14話 黒幕
パーティの日以来、僕の評価はうなぎ上り状態らしい。
らしいというのは聞いた話だからだ。
王城に勤めているスタルスが言うには、城内に侵入した暴漢を倒してシシリー殿下をお守りした小さな勇者として、今は城中で話題になってるとか。
しかもそれがパーティでシシリーをエスコートしていた少年だというから、これはもう将来結婚するんじゃないか、とか言われてるらしい。
いやいや、結婚とか早いから。まだ5歳だから。
しかもシシリー本人の意志も確認してないのに。
僕の意思に関しては、まぁなんというか。
言ってしまえば、ロリコンじゃないので。
本当ですよ?
そんなだから、僕へのお客さんがちょくちょく増えた。
前まではお客さんといえば基本的にスタルス宛てで、稀にインウィディア、更に稀にフローラといったところだった。
僕へのお客さんなんて皆無だ。
まぁただの5歳児なんだから当たり前なんだけど。
それに僕を訪ねてくる人も物見遊山というか観光というか、言わばいま話題の人物はどんなんかな、と見に来るだけで、本当に用事らしい用事がある人はいない。完全に動物園のパンダ状態である。
あ、でも1人だけまとも? なお客さんがいた。
アベルだ。
あの暗殺者に止めをくれてやった金髪碧眼イケメン騎士のアベルだ。
彼は若干20歳にして王を直接警護する近衛騎士を務め、単純な剣の腕ならヴィンガルフ随一と評されている、いま注目の若手剣士だ。
ちなみに近衛騎士になるには相当な経験と実績が必要らしいけど、アベルは剣の腕だけでそこまでのし上がったんだとか。
まぁあの剣速を見れば納得だけど。
視力強化の魔術が掛かってる状態だったのに、抜刀も納刀も見えなかったもんな。
白い筋が奔ったかと思ったら、小刀は砕け、暗殺者の腕は飛んでいたんだから。
その超凄い腕前を持つアベルが先日、僕を訪ねてやってきた。
「え、アベルさん?」
「あ、お久しぶりです。先日お会いして以来ですね。あれから貴方にお会いしたくてずっと機を窺っていたのですが、本日ようやく休みをいただけまして、それで訪ねさせていただきました」
「あ、はい」
急な、しかも意外過ぎる訪問客に僕は呆然としてしまった。
もしかしてこの人もパンダを見に来たんだろうか?
そういうタイプには見えないけど。
「えっと、それでご用件というのは?」
「はい。一度ゆっくり貴方とお話がしてみたくて」
うーん、やっぱり観光っぽい。
いやだなぁ。めんどうだなぁ。
「そうですか。あ、その前に敬語は結構ですよ。侯爵とは言っても、まだまだ子どもですし」
自分より年上の人に敬語を使われるのは正直気持ち悪いので、とりあえずそんな提案をしてみる。
今まで来た人にも言ったけど、まぁそれでタメ口になった人はいなかった。
いなかったんだけど。
「あ、マジで? よかったー。俺、敬語苦手なんだよね」
アベルは提案したこっちがびっくりするぐらいに素早く変わった。
「あれ? やっぱり不味い? 敬語に戻した方がいい?」
僕が戸惑っていたからか、アベルがそんな事を言ってきた。
「あ、いえ、そのままで結構ですよ」
「そっか。それで、ソールは敬語のまんまなの?」
「はい、僕はアベルさんより年下ですから」
「そんなの気にしないでいいんだぜ」
「いえ、それに僕はこの方が慣れてますから」
「そうか? まぁソールがそう言うならいいけどよ」
なんかタメ口を許す立場が逆転してしまったような気がする。
まぁいいや。
「えーっと、それで話をしにきたと言いましたが、具体的にはどんな話を?」
「ああ。いくつかあるんだが、とりあえずソールが興味ありそうなことから話すかな」
「興味のあること?」
なんだろう。
秘伝の魔術とかだろうか?
あ、それは欲しいな。
「ソールが倒した暗殺者のことさ」
「……」
まさかいきなりそんな話が来るとは思ってなかったのでびっくりした。
「お、反応したな。やっぱり興味あるよな」
そりゃ興味が無いわけがない。
シシリーは殺されかけたし、僕だって初めて殺し合いを演じた相手だ。
止めは結果的に刺さなかったけど、僕が殺していた可能性だってある。
「えっと、何か分かったんですか?」
「うーん、それがなぁ。何も分からないことが分かった、てとこだな」
「は?」
なんだろ、からかわれてるのかな?
「あー、そんな怒んなよ。ちょっと言い方が悪かった」
「別に怒ってないですよ」
ちょっとイラっときただけだ。
「細かく説明すると、暗殺者の死体を調べてみたんだが、身元が分かるものや依頼主に繋がるものは皆無だった。そりゃプロの暗殺者なら正体がバレるようなものを身につけて仕事に行くはずないからな」
そりゃそうだ。
「一応、服用した毒の種類は突き止めた。ここから北東へ一月くらい行ったところにある山に生えてる毒草を煎じたものだった。これは普通に食べても麻痺を起こす植物なんだが、煎じたものは呼吸や心臓まで麻痺してすぐに死ぬほど強力な毒物になるんだ」
「それは随分とおっかないですね」
「だろ? 俺も剣には自身があるけど、さすがに毒には勝てないからなぁ」
僕だって即死級の毒には解毒魔術がほとんど意味を成さないから怖い。
「それで、その毒はそこの山に住む民族しか煎じ方を知らないんだ。門外不出ってやつだ。で、今は調査隊が結成されて山へ向かってる」
「へぇ。じゃあ、もしかしたらそれで何か分かるかもしれないですね」
「どうだろうな。さっきも言ったが、あいつはプロの暗殺者だ。毒を含めても自分に繋がるものを残してるとは思えないがね」
「うーん」
そう言われてはもうどうしようもないんじゃなかろうか。
とりあえずは調査隊が何か掴んでくれることを祈るしか無い。
「ま、暗殺者はともかく依頼主については何人かに絞れてはいるけどな」
「そうなんですか!?」
「おう、まぁな」
「だ、誰なんですか!」
「まぁまぁ落ち着けって」
「う……すいません」
「はは、いいってことよ。つかソールはマジで5歳には見えないよな。今の動揺してる姿を見てようやく子どもだって事を思い出したぜ」
いや、中身は20歳なんですけどね。
君と同じ年なんですけどね。
「で、話を戻すけどよ。依頼主は十中八九王族の誰か、しかも王位継承権5位以上のやつだ」
「はぁ!?」
我ながら素っ頓狂な声が出た。
王族?
王族っつったか、いま!
しかも、王族で王位継承の権利を持つというとシシリーの兄弟姉妹ってことじゃないのか?
「なんで兄弟で殺すような真似を」
「兄弟だからだろ」
「ぐっ」
確かに前世でも王位を争って殺しあった兄弟の話は掃いて捨てるほどあった。
けど、けど実際にその可能性を目の当たりにすると何でだ、という怒りが湧いてきてしまう。
「シシリー殿下の王位継承順位は6位で、これだけ見るとよっぽどの事がないと王位を継がれる事はないんだけどよ、それはあくまで生まれの順だけでの話だ」
「どういうことですか?」
「聞いたことがないか? ヴィンガルフで蒼き王の代では必ず栄えるって」
「いや、聞いたことはないです。けど、確か今の陛下も蒼髪蒼眼でしたね」
「ああ。この国の王家の血を引いたものは低くない確率で髪か眼が蒼くなるらしい。ただそれが両方揃うってなると途端に数が減る」
「へぇ」
「蒼髪蒼眼、蒼に愛された人間が統治すると国が栄える。となると、やはり王位継承順位が低くても、蒼髪蒼眼の者を王位に据えようとする動きが出る。実際、いまの陛下は確か前国王の三男で順位も3位だったはず。だが、蒼髪蒼眼であった為に上の2人を押しのけて王に選ばれたのさ」
「そんな事があったんですね」
「そうだ。そして今の王位継承権利者の中で蒼髪蒼眼の人間は4人。かつ、シシリー殿下より順位が上なのは2位で次男のホズ殿下と、3位で長女のリコ殿下だな」
「そのどちらかがシシリーを?」
「おっと、迂闊にそういうことを言うと不敬罪で捕まるぜソール」
「いや、アベルに言われたくないです」
「まぁ確かにな」
アベルは一本取られた、と愉快そうに笑った。
いまの何処に笑い要素が……?
「ま、茶番は置いといて。この2人に絞るとなると、やらかすのはホズ殿下だな」
「何でですか?」
「小物だからさ」
「いまのアベルの発言こそ不敬罪で捕まりそうなんですけど!」
「はっはっは」
「いや、はっはっはじゃなくて」
楽しそうだなー、この人。
「リコ殿下は才女だ。頭もいいし決断力もある。それに美人だし、胸もデカイ。よって、わざわざ危険を冒してシシリー殿下をどうこうする必要がない」
「胸は関係なくない!?」
「対してホズ殿下は頭も悪いし察しも悪いし要領も悪い。ついでに剣も使えない。顔は整ってはいるが、いかんせん普通で面白みがない」
「面白み要らないですよね!」
「いくら蒼髪蒼眼でもこれほど無能なら、おそらく先にリコ殿下、さらにはシシリー殿下が王位を継ぐだろう。まだある」
「まだあるの?」
「ホズ殿下の母親は、かつて政争に敗れて王位を継ぎ損なった男の娘だ。自分の息子に王位を継承させようとする執念は相当なものだろう。実際、陛下の妻になったのもゴリ押しの無理矢理みたいなもんだったからな」
「うわぁ」
ゴリ押しって。
王様っていっぱい嫁がいて子どもがいてちょっと羨ましいと思ってたけど、これを聞くとむしろ可哀想になっちゃうな。
「ま、そういうわけでシシリー殿下を暗殺しようとするなら、ホズが1番やりかねない」
そうなっちゃうのか……何か嫌な話を聞いてしまったなぁ。
「でもそれは王位継承権を絡めたらの話でしょう? 他にほら、敵国が暗殺者を送り込んできたって説はないの?」
「あぁ、それな。ないな」
「バッサリだね」
「あの日、パーティがあったろ? それで人の出入りが必然増えた。おそろくそこを突いてあの暗殺者は侵入してきたと思われるんだが、いくら人の出入りが多かったからといっても、招待客はほとんど公族だ。警備はむしろ神経質なくらいだった」
「それじゃあ、入れなくない?」
「いや、その中でも唯一警備が甘くなる箇所がある」
「あ、もしかしてそれって」
「そう、客自体が持ち寄った荷物や連れてきた使用人だ」
「それだと相手は王家筋の偉い方々だから強引に検めたりできない」
「で、それを利用出来るのはやっぱり招待客の誰かって事になる」
「となると公族の誰かの可能性が跳ね上がるわけですか」
「ま、そーゆうこった」
なんて事だ!
じゃあシシリーはいま、自分を殺そうとした奴と同じ建物で暮らしてるって事じゃないか!
「って、おいおい何処へ行く気だソール」
部屋を出ていこうとした僕をアベルが引き止めた。
「何処って、お城へ。シシリーを守らないと」
約束もしたし、何より僕自身がシシリーを絶対に死なせたくない。
「だー、思ったより直情的な奴だなお前は。安心しろ。あれ以来、シシリー殿下の警護は陛下自らが近衛騎士を派遣されて厳重にしてるし、そもそもホズ殿下は調査の手が自分に伸びることを恐れて地方の別荘へ逃げてる。ま、一応療養という名目だけどな」
「なんだ。それならそうと早く言って下さいよ」
「いや、言う前に出ていこうとしただろう」
何を言う。
そんなシシリーの事になると周りが見えないみたいな事言って。
「とりあえず座ったら?」
「え、あぁ、そうですね」
あれ? 僕いつの間に立ったっけ? ま、いっか。
「それで、シシリーの暗殺については分かりました。でも、最初にいくつか話があるって言いましたよね? 他の話ってなんですか?」
「ああ、自分で言っといてすっかり忘れてたわ」
「いや、忘れないで下さいよ」
「はは、悪い悪い。で、話な。それなんだけど」
「はい」
「俺と全力で戦わねぇ?」
「は?」
ヴァーリの名前をリコに改名しました。
適当につけたら、ヴァーリって男の名前じゃんってなったので。