15話 俺より強い奴に会いに行く
いま何て言ったよ、この人。
「いやいや、僕なんかじゃアベルの相手にならないですよ」
「そうか? 俺はそれなりに楽しめると思うんだけどな」
「……そういう言い方するということは、やっぱりアベルも僕が勝つとは思ってないということじゃないですか」
「おっと、バレたか」
悪気なさそうだな。
まぁ悪いとはまったく思ってないんだろうし、僕も思ってない。
だって事実なんだから。
「ただ、それでもソールとは戦ってみたいな」
「勝敗が分かってるのにですか?」
「まぁ確かに今はそうだろうな。だが、将来的にはどうだと思う? そうだな、あと15年、ソールが今の俺の年齢になった時くらいだ」
「それは……」
分からない。
僕があと15年でどれくらい強くなるのか。
謙遜したいところではあるけど、今の僕は強くなるという点において妥協するつもりがない。
全てを守りたいと言うのなら、アベル級の相手でも勝利しなくてはならなくなるだろう。
「俺はさ」
「?」
急にアベルの雰囲気が変わった。
「強い奴と戦いたいんだ」
どういうことだ?
「正直、いまのこの国に俺とまともに1対1で勝てる奴なんていない。そりゃもちろん、俺より頭のいいやつ、魔術の使えるやつ、弓の上手い奴ってのはたくさんいる。けど、純粋に1対1で戦うとなると俺が1番強い」
ここまで言い切るなんて凄いな。
まぁでも実際に強いし、凄いんだろう。
「俺はなんつーかこう、ひりつくような戦いがしたいんだ。一瞬後の命の保証もない、ギリギリの戦いを。戦争に行けば確かに命を懸けることになるんだが、それはやっぱり違うんだ。俺は俺の全てをぶつけるような男と戦いたい。死ぬ時は、俺より強いやつに倒されて死にたい」
それは独白だった。
両手を固く握りしめて、必死に自らの願いを口にする。
まるで、祈りの姿だった。
「アベル……」
僕はそんな彼に掛ける言葉が見つからなくて、ただ見ているだけしか出来なかった。
そんな僕を見て、アベルはちょっと照れたように、でも悪戯っぽく笑った。
「何ぼけっとしてんだよ。お前に言ってるんだぜ?」
「え?」
「5歳で暗殺者を撃退したって話を聞いた時に思ったんだ。こいつなら俺と対等に戦えるだけの男に成長するんじゃないかって。それにお前、俺の剣筋見えてたろ?」
「剣筋?」
「ほら、俺が暗殺者の手を切り落とした時だよ」
「ああ。でもあれは何か白いものが一筋通ったなって思っただけで、全く見えてなかったですよ」
「十分だろ。それが出来る奴が騎士団に何人いると思ってんだ? ほとんどの奴は俺が何かしたことすら気付かないってのに」
「うーん。でもあの時は視力強化の魔術を使ってましたから」
「そんなもん魔術師なら使うだろ。それを使えるのも実力のうちだ」
そういうもんなのかな。
「で、お前が本当に将来俺のライバルになるかどうか確かめたいんだ」
「だから戦えって事ですか」
「そういうことだ」
一応、合点はいった。納得もした。
つまり、お前が負けるのは決定だけど、将来性を確かめるために戦えって事だ。
うーん、確かに僕は勝てないだろうけど、面と向かってそう言われてしまうのは面白く無いぞ。
これでも負けず嫌いな心はあるのだ。
なんて悩んでると、
「ま、ソールがどう言おうが関係ないけどな」
「それはどういう意味ですか」
「さあね。そういえば、確かフローラ様も強かったよな。天才魔術師だっけ?」
なんて言ってきた。
まさかフローラと強引にでも戦うつもりだろうか。
「って、おいおい冗談だよ」
「そうですか」
「ホントだって。だからその殺気は今は抑えとけ」
え、そんなん出てた?
というか、やっぱりこの世界の人って気配とか読めるんだ。
「あー、ほら来た」
アベルがやれやれといった感じで肩を竦めた時、
「どうしたの、ソール!」
壊れるかと思うくらいの勢いでドアが開かれた。
「え、母様?」
血相を変えて飛び込んできたのはフローラだった。
え、なに、どうしたの?
僕がオロオロしてると、
「あれ? 何にもないの?」
とフローラが聞いてきた。
「いえ、どうしたの、と聞きたいのはこちらですよ。どうしたんですか、母様」
「どうしたのって、ソール。あなた、殺気ださなかった?」
「え」
確かにアベルいわく、僕から殺気が出てたらしいけど。
それって他の部屋にいても感じるものなの?
「それがですねフローラ様」
困ってる僕を見かねてか、面倒事を避けたいからか、アベルが口を挟んできた。
「この間の暗殺者撃退のお話をお聞きした私が、ソール様に一度お手合わせをお願いできないかお伺いした所、ソール様が思いのほか乗り気になられて」
って、いま逃げ塞がなかった!?
「あら、そう。まぁ男の子だものね。王国一と名高いアベル様と戦ってみたいと思ったりもするわよね」
あ、納得しちゃった。
でもここで否定したら、じゃあ何だったの? って確実に聞かれるよね。
まさか母様が狙われそうだったから、なんて言えない。
そんな事言ったら下手をすれば本当に2人が戦いかねない。
僕もマザコンのレッテルを貼られてしまう。
まぁこっちはどうだっていいけど。
「そういうわけなので、ご心配なさらないで下さい」
アベルはそう言うと、席から立ち上がった。
「では私はお話も済んだのでそろそろ失礼させていただきます」
「あら、もうお帰りになるの? 大したお構いもできずに済みません」
「いえいえ、ソール様には大変良くしていただきましたから」
ね、と言わんばかりに僕を見た。
「……そうですね。有益なお話ができたと思います」
暗殺関連に関しては助かったので、嘘ではない。
「では、私はこれで。ソール様、城で待ってますよ」
捨て台詞を残して、本当にアベルは何の未練もなく帰っていった。
あれだけ僕と戦いたがってたのに、あっさりと引きすぎな気がした。
「では、見送りに」
「いらないよ母様」
「え?」
僕の冷たい声にフローラがぎょっとした。
「ああ、いえ、彼はそういうの苦手みたいですから」
「そう? それなら構わないけれど。私も固いのは苦手だし」
フローラは確かにそんな感じがするよね。
にしても、アベルの去り際の台詞、城で待ってるってどういうことだ?
僕のその疑問に応えたのはフローラだった。
「あ、そうだ。ソールに伝えることがあったのよ」
「なんでしょうか?」
「さすがにシシリー様がここまで剣術と魔術の訓練に来ることはもう出来ないから」
暗殺されかけたんだから、そりゃ不用意な外出は禁止されるだろうね。
ここまでは想定内の事だった。しかし、次の台詞が想定外だった。
「だから、今後ソールの剣術の訓練は城で行うってヴォーデン様からご連絡があったわ。ヴォーデン様は近衛騎士の顧問に就いてらっしゃるから、貴方達の訓練もそこで行うって」
スイマセン、短めです