5話 それは産声にも似た咆哮
爪熊が襲いかかってきた時、咄嗟に手を前へ突き出して構えたが、
(ファイアボール!)
声が出ないせいで魔術が不発に終わった。
(あぁ、しまった! そうだ魔術封じられてるんだ!)
そんな僕の混乱などお構いなしに爪熊が突進してきた。
デカイ上に速い。
まるで車が猛スピードで突っ込んでくるかのような威圧感だ。
避けた後の体勢など考えずに全力で横っ飛びして回避すると、僕のすぐ横を爪熊が唸りを上げて通り過ぎていった。
(こ、こえぇ)
大きさも速度も重圧も、その全てがタイラント・ドラゴンの方が圧倒的に上なんだけど、魔術の使えない今の状態だと厄介さは同じくらいに感じる。
いや、まだ攻撃が避けられる分こっちの方がマシかな?
ただ、マシだろうとなんだろうと、このままじゃ僕に待つのは死だ。
なんとかして勝たないと。
せめて生き残らないと。
現状、武器になるものは右手に握っている剣だけ。
魔術が使えたらこのくらいの相手なら楽勝なのに。
弾はある、銃身もある、ただ引き金が足りない。
魔術に慣れ親しんだ僕からすれば、魔術名は引き金そのものだ。
いくら魔力を練っても、射出出来ないんじゃ意味が無い。
弾丸を持っていても、撃てないんじゃ銃の意味が無い。
いや、ハッタリが効かせられるだけ銃のほうがまだマシか。
突進を躱された爪熊は停止するとのっそりと振り返った。
回避されたことに苛ついているのか、不機嫌そうに唸っている。
(ひぃぃ)
思わずゴメンンサイと謝ってしまいそうなほどに怖い。
足が竦んでしまいそうだ。
けれど、そんな恐怖心を首を振って掻き消す。
あぁもう! くそ、怖がってる場合じゃないって!
何か、何かないか?
剣は駄目だ。
多少は心得があると言っても、今の僕の腕力は文字通り子ども並だ。
強化なしには、とても獣に致命傷を与えられるほど深く斬れるとは思えない。
せめて外的要因で速度か重さを足さないと。
でも、どうやって?
爪熊の突進の速度を利用する?
いや、無理だ。
衝撃に負けて吹っ飛ばされるのがオチだ。
くそ! 魔術さえ使えればこんな事に悩まなくて済むのに!
そう、魔術だ。
剣をどう使うかより、やっぱり魔術をどうにかして使う方法を考えた方がいい。
詠唱を封じられてるなら、詠唱なしで。
出来るか?
今までさんざん魔術の恩恵に預かってきた僕に出来るのか?
いや、出来なきゃ死ぬんだ。
出来る出来ないじゃない。
やるんだ!
「グルアッ!」
(うひゃあ!)
僕の考えを待ってくれる道理なんて当然無く、爪熊が再び襲いかかって来た。
さっき突進を躱されたせいか、今度は僕の目の前で大きな爪の付いている右手を振りかぶってきた。
何とか爪の軌道と僕の身体の間に剣を立てて防御する。
(って、うわあああああああ!)
けれど熊の魔物の腕力に6歳児が対抗できるわけもなく、僕の体は簡単に吹き飛ばされて宙を舞った。
反射強化はしてないはずなのに飛んでいる間は何故か景色がスローモーションで流れていった。
あれ? これ走馬灯じゃね?
(うおおお、死んでたまるか!)
スローモーションになったのをいい事に、何とか着地を決める。
今ので右手の剣を手放さなかったのを我ながら褒めてやりたい。
あ、違う。
これ筋肉が強張って手が開かなくなってるだけだ。
爪を防いだ衝撃で痺れて感触ないもの。
握った手からちょっと血が出てるけど、大きな怪我が無かったのは奇跡だな、これ。
さて、それはそれとして。
今みたいなのは二度と続かないと考えた方がいい。
奇跡は願ったら叶わないものだし、二度続くものでもない。
また攻撃を食らう前に何とか対抗策を考えないと。
幸い吹っ飛ばされたおかげで、爪熊との距離は開いた。
代償に右手と、着地の衝撃で両足が痺れてるけど。
まともに動くのは左手のみ。
となると,やっぱり結局は魔術に頼るしかない。
左手から何かを。
何か無詠唱で使えそうなもの。
(そういえば)
今まで習得した魔術を使うのに、魔術名を唱えないと発動しないのなら、そうじゃないものを使えばいいんじゃないのか?
詠唱のいらない魔術。
――名前の無い魔術。
それならば、元々ないものならばいいんじゃないか。
そして、この期に及んでそんな都合のいい魔術が、あるか。
ある。
正確には、まだ習得できてないんだけど、それでもあることはある。
(雷撃魔術)
そう、フローラに言われた僕の得意にして特異な属性。
授業外で地道に練習していた魔術。
それは、既存の魔術でない故に『魔術としての名前がない』。
(電気は比較的イメージしやすい。だって、僕の魔力イメージそのものが電気なんだから)
わざわざ火の玉や水の矢に変換する必要がない。
魔術名の発声は、魔力の変換の際に重要な役割を持つ。
火と口に出せば、火のイメージが簡単に出来るように。
だからこそ、電気なら発声なしに体外へ放出できるんじゃないだろうか。
今までの練習で電気を放出できたことはない。
静電気レベルならあるけど、戦闘に使える程の放出はしたことがない。
ただそれは、加減が分からなかったからだ。
練習はいつも屋敷の自室内だった。
全力でやればどれくらいの威力が出るかわからない。
さすがに室内で思うまま放電する事は出来なかった。
だから、ほんとうに小さいレベルから徐々に徐々に調整していく必要があった。
けれど今なら遠慮なんて要らない。
周りには何もない。
いるのは魔物だけ。
(なら、全力で放電できる!)
僕は翳した左手に魔力を集中させる。
体の中心で発電機が稼働し、どんどん魔力が生み出され、それが左手に集まっていく。
体外に放出するイメージは――いっそ大きく稲妻で!
遠くからのっそのっそと近づいてきていた爪熊が何かを察したのか、急に向かってくる速度を上げた。
もう数秒でここまで来る。
足はまだ痺れているから逃げられない。
この一撃で決めないと死ぬ。
でも、死ねない。絶対に!
左手に集まった魔力はもう十分な量に達している。
左手から、雷が正面へと放たれて奔るイメージ。
(突き抜けろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!!)




