5.5話 雷霆の目撃者
ゆっくりと空を飛んで帰路についていたスカジは、異常なまでの魔力の膨張に気付いて咄嗟に振り返った。
その視線の先――ソールを置いてきた辺りで大気を歪ませるほどの魔力が立ち上っていた。
「視認できるほどの魔力量だって?」
刹那、白い光が大気を切り裂いた。
昼間であるにもかかわらず、その光は目を灼きかねない程に輝き、空を奔った。
その様はまるで、地面から天に向かって雷が昇って行くようだった。
そして、数kmは離れていたスカジを強烈な衝撃波が襲い、続いて大地を揺るがしながら轟音が駆け抜けていった。
箒が揺さぶられ体勢が大きく崩れるが、魔力を放出して何とか立ち直る。
危うく地面へ落とされるところだった。
「一体、何が?」
体勢を直したスカジは原因を突き止めるべく、魔力の発生源へと箒を向けた。
辿り着いた先でスカジは我が目を疑う光景を見た。
森の広場の端で手を付きだした状態のまま倒れているソールと、広範囲にわたって焼きつくされて形を変えた森の姿だった。
ソールの左手を始点として、その先は大地が抉られ、木々はなぎ倒され、草むらは焼き払われていた。それが地平の先まで続いている。
当然、その惨状で生きている存在など無かった。
この森は強力な魔物が多く生息している。
だが、その全ては炭になるか身体の大部分を喪失しているかだった。
きっと原型すら残らずに消滅させられたものもいるだろう。
そして、スカジのその考察は的中していた。
ソールの目の前にいたはずの爪熊は、文字通り影も形も無くなっていたのだから。
「ソールっ」
呆気に取られていたスカジだが、数秒で現状を把握して自分を取り戻すと、無事を確かめるべくすぐさまソールの元へと向かった。
近付いてみると、上下する肩が見て取れたために生存はすぐ確認できた。
スカジは一先ず胸を撫で下ろし、改めて傍まで近付いてみる。
「気絶してるだけ、みたいだねぇ。魔力が空にでもなったかね」
魔力を全て使い切ってしまうと、その疲労感から気を失うことはままある。
これだけの魔力放出をしたのだから、当然そうなのだろうと思ったスカジだったが、すぐにその考えを改めさせられた。
「いや、魔力は残ってるね」
ハッキリとした魔力の流れをソールから感じる。
肌に触れて魔力残量を探ってみると、未だ多くの魔力が残されていることが分かった。
「魔力量が多いとは思っていたけど、これでもまだ余裕があるってのかい。いや、これは――」
今までに感じたことのない違和感を覚えた。
「魔力源が2つある?」
人間には心臓が1つしかないように、魔力の源も1つしかないものだ。
だがソールの中には2つある。
片方の魔力を使いきったからだろう、その存在が希薄になっている今、始めてその向こうにある力を感じることが出来る。
「普通の子じゃないとは思ってたけど、まさかこんな種を隠し持っていたとはね」
話だけでは信じられないようなことだが、こうして目の当たりにしている以上はこの事実を受け入れなければならない。
「となると、気絶してるのは魔力切れというより、いきなり大量の魔力を行使したから身体がついて行けなくなったからってことかねぇ」
威力と反動が強すぎて、驚きのあまり気を失ったのだろう。
そういったことも、魔力を扱う上ではよくあることだ。
「とりあえず、この子に関しては問題なさそうだね。魔力切れじゃないなら直ぐに目が覚めるだろうさ。にしても、ヨルズがこの子を私に託した理由がよく分かったよ。これじゃ普通の魔術師じゃ手に余る」
少し優秀なだけの指導者ならこの才能を潰してしまうだろう。
「さて、それはいいとしてアタシはこれをどうにかしないとね」
顔を上げた先では森が轟々と燃えていた。
このまま放っておけばさらに広い範囲の森が失われるだろう。
「生態系まで崩すのは宜しくないからねぇ」
スカジは箒に跨ると、燃えている部分が一望できる高さまで飛び上がった。
「おーおー、これはまた豪勢に燃やしてくれたもんだねぇ」
ソールの魔法で綺麗さっぱり消失した部分はいいが、その熱波を受けた場所は激しい火の手を上げている。
「雨、でいいかね」
スカジが手を振ると、たちまち空一面が黒い雲に覆われた。
そして数分もしない内に土砂降りの雨が降り注いだ。
数m先も見通せないほどに強い雨は、炎をどんどん消していき、すぐにその全てを鎮火し終えた。
「よし、これでいいね。ソールは……まぁ何かあっても波の精霊が付いているから大丈夫だろうさ」
スカジは最後にソールを一瞥すると、また空の向こうへと飛び去っていった。
ソールに着けたチョーカー。
実はアレは呪いの品などではなく、精霊の宿ったれっきとした魔導具なのだ。
『波』を司る精霊フリスト。それがチョーカーの黄色い宝石に宿っている精霊の名だ。
声が出ないのは、声帯部分でフリストが声を打ち消しているからである。
しかも、いざという時には顕現してソールを守るようになっている。
もちろんソールがその事を知ることはずっと――少なくとも、このサバイバル訓練が終わるまでは無い。




