1話 再誕
「……あ」
夢を見ていた、のか?
何だか頭がぼーっとする。
何度か瞬きを繰り返してみても、一向に頭が冴えない。
なんだか生まれ変わった時みたいだな、なんて思った。
「ん?」
ふと視線を感じた気がしたので、顔を動かしてみる。
「じー」
すると、幼女と目が合った。
光っているんじゃないかと錯覚するくらいの綺麗な金髪で、ツリ目がちな碧い瞳をした可愛らしい女の子だ。
その子は何も言わずにひたすら僕をじっと見ている。
え、なに? なんなの?
わけも分からず、かと言って掛ける言葉も思いつかない。
どうしたらいいんだ?
混乱状態に陥っていると、幼女がゆっくりと手を伸ばしてきた。
なんだ?
ちょっと身構えるものの、手つきが優しかったので抵抗せずに成り行きを見守る。
すると幼女は僕の目元に指を添えると、何かをすくい取った。
幼女の指には透明の液体がついていた。
あれ、もしかして、涙?
僕、泣いていたのか?
幼女は涙を拭った手でそのまま僕の頭を撫でだした。
まるで小さい子をいい子いい子と慰めているような手つきだ。
それが異様に照れくさくて、けどもの凄く安心出来てしまって。
僕はひたすらなすがままにされていた。
そうして幾らかの時間が経つと、部屋のドアが開いた。
「フィス、様子はどうだい」
入ってきたのは幼女と同じ輝くような金髪の爆乳美女だった。
こっちは幼女と違ってタレ目気味で瞳の色は金色をしている。
雰囲気が似ているから、親子なんだろうなと直感的に思った。
フィスと呼ばれた幼女は、僕の頭から手を離すと、一目散に爆乳美女の元へ駆けていった。
そして、足にしがみつきながら僕をジッと見ている。
なんなんだ。
そんな風に思っていると、女性と目が合った。
「おや、目が覚めてたのかい」
女性は見た目では20代後半といった感じだけど、喋り方がなんだかお年寄りくさい。
「えっと、どちら様でしょうか」
「ふぅむ、名乗ってもいいけど、そういう時はまず自分から名乗るように教わらなかったかい?」
「あ、済みません。僕はソールと申します」
「ソールね。家名は?」
「え?」
「家名だよ。貴族なんだろ?」
「あ、はい。エイダールです」
「ほぅ……ヴィンガルフの侯爵かい」
「はい。ご存知なのですか?」
「世俗には疎いがね。それでも、三大列強の上位貴族くらいは知ってるさね」
エイダールってそんなに有名なのか。
正直、屋敷からほとんど出たこと無いから知らなかった。
「さて、名乗らせたからにはアタシも名乗らないとね。アタシはスカジ。まぁ見ての通りただのババアだよ」
見ての通りって。
見たまんまなら、どう見ても若いって。
確かに前世では、ヲタクがネタ的に少女以上をババアなんて呼んでたりしたけど、常識的に考えたらスカジは若い。
「それで……ほら、自己紹介くらい自分でしな」
押されるように足元の幼女が前に進み出た。
「……フィスよ」
つっけんどんにそれだけ言われた。
まぁフィスの名前はさっきスカジが呼んでたから知ってるけど。
「それで? エイダールのお坊ちゃんがあんな所で何をしてたのさ」
何故か嫌な汗が滲み出てきた。
「あんな所?」
心臓が早鐘を打つ。
「覚えてないのかい? アンタ、暴龍山脈で気を失っていたんだよ」
どくん、と心臓が破れたかと思うほど強く鳴った。
そうだ、そうだった。
僕は、あの山で、タイラント・ドラゴンに。
「かっ……はっ……」
そして母様を。
「おや、傷を開かせちまったみたいだね」
「おかあさん……」
「そうだね。ちょいと急き過ぎたようだ」
頭のなかにペンキをぶち撒けられたみたいに様々な感情や記憶がぐちゃぐちゃにフラッシュバックして消えていく。
「ほら、落ち着きな」
「んっ」
なにか柔らかいものに包まれた気がする。
ふかふかしてていい匂いがして、昔こんな優しさに触れたことがあるような。
いつしか僕の頭の中を満たしていた淀みは澄み渡り、思考もすっかり落ち着いていった。
そうしてようやく気がついた。
抱きしめられていることに。
「え? あ、す、すみません」
咄嗟に離れようとしたけど、思った以上にしっかりと抱かれていて、全然離れられなかった。
「子どもが気にするもんじゃないよ。もうしばらくこうしててやるから」
引き剥がそうにもどうにもならないので、僕は大人しく抱きしめられることにした。
ちょっと恥ずかしいけど、それよりも深い安心感を得ることができていて、僕はゆっくりと記憶を拾っていった。
「あの……」
「なんだい?」
「僕は、暴龍山脈に行ったんです」
僕は初めて会ったこの女性に守られながら、ぽつぽつと過去を語り始めた。
母子でグラズヘイムからウィヨルギョン領へと発ったこと。
途中で誤って暴龍山脈に立ち入ってしまったこと。
そのため、タイラント・ドラゴンに襲われたこと。
護衛が全滅したこと。
こちらの魔術が全く効かなかったこと。
母様が特級魔術を使って戦ったこと。
誰かの陰謀によって暴龍山脈に来てしまった可能性が高いこと。
そして、母様が僕をかばったこと。
僕が崖下に落ちていったこと。
フローラがどうなったかをハッキリ口に出すことは出来なかったけど、比較的落ち着いて話せたと思う。
スカジがくれる妙な安心感のせいだろうか。フローラからも感じていたそれは、もしかしたら母性と呼ぶものなのかもしれない。
いまスカジのデカイ胸に頭をうずめて――顔をというか本当に頭ごと埋まっている――いるにも関わらず、全然欲情しないし。
しかし、こうして振り返りながら説明したことで僕の方でも何となく整理がついた。
状況もだけど、感情がという意味でもだ。
「なるほどねぇ。だからあんな所で気を失っていたんだねぇ」
スカジが僕の後頭部を撫でながら頷いた。
「あれ?」
そういえば、おかしくないか?
「どうしたんだい?」
「えっと、スカジさんは僕を暴龍山脈で拾ったんですよね?」
「そうさ。暴龍山脈を通りがかった時にたまたま見つけてね。怪我は酷かったけど、まだ息があったから治療のために私の家まで運んだのさ」
やっぱりおかしい。
僕はスカジから身体を離すと――今回はちゃんと離してくれた――その金色に輝く目を見て聞いた。
「暴龍山脈でって、あそこにはタイラント・ドラゴンがいたはずですよね? どうして無事なんですか?」
あそこまで理不尽で強大な暴力を振るう化物の住処で、どうやって。
見た感じではスカジに怪我らしい怪我すらない。
艶やかな長い金髪も、端正な作りの顔も、その身を包む布面積の少ない黒いローブも、露出の多い白い肌も、傷もシミも、ほつれ一つ無い。
「あぁ、そんなことかい」
僕の疑問に、スカジはなんでもないように答えた。
「アンタらがタイラント・ドラゴンとか呼んでるアイツは臆病者でね。自分じゃ絶対に勝てない相手には喧嘩を売らないのさ」
「……え?」
なんだって?
タイラント・ドラゴンが勝てない相手、だって?
「まぁまだ若い竜だからね。いまはちょっと調子に乗ってて、弱者相手に強さを誇示してるだけさ」
いや、そんなヤンキーが若さに明かして暴れてるみたいな言い方されても。
「老成した、というかそれなりに落ち着いた竜なら人間に干渉なんてしないで生きてるよ」
なにその人間臭さ。
竜のイメージが一気に庶民的に。
「ちょっと、待ってください。スカジさんは、タイラント・ドラゴンより強いってことですか? それもかなり」
「ん? そう言ったつもりだけどね。分かりにくかったかい?」
マジか。
見栄とかハッタリではなくて?
「アンタ相手に見栄張ってどうすんだい」
確かにそうだ。
それに僕は確かに暴龍山脈で気を失っていただろうし。
てか、いまさりげに人の心読まなかった、この人?
「読んでないよ。表情を見ればそれくらい分かるさね」
また読まれた!
この人何者なの!?
「まぁその辺はどうでもいいさ」
いや、よくないと思います。
「1度助けたからには、怪我が治るまでは面倒見てやるし、その後は好きな場所まで送ってあげるけど、どうする?」
「え」
どうするって、そりゃあ――
「どうしましょう?」
「アタシに聞かれてもねぇ」
ここはどうするのがいいんだろうか。
普通に考えたら、怪我が治り次第ウィヨルギュン領へ送ってもらうべきなんだろう。
けど、本当にそれでいいのか?
フローラは言っていた。
グラズヘイムに僕達を嵌めた奴がいる、と。
その時はよく状況が飲み込めなかったけど、そういえばフローラは御者が持っていた地図を見て焦っていた。
あれはもしかして地図が間違っていたからじゃないだろうか。
御者が誰かに間違った地図を持たされていたせいで、タイラント・ドラゴンの縄張り内に這入ってしまったんじゃないだろうか。
グラズヘイムでは――いや、ヴィンガルフでは暴龍山脈に入ることはそのまま死を意味する。
そんな所に這入るよう仕組まれていたということは、それはつまり僕達を殺そうという明確な意志があった事になる。
グラズヘイムに――僕らの周りに僕らを殺そうと画策した奴がいる。
そんな所に戻るのは、フローラの入った通り危険だ。
そして、ウィヨルギュン家に行った場合。
おそらく僕の祖父母は庇ってくれるだろう。
あまり面識はないけれど、フローラから優しく器の大きい人物であることは聞いていたし、なにより僕が尊敬してやまない母様の両親だ。
フローラも頼れと言っていたからには、きっと頼って大丈夫な人たちなんだろう。
けれど、それは彼らに迷惑をかける事とイコールだ。
命を狙われている僕を庇ってしまえば、当然のように祖父母に何らかの迷惑はかかるし、下手をすればもろとも命を狙われることになりかねない。
それは避けたい。
人前に出ないようにすれば、きっと、いまかこの先か、グラズヘイムでは僕は死んだという扱いになるだろう。
そうすれば僕の命を狙っていた奴は目標を達成したと思って、これ以上なにかすることはないだろう。
祖父母にも迷惑は掛からないだろう。
ならば、このまま死んだことにして帰らずに、身分を隠して違う所で生きるべきなんじゃないだろうか。
スタルスやシシリーにはもしかしたら悲しい思いをさせるかもしれないけど、彼らに危害が加わるよりはマシだろう。
もしかしたら、僕らを排除した後はスタルスやシシリーに手が伸びるという可能性もないことはないが、スタルスは何だかんだで国の重要人物だ。護衛も相応の者が付けられている。シシリーだって今はアベル達近衛騎士がベッタリ張り付いている。
僕が戻るよりは安全だと思う。
うん、どう考えても僕は戻らない方がいい。
ならばどうしよう。
正直な所、こうしたいって希望は既に頭の中にあるのだけれど、果たしてこれを言って大丈夫だろうか?
いや、ダメ元だしとりあえず言ってみよう。
ダメだったら、その時はその時で改めて考えたらいい。
そうして考えのまとまった僕は、ずっと目の前で返事を待っていたスカジを見上げた。
「決まったかい?」
「はい。もしよければ、僕をスカジさんの弟子にして頂けないでしょうか」




