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19話 蹂躙

「上!?」


 咆哮は空から聞こえてきた。

 咄嗟に顔を上げると、何かが視界の端を過ぎった。


「ソール!」


 その瞬間、フローラは僕を抱きかかえて全力で跳び退いた。


「えっ!?」


 すぐ後に大きな地響きが周囲を揺らした。

 音に釣られるまま視界を動かすと、さっきまで馬車があった所に大きな何かが現れていた。


「な……」


 それは『死』そのものだった。

 それが存在するというだけで死をばらまく、圧倒的なまでの暴力の化身。

 こんなものを前にして人が出来る事は唯一つ。

 死を受け入れるだけだ。

 強いて選択肢を挙げるならば、大人しく死ぬか抗って死ぬかくらいのものだ。

 その『死』は四足で大地に立ち、一対の翼を持つ、赤火の鱗を纏うおおきなドラゴンだった。胴体の部分だけでも、前世で見た大型トラックよりずっと大きい。


「これが……暴君竜タイラント・ドラゴン


 下敷きになった馬車と馬はもう見る影もない。

 おそらく、一緒にいた御者も……。


「くっ、見つかってしまったなら仕方ないわね。――撤退戦を始める! 総員、準備!」


 呆気にとられている僕らをよそに、フローラが兵士に号令を飛ばした。


「え、は――」


 兵士たちがそれで我を取り戻しかけた時、


「ゴァッ!」


 ドラゴンの口からレーザーのような真っ赤なブレスが吐かれ、兵士の半分が消し炭になった。

 さらに前腕を一閃すると、残っていた内の半分がバラバラになって吹き飛んだ。


「ひぃぃぃぃい!」


 それを見た他の兵士たちは一気にパニックに陥った。

 もはや陣形も関係なく、一斉に逃げていく。

 ここは険しい山道の真ん中。右は断崖、左は絶壁。故に逃げるなら真後ろしか無い。

 兵士たちは思考を停止したまま、固まって走って行く。


「待ちなさい! 固まって逃げたら――」


 フローラの呼びかけも虚しく、再び放たれたブレスが兵士を焼き尽くした。

 残ったのは、逃げずに留まった兵士2名と僕とフローラだけになった。


「フローラ様」


 残った兵士が僕らの前に立った。


「私達で時間を稼ぐのでお逃げ下さい」


 その中で隊長っぽい人が僕らに耳打ちした。


「……分かったわ」


 フローラは逡巡した後、苦々しく頷いた。

 フローラ個人の心情としては彼らを見捨てたくはないが、ここであれを相手にそんなことを言っていられないと判断したんだろう。


「お2人を逃すまで時間を稼ぐぞぉ! 散!」


 固まっていたらブレスで一気にやられると考えたのだろう、2人はドラゴンを挟むような位置に移動した。


「ソール行くわよ!」


「で、でも」


「いいから、早くしないと彼らの覚悟が無駄になる!」


 フローラは僕を抱きかかえたまま走りだした。

 同時に身体強化魔術を発動。フローラの身体が光りに包まれる。


「ガァッ!」


 しかし、兵士の覚悟も圧倒的な暴力の前には意味が無いも同然だった。

 1秒と持たずに2人の兵士は肉塊へと姿を変えた。

 そしてタイラント・ドラゴンは僕らへと向かってまたもブレスを吐き出した。


防御障壁アブソリュート・ゼロ!」


 ブレスが僕らに到達する一瞬早く、フローラの防御障壁が展開された。

 全方位に張られた防御障壁は何とかブレスを防ぎきった。

 さすがフローラ。あの威力は僕じゃ防げない。


「こうなったらやるしかないわね」


 フローラは僕を下ろすと、タイラント・ドラゴンへと向き直った。


「ソール、貴方は逃げなさい」


「そんなこと出来ません! 僕も一緒に戦います!」


 ここでフローラを見捨てたら何のために自分を鍛えてきたのか分からない。

 僕は僕の大切な人を守るために強くなったんだから。


「聞き分けのないこと言わないで。お願いだから逃げ――っ」


 フローラが台詞を言い終わる前にタイラント・ドラゴンの爪が僕らを襲った。

 ギリギリのところで僕は後方に跳んで、フローラは前へ出て躱した。

 タイラント・ドラゴンの懐に入ったフローラは詠唱を開始、


あざなえし魔の宴は赤く、猛りし咆哮は灼熱の奔流。炎巻風ファイアトルネード!」


 距離ゼロで中級魔術のファイアトルネードを放った。

 渦巻く炎がタイラント・ドラゴンを包み込む。

 通常の術者であれば20m程の範囲を包むだけだけど、フローラの場合はその2倍以上もの範囲を炎で囲むことが出来る。

 巨体を誇るタイラント・ドラゴンも全身が炎に包まれている。

 温度も相当で、これだけ離れている僕ですら息苦しい。

 これの中で生きてられる生物はいないだろう。


「やった、母様!」


 勝利を確信して駆け寄ろうとするが、


「来ちゃダメよ!」


「え?」


 フローラの目はいまだ厳しく炎の中心を睨んでいる。


「……右に飛びなさい!」


 何故と聞く前にとりあえず右に跳び退いてみると、さっきまで僕とフローラがいた所を赤いレーザーが通り抜けた。


「なっ」


 そしてファイアトルネードが散り、中から無傷のタイラント・ドラゴンが現れた。


「そんな……あれだけの魔術で何ともないの?」


 僕はその事実に愕然としていたが、フローラは冷静な目でタイラント・ドラゴンを見ていた。


「中級魔術は効かない、か。これだと上級でも効果は期待できそうにないわね」


 ちょっと待て。

 上級でもって、それ魔術じゃほぼ傷つかないってことじゃ。

 いや、そんな馬鹿な。


「母様、僕がやります!」


 可能な限りの魔力を生成、掌に集中させる。


「此に集い給え焔の瞬きよ、幾万をも焼滅させる白き閃光と為れ」


「待っ」


 フローラが何か言いかけたが、すぐに止めて僕の方へと走ってきた。

 何をしようとしてるのか分からないけど、いまさら魔術は止められない。


白炎爆発エクスプロージョン!」


 これはつい最近覚えた火系上級魔術だ。

 僕の掌から放たれた光球は目にも留まらぬスピードで飛んでいき、タイラント・ドラゴンに当たるとともに大爆発を引き起こした。


 あ、やべ。これ爆発に巻き込まれる。


防御障壁アブソリュート・ゼロ!」


 しかし間一髪フローラが防御障壁を展開してくれて、爆発の余波に巻き込まれずにすんだ。

 これがあったからフローラは焦ってたのか。

 あぶねー。

 でもさすがにこれはやったんじゃ?

 じゃないにしても、それなりにダメージは入ったはず。


 爆発で巻き上がった砂埃が薄くなっていく。


「そん……な……」


 砂埃が晴れると、そこにはほとんど無傷のタイラント・ドラゴンが立っていた。


「あれで傷つかないなんて……どうしたら」


 何をしたらダメージを与えられるんだ。


「グルルル」


「ひっ」


 ここで初めてタイラント・ドラゴンと目が合った。

 もしかしたら今の攻撃で、ついに敵だと認識されたのかもしれない。

 それだけで今までの比じゃない重圧と恐怖が僕に伸し掛かってきた。

 おしっこちびりそう。


「ソールは其処から動かないでね」


 そんな僕を庇うようにフローラは前に立った。


「ほら、こっちよ!」


 フローラは無詠唱でファイアボールを放った。

 タイラント・ドラゴンに当たるものの、当然ダメージはない。

 だが挑発には十分だったか、タイラント・ドラゴンは呼ばれるままにフローラへと注意を向けた。


「母様!」


 守られてる。

 僕は守りたかったのに。

 力が足りなくて守られている。


「にっ」


 情けない顔をしたこんな僕へと、フローラが頼もしく笑ってみせた。

 安心して、と。

 それが逆にどうしようもなく情けなくて、でもどうにも出来なくて。

 ただただ悔しさが込み上げてきた。

 フローラは爪を寸でで躱しながら、詠唱を開始した。


「問おう。其は天上の頂きをも堕とし、冥府の底をも焼き尽くすか」


 ブレスが髪を焦がす。 


は終りで鍛えられ、深淵より出ずるなり」


 尾が服を切り裂く。

 しかし、フローラは詠唱を止めない。


「我、九つの罪を以って匣牢の封印を解かん」


 この詠唱は聞いたことがない。

 ただ、とんでもない量の魔力がフローラの手に集まっているのは分かった。

 上級魔術を使う時以上の――それはつまり。

 フローラはタイラント・ドラゴンから距離を取ると、右手を突き出して叫んだ。


「顕現せよ。輝く破滅の杖レーヴァテイン!」


 右手から放たれた膨大な魔力が目の前で圧縮され、そして1本の剣と為った。


「これが母様の火系特級魔術――」


 特級魔術は上級までとは何もかもが一線を画している。

 まず通常のように魔術を打ち出すのではない。

 純粋に魔力のみで武具が創造される。

 それは圧倒的な破壊力を生み出し、使用者の身体能力をも爆発的に引き上げる神が如き武器。

 故に人々は特級魔術が生み出す武具をこう呼ぶ。


「――神造装具アーティファクト



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