4話 想像力と創造力
「さて、こんなところかねぇ。アンタの実力は分かったよ」
立ち尽くす僕を見て、スカジは手合わせの終了を宣言した。
「ちょいと言う事があるからこっちに来な」
「あ、うん」
呼ばれるがままに小走りで傍まで近づく。
「一つ聞いておくけど、アンタは魔力って何だと思ってる?」
「魔力が何か……?」
それは――なんだろ?
深く考えたことはなかったな。
ファンタジー世界なんだから当たり前にあるものだと思ってたし。
でもこの考え方は、魔力のない世界で読んだり見てたりしたファンタジーものの創作物から出てきた考えだ。
それがこの世界にそのまま当てはまるなんて事は、冷静に考えてみたら有り得ないよね。
じゃあ、なんだろうか。
魔力は、こう内から沸き上がってきて、それでもって魔術として形を為して体外に放出されるものだ。
せいぜいそれくらいの認識しかないし、考えても分かりそうにない。
うん、ここは正解を答えないといけない場面ではなさそうだし、素直に思うまま答えてみよう。
「えっと……魔術を使うための燃料、とか?」
「ふぅむ、なるほど。ま、アンタら人間が考えそうな事だね」
いや、アンタも人間でしょうが。
「簡単に言うとだね、魔力ってのは想像を現実に投影する為のものさね」
「えっと、どういうこと?」
「一般的に知れ渡っている魔術ってのは、誰でも簡単に使えるように加工された見本なのさ」
それは、何となく分かる。
僕自身、魔術を『すでに組まれたプログラム』だと考えたことがある。
「だけどね、それはつまり自分のイメージを枠内に押し込めてしまっている、と言う事になるのさ。本来、イメージというのは無限なんだよ。制約や常識なんていう枷に縛られない、自由なものなんだよ」
「自由……」
「そして魔力というのはそんな無限のイメージを現実に具現化する為の因子なのさ」
「つまり、僕らは魔術を使うことで自分の力に制限をかけてるってこと?」
「飲み込みが早いね。そうだよ、見本を元にした想像は、決して見本の域を出ない。誰でも簡単に使えるからこそ、一定以上には行けない」
奇しくも、僕が魔術をプログラムに例えた事が的を射ていた。
やはり、プログラムに従っては駄目なんだ。
自分でプログラムを組まなければ、上なんて目指せない。
「というわけで、今日からは魔術の詠唱を禁止するよ」
「えっ?」
「え、じゃないよ。いくら頭で分かっていても、魔術を普段から使っていればいつまで経っても枠内からは出られないんだ。魔術に慣れてるアンタは少し大変かもしれないけど、アタシに弟子入りするってんならやってもらうよ」
う、そう言われると反論できない。
そもそも僕のための指示なんだから、守るべきだろう。
「うん――分かった」
「よし、いい返事だ」
スカジが子どもを褒めるように頭を撫でてきた――って、僕は子どもだった。
「さて、そうと決まれば早速修行に入ろうかね」
あ、そうだ。
まだ僕の実力を見るための手合わせしただけで、訓練自体はまだ始まってもいないんだった。
スカジの強さはさっきの戦いでよく分かったし、きっと彼女に付いて行けば強くなれる。
その確信が僕の心を踊らせた。
「ちょいと顎を上げてくれるかい」
「え、はい」
意気込む僕の前にスカジがしゃがんで僕の首に何かを巻いた。
一瞬見えた感じでは、黄色の宝石が付いたチョーカーっぽかった。
実際に、布のような感触が僕の首を一周している。
視線を落としても宝石は見えない。
(これは何?)
と聞こうとして、声が出なかった。
あれ? どうしたんだ?
(スカジ)
声が出ない?
(ちょ、え、どうなってんの)
やはり声が出ない。
他にも声を出そうと色々言ってみるが、どれも声にはならなかった。
こう、喉の奥で掻き消えているような感じだ。
「うん、ちゃんと機能しているね」
僕が焦っている様子を見て、スカジは満足気に頷いていた。
どういうことだ。
「それはね、声を奪う魔導具さ」
(ええ!?)
「あ、ちなみに魔導具というのは、恩恵や呪いを齎す道具のことだよ。それには言葉を失う呪いが掛けられているんだよ」
(な、なんだってー!)
僕の悲鳴も何処にもこだますることなく、脳内だけで反響していった。
「言葉が話せたらうっかり魔術を使うかもしれないさね。だから、こうして強制的に話せなくしたほうが手っ取り早いってもんだろう」
(そ、そうかもしれないけど!)
「いくら文句を言おうと今のアタシには聞こえないよ」
(あぁ、なんてこった)
「あと、それはアタシにしか外せないからね。無理に外したら一生話せなくなるよ」
(え……)
「あぁ。ただ、アタシと同等の技術と魔力を持ってれば外せるけどね」
(それって結局誰にも外せないって事じゃないの!?)
「あっはっは、声は出なくとも表情がぽんぽん変わるのは見てて楽しいね」
(笑い事じゃねー)
「いまは諦めな。アタシも嫌がらせでしてるわけじゃないんだ。強くなりたいんだろう?」
さっきまで笑っていたのに、一転してスカジが真面目な瞳で僕を見つめてきた。
(そうだ。僕は強くなるんだった。強く、ならなくてはいけないんだった)
「よし、いい瞳だ」
スカジは嬉しそうに目を細めると、僕に後を着いてくるよう促して出口へ――この空間に入ってきた時に通った枠だ――と歩いて行った。
彼女に続いて枠をくぐると、そこは元いた場所――スカジの家の裏手だった。
先ほどまでのだだっ広い空間は見る影もない。
本当にどうなってんだ、コレ。
「さぁて、改めて聞くけどソール」
(?)
「強くなるってのは簡単な事じゃない。それこそ命を懸ける覚悟が必要なんだ。対価を払わずには何も得られない。分かってるかい?」
言葉が出ない代わりに僕は大きく頷いた。
「言っておくけど、命を懸ける覚悟っていうのは、死んでもいい覚悟じゃない。何を犠牲にしてでも生き抜くって事だからね。死んだら元も子もないんだから
」
僕とて命をかけてもいいとは思ってるけど、死ぬつもりは毛頭ない。
スカジの言うように、死んでしまっては守りたいものも守れなくなる。
そう覚悟を決めて、再び頷いた。
「よし。それじゃあ、こいつに跨がりな」
スカジの手から突如として竹箒が現れた。
何もないところから――これも魔力の力?
フローラが特級魔術で剣を召喚していた事を考えると、物質を創るか喚ぶかするのは不可能じゃないだろうけど。
「ほれ、その辺に跨がりな」
スカジが寝かせた竹箒の真ん中よりやや前を指さす。
言われるがままに竹箒を跨ぐと、すぐ後ろ密着してスカジが竹箒に横向きに腰掛けた。
「しっかり掴まってるんだよ」
(え)
何で、と思う前に竹箒が高く跳び上がった。
(ええええええええええええええええええ?)
しかも、凄い速さで前へ進んでいる。
その様は端から見たら、まんま箒に跨って空をとぶ魔女そのものだったろう。
「おっと、口を開くんじゃないよ。風圧で舌が喉に入るよ」
驚きでポカンと開いていた口を急いで閉じる。
「そうそう、そのまましっかりと箒を掴んだまま口を閉じて前だけ見てな」
スカジはそう言うと、さらにスピードを上げた。
景色が流れていく速さが、前世で乗った新幹線の窓の外を流れていく景色の速さを軽く超えている。
これは飛行機くらい速度出てそうな気がする。
それでも身体が大丈夫なのは、きっと先程の戦闘で使った身体強化系魔術のお陰だと思う。
そのまま何分くらいだろう、体感では1時間位飛んだところで――この間、下に見える景色はひたすらに森だった――スカジはスピードを緩めて高度を落とした。
なお身体強化魔術は途中で切れていたけど、スカジが正面に防御障壁を展開してくれたおかげで大丈夫だった。
「この辺り――お、あった。あそこだね」
辺りを見回していたスカジが目的のものを見つけたらしく、ちょっとだけ方向を転換して更に高度を下げていった。
進行方向の先には生い茂る木々の中で僅かばかり開けた場所があった。
そこに行くのかと思ったら、案の定その場所の上で僕らは停止した。
「ソール。この指輪を付けな」
空に浮いたままスカジが茶色宝石のついた銀色の指輪を寄越してきた。
何だろうと思いながらも付けてみる。
ちょっと大きいかと思われた指輪は、嵌めると同時に収縮して僕の指にピッタリの大きさになった。
おお、これも魔導具ってやつか。
「それは魔力を込めると進行方向を示してくれる魔導具さ。今は目的地をアタシの家にしてある」
へぇ、そうなんだ。でも何でそんなものを僕に渡すんだろう。
「それじゃ、後は頑張って帰ってきな」
(え?)
その言葉の意味を忖度する間もなく、僕は空中へと放り出された。
(うわぁ!)
地面までの高さは3mほど。なんとか着地する。
(何をするのさ!)
抗議の意味を込めて上を向くと、スカジはずっと高くまで飛び上がっていた。
思いっきりジャンプしても届きそうにない高さだ。
「期限は特にないよ。とにかく戻ってきたらいいからね。あ、そうそう、魔物も出るのに丸腰は何だから、これくらいは餞別に置いていくよ」
スカジが何かを投げると、それは風を切りながら落ちてきて地面に突き刺さった。
(け、剣?)
刃渡り60cmくらいで両刃のオーソドックスな剣だ。
「じゃあね」
そうしてスカジは空を飛んで去って行ってしまった。
え、これマジで?
首を巡らして周囲を確認するけど、森しかない。
ここから帰れって?
飛行機並の速度で1時間は飛んだ距離から?
しかも、魔物が出るって言ってたよな?
(う)
あまりにもの唐突な展開に目眩がする。
と、首のあたりで何かが揺れた。
多分、チョーカーについてる宝石だ。
って、ちょっと待て。
今の僕、魔術使えないよね?
声は魔導具に封じられている。
一応、右手には引っこ抜いた剣があるけど、魔物がいる森ではあまりにも心許無い一振りだ。
ほ、本気かあの人!
なんて頭を抱えて唸っていると、後ろのほうから草をかき分ける音が聞こえた。
(人!?)
少しの期待を持って振り向いた先に居たのは、いま最も会いたくないものだった。
「グルルルルル」
く、熊――じゃない、魔物!
めちゃくちゃ大きな、しかも爪が異様に発達した熊の姿をした魔物がそこにいた。
しかもバッチリと目が合っている。
え、えーと。
これは、もしかして早速ピンチ?
一歩後ずさると、爪熊――勝手に命名した――は草むらから出てきた。
そして、2本足で立ち上がり両手を広げた。
「ガアアア!」
(ぎゃああああ!)
ソールが爪熊と対面している様をスカジは遙か上空から見ていた。
「これでいいのよね? ヨルズ」
黒衣の魔女はそう呟くと溶けるように空の彼方へと消えていった。




