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暗話 そして歯車は狂いだす

 私はインウィディア=エイダール。

 三百年続く由緒正しき貴族ハーヴィ侯爵家の次女にして、政治の中核を担うエイダール侯爵家当主の第1夫人である。



 私はハーヴィの家で3人目の子として生を受けた。

 長子であるお兄様は生まれながらに支配者としての教育をお受けになり、また私もハーヴィ家をより一層の繁栄へ導くため、淑女としての教育を受けて育った。

 一応姉はいたものの、所詮は身分の低い妾腹から産まれた劣等種。

 ハーヴィの期待は全て私に注がれていた。

 そして優秀な私はその期待に惜しみなく応えた。

 だがそれも私の血統からすれば当然の成果だった。

 なぜなら私は選ばれた存在だからだ。



 作法も教養も全てを完璧に習得し、さらには社交界に出ると私の美しさはたちまち評判となった。

 家柄、容姿、作法、教養。

 それら全てを兼ね備えた私が、我らがヴィンガルフ王国の重鎮たるエイダール家の目に留まるのも当然のことだった。

 王妃としての地位も捨てがたかったけれど、ハーヴィ家の繁栄を考えた場合、まず侯爵家同士での繋がりを持ち、地盤を固めることの方が重要であった。

 故に私はスタルス=エイダール様の妻となることを選んだ。



 スタルス様は温厚で聡明な方だった。

 少しぼんやりしている所もあるけれど、夫としては不満を感じるほどではなかった。

 彼とならばきっと素晴らしい子どもを授かるはず。

 もしかしたら、それこそ姫殿下に見初められることもあるかもしれない。

 そうすれば私は国王の母。

 しかし、それではエイダールの後継ぎがいなくなってしまう。

 いいえ、それならまた男児を産めばいいだけの事。

 ふふふ、私の未来は栄光の光で満たされている。

 ただ、その為には貴族諸兄らの私自身への覚えもよくなくてはならない。

 だから結婚後は貴族の妻として、完璧に振る舞った。

 社交パーティではどれほどの男が私を、そして私の夫であるスタルス様を羨望の眼差しで見つめたことか。

 後継ぎは中々授からなかったが、概ね順調に過ごしていた。



 私がエイダールに嫁いで2年。

 エネアー地方という山向こうの田舎のウィヨルギュン家から、フローラと名乗る女が第2夫人として嫁いできた。

 容姿はスタルス様の恥にならない程度ではあったけれど、性格は粗雑で無神経。淑女としての所作もまるでなっていなかった。

 しかも聞く所によると、魔術師として田舎で魔物退治をしていたとか。

 まったく信じられない野蛮さ。

 貴族の娘として恥ずかしく無いのか。

 スタルス様も第2夫人にするにしても、もっと他にまともな者がいたでしょうに。

 まぁただ、身体だけは頑丈そうですから。後継ぎは私が産むにしても、政略結婚用の子を為したり、また何かあった時には私達の盾にくらいはなるでしょう。

 あの女は所詮予備。

 私という大きな存在の日陰に居続ける、あるいは憐れな小者。

 そう、私は選ばれし高貴な人間。

 下々の者には時に寛容さを持たなくては。



 それから半年、子を全く授からない私を尻目に、早くもフローラの妊娠が発覚した。

 まぁ、野蛮なだけに繁殖力はありそうですからね。

 ただ、後継ぎを産むのはこの私。

 あの女がどれだけ子どもを産もうが、所詮は妾腹の子。

 なんの問題にもならない。



 さらに半年、フローラがあろうことか男児を出産した。

 何故あのような娘が私より早く男児を授かるのか。



 その頃からか、実家から早く男児を産むよう催促の手紙が来るようになったのは。



 そして子を授からぬまま、さらに2年の月日が流れた。


 この頃はスタルス様でさえ、屋敷にいる時はソールとかいうあの田舎娘の産んだ男児にかかりっきりだ。

 まさか、あんな妾の子を後継ぎにと考えてらっしゃるのではないだろうか。

 馬鹿な。

 有り得ない。

 そう、スタルス様はお優しいお方。

 男児であるのに、その血が相応しくない故に後を継げないあの子どもを憐れんでらっしゃるのだ。

 そうに違いない。




 最近では毎月のように手紙が来る。

 内容は全て同じ。

 早く子を為せ。




 さらに1年。


 ヴォーデン大公が我が屋敷にご来訪なさった。

 もちろん私はエイダール家の正妻としてご挨拶に伺った。

 しかし大公は私のことを覚えてらっしゃらなかった。

 何度かスタルス様と一緒に城でお会いしたというのに。

 ……いいえ、ヴォーデン大公は基本的に女性のお顔をお覚えにならないお方。

 これも仕方のないことでしょう。

 お話を少しさせていただいた所、ヴォーデン大公は何とフローラの息子のソールに剣術をお教えに来られたとのことだった。

 何故あのような娘の子に?

 分からない。

 あと、一緒にいらしていた姫殿下は大層人見知りの様子で、大公の影からついぞ出てくることはなかった。将来、私の息子の妻になるかもしれないから話をしておきたかったのだけれど、仕方ない。



 近頃、使用人達がもはやフローラが正妻であるかのように振舞っている。

 あの猿女の機嫌ばかりを窺い、私には見向きもしない。

 使用人達は私に仕えるだけでも望外の幸せを感じているはずなのに。

 

 もしやあの女、使用人達に色目を使い、金品を与えて懐柔しているのではないだろうか。

 そうだ、そうに違いない。

 なんという事か。

 しかし、高貴な私がそのような下賎な振る舞いをして対抗するわけにはいかない。

 

 とりあえず今はあの売女に懐柔されたと思しき使用人達を即刻解雇した。

  きっと真に見る目のある者ならば、自然と誰に仕えるのが正しいのかを理解するだろう。

 そういった者が集まるまで、これを繰り返せばいい。




 さらに1年。


 まだ子を授からない。


 何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故!?


 私は選ばれた人間であるはずなのに!

 世界に祝福されて産まれてきた人間であるはずなのに!

 どうして子どもが出来ない!?


 おかしい。


 何がどうなっているのか。


 ……そうだ。

 きっと私の未来を妬んだ何者かが、不妊の呪いを掛けたのだ。

 そうだ。

 それ以外考えられない。


 私はすぐさま解呪に長けた魔術師を呼び寄せた。

 魔術師はやや不思議そうな顔をしたが、最大級の解呪魔術を私に施した。

 もちろん、私の秘密を知ったこの魔術師は処分した。


 これで後は男児を授かるのを待つだけだ。

 男児さえ産まれれば私の人生は正しい所に戻る。

 そう、男児だ。

 男児さえ産んだならば。




 さらに1年。


 実家からは手紙すら来なくなった。

 最後に来た手紙には、役立たずとだけ書かれていた。

 この私が、何故そのような誹りを受けなくてはならないのか。


 この私が。


 この私が。



 いいえ。

 きっと男児さえ産めば全ては上手くいくはず。

 そうだ。

 男児さえ産めば。




 そうしてしばらくして、私はついに子を孕んだ。




 これでついに私が不当な扱いを受ける日々が終わる。

 そうだ。

 きっとこれは神が与えたフローラへの温情だっだのだ。

 これからの人生、影で生きるしかないフローラへ、最後の温情だったのだ。

 きっとそうに違いない。



 実家からも、まだ産む前だというのに山のように祝いの品が届いた。

 ベッドなどまだまだ使わないというのに。




 そうして幾ヶ月が経ち、 あの淫売女の息子が社交界デビューのため、登城すると言い出した。

 何を考えているのか。

 私の息子より早く社交界に出るなど。

 いくら姫殿下に呼ばれたとはいえ、己の分を弁えて控えるべきであろうに。

 そもそも姫殿下とて、剣術を一緒に嗜んでいる程度でそんな配慮などなさらなくていいのに。

 まぁしかし、どうせあの女の子どもだ。

 パーティで恥をかいて帰ってくるに違いない。

 スタルス様には多少申し訳ないけれども、あの女共々恥を晒せばいいわ。



 何が起こったというのか。

 あの愚かな女の息子が手柄を上げて城から戻ってきた。

 そのせいで今や小さな勇者との噂が飛び回っている。

 更にあろうことか、姫殿下の婿の最有力候補とまで言われている。

 それは私の息子が手に入れる地位だったはずなのに!

 

 いいえ、何を焦ることがあろうか。

 私はいまスタルス様の子を身ごもっている。

 卑しき身分であるフローラとでさえ、それなりの子が産まれたのだ。

 私との子ならば、それはどれほど才能に恵まれた子になるだろうか。

 もしかしたら歴史に名を残す人物になるかもしれない。

 それにシシリー殿下は所詮継承順位6位。

 シシリー殿下よりまずリコ殿下が重要だ。

 私の子とは少々年が離れているけれど、早々に子を産めば問題あるまい。

 そうだ、それでいこう。



 早く私の子が産まれてこないだろうか。




 妊娠が発覚してからおおよそ8ヶ月。

 ついに子を出産した。

 もちろん男児だ。

 私が産むのだから当然だ。

 産まれるまで性別は分からないなどとは、庶民だからだ。

 私のように大きな使命を持って生まれた人間ならば、ここで男児を産むのはまさに必然。


 ああ、これでようやく私の輝かしい未来が帰ってくる。










 おかしい。


 私が男児を出産したというのに、私に挨拶に来る貴族が少ない。

 一月でまだ2人だけだ。

 本来エイダール家の後継ぎが生まれたならば、盛大に祝うべきではないのか。

 そして私達にはほとんど客が来ないというのに、何故フローラの息子には客が多く来るのか。

 間違っている。

 そちらは紛い物。

 予備なのだ。

 正当なるエイダールの後継者はこちらだ。



 おかしい。



 おかしい。



 おかしい。



 男児を出産したというのに、今なお噂に登るのはソールとか言う意味不明な名前ばかりだ。

 私の息子はそんな名前ではない。



 おかしい。



 おかしい。



 どうしてこんなことになっている?


 念願の男児を出産したというのに、どうして。



 おかしい。



 おかしい。



 何がおかしい?



 どうしておかしい?



 何がいけなかった?



 私は最高の血統をもって産まれてきた。私は最高の教育をもって育てられた。私は最高の妻として生きていた。私は最高の血統の息子を産んだ。


 何が行けなかったのか?


 何が――


 誰かが囁いた。


 あの女とその息子がいるからいけないんだ。


 あいつらがいるから私達は不当な扱いを受けているんだ。


 あいつらさえいなければ、私はこんな目には合わなかった。


 あいつらさえいなければ。


 あいつらさえ――

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