の槍は魔狼を掠めて、その後方へと飛んでいってしまった。

 しかし掠っただけでも、感電はしているはず。

 電気の明かりがある内に、魔狼が悲鳴を上げて痙攣している姿が確認できた。

 そして、すぐに電気が消えて視界が闇で染まる。

 僕は剣を構えたままに跳躍し、狼のいたであろう所で袈裟に剣を振った。

 剣はやや低めの位置で狼に当たった。

 しかし、


(刃が通らない!)


 おそらく分厚い丈夫な体毛で防がれているのだろう。

 柔らかいものを叩く感触が手に伝わった。


(やっぱり無理か。子どもの力に加えて、この闇夜で踏み込みも甘くなったし、剣を当てた位置も悪かった)



 剣を振って何かを斬ろうという時は、剣の根本や、振り始めや終わりでは上手く斬れないのだ。

 適切な位置で、適切な箇所を当てることで剣はその切れ味を最大限発揮する。

 今回ソールは記憶だけで斬ったために、剣の先の先、しかも振り終わりで当てたためにほとんど斬れなかったのだった。


 

(ならっ、シミュレート通りに突くだけだ!)


 僕は剣を構え直すと、眼があるであろう当たりに向かって剣を突き出した。

 だが、魔狼はいち早く感電状態から立ち直り、後方へと飛び退った。

 僕の剣は空を裂いて地面へと突き刺さった。


(くそ! やっぱり電気の通りが甘かったか)


 毛皮で剣を防がれた時に嫌な予感がした。

 あの毛皮では電気の通りも悪いんじゃないかって。

 こうしてすぐに回復したところから見ると、その予想は的中してしまったらしい。

 魔狼は追撃を警戒してか、今度はジッとすることはなく、僕の周りを回り始めた。

 しかもかなり素早い。

 視界の効かないこの暗闇の中じゃ、高速で動く物体を捉えるのは困難だ。

 まだ物音で何となくどの方向にいるかが分かるのだけが救いか。

 魔狼は僕の隙を伺うように、速度に変化をつけつつ僕の周囲を走っている。

 一定速度じゃない所も憎い。


(こっちから捉えて仕掛けるのは無理か?)


 とてもじゃないけど、音だけではその位置を特定し切れない。

 となると相手が仕掛けてきた時にカウンターをお見舞いするしか無いんだけど。


(それもやっぱり音だけじゃ厳しい)


 何か、もっと何か情報がほしい。

 魔狼が飛び出してくるタイミングが図れるような。

 音にしても、距離感が分かるほどに鮮明に聞こえれば。

 目が見えないために、どんどん音への集中を増していく。

 少しでも音が拾えるように。

 僅かの音でも聞き漏らさないように。

 細かい変化も聞き分けられるように。


(集中……集中……)


 ひたすらに聴覚に集中する。

 カウンターを決められるように、同時に魔力も練っておく。

 そうしてる内に変化が起こった。

 本当に音が鮮明に聞こえてくるようになったのだ。

 魔狼が草をかき分ける音はもちろん。

 呼吸に足音、さらにはその強弱まで。


(いま、大きく息を吸った? あ、強く踏み出したな。それで3mは跳躍したか。現在位置は5時の方向、4m先)


 正確な位置まで把握できるようになった。

 なんでか分からないけど、これなら襲いかかってきても対処できそうだ。

 そう思った矢先、これまでにないほど魔狼が強く地面を蹴る音がした。

 風切り音が僕の耳に届く。


(真後ろから真っ直ぐ僕に飛びかかってきてる!)


 僕は風の音を頼りに、身を屈めて魔狼の下へと潜り込んだ。

 何となく魔狼が動揺したのが分かった。


(これでも――喰らえ!)


 下から体ごとぶつかるようにして剣を突き出す。

 それでも剣は深く刺さらず、毛皮に阻まれて少し食い込んだだけで終わった。


(だけど、僕の攻撃はこれで終わりじゃない!)


 僕は溜めていた魔力を剣へと流し込んだ。

 魔力は僕の手から出た瞬間から電気へと変換され、そして剣を伝って魔狼の身体へと流し込まれた。


「ギャウッ」


 魔狼は一際多く痙攣すると、上手く着地出来ずに地面に墜ちて倒れ込んだ。

 近寄ってみてみると、痙攣しながら口からは泡を吹いていた。

 なんとなく肉の焦げた匂いもする。


(倒せたみたいだけど……まだ、死んでないよね)


 僅かばかりに命を奪うことへの抵抗が芽生える。

 魔物とはいえ生き物だ。

 だけど、ここで殺さなかったらどうなる?


(少なくとも、僕は場所を移動しなくてはならなくなる)


 この真っ暗で見通しの効かない森の中を、だ。

 迷う迷わないはもちろん、移動したことで新たな魔物と遭遇する危険だってあるし、崖に落ちてしまう可能性だって考えられる。

 そして僕を殺そうとした魔物が隣にいる状態で落ち着けるほど、僕は肝が座ってるわけじゃない。

 というか、そんな奴はただの馬鹿だ。

 つまり、この魔物はここで殺すしか無い。

 いつ回復して起き上がってくるかも分からないから、今すぐにでも止めを刺すべきだ。


(そうだ。やるしかない)


 僕はゆっくりと腰を下ろして、魔狼に手を当てた。


(刃が通らないなら、感電死させるしか無い)


 左手から魔狼の体温と鼓動が伝わってくる。

 いやが応にも、魔狼が生きてるってことが分かってしまう。

 それは僕の中のブレーキとアクセルを同時に踏み込ませるような感覚をもたらした。


 生きているんだから――殺さないといけない

 生きているんだから――殺していいのか


 迷いが僕をさいなむ。

 けれど、理性で考えれば殺すしか無い。

 そう、殺すしか無いんだ。


 だって――僕は死にたくない。


(ああああああああああああああああああああああああああああああ)


 左手に魔力を集めて勢いのまま放出した。


「――ッ」


 魔狼は眼と口を大きく開け、声にならない断末魔を上げた。

 僕はそれをしっかりと見ていた。

 魔狼が息絶えるその時まで、ずっと見ていた。







 魔狼が息絶えるまでの時間は異様に長く感じたけど、魔力消費量からして数秒の出来事だった。

 僕は大した魔力を消費したわけでもないのに、やけに疲れていた。

 初めて自分の意志で生き物の命を奪ったのだ。

 生き物を、殺したのだ。

 それは思った以上の疲労感を僕に与えた。

 ただ、思ったよりは罪悪感が薄かった。


(僕って、意外と薄情なのかもな)


 こんな相手に情なんて感じるものではないけれど、それでもやっぱり生き物なんだから。


(……とりあえず、これで一安心かな)


 魔狼はもう動かない。

 このまま此処にいても安全だろう。

 そう思って一つ溜め息を付いた時だった。


 キュルルル


(あ)


 腹の虫が鳴った。


(そういえば、朝ごはんを食べてから何も口にしてないっけ)


 気絶していたから、あれからどれくらいの時間が経っているかは分からないけど、少なくとも半日以上は何も食べていない。

 その間にも戦ったり魔力を消費したりしてたんだから、それは当然お腹が空く。


(けど、食べ物なんて持ってない)


 着の身着のままでスカジにこの森に放り出されたのだ――剣は貰ったけど。

 飛行距離と速度からして、1日や2日で帰れる距離じゃない。

 となると、食べ物がないからって我慢出来るわけもない。


(それってつまり、自分で食べ物を調達しないといけないってことだよね)


 どうしよう。

 サバイバルの知識なんてない。

 前世ではもちろんそんな目に遭ったことはないし、それにどっちにしろ生態系が違うのだから前の世界の知識なんて役に立たないだろう。

 いまあるこの世界の知識だけで調達できそうな食料といえば。

 その時、肉の焼けた匂いが再び僕の鼻をくすぐった。

 匂いのもとは――魔狼の死体。

 電気とはいえ、焼いたのだから肉の焼けた匂いはするだろう。


(……魔物って食べれたっけ?)


 エイダール家で読んでいた書物によると、魔物とは魔力を持った獣の総称である、とあった。

 多少外見が変わっていて凶暴であっても、獣であることには変わりない。

 問題は魔力があるってことだけど、そもそも人間にだって魔力があるんだし。


(大丈夫……かな?)


 そう考えると、僕の飢えがさらに加速した。

 さっきまではお腹が空いている程度のものだったのだけれど、食べられるものがあるという状態になって、僕の食欲が刺激されてしまったのだ。

 こうなってはもう冷静な判断など出来なくなっていた。


(そうだ。前の世界だって、人間は動物を狩って食べていたんだ。この魔狼だって僕を食べるつもりだったんだろう。けれど、この魔狼は負けた。なら、勝者に食べられても仕方ないはず)


 僕の思考は、目の前の魔狼を食べることへの正当化の理由でいっぱいになっていた。


(包丁はないけど、剣はある。生はさすがにマズイか。でも火は電気を発生させれば簡単に付けられる)


 ギュルルルル!


 腹の音が僕を急かす。

 早く目の前の食べ物をよこせとがなり立てる。


(……)


 僕は無言のまま剣を逆手に持ち直すと、毛皮の薄くなっているところを見極め、勢い良く魔狼へと突き立てた。

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