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16話 第一王女殿下

 暗殺騒ぎがあってからは剣術の訓練がなくなり、自由な時間が少し増えた。


 そうして余裕ができて気付いたことだけど、どうやらエイダール家第一夫人のインウィディアが妊娠してたらしい。しかも、結構お腹が膨らんでいて、近いうちに出産の日が来るとか。

 ずっと自分を鍛えることに集中してたから全然気が付かなかった。

 それに、僕とフローラの生活圏とインウィディアの生活圏は同じ屋敷内でも全然違う。

 一応、正妻なりにフローラよりは好待遇で生活してるのだ。まぁフローラがさほど贅沢を好まないということもあるのだけど。

 夫であるスタルスは体面上インウィディアを大事にしているけど、屋敷で食事が出来る時はフローラと一緒に食べることが多い。1・2度会っただけだけど、インウィディアは高圧的な性格で、人を見下す発言が非常に多い。あとは自慢話か。そんなんだから一緒にいると、人のいいスタルスは気疲れしてしまうんだろうな、なんて思った。


 そういう事があるけれど、僕としてはさほど関わりのあることではないので――弟か妹が出来るのは十分関係あるけれど、強くなるための訓練を疎かにする理由にならない。

 幸い魔術の訓練はフローラが続けてくれたけど、剣術に関してはさすがにヴォーデンとシシリーが来ることはなかったので、1人でひたすら素振りと型の確認だけをしていた。

 魔術の訓練にしてもフローラは補助や守備的な魔術を優先するようになっていた。

 もう僕を死なせないようにするって思いがありありと見えて、だからこそ何も言えずに僕は素直にそれを受け入れていた。


 そこで僕は個人で魔術の訓練をするようになった。

 内容は、オリジナル魔術の開発だ。

 魔術をフローラに習い始めた頃、僕の魔力を生み出すイメージ――発電――は今の属性にはないものだと言っていた。そして、もしかしたら僕が電気に関した新たな魔術を生み出せるかもしれない、と。

 魔術はイメージがとかく重要だ。

 体内で生み出した魔力をイメージ通りに具現化して体外へと現出させる技術。

 それが魔術だ。

 だから僕は空いた時間を雷系魔術の開発に充てた。

 ただやっぱり簡単に行くわけもなく、失敗続きのままだった。

 でも一応前進してるような手応えはあったから頑張ってはいる。


 そして、そんな風に過ごしていた僕に正式に城への召喚状がきた。

 アベルが匂わせ、フローラが明言していた例の件だ。

 召喚状というと大層に聞こえるけど、要はヴォーデンが剣の訓練つけてやるから城まで来いと呼んでいるだけだ。

 剣術の訓練を続けたい僕としては是非とも行きたいのだけど、行くと確実にアベルが戦いをふっかけてくる。

 きっと訓練中の模擬戦という形で挑んでくるだろう。

 そしてそれは訓練だからこそ断れない。

 そして訓練そのものを断ったらヴォーデンに間違いなくどやされる。


「うう……なんというジレンマ」


 けど、いま城から出られないシシリーの様子を見ようと思ったら、僕から城に行かないとダメなんだよね。


「やっぱり気になるし。さすがに放っておけないか」


 となると結局選択肢はなかったんだと分からされる。


「行くか、城へ」


 僕は剣術の訓練のため、ヴィンガルフ城へ行くことを決意した。




 フローラに城へ行くと伝えると、早速翌日に向かうことになった。

 この時訓練のスケジュールについても話したんだけど、さすがに午前中に魔術の練習して、城に行って近衛騎士と訓練をするのは厳しい為、1日おきに魔術と剣術の訓練を行うことにした。

 また、それを3回繰り返したら休日を1つ与えるという。

 つまり前世の暦に合わせると、月水金が剣術で火木土が魔術、そして日曜が休み。そんな感じだ。


 この世界にも一週間という概念はあって、各曜日も前世とは違う名称になっている。

 月は陰、火は空、水は父、木は雷、金は母、土は時、日は陽だ。

 由来は割愛するし、この名称も基本的に僕の中では使わないので覚えなくて大丈夫だ。

 他は1年364日で13ヶ月、そして一月あたり28日だ。

 これも大体前世と同じなので、覚えやすくてよかった。


 まぁ余談はここまでにしておいて、魔術を受けた翌日、つまり今日父の日……なんかイベントの日みたいだな、えーっと火曜日に僕はお城へと向かった。




「ぜはーぜはー」


 城へ着くなり僕はもう体力の限界を迎えようとしていた。

 それもこれもヴォーデンのせいだ。

 屋敷から馬車に乗って悠々と登城しようとしていたのだけど、城の手前、坂の入り口で使いが一人待っていた。彼はヴォーデンから伝言のみを預かってきたらしく、その内容は、


「足腰の鍛錬のために、城への階段を登ること。もちろん走ってじゃ」


 というものだった。

 なお、城への階段は516段ある。

 歩いても疲れるのに、5歳児でこれをダッシュとか虐待の可能性すら出てくるレベル。

 ただ走らなかったら走らなかったで、あとでヴォーデンが同等以上の罰を与えてくるだろう。

 それならいま走ったほうがまだマシだ。

 それに強くなりたいんだから、これで音を上げるわけにも行かないし。




「やっぱ……しんどい……」


 と階段を駆け上がった結果がこれだ。

 我ながら途中で歩かなかったことを褒めてあげたい。

 前世の僕なら20歳だけど、無理だったろうな。

 5歳に負ける体力に悲しめばいいのか、今世で鍛えてる成果が出てることに喜べばいいのか。


「それはとりあえず置いといて、どこに行くんだっけ?」


 召喚状には城に訓練に来いとしか書かれてなかったから、城の何処へ行けばいいのかわからないんだけど。

 行くことは伝えてあるし、迎えの人が来ると思ってたんだけど。


「ようこそおいで下さいました、ソール様」


 そんな風にキョロキョロしてると、横から声を掛けられた。


「あ、えーっと」


 見たことある渋い執事が立っていた。

 名前なんだっけ? ここまで出てるんだけど、


「ロタ、で御座いますソール様」


 あ、そうだ。

 そういえばそういう名前だった。


「あ、すいません」


「いえいえ、1度お会いしたきりで御座いましたからな。覚えてらっしゃらないのも無理からぬことでしょう」


 物凄い気を使わせてしまってて、むしろ申し訳無さが倍増した。


「それでは、ヴォーデン様より案内を仰せつかっております。こちらへどうぞ」


 ロタは行く手を示した後、先導して歩き出した。

 僕は言われるがまま着いて行く。

 城に入るのはこれで2回目だけど、目的地が全然違うからだろうか、覚えのある景色がない。まぁ、似たような景色が続くからある意味では覚えがあるけれども。

 そうして2人で歩いていると、前から数人の塊がこちらへ歩いてきていた。


「む。申し訳御座いませんソール様。こちらに寄って頂けませんか?」


「あ、はい」


 言われるがまま廊下の端によって、ロタがしてるように頭もついでに下げた。

 なんなんだろ? もしかして正面からくる人って偉い人なのかな?


「リコ殿下で御座います」


 僕の心の声が届いたのか、ロタが説明してくれた。

 あぁ、王女殿下か。なら確かに道を譲らないといけないわな。

 頭を下げて待っていると、リコ殿下がコツコツと足音を鳴らして近づいてきた。

 テンポの良い綺麗な足音だ。それだけで歩く姿勢の美しさが表れるようだった。

 そしてそのまま通り過ぎる――と思ったら僕の前で止まった。

 え、何? どうしたの? もしかして僕不味いことやっちゃった?


「君はだぁれ?」


「へ?」


 と、危ない! あやうく顔を上げるところだった。

 王族の前では本来許可が出るまで顔を上げてはいけないのだ。ヴォーデンとシシリーは特別その辺りが緩い。


「は、はい。ソール=エイダールと申します」


「あぁ、噂の小さな勇者くんね。ちょっと顔上げてくれる?」


 どうやら姫殿下にまで僕の噂は届いているようだ。

 僕はとりあえず言われるがままに顔を上げた。

 そして僕の視界一面に白いマシュマロが映った。


 じゃない。


 一瞬何かと思ったけど、どうやらリコ殿下が前屈みになっているせいで、強調された谷間がちょうど僕の目の高さに来ていたみたいだ。

 リコ殿下自身はアベルの言っていた通り、蒼髪蒼眼の知的な印象を受ける美人だった。

 マンガにありがちなエロい保健医と言ったら分かりやすいだろうか。


「へぇ、可愛い顔してるわねぇ。へぇー、ふーん」


 リコが僕の顔を上から下から横からジロジロと観察してくる。

 うぅ、落ち着かない。


「どれどれ」


「うひゃぁ!」


 急に胸を触ってきたぞ、この人!

 え、なに? 痴女なの?


「あら、可愛い反応。いじわるしたくなっちゃうわね」


 ペロリと舌が上唇を這った。

 完全に獲物を前に舌なめずりしている蛇だ。

 まさかの貞操の危機?


「にしても、本当に鍛えてるのねぇ」


 そしてそんな事を言いながらさらにペタペタ触ってきた。

 いや、確かに鍛えてるけど、さすがにまだ5歳で体も全然出来てないから筋肉なんて言うほど付いてないと思うんだけど。


「兄様方なんて、5歳の頃は骨と皮しかないか太ってるかだったのよねぇ」


 依然として触り続けながらそんな事を零した。

 まぁ王族なら体鍛えたりはしないだろうし。


「それに、頭もいいんだって?」


 ようやく触るのを止めたかと思うと、今度は僕の目をジッと見てきた。

 深い深い海のような濃蒼の瞳。

 まるで心の奥深くまで見透かされるような。


 綺麗で――恐ろしい瞳。


「ふぅん」


 しばらく僕を見詰めると、リコは愉しそうに笑った。


「面白い子」


 そしてそんな評価がなされた。

 今のやりとりで面白いとかが出てくる要素あったっけ?


「ねぇ、ソール」


「はっ」


 リコはゆっくりと僕の頬に手を当てると、


「私のものにならない? シシリーとお祖父様には私から上手く言っておくから」


「は?」


 何言ってんのこの人?


「で、殿下。お戯れは程々に……」


 後ろで控えていたお付の人もさすがにどうかと思ったのか、止めに入ってくれ――


「黙りなさい。いま、私はソールと話しているの」


「~~っ!」


 それだけで、この世界が凍りついたようだった。

 息が出来ない。全身の毛が粟立つ。足が地面から離れない。

 殺気とも怒気とも呼べない、言うなれば王としてのカリスマが生み出す重圧。

 それはどんな相手でも屈服させる程の力を持って、言葉として放たれた。


「も、申し訳、御座いません」


 お付の人が青を通り越して白くなった顔で、絞り出すように声を出した。


「いいのよいいのよ、分かってくれたのなら」


 瞬間、止まっていた空気が動き出した。

 そして嫌な汗が全身から噴き出した。

 これが、王族。

 いや、こんなものが王と呼べるものなのか?


「それで、ソールはどうかな?」


 リコはにっこりと微笑んでいるが、もうその笑顔には恐ろしさしか感じなくなっていた。


「ぼ、私はシシリー様に仕えると陛下と約束をいたしました。いくらリコ殿下の申し出とはいえ、それを簡単に破っては陛下やエイダールの名に傷がつきます」


 リコがかなり面白くなさそうな顔をしている。

 う、怖い。

 けど、やっぱりそんな簡単に約束を違えたらダメだよね。

 そう思って、腹に力を入れて答えた。


「そして、僕自身がそれを許せません。なので、殿下のお申し出は大変嬉しいのですが、お断りさせていただきます」


 言ってしまった。

 大丈夫だろうか。

 言ったものの、かなり怖くて膝が今にも震えだしそうだ。

 行方を見守ってるお付の人たちが「あーあ、やっちゃった」みたいな顔してるのマジ止めて。

 リコは何とも言いづらい表情で僕を見ている。

 そしてスッと目を閉じた。

 まるで閻魔の前で沙汰を待つ罪人の気分だ。


「そう、私の物にはなれないって言うのね」


 声が平坦なせいで怖さ倍増である。

 どんな恐ろしいことを言われるのか。


「ま、でも仕方ないわね」


 って、軽っ!

 重い裁定が下るかと思ったら、物凄い軽かった。


「なに? 私が怒ると思った? 私そんな我儘じゃないわよ。失礼ねぇ、全く」


「あ、はい。済みません」


「いいわよいいわよ。貴方の忠誠心が見れたから、それはそれで満足だわ」


 リコは本当に満足そうな顔でそう言った。

 なんか、怖いのかそうじゃないのか分からない人だな。


「えっと、そもそも私はまだ5歳ですから、リコ殿下には相応しくないですよ?」


 僕が成人――この国では15歳で成人だ――する頃にはリコ殿下もぶっちゃけいい年になってると思う。


「何言ってるのよ。あと10年で成人でしょ? 私がいま14歳だから、10年後なら丁度いくらいよ」


「へ?」


 いま何て言った?


「ま、いいわ。また今度時間があるときにお話しましょうね。あと、シシリーより私がいいって思ったらいつでも来なさいよ」


 リコは動かなくなった僕にひらひらと手を振って、颯爽と去っていった。

 そしてリコの姿が見えなくなって、


「14歳!!?」


 僕は今日1番の驚きの声を上げたのだった。

リコは見た目20歳位のビッチです

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