17話 アベルの剣
リコの実年齢に困惑しつつも、僕は髭の似合うダンディーバトラーロタに案内されて近衛騎士用の訓練場へと向かった。
普通の兵士の訓練場はここにはなく、むしろ街の外にあるらしい。
そもそも王城自体に普通の人間は入ることすら出来ず、さらに剣などの武器を持って入ることが出来るのはそれこそ近衛騎士だけなんだとか。
貴族はもちろんのこと、王族すら護身用の短剣以外は持って入れないらしい。
ただ、この前の暗殺者騒ぎでそれが見直されるかもしれないともロタは言った。
で、近衛騎士の訓練場は王城の裏手、高い丘――ミーミルの丘――にある。
ヴィンガルフ城寄り添う丘の上には、これまた大きな湖――ミーミルの泉――があり、そこから湧き出る水がヴィンガルフ城下町グラズヘイムの生活水源となっている。
おさらいすると、ヴィンガルフ王国西端にほど近い所に首都グラズヘイムがあり、すぐ傍にある高い――絶壁とも言える丘に寄り添うようにヴィンガルフ城は建っている。なお、城の先端は丘より高くなっている。
ミーミルの丘はまるで前世にテレビで見たギアナ高地のテーブルマウンテンを彷彿とさせるほど広大で――さすがにあれほどの標高はないけど――さらに丘の半分は湖になっている。ミーミルの泉と呼ばれるその湖は反対側が見えないくらいで、推定で20km以上はあるとされている。
この湖は神聖視されており、湖内に立ち入れるのは純血の王族のみ。周囲の丘も、許可がなくては立ち入れない。
侯爵家以下の人間が立ち入るには近衛騎士になるか、あるいは直接王より許可をいただくしかない。なお、これまでの歴史でここに立ち入った平民はいない。
以上、ロタさんの歴史講座でした。
ちなみにロタは執事をしてるけど、身分は僕と同じ侯爵だそうです。
王族に直接仕えるには、やはりそれなりの身分の人間じゃないとダメらしい。
そうして歴史講座を受けてる内に訓練場に到着。
「うわぁ」
目の前に広がる湖は想像していたよりも遥かに大きく、そして澄んでいた。
空の蒼さと湖の碧さが絶妙なコントラストをなしていて、それはまるで計算しつくされた神の絵画のようで、僕はただただその壮観な景色に圧倒された。
僕が息を呑んでいると、ふと一陣の風が吹いた。
風は水面を撫でて、ざわざわと波立たせていく。
その漣は太陽の光を細やかに反射し、真昼の地上に星々を煌めかせた。
「がっはっはっは!」
突然、僕の感動を根こそぎ台無しにするような粗野な笑い声が聞こえた。
「この笑い声は……」
この1年何度も聞いた、もう頭から離れなくなってしまった笑い声。
「すごい景色じゃろう!」
がっはっはー。
「ヴォーデン様」
豪快に笑うのは僕の剣の先生でありヴィンガルフの前国王、ヴォーデン・ベルフォズール・ヴィンガルフだった。
「馬っ鹿モン! 儂のことは師匠と呼べといったであろう!」
あ、もう訓練の状態に入ってるんだ。
「はい、済みません師匠」
言い返してもいいことがないのは分かってるので、素直に謝る。
「うむ、それでよいのだ」
がっはっはー。
「ロタ、ご苦労じゃったな。下がって良いぞ」
「はっ」
僕の後ろに控えていたロタが消えるように去っていった。
なんか気配ごと消えていったぞ、あの人。
さすが執事。ただ者じゃないってことか……。
「では早速訓練じゃ! こっちへ来い」
ヴォーデンが歩いて行くのに僕も着いて行く。
少し、3分位歩いた所に騎士の格好をした人が10人位集まっていた。
「げ……」
その中にアベルがいた。
アベルは僕と目が合うと、もの凄く嬉しそうに笑った。
絶対戦う気満々だよあの人。
「ソール!」
嫌そうな顔でアベルに応えていると、横合いから声が掛けられた。
「ん?」
首だけ動かして見てみると、天使が僕を迎えに来ていた。
じゃなくて、シシリーが笑顔で僕の元へと駆け寄ってきた。
「シシリー!」
シシリーは勢いを殺さずに走ってきて、そのまま僕に飛びついた。
うおお、後ろにコケる! でも耐える!
「ソール、会いたかった!」
シシリーが涙声になりながら僕に抱きついてきた。
その姿からは会えなかった頃の不安だった気持ちが有り有りと伝わってきた。
考えてもみれば、僕は暗殺者と戦ってシシリーを守って、そして家に帰ったんだから、達成感もあったし、精神年齢ゆえの落ち着きもあった。
けど、シシリーは何がなんだか、何かが起こったことすら分からずに僕と離れ離れになり、そしてきっと僕が戦ったことの話も聞かされただろう。無事だとは聞かされているものの、会えない。自分から会いに行くことも出来ない。
5歳の女の子にとって、それはきっと不安なことだったろう。
ましてや僕はシシリーにとって、同年代のおそらく唯一の友人だ。
訓練があるから毎日会ってたし、毎日同じ時間を過ごした。
それで情が芽生えないはずがない。
僕だって、シシリーのことは本当の妹のように想っている。
「ゴメンねシシリー」
僕は寂しさを埋めるようにしがみついてくるシシリーの頭を優しく撫でた。
「ん……」
シシリーはそのまま満足そうにされるがままになっていた。
しばらくして落ち着いたシシリーがそっと僕から離れた。
目が少し腫れて、耳は赤くなっていた。
冷静になってちょっと照れくさくなったのかな。
って、僕も冷静になってみれば、そういえば今って近衛騎士の訓練場にいて、かつ周りに人がいっぱいいたような……。
チラリと周囲を窺うと、ニヤニヤした大人の群れが目に入った。中には逆に涙ぐんでいる者も入る。
ぎゃー!
やっぱり見られてた!
恥ずかしい!
これは恥ずかしいぞ!?
「美しいものを見たのう!」
がっはっは。
ヴォーデンもやけに嬉しそうだ。
や、やめてくれ……。
この生暖かい空気に耐えられない!
「し、失礼しました! それでは訓練を始めましょう!」
ちょっと声が裏返ったかもしれない。
「む、そうか? もう少し余韻を楽しんでもいいんじゃぞ?」
「い、いいえ! これ以上皆様にお時間を取らせるわけにはいきませんから!」
「ふぅむ、そうじゃのう。ソールがそこまで言うのならばそろそろ訓練に入ろうかのう」
そうだそうだ、早くしよう。
「シシリーもよいかの?」
「はい、お願いします」
シシリーが僕と同じ気持だったかは分からないけど、訓練の開始には同意した。
よし。
「うむ」
ヴォーデンはシシリーの返事を聞くと、近衛騎士へと向き直った。
そして急に雰囲気が変わった。
「それでは訓練を開始する! 整列!」
一瞬にして整列が終わり、近衛騎士たちは真剣な目つきのまま一言も発さなくなった。
あのアベルも微動だにせずにヴォーデンの指示を待っている。
「見て分かるように、本日からはシシリーとソールが訓練に参加する。王族と貴族ではあるが、訓練中は上も下もない。妙な配慮はせぬように。心配はいらん。この2人は訓練中に怪我をしたからといって、貴様らに報復を考えるような考えは持たん」
「はっ」
「ほれ、2人とも自己紹介をせい」
さっきまでの怒声を収めて、ヴォーデンが僕らを手招きした。
僕らはヴォーデンの横に並んで立つと、シシリーから率先して自己紹介を始めた。
「シシリー・アルフォズール・ヴィンガルフです。王族といえど、訓練中は立場は同じです。強くなりたいので、贔屓なしで鍛えて下さい!」
おお、5歳とは思えない自己紹介だ。
でも最後になんで僕を見たんだ?
あっと、次は僕の番だな。
「ソール=エイダールです。まだまだ未熟者でご迷惑をお掛けすると思いますが、シシリー同様遠慮無く鍛えて下さい」
「「お願いします!」」
最後に礼をして自己紹介を終えた。
「うむ、そういうわけじゃから皆よろしく頼むぞ」
「はっ」
自己紹介もつつがなく終わり、僕とシシリーは近衛騎士に混じって訓練を開始した。
今ここにいる近衛騎士は16名だが、これで近衛騎士全員ではない。
当たり前だけど、警備があるから全員一緒に訓練をするわけにいかないからだ。
近衛騎士は正規兵が60名と顧問であるヴォーデンの計61名から為る。
それを3つのチームに分け、1チームが訓練をしている間は他2チームが城の警備に当たるようになっている。休みもローテーションで回っていて、割としっかり休養は取れるらしい。兵士なんて仕事はブラックかと思ったら、福利厚生は意外としっかりしているのだった。
訓練に関してだけど、近衛騎士は軍とは違って少人数での戦闘を想定した訓練が主に行われる。一般の兵士で形成される軍は基礎訓練と連携に主体が置かれるらしい。
軍隊としての強さは群体としての強さだとか。
まぁでも、個人的に強くなりたい僕としては近衛騎士の訓練のほうが助かる。
僕は敵国を攻め滅ぼしたいわけじゃない。手の届く範囲の大切な人を守りたいだけなのだから。
そして近衛騎士に混じっての訓練は可能な限り同じ内容でと要望を出したものの、当然5歳の身でエリート騎士達についていけるわけもなく、ある程度グレードダウンした訓練になっていた。
それでも僕の家の庭でやってたのより遙かに厳しい内容になったけど。
一通り終わらせた後、お待ちかねの模擬戦の時間がやってきた。
待ちかねてるのは、僕じゃないけど。
「ソール様、お手合わせをお願いできませんか?」
やっぱり来たかぁ。
早速、アベルが声を掛けてきたのだ。
本人は平静を装っているつもりなんだろうけど、口元が思いっきりニヤけている。
つか、5歳児相手によくそんな申し入れしてくるな、この人。
「ほう、ソールとアベルか」
何故かアベルの言葉を耳ざとく聞いていたヴォーデンが反応した。
「面白そうじゃの。早速戦ってみぃ」
がっはっは。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、止めてくれないかなーなんて期待したけど、やっぱりそうなったか。
なんかこういうの好きそうだもん。
「え、ソールとアベルが戦うの?」
なんかシシリーも興味津々なんだけど。
その目はきらきらと輝いており、僕を期待のこもった眼差しで見つめてくる。
シシリーの場合、僕が勝つと思ってるかもしれない。
「では、お願いしますアベルさん」
僕としても断りづらい空気になってしまったので、そういって受けるしかなかった。
「はい、有り難う御座います」
だから、その怖い笑みを止めてくれ。
僕とアベルは5m程離れて正対した。
シシリーとやる場合はもっと近くからだけど、アベル相手にそんな間近から始めたくない。
ハンデとして、僕は魔術を使っていいことになっている。というか、アベルは魔術が使えないらしい。本人が言うには、代償だとか。なんのこっちゃ?
「「宜しくお願いします」」
お互いに礼をして、構えを取る。
ヴォーデンが僕らの準備が整ったのを確認し、
「始め!」
開始の合図を告げた。
「しっ」
開始と同時にアベルが動く。
1秒にも満たない時間で距離をゼロにし、模擬戦用の刃を潰した剣を振り下ろしてきた。
「せぇあ!」
それを剣の根本から刃先へ滑らせて受け流す。
金属の擦れる音が鼓膜を揺さぶる。
「おお!」
周囲から驚きの声が上がる。
アベルも少し驚いた顔をしている。
多分、僕がアベルの攻撃を躱せると思ってなかったんだろう。
今回、僕がアベルの攻撃に反応できたのには理由がある。
実は模擬戦が始まる前に、身体強化を一通り済ませておいたのだ。
構えた時には腕力も脚力も反射も全て強化済みだった。
ただ、いくら強化してもアベルの剣は僕には本来追い切れるものじゃない。
おそらく様子見程度に手加減されていたんだろう。
だから何とか反応することが出来た。
「まだまだっ」
剣を流されたアベルはそれでもさすがと言うべきか、体勢を全く崩すことなく刃を返してきた。
それも受けて弾く。
それでもやっぱりアベルは攻撃後の隙など微塵も見せることなく、また斬りかかってきた。
普通は剣を振ったら次撃までは溜めがあるはずなのに、アベルには全然それがなかった。剣を戻しながら切ってるような、そんな感じだ。
なんとか剣を受けているが、アベルは愉しそうに次々と攻撃を繰り出してくる。
反撃の糸口が全然掴めない。このままじゃジリ貧だ。
勝てないことは分かってるけど、でも、いや、だからこそ一泡くらい吹かせたい。
僕は剣を弾くと、恥も外聞も捨てて横へと転がるようにして逃げた。
そして何とか僅かながら距離を取ることに成功。そして、防戦に回りながらもこっそり溜めていた魔力を使った。
「隆起壁!」
アベルの足元の土が隆起し、アベルに襲いかかった。
「この程度っ」
なんとアベルは剣を使わずに殴って土壁を破壊した。
「ええっ!?」
「はっ、こんなもんか?」
土壁を砕いたアベルはまた距離を詰めてくる。
「もう1回。隆起壁!」
「無駄だっつの!」
僕の魔術名の発声にアベルがやや失望した顔で迎撃の為に拳を腰辺りに溜めた。
「甘いよ」
僕のアースウォールはアベルの目の前で再度発動した。
しかし、今度は僕の足元からだ。
「なっ!?」
僕の身体はアースウォールに押し出される形でアベルへと突進した。
「もらった!」
驚いてがら空きになったアベルの胴体へ剣を繰り出す。
これ以上にない完璧なタイミングだった。
だが、僕は見た。
アベルの悦びに満ちた笑みを。
「――っ」
言いようもない悪寒が僕の背筋を走った。
だけど、ここからは僕も動きを変化させることは出来ない。
「くあああああ!」
悪寒を振り払うように叫びながら、僕は剣を振りぬいた。
剣には確かな手応え。
やった、勝っ――
「え?」
その時、僕の目に信じられないものが映った。
いや、映らなかったと言うべきか。
あるはずの、あったはずの僕の剣の刀身が、中程から綺麗に消失していた。
「え?」
何が、起こった?
僕は状況を把握できず、辺りをキョロキョロと見回した。
すると、少し離れた所に折れた剣の先が地面に刺さっていた。
あんなところにあんなものあったっけ?
なんて思ってると、そんな僕の首筋に剣がすっと当てられた。
「え?」
剣の先を見ると、そこには無傷のアベルが立っていた。
確かに使っていたのは刃を潰した模擬戦用の剣だったけど、それでも金属の棒には変わりない。それで思い切り叩かれて平然としていられるはずがないのだけど。
そんな僕の混乱を加速させるように、
「勝負あり! 勝者アベル!」
ヴォーデンの宣言の声が耳に届いた。
僕は混乱したまま元の位置に戻り、礼をした。
「なにが、起こったの?」
礼を終えると、誰にでもなく問いが口から出た。
それに答えたのはアベルだった。
「簡単だよ。俺がソールの剣を切ったのさ」
「え、でもその剣、切れないようになってるんじゃ?」
「そうだけど、剣速さえあればなまくらでも切れるんだぜ。知らなかったか?」
いや、それは前世の知識の中にはあるから、知らなくはない。
知らなくはないけど、まさかそんな事が本当に?
「いやー、俺も焦ったぜ。まさかあんな魔術の使い方をしてくるとはな。つい本気出しちまった」
口振りからは出任せを言ってるようには見えなかった。
つまり、アベルの本気の剣は刃があろうとなかろうと金属ですら両断するほどだと言うのか。
「だけど、俺の勘は正しかったぜ。やっぱりお前は、最高だ」
その時のアベルの表情をなんと評したらいいだろう。
そう、それはまるで――
壊しがいのあるおもちゃを見つけた時の子どものような笑顔だった。




